Act3-9


【美空】


「美空、ココネ。ちょっと待ちなさい」

「んげ……」

 集会が終わってすぐに学園長室を飛び出そうとした美空だったが、シスター・シャークティに呼び止められ動きを止める。
 恐る恐る振り向くと、シスター・シャークティの隣にタカミチの姿があり、その側にココネがいた。
 ココネも出来るなら呼び止められる前に逃げたかったようだが、捕まってしまったらしい。

「えーっと……何か仕事でも?」

「いいえ……タカミチ先生が、昨夜のことを詳しく聞きたいそうよ」

 美空はやはりと思い、背を向けて苦い顔をする。
 朝、教会にタカミチが来た時に、シスター・シャークティが話したのだろう。
 下手をしたらココネが殺されていたかも知れなかったところを、自らの身を省みず助けてくれた彼が、自分達が話したことが理由で捕まり、何らかの処分を受けることになったりしたら、それこそ気分が悪い。
 ふと服の裾を引っ張られていることに気付いて見ると、ココネが美空の顔をじっと見ていた。

「……大丈夫。……多分」

 ココネはボソリと根拠の無い言葉を呟くと、美空にスケッチブックと筆記用具を手渡してきた。
 悩んでいたことがバカらしくなった美空は小さくため息をつくと、肩を落としながらタカミチの元へ向かう。

「それじゃあ……昨夜遭遇したという、その貴族風の男を簡単に描いてもらえるかい?」

「うー……わかりました……」

 渋い顔をした美空と、無言で頷いたココネは、それぞれ昨夜襲われたワラキアの絵を描きあげて、タカミチに見せた。
 テルテル坊主のような美空の絵には首を傾げていたが、ココネの絵を見た瞬間、タカミチの顔が真剣なものに変わる。

「……二人とも、昨夜見たのは確かにこの男だったんだね?」

「へ? は……はい」


 急に雰囲気の変わったタカミチに戸惑う美空に続いてココネも小さく頷くと、タカミチは廊下に出て煙草を吸いながら、その絵の男に鋭い視線を向けていた……。




〜朧月〜




【エヴァ】


「ふん……少しはやるようだな、志貴」

 茶々丸は四肢がまともに動かないらしく、倒れそうになったところを志貴に支えられて床に寝かせてもらっていた。
 腕と脚を切られただけだというのに、その機能までも失ったというのは、恐らく志貴の持つ『眼』に関する力なのだろう。
 しかし、ロボットである茶々丸の腕をいとも容易く切り裂いたのみならず、その機能を失わせるとは…更に興味が湧いてきた。

「さあ、構えろ志貴。ふふん……私に勝てたら、できる範囲で一つだけ願いを叶えてやろう」

「……願いなんて、特に無いよ。強いてあげるなら……この戦いをやめて欲しいってことくらいかな」

 何も言わずに志貴の言葉を一笑に付すと、左手に魔力を収束させていく。
 志貴の方も私がそんな願いを聞き入れるはずが無いとわかっていたのか、既にこちらを見据えてナイフを構えていた。
 この別荘の中では外より魔力が充溢しているが、強力な魔法を連発するのは難しい。
 志貴の『眼』と、巧みなナイフ捌き、そして茶々丸を翻弄した動きは、魔法使いにとって最悪なまでに相性が悪い。
 とはいえ、ここでは茶々丸以外にも従者が使えるのだから、近接戦闘はそいつに任せればいい。

「行くよ……!」

 体勢を低くした志貴が小さく呟き、まるで獣の疾駆のような速度でこちらに向かって疾ってくる。
 その速度は確かに一般人からすれば視認が難しい速度ではあったが、私達からすれば少し速い程度に過ぎない。

「……行け、チャチャゼロ!」

「アイサー、ゴ主人!」

 刃物の扱いの上手いチャチャゼロならば、志貴のナイフ捌きも無効化できるはず。
 大きな刀や大型ナイフの攻撃は受け止められるかもしれないが、チャチャゼロの体は小さく、敵からすれば攻撃の当て難い相手だ。
 無数のナイフで次から次へと刃を繰り出していくチャチャゼロに対して、扱いが上手いとは言え、ナイフ一本の志貴。
 勝負は目に見えていると思ったが、志貴はその悉くをナイフで弾き、そして――――

「ナンナンダ、コイツ……?! オレノ得物ガ、次々ニ……!」

「チッ……何をやってるんだ、チャチャゼロ!!」

 魔法の射手を志貴とチャチャゼロの間に着弾させて、チャチャゼロに距離をとらせる。
 後退して私の前に着地したチャチャゼロの手には、根元近くから切り落とされた大型ナイフの成れの果てが何本もあった。
 その断面は、まるであの夜のヘルマンの腕のように、最初からそうであったかのようにすら見える。
 ふと視線を上げると、志貴がこちらに向かって疾ってくる姿が見えた。
 それに呼応するかのようにチャチャゼロが疾り、残っていたナイフを手にして志貴を迎撃しに向かう。

「ドウナッテヤガンダヨ、コイツハ!!」

「ゴメンッ! ……蹴り――――穿つ!!」

 志貴は腕が霞むほどの無数の斬撃を繰り出してチャチャゼロを迎え撃ち、残っていたナイフ全てを切り落としてみせた。
 そして無防備となったチャチャゼロに強烈な蹴り上げを喰らわせて上空に吹き飛ばした後、地面にふわり、と着地する。


「魔法の射手・連弾・氷の――――三十五矢!!!」


 私は無防備になったその着地の瞬間を狙って、鋭い刃先を持った氷の矢を無数に撃ち込んだ――――





□今日の裏話■


 タカミチは廊下で煙草を吸いながら、ココネが描いた昨夜美空達が会ったという貴族風の男の絵を見ていた。
 そこへ、ココネがスケッチブックを持って近づく。
 ココネに気が付いたタカミチが視線を向けると、ココネは無言でスケッチブックの一ページを前にして渡した。
 煙草の火を消し携帯灰皿に捨ててから、差し出されたスケッチブックに目を通す。

「えっと……これは?」

「……私を助けてくれて、そっちの絵の男を倒した人。……遠野志貴」

 その絵を見たタカミチが苦笑しながら訊ねると、ココネの口から意外な言葉が飛び出した。
 タカミチは途端に真剣な顔になり、ココネと同じ目線までしゃがむ。
 ふとココネが唇に人差し指を当てていることに気付き、タカミチは声を潜めてココネに問いかける。

「協力者から、彼を捜すように頼まれていたんだ。シスター・シャークティも同じような話をしていたけれど、何故黙っていたのか……教えてくれるね?」

「……シキは……危険な力、持ってる。だけど……優しい。私も美空も、シキが捕まるの……見たくない」

「……わかった、話してくれてありがとう。彼がこの男を倒したということは、彼を知ってる人以外には秘密にしておくよ」

 タカミチは優しい笑顔を浮かべて礼を言うと、ココネの頭を撫でてから立ち上がる。
 ココネは小さく頷くと、自分の教室へ向けてタカミチの横を駆け抜けていった。



「……志貴の生写真、げっちゅ(ボソ)」



――――タカミチがポケットからシオン達から預かっていた志貴の写真が消えていたことに気付くのは、かなり後の話である……。


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