Act3-39


【さつき】


 私は今、夜の町を駆けていた。
 吸血鬼の力を使って、ビルの屋上から一つ飛ばしたビルの屋上へ。
 シオンがお風呂に入っている間にホテルを抜け出して来たのはいいが、後で色々と説教されることだけは確かだろう。
 しかし、それでも調べたいことがあったのだ。
 その調べたいことというのは、昨夜偽者のエヴァンジェリンさんと戦った後の帰り道、ふと見上げたビルの屋上に見かけた――――白髪に着物を着た男。

「ふぅ……やっぱり、ただの気のせいだったのかなぁ……?」

 最後にもう一度、昨夜白髪の男の姿を見たビルの屋上へ来たが、矢張りその姿は見当たらない。
 帰ってから布団に入るまで何時間かかるのか考えてうんざりしながらも、ホテルに戻ろうと思った次の瞬間――――


「よう、捜している奴は見つかったか?」


「――――っ!! やっぱりいたわね……!」

 突然降ってきた聞き覚えのある声に、反射的に振り返って身構える。
 月の光を受けてコンクリートの地面に映った影を辿って見上げれば、ビルの屋上に設置された給水塔の上から、白髪に藍色の着物を着た男が、愉快そうな笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。
 私は身構えたまま、男――――遠野四季を睨みつける。
 しかし、遠野四季は呆れたようにため息を吐くと、こちらに何かを放り投げてきた。
 警戒して後ろへ跳ぶが、その何かは屋上のコンクリートの地面に落ちて鈍い音を立てる。

「……缶コーヒー?」

 警戒しながらも近寄って転がった缶コーヒーを拾って、給水塔の上を見上げると――――そこにはもう誰もいなかった。
 すぐに辺りに視線を巡らすが、どこにも遠野四季の姿は見つからない。
 代わりに、給水塔の上に一枚の置き手紙があった。
 そこには一言だけ、こう書かれていた。


『マヌケ』


 ……怒りのあまり、手に持ってた缶コーヒーを握り潰してしまった。
 腹を立てながらホテルに戻ったのだが、部屋の扉を開けて仁王立ちして待っていたシオンを前に条件反射で土下座して謝ってしまった私を、誰が責められようか。
 とはいえ、明日は待ち合わせをしているのでシオンも早々に説教を切り上げてくれた。


――――最後に不気味な笑みを浮かべたシオンが、『明日が楽しみですねえ……』と言っていたのは聞き間違いだと思いたい。




〜朧月〜




【ネギ】


――――心のどこかで、他人事だと思っていた。


 レンさんが僕に見せた、あの紅い悪夢のような光景。
 アレは悪夢でしかない――――そう、レンさんが志貴さんの過去から汲み上げた、夢なのだ。
 実際に起きたことだけれど、それは志貴さんの過去であって……僕の過去ではない。

 ……そう、思っていた。
 そのことに気付くまでは。
 いや――――僕は無意識の内に、それを考えないようにしていたのだろう。
 志貴さんの記憶を魔法で見ようとした時、脳裏に過ぎったあの紅い光景が、一瞬僕の過去の光景に重なった。
 気のせいだと、僕は心の中で否定し続けていた。


(――――いつまで気付かないフリをしているの?)


 けれど……レンさんのその言葉が、その紅い瞳が、否が応でもソレを僕に気付かせた。
 四年前の、あの事件が――――紅く、染め上げられていく。
 石化せずに、ただ……壊されていく。
 皆が……僕の知り合いが、大切な人達が、僕の目の前で壊されていく。

 それだけじゃない。
 アスナさんやこのかさん達が、僕の目の前で死んでいく。
 それは、一片の救いすら存在しない――――『絶望』の瞬間。

「ネギ……?」

 涙が頬を伝って、カーペットに落ちる。
 考えてみれば、今までにいくらでも誰かが死んでしまうかもしれなかった瞬間はあった。

 修学旅行先の京都で起きた事件。
 ヘルマンさんが襲撃してきた事件。
 麻帆良祭でチャオさんが起こした事件。

 僕らは今までそれらの事件を乗り越えてきたけれど――――死んでしまってもおかしくない瞬間は、確かにあった。
 アスナさん達が死ぬ瞬間が脳裏に浮かび、必死でそれを頭の中から追い出す。

(……人が死ぬ世界は、イヤ?)

