Act4-6


【のどか】


「――――可能性としてなら寧ろ、寮にいる誰かの不安や恐怖が具現化した、という方が充分有り得そうだとは思うんだけどね」


 一昨日の昼を過ぎた頃に、ハルナの友人である瀬尾晶さんと一緒にいた男の人――――遠野志貴さんは、私の話を聞いてしばらく考え込んだ後、ネギ先生にそう話していた。
 私はネギ先生から今起きている事件について聞かされたが、人の心にある『不安』や『恐怖』が具現化して夜の麻帆良の町を徘徊しているということを聞かされて、正直卒倒しそうになる。
 想像すればするほど、それはとても怖いことでしかない。

「あの、ネギ先生。一昨日の夜の、あの黒いコートの人もそうなんですか……?」

「……はい。あれはネロ・カオス――――『混沌』と呼ばれる、吸血鬼の中でもかなり危険なランクに位置づけられている存在です」

 ネギ先生のお話によると、その『混沌』という黒コートの人は体に色んな生物の『因子』を自分の体として取り込んでいるらしい。
 そしてその取り込んだ生物を、使い魔のように使役して攻撃を繰り出すのだという。
 それを聞いて、一昨日の夜にネロさんと出会った時のことを思い出す。
 腕に止まった烏と何か話していたと思ったら、その烏はネロさんの体の中に沈み込むように姿を消した。
 つまり、その烏はそのネロさんの体の一部であり、ネロさんはその烏を使って――――

「ね、ネギ先生……そのネロさん、一昨日の夜に会った時、寮の前にいましたよね……?」

「ええ……もしかすると、のどかさんの件も『混沌』によるものかもしれません」

 ネギ先生は私の顔を真剣な顔で見つめてくる。
 その真剣な瞳に、私の胸が跳ね上がってしまう。
 寮の皆に危険が迫っているかもしれないというのに、私は不謹慎にもネギ先生の熱い視線に胸がドキドキしてそれどころではなかった。

「……でも、危険とは言っても吸血鬼ですから、動き出すのは恐らく夜でしょう。それまでに何とか……」


『次は――――麻帆良学園中央駅――――』


「あ……そろそろ着きますね。とにかく、敵のことを知らないとどうにもなりません。行きましょう!」

 車掌さんのアナウンスで、ネギ先生の熱い視線が逸れてしまって、ちょっと残念。
 ふとネギ先生の後ろに視線を向けると――――志貴さんが眉間に皺を寄せて、難しい顔で何かを考え込んでいた。
 私の視線に気付いた志貴さんは、私に小さく苦笑して見せて車窓の外の景色に目を向ける。


 もしかすると、志貴さんは何か知っているのかも……。




〜朧月〜




【志貴】


『次は――――麻帆良学園中央駅――――』


 車内のアナウンスが流れ、麻帆良学園中央駅に到着する。
 ちょっとした懸念材料が出来てしまったため、少し憂鬱な気分だ。
――――ネロ・カオスがこの町にいる。
 当然といえば当然だが、俺の恐怖、あるいは不安が具現化したものだろう。
 倒したのは確かに俺であるが、俺ではないとも言える。
 あの時は意識が反転していたために、自分であり自分ではない状態だった。
 正直、今回も勝てるとはとても思えない。
 とはいえ、ネギ君達も不安なのだから、余計不安にさせるような顔は見せないよう心がけて学園への道を歩いていく。

 中央駅から学園までは駆け足で十分。
 走らなければいけないほどでもないので、このかちゃんやアスナちゃん達の横に並んで歩きながら話していると、ふと俺達から少し遅れてついて来る刹那ちゃんの姿が視界に入った。
 何だか気になり、歩調を緩めて刹那ちゃんの隣に並ぶ。
 刹那ちゃんは隣に並んできた俺に気付いて目を丸くさせると、立ち止まって戸惑ったような表情を見せる。

「……何か、用ですか?」

「あ、いや……刹那ちゃんはこのかちゃん達と一緒に話したりしないのかな、と思って……」

「っ……あなたが心配するようなことではありません。……あなたが遠野の人間だからこそ、こうして私が後ろから警戒してお嬢様をお守りしているのです」

 ぴしゃり、と冷たく突っぱねられてしまった。
 刹那ちゃんの言う『お嬢様』というのが、このかちゃんだということは既に聞いているが……そのこのかちゃんの隣にいる俺を警戒するというのならば、彼女はこのかちゃんと俺の間にいるべきなのではなかろうか?
 そんなことを思っていると、立ち止まってしまった俺と刹那ちゃんを心配したのか、このかちゃんがこちらに駆け寄って来ていた。
 アスナちゃんやネギ君達も立ち止まって、こちらを見ている。

「せっちゃん、せっちゃん。ほら、いつもみたいに一緒に行こ?」

「え、いや、あの――――は、はい……わ、わかりました」

 このかちゃんが刹那ちゃんの手を取って、アスナちゃん達の方へと引っ張っていく。
 刹那ちゃんは困ったような顔のまま、このかちゃんに引っ張られるがまま連れて行かれた。
 少し戸惑いながらも笑顔を浮かべている刹那ちゃんを見て、何だかホッとしている自分に気付く。
 女の子はやっぱり笑顔の方が似合うと思いながら、しばらくその場に立ち尽くす。

「ほらほら、志貴さんもー」

「ハハ……わかったよ、このかちゃん」

 このかちゃんは刹那ちゃんをアスナちゃん達の隣に連れて行った後、今度は俺の後ろに回り込んで、俺の背中を押していく。
 何が嬉しいのか、やたらいい笑顔で俺の背中を押すこのかちゃんにされるがまま、刹那ちゃんの隣に並ばされる。
 隣に並んだ俺を見て、刹那ちゃんは戸惑った顔のまま、皆と一緒に学園へと向かって歩き始めた。



