Act3-33


【四季】


 虚言の夜に町が覆われた頃、ビルの屋上に寝転がっていた人影がゆっくりと身を起こす。
 肩まで届く白髪に着物を着たその男は、大欠伸をして寝起きの目で夜空を見上げた。


(バサリ……!)


「へぇ……奇麗なモンだ。さしずめ――――死の天使様、ってところか?」

 空気を打つ音が聞こえ、夜空に浮かんだ月を覆い隠したのは――――鮮血に染まった白翼の少女。
 少女……偽者の刹那は歪な笑みを浮かべながら、空の上から遠野四季を見下していた。
 その異常さに辟易しながらも、四季は気だるげに立ち上がる。
 立ち上がり、持ち合わせていたサバイバルナイフを手に取ると、刹那の方も背丈よりも長い野太刀を身構えた。
 そして――――刹那の持った刀の刀身に月の光が反射したと思った次の瞬間、姿が消えてその背後にあった白く輝く月が姿を現す。

「――――っく……! ハッ、こいつぁマジで殺されかねねぇな……!!」

「フフフ……弱き者は死ぬ。それが道理やろ?」

 強烈な一撃を、サバイバルナイフの腹で受け止めたが、その衝撃で四季の体が後ろへ吹き飛ぶ。
 刹那の顔が獲物を狙うソレへと変わり、更に苛烈な斬撃を繰り出してきた。
 紅い翼の少女の攻勢は緩まず、次から次へと刃が繰り出されていく。
 四季はサバイバルナイフで刃を受け流しながら、頭の中でこの状況を打開する策を練る。

「へっ……俺はそう簡単には死なねぇし、死ねねぇんだよ……!」

(とはいえ……なるべくアイツに負担をかけたくはねぇんだが……この際、仕方ねぇ――――!!)

「そら、これで終いや……!!」

「が――――っ……く……!」

 刹那の刀が円を描くように振り抜かれ、四季の体を数多の斬撃が襲う。
 体に幾つもの刀傷を負い、四季が地面に膝を着いた。
 地面には大量の血が流れ出し、刹那の足元を紅く塗らす。
 勝利を確信し、とどめを刺そうと刀が振り上げられたその瞬間、足元からの殺気を直感のみで反応して跳び退く。

「く……っ?! 血の……刀だと……?」

 偽者の刹那の足の裏に付着した四季の血が刃となり、足の甲から紅い血で出来た刀身が突き出す。
 同時に膝を着いた四季の足下に広がっていた血の池からも血刀が生えて、刹那の視界から四季の姿を隠してしまっている。
 
――――遠野四季の持つ、混血としての能力によって造り出された『血刀』。
 四季の流した血を操って造られた鋭い刃が、刹那の隙を狙って発動したのである。

 すぐに刀を振るい血刀を破壊して四季の姿を捜すが、傷を負って動けないはずの彼の姿は消え去っていた。
 逃走した血の跡も残っておらず、気配も感じられない。
 してやられた悔しさに歯噛みしながら、刹那は紅い翼を広げ夜の空へと飛び立つ。


――――隣のビルの屋上から刹那がいなくなったことを確認し、四季は大きく安堵の息を吐いたのだった……。




〜朧月〜




【刹那】


「くっ……ぅ――――あ、あれ……? 俺……?」

「……手出しするな、と言ったのが聞こえなかったか。ふん……そんなに死にたいなら、先にオマエから殺してやるよ……!!」

 よくわからないが、遠野シキが横から体当たりしてきたために傷を負わずに済んだらしい。
 志貴ちゃんは怒りに顔を歪ませながら、遠野シキと戦いを始めた。
 二人ともそのナイフ捌きはかなり卓越したもので、常人ならば腕から先が霞んで見えるくらいだろう。
 しかし――――私の目には、明らかに志貴ちゃんの方が優勢だった。

「か、は――――う……っ?!」

 それまで何とか志貴ちゃんと打ち合っていた遠野シキが、突然胸を押さえて苦しみ出した。
 ゆっくりと倒れていく遠野シキへとどめを刺そうと、志貴ちゃんがナイフを構えて走り出す。
 その姿を見て、私はどうすべきなのか迷う。
 どちらも七夜志貴であり、どちらかが違う存在なのだ。
 でも何もわからない今の状態では――――