 俯いた僕の視線を追うように僕の足下に移動してきたレンさんが、僕を見上げながら言葉を紡ぐ。
 考えていたことを当てられたようで、胸がドキリと跳ね上がる。
 それはまるで童女が無垢に問うようで――――けれど、その瞳はマスターが真剣に語りかけてくる時の瞳と同じだった。
 レンさんはしばらくそのまま僕を見上げた後、それ以上何も言わずに僕の横を通って部屋から出て行く。
 皆何も言わず、しばらくの間沈黙が部屋の中を支配していた……。



 レンさんが去った後、僕は夕ご飯を少しだけ食べて布団に潜り込んでいた。
 眠ってしまうとあの紅い悪夢を見てしまいそうで、怖くて眠れない。
 しかし、眠れずにいると余計に頭が働いてしまって、紅い悪夢が僕の過去と重なった光景を想像してしまう。
 そして、そこから更にアスナさん達が死んでしまう光景へと変わり、悲しくて涙が零れ出してくる。

「――――ねぇ……ネギ。一緒に寝よっか」

 電気が消えて暗くなった部屋の中で、アスナさんの声が聞こえた。
 カーテンの隙間から部屋の中に月明かりが射し込み、優しく微笑むアスナさんの顔が見える。
 いつもなら恥ずかしくて遠慮してしまうところだけれど、今はアスナさんの優しさに甘えたかった。


――――抱き締めてくれたアスナさんの腕の中は温かくて、僕の意識は溶けるように消えていったのだった……。





□今日の同人作家とその僕達■


「うふふ……さあ、締め切りまで一週間を切ってしまったのよ! 急ぎなさい、我がしもべ達よ!!」

 意味も無くどこかを指差しながら、ハイテンションなノリで周りを急き立てる。
 追い詰められているというのに、その顔に浮かんだのは不敵な笑み。
 この女――――早乙女ハルナは、狂っているという訳でもなく、ただ単に修羅場が大好きなのである。

「誰がしもべですか……パルはもっと余裕を持って描くべきです」

「おーっほっほっほ! 泣き言など聞かぬ、聞かぬわ!! さあ、描け描け描け描けぇぇぇーいっっっ!!!」

 その場にいるのは目を爛々と輝かせながら作業を手伝う瀬尾晶と、無理矢理手伝わされている夕映の二人のみ。
 ちなみに、のどかはその描かれている内容に頭が対応し切れずにオーバーヒートしてぶっ倒れてしまったため、戦力外ということでベッドに放り込まれていた。
 ぐったりとしながら文句を言う夕映の言葉に耳など貸さず、ハルナは自らの戦場へと再び没頭し始める。
 彼女のペン速は衰えず、寧ろ今まで以上のスピードを見せていた。

「う――――……ハルナ、この腰に巻かれた紐を解いてくださいです」

「はい却下ー!!! 解いて欲しけりゃノルマをこなせぇぇぇ!!!」

 机に突っ伏していた夕映が、突然顔を上げて体を震わせながらハルナに懇願する。
 夕映と晶の腰には紐が結ばれており、逃げられないようになっていた。
 そしてその紐の先はハルナの椅子に結ばれており、解くにはハルナの許可がいる。

「と、トイレ……………………………………だ、ダメです! もっ……もるですーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

「ぎゃあああああっっっ?! あ痛っ、ちょ……ゆえーっ?!!」



「あ――――――――」



 夕映に椅子ごと引っ張られていったハルナを横目に作業を続けていた晶が突然顔を上げ、何かを『視た』。
 その瞳はどこも見ておらず、遠い、何かを視ている。
――――晶の持つ未来視の力が、彼女にこれから起こるであろう未来を視せたのだ。
 未来を視終えたのか、晶は目を丸くさせ、きょとんとした表情を浮かべる。

「……志貴さんが、どこかの大きなお風呂場で、女の子とぶつかる……?」

 どうやら、視えた内容は志貴のことだったらしい。
 しばらくその内容に首を傾げていたが、晶は気にせず目の前の作業を再開させる。


「ま――――あれくらいのこと、志貴さんだったら日常茶飯事だし……気にしなくてもいいや」


 うむ。朴念仁はこれくらいの扱いが丁度いいのである。


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