Act3-35


【さつき】


「……ねぇ、シオン。タタリの固有結界、消えちゃったけど……」

「ええ……あの白猫が倒されたか、あるいは――――」

 ホテルのトレーニングルームで体を動かしているうちに、いつの間にか時間になっていたことに気付く。
 一度部屋に戻って準備を整えてからホテルの外へ出たのだが、人のいなくなった町をしばらく歩いていると、突然タタリの固有結界が消えたのだ。
 夜の賑いを取り戻した町を歩きながら、おかしな点が無いか調べていく。
 しかし、結局何も変わった点は見つからず、ホテルに戻ることになったのだった。



「シオン様、弓塚様。外出中に、高畑様から電話がございましたが」

 ホテルに戻ってすぐに、フロントのお姉さんからタカミチさんから電話があったことを告げられた。
 恐らく、早々に消えてしまったタタリの固有結界についてだろう。
 部屋に戻ってシオンがタカミチさんの携帯に電話をかけると、予想通りの問いがきたらしく、シオンも難しい顔で答えていた。
 シオンは受話器を置いた後も何か考え込んでいたが、疲れたように息を吐いてソファーに腰を下ろす。
 私が紅茶を淹れて差し出すと、シオンは小さく礼を言って受け取る。

「……何か、嫌な予感がします。こうも容易く固有結界を閉じるには、何かしらの理由があるはずだと思うのですが……」

「んー……魔力が足りなくなった、とか……」

「魔力温存、ですか? 確かにそれも考えられますが……私は逆に、何か企んでいるように思えてならない」

 シオンはそう言ったきり黙ってしまい、難しい顔をして考え込んでいた。
 思考中のシオンを邪魔するのも悪いので、何も言わずに紅茶を啜る。
 空になったティーカップに紅茶を淹れて持ち上げようとしたその時、ピキ、という音と共にティーカップの取っ手に罅が入った。
 取っ手を失ったティーカップは、自然法則に従い床に落ちてカーペットの上を転がる。

「あ……あれ? は、はは……ちょっと力が入り過ぎちゃったかな?」

 ……ちゃんと笑えていたか、自信は無い。
 何だか、途轍もなく嫌な予感がした。


――――それは、後に起こる惨劇を告げていたのかもしれなかった……。




〜朧月〜




【アスナ】


「刹那さん、志貴さんは大丈夫なの?」

「ええ……胸の血についてはよくわかりませんが、原因の傷らしきものは特に見当たりませんでした」

 気絶して医務室へ戻ってきた志貴さんをベッドに寝かせた刹那さんは、かなりの量の血が滲んだ上着を脱がせて傷を診ている。
 外見からして痩身なので骨が見えてたりするのかなと思ったが、意外にもしっかりとした体つきをしていて、筋肉も程よく付いている。
 志貴さんは刹那さんと戦う前にもどこかで戦っていたのか、全身に傷を負っていたがそのほとんどに丁寧な治療が施されていた。
 刹那さんとの戦いで負った胸の傷も、このかの治癒魔法で痕は残っていない。
 血が滲んでいた胸の辺りに大きな傷痕こそあったものの、これほどまでに血が滲むような傷は一切無かったのである。

 けれど、その志貴さんの胸の大きな傷痕はまるで――――何かに心臓を貫かれたモノのように見えた。
 心臓を貫かれて生きていられるはずが無いのだから、多分気のせいだとは思うけれど……少し気になる。


「愛衣、何があったの――――って、子犬ちゃ……志貴さん!?」


 胸の血が傷を負ったものによることでは無いことがわかり、志貴さんをどうするかと話し始めていたその時、突然医務室の扉が開いて高音さんが入ってきた。
 愛衣ちゃんが携帯で呼んだらしいのだが、高音さんも志貴さんを知っているらしく、ベッドの上で横になっている志貴さんの姿を見て驚いている。
 ただ、高音さんが何か言いかけたのが少し引っかかった。
 ……気にしない方が身のためな気がしたので、聞かなかったけれど。