「退いて……志貴ちゃん。今のウチには、何が何なのかまったくわからない……! せやから……お願い、今は……退いて」


 まっすぐ、遠野シキの心臓を狙って突き出された志貴ちゃんの短刀を、懐から取り出した短刀の腹で受ける。
 夕凪では間に合わないと瞬時に判断して使ったのだが、大切な思い出の短刀で、その大切な思い出をくれた人の刃を受け止めるなど、想像だにしていなかった。
 いや――――想像したくなかった、と言った方が正しいのだろう。
 志貴ちゃんは後ろへ跳び距離を取ると、つまらなそうな視線で私を見ていた。

「フン……『遠野』として生きたか、『七夜』として生きたか――――俺とソイツの違いなど、些事に過ぎん。まあ……自分を殺そうとした化け物を庇うなどという愚行はしない、が――――?」

 低く構えて、今にも襲いかからんとしていた志貴ちゃんの言葉が止まる。
 こちらから視線を外したかと思うと、何故か不機嫌そうな顔でその重心を低くした構えを解いた。


「――――……無粋な。チッ……興が削がれた。俺と再び出会うまで死ぬなよ、『化け物』。その首――――必ず俺が貰い受ける」


「志貴、ちゃん……」

 憤りの表情を浮かべた志貴ちゃんは、私達に背を向けると闇へ溶けるように姿を消していった。
 気付けば、町を覆っていた不可思議な魔力は消え、辺りからは虫の音が響いている。
 背後に目をやれば、胸を血で赤く染めた遠野シキが倒れていた。
 志貴ちゃんが消えたのだから、遠野シキも消えるかと思ったが、どうやらこちらは消えることは無いらしい。

「志貴さんっ!」

「……お嬢様、私が医務室まで運びます」

 遠野シキに駆け寄ろうとするお嬢様を止め、気を失っているらしい彼を背負う。
 彼の体は酷く軽く、『気』を使う必要も無いほどだった。

 志貴ちゃんは、確かに遠野シキが『退魔』の血を引いている、と言っていた。
 しかしこの男は、『混血』の宗主たる遠野姓を名乗っている。
 遠野家に遠野シキという名の長男がいるという話は耳にしているが、この男がその長男であるはず。
 だが……私との戦いの最中、遠野シキは一度も『混血』の力を行使してこなかった。
 それどころか、逆に『退魔』の――――七夜の技を使ってきている。


 ……不思議と。
 私は心のどこかで、背中に背負った彼こそが本物の志貴ちゃんであって欲しいと願っていた――――





□今日の裏話■


 学園地下某所――――


「へぇ……随分と面白いものが眠っているものね」

 地下に置かれたソレを撫でながら、少女が悪戯めいた笑みを浮かべる。
 少女――――白いレンは、地下からの魔力を感じ取り散策した結果、石化封印された無名の鬼神の一つを見つけるに至っていた。
 超鈴音が学園祭最終日に使用したソレらは、再び石化封印を施され学園の地下で眠りに就いている。

「……うん、これならアレも創れそう。フフッ……どうなるか、楽しみね」


「――――何が楽しみなのかな」


 頭に浮かんだ考えにほくそ笑む白レンに、背後から突然男の声がかけられた。
 白レンはさして驚く風も無く振り返り、その男に妖艶な眼差しを向ける。
 その眼差しの先には――――ポケットに手を入れて、いつでも居合い拳を放てる状態のタカミチの姿があった。
 相手がいつでも攻撃できるというのに、白レンの余裕の表情に変化は無い。

「これが楽しくない訳無いじゃない。まあ……さすがに本物オリジナルには遠く及ばないだろうけど、あなた達も楽しめると思うわ」

「……何をするつもりなのか知らないけれど、君の力は危険だ。悪いが、ここで阻止させてもらうよ」

 タカミチが数発の居合い拳を放つが、白レンは無邪気に微笑んだまま動かない。
 居合い拳は全て白レンに直撃――――したはずだったが、パリンという高い音を立てて一枚の大鏡が割れる。
 辺りを見渡せば、そこかしこに無邪気な笑みを浮かべた白レンの姿。

「紳士なおじさまはどうやらご機嫌ナナメみたいね。怖いから、今日はこれで失礼させていただくわ。それでは……御機嫌よう」


 大鏡に映る白レン達はスカートの裾を小さく持ち上げて礼をすると、嘲笑うようにタカミチの前から姿を消していった。
 彼女が姿を消すと同時に、町全体を覆っていた魔力も消え去る。
 タカミチは白レンの消えた後の何も無い空間に視線をやりながらポケットから携帯を取り出し、シオン達の泊まっている遠野グループホテルへと連絡を入れたのだった。


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