Act3-31


【ネギ】


「――――……刹那、さん?」

「ネギ? 刹那さんがどうかしたの?」

 志貴さんが帰ってアスナさん達と一緒に部屋へ戻っている途中、外から刹那さんの声が聞こえた気がした。
 急に立ち止まった僕に気付いたアスナさんが、訝しげな顔で僕の顔を覗き込んでくる。
 アスナさんと一緒に前を歩いていたこのかさんも、きょとんとした顔で僕を見ていた。

「えっと……刹那さんの声が聞こえた……ような気がしたんです」

「……外、行ってみましょう!」

「おおいっ、姐さんっ?! 突然どうしたんでい?!」

「どうかしたんですかっ?!」

「ええっ?! アスナさんっ!? あ……愛衣さん、すみません!」

 確かに聞こえたという訳ではないので自信は無かったのだが、アスナさんはそれを聞いて突然走り出した。
 このかさんと一緒にアスナさんの後を追いかけている途中、何かに気付いたらしい愛衣さんと合流する。
 よくわからないまま、三人でアスナさんの後を追いかけて行くと、アスナさんは玄関を出てすぐのところで立ち止まっていた。
 アスナさんは惚けたように立ち尽くしていて、僕達が来たことに気付いた様子も無い。

 玄関から出るてすぐに、キィン、という剣を打ち合うような音が聞こえてきた。
 そしてアスナさんの横に並んで――――僕らもアスナさんと同じように惚けることになる。


「――――刹那……さん」


 そこでは、刹那さんと志貴さんが二人で踊っていた。
 互いの得物を振るいながら、まるで世界に二人しかいないかのように円舞曲を踊っている。


 その光景に、僕らは声をかけることさえ忘れてしまっていた――――




〜朧月〜




【アスナ】


「もしかしたら、刹那さんは志貴さんのこと――――……!!」

 さっき志貴さんが寮を出て間もなく、ネギが刹那さんの声が聞こえたと呟いた。
 もしかしたら刹那さんは志貴さんを殺そうとするかもしれない…単なる直感でしかなかったけれど、考えるよりも先に私の体は玄関に向かって走り出していた。
 寮の玄関を出ると、剣を打ち合うような音が聞こえてくる方向へと目を向ける。
 そして――――その光景を目撃した。

「刹那さん……」

 空には、煌々と輝く白い月。
 刹那さんと志貴さんは、その月の下でまるで踊っているかのように打ち合っている。
 二人の持つ刃が月光を映して輝きながら舞う姿はとても幻想的で、思わず見惚れてしまうような光景だった。
 遅れてやってきたネギ達も、私の隣でその光景を目にして惚けている。

――――しかし、終わりは唐突に訪れた。


「その姿で……その顔で!! 声で!!! 喋るなぁぁぁっっっ!!!!!」


 体勢を低くした志貴さんが刹那さんの背後へと突き抜けたと思った直後、刹那さんが翼を出して宙へと舞い上がった。
 突然のことに驚いたのか、志貴さんは刹那さんを見上げたまま動かない。
 刹那さんは夕凪を構えると、志貴さん目がけて急降下していく。
 そこで、ようやく私達は正気に戻った。
 このままでは私の想像したとおりになってしまう――――!!


「あかん!! せっちゃん、殺したらあかん――――っっっ!!!」


 突然叫んだこのかの声に反応したのか、刹那さんの体がビクリと震える。
 それが幸いしたのか、振り下ろされた夕凪の切っ先がずれて志貴さんの胸を浅く斬るに止まってくれた。
 だが、それでも肩口から脇腹にかけて斬られた志貴さんは刹那さんから飛び退いた後、苦悶の声をあげながら地面に膝を着く。

「志貴さんっ!」

「お嬢様っ! その男に近寄らないでくださいっ!! その男は――――!!!」

 刹那さんの制止の声を聞かず、このかは志貴さんに駆け寄り治癒の魔法をかける。
 このかが志貴さんの傷に手をかざすと、光が徐々に刹那さんに斬られた傷をゆっくりと癒していった。

「刹那さん、違うの! この人は遠野志貴さんって言って――――」

「……知っています。その遠野シキという男は、七夜を滅ぼした一族の血を引いているんです……っ! アスナさん、今すぐお嬢様をその男から引き離してください!!」

「だから……!!」

 二人の間に割って入って説明しようとするが、刹那さんは聞く耳を持たず、刀を構えたまま今にも跳びかかりそうな雰囲気だった。
 志貴さんが本当は『七夜』志貴さんなのだと説明しようとしたその時、何かが刹那さんへと飛来し、刹那さんがそれを刀で弾く。
 金属音を立てながら地面へ転がったのは、志貴さんの持っているものとまったく同じナイフだった。
 姿を現したその男は、緩慢な動作で地面に転がったそれを拾うと、嬉しそうな――――だが酷薄な笑みを浮かべる。



「ハ――――今夜は最高の夜になりそうだ。なあ……『せっちゃん』?」





□今日の裏話■


「楓ちゃん、悪いけど荷物部屋に運んどいて!」

「あわわ、アスナさんっ?!」

 アスナは楓に鍵を渡して、買ってきた物を運んでおくよう頼み、駆け出していった。
 その後を、ネギやこのか達が訳もわからず追っていく。
 両手いっぱいの荷物を抱えながら、楓はアスナ達の部屋へと向かって歩き出す。
 そこへ――――

「あ……楓さんー……」

「む? のどか殿、どうかしたでござるか?」

「は、はい……そのー……ネギ先生のお部屋に行きたくて……」

 楓の姿を見つけて、ホッとした様子ののどかが声をかけてきた。
 様子がおかしいとは思ったものの、とにかく手に持った荷物をどうにかしなければならないので、ネギ達の部屋の鍵を開けて中に入る。
 のどかはキョロキョロと部屋の外を見回してから部屋の中に入り、安堵の息を吐く。

「ふむ……その様子だと、何かあったようでござるな」

「え……あ、はい……。実は――――さっきパルに買い物を頼まれて戻ってきたら、部屋に……私がいたんです」

 もう一人の自分の出現に訳がわからず、困惑した表情を見せるのどかを落ち着かせ、楓はのどか達の部屋の様子を見てくると言って部屋を出て行った。


 一人残されたのどかはそれまで不安そうにしていた態度から一変、目を隠していた前髪を掻き上げ、まるで嘲るような笑みを浮かべる。
 のどかは迷わずネギの部屋へと上がって何かを手にすると、目的は達したとばかりに部屋から姿を消したのだった……。


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