「何で子犬……ゴホンゴホン……志貴さんがここに?」

「寮近くのケーキ屋に行く途中で、このかさんが襲われている場面に出くわして、助けてくれたんだそうです」

 高音さんは愛衣ちゃんの説明を聞いて、志貴さんの容態を心配するこのかを一瞥する。
 そして志貴さんへと視線を移して、はだけられた志貴さんの胸に目が止まった。
 頬を赤らめて目を背けかけたのだが、何かに気付いたのか、つかつかとベッドに寝ている志貴さんに近寄り、痛々しそうな表情を浮かべながらその胸にある大きな傷痕に手を触れる。

「酷い傷痕……。でもこの傷では――――即死していてもおかしくないわ」

「……どうかしたんですか、お姉様?」

「ええ……いえ、何でもないわ。……愛衣、明日の朝に志貴さんを学園長室へ連れてきて。学園長に指示を仰ぎましょう」


「勝手な真似をするな。――――ソイツは私の『所有物』だ」


 高音さんが愛衣ちゃんに指示を出そうとしていたところへ、底冷えするような、鋭く、冷たい声が響く。
 振り向くと、医務室の入り口にエヴァちゃんと茶々丸さんが立っていた。
 エヴァちゃんは不機嫌そうな表情で医務室へと入ってきて、志貴さんの眠るベッドへと近寄っていく。
 医務室にいた皆がエヴァちゃんの雰囲気に黙り込んでしまっている中、ふと志貴さんがエヴァちゃんの所に泊まっていることを言っていたことを思い出し、躊躇いながらも口を開く。

「……ちょっと、エヴァちゃん」

「何だ、神楽坂明日菜?」

「……志貴さんからエヴァちゃんの所に泊まってるって聞いたけど、男の人が女の子と一つ屋根の下っていうのは譲歩するとして、一緒に寝たりしたらダメなんだからね!!」

 志貴さんは困ったように笑っていたが、一応釘を刺しておかねばなるまい。
 エヴァちゃんはネギにあーいうこと(ネギま! 七巻五十四時間目参照)を要求するだけに、万が一にも志貴さんにそーいうことをしてしまうかも知れない。
 自分で言ってて想像してしまい、顔が赤くなっていくのがわかる。
 エヴァちゃんは私の言葉に一瞬きょとんとした顔を見せた後、突然噴き出して笑い出した。

「プ……ハハハハハハッ! ククッ……そうだな、志貴はいずれ私の従者になるのだから、そういう関係になってもおかしく――――」


「「「そんなこと許される訳が無いでしょうっっっ!!!」」」


 エヴァちゃんの言葉を遮るように響いた声は、何故か三人分だった――――





□今日のNG■


「――――明日、志貴さんを学園長に会わせて、指示を仰ぎましょう」


「勝手な真似をするな。――――ソイツは私の『飼い犬』だ」


 志貴さんの処遇について、高音さんが学園長に指示を仰ぐことで決定しようとしたその時、医務室の扉から鋭く、冷たい声が響いた。
 振り返ってみれば、そこにはエヴァちゃんと茶々丸さんが立っている。
 鋭く睨んでくるエヴァちゃんに、高音さんが肩を怒らせながらつかつかと早足で二人に近寄っていく。


「あなたの『飼い犬』ですって……?! コレは! 私の!! 『子犬ちゃん』ですッッッ!!!」


「フン、首輪も碌に着けられんような奴が何を言う。他人に何か着ける以前に、自分に服を着けろ――――『ウルスラの脱げ女』が」

「な……ぬ、脱げ……っ?! キィィィィィイイイイイッッッ!!!!!」

――――ブツン。
 高音さんの方から、何かが切れる音が聞こえた。
 突然黒いマントのでっかいのが高音さんの背後に姿を現し、エヴァちゃん達に攻撃を繰り出していく。
 エヴァちゃんは、ニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべながら、その攻撃を華麗に避わしていた。

「うわー……高音さん、黒衣のなんたら使っちゃってる……」

「お、お姉様ー!? で、殿中……じゃなくて、寮中でござるー! 寮中でござるぅーっっっ!!」


――――愛衣ちゃん……不憫な子……。


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