 アスナちゃんやこのかちゃん達が通っているという、麻帆良学園本校女子中等学校。
 その入り口前の階段に差し掛かったその時、見覚えのある姿を目にして驚く。

 三つ編みで一本に纏められた、紫色の長い髪の毛。

 頭の上に乗せられた、紫色のベレー帽。

 そして――――驚きに染まった、紫色の瞳。

「シオン?!」

「志貴?!」

 ほぼ同時に互いの名を呼び合い、互いを確認する。
 シオンの隣には愛衣ちゃんと、この学園の教師らしき男性が立ってこちらを見ている。
 どうやらネギ君達の知り合いらしく、アスナちゃん達がそれぞれ挨拶をしながらシオン達の方へと近づいていく。
 俺もその後を追って近づくと、シオンが微妙な顔で話しかけてきた。

「まったく……どういうことか、後で詳しく聞かせてもらいますよ、志貴?」

「あー……お手柔らかに頼む」

 俺の返答が不満なのか、無言でこちらにジト目を向けるシオンから視線を逸らすと、シオンと一緒にいた男性と視線が合う。
 その男性はネギ君達と少し話した後、柔和そうな笑顔を浮かべながら話しかけてきた。

「君が遠野志貴君か。初めまして、僕は高畑・T・タカミチ。ネギ君と同じく、ここの教員をしている」

 男の人……タカミチさんはシオンから話を聞いて、ある程度俺のことを知っているらしいので俺も軽い挨拶程度で済まし……。
――――って、ちょっと待て。
 何か今聞き逃してはいけない言葉が無かったか?
 ちらり、と視線をネギ君に向けると、ネギ君はきょとんとした表情で首を傾げる。
 ……うん、俺にショタコンの気は無い……はず。

「……あの。……俺の聞き間違いでなければ、今、ネギ君が教員をしているように聞こえたんですが……」

「ああ、ネギ君は特例として、この麻帆良学園の一教師として認められているんだよ。ちなみに、アスナ君やこのか君達のクラスである3−Aを担当しているよ」

 そういえばネギ君が何をしているのか聞いてなかったが……てっきり、この学園の初等部に通う学生だと思い込んでしまっていた。
 ……非日常が、日常を侵蝕してきているのだろうか?
 十歳ほどの男の子が教職って……特例とか言ってたけど、そんなん認められるのか?

「別に暗示やそういった類のものは使っていませんが……志貴、あなたの身近にもいたでしょう、『なんちゃって女子高生』が。それと似たようなものだと思って大差ありません」

 ……ああ、そういえばウチの高校にもいたっけ。
 しかし、最近のシオンは随分と毒を吐くなあ……。
 まあ、それで思い至る俺も俺だけど。


――――シオンの言葉で、俺の脳裏に眼鏡をかけた青い髪の女性の姿が浮かんだのだった……。





□今日のNG■(友情出演:某F市教会在住のシスターさん)


「くしゅんっ! ……むぅ、風邪でも引きましたかね? あ、ご主人、ポークカレー特盛り追加お願いします」

 もはや諦めたのか、肩を落とした店の主人らしき男性は眼鏡をかけた青い髪の女性――――言うまでも無くシエル――――の前に、皿から溢れんばかりによそってあるポークカレーを置いて厨房へと戻っていった。
 目の前に置かれたご馳走に笑顔を浮かべたシエルは、右手に持ったスプーンでそのご馳走を掬おうとした……が、向かい側より差し出されたスプーンによって遮られる。
 シエルはその遮るように差し出されたスプーンの主に、恨めしそうな視線を向ける。

「……いい加減にしたらどうです、シエル?」

「……他人の楽しみの時間を邪魔しないでいただけますか、シスター・カレン?」

 向かい側に座ってシエルのスプーンを自らのスプーンで遮っている、銀の髪に金色の瞳を持ったシスター――――カレン・オルテンシアの言葉を、シエルは笑顔で切り捨てる。
 カレンの持つ、悪魔に近付くと自動的に霊障を再現してしまうという特殊な体質は、普通の人の心の中にある『魔』にすらも反応してしまうため少し辛いのだが、それでも平然とした顔を装いながらシエルにジトリとした視線を向けていた。

――――麻帆良でタタリが起き始めてから四日目。
 シエルは一昨日帰国してすぐに、教会の命によって某F市へと来ていた。……腹の中で自らの上司に対する怨嗟の言葉を連ねながら。
 カレンはその某F市の教会の後任代理として滞在しており、今日はたまたま食材調達のために町中へ出ていた。
 が、最悪なことに機嫌の悪いシエルに捕まり、ストレス発散という名目でカレーショップ泣かせのヤケ食いにつき合わされ、今に至る。
 今の自分の状況を把握して一つため息を吐き、シエルへと目を向けると――――山のように盛られていたはずの特盛りポークカレーが、あっという間に半分に減っていた。

「……もう一度言いますが、いい加減にしたらどうです、インド?」

「……もう一度言いますが、他人の楽しみの時間を邪魔しやがるなこの露出狂」


「にゃにゃにゃ、腹黒毒舌シスターの意見には概ね同意だが、知得留がカレー食わなくなったら世界の破滅が近くなったりならなかったりなのでマジ勘弁なのにゃー」


 突然聞こえた声に、シエルが固まる。
 いつの間にか黒鍵を構えたシエルが、空気を震わせながらゆっくりと声の聞こえた方へと顔を向ける。
 だが、それよりも先に――――カレンが苦しみの声を上げた。

「う――――っく……」

(ピョコンッ)

 生えた。
 カレンの頭に、ネコミミが。

――――ネコアルクは、『ネコ精霊』という名の『悪魔』である。
 故に、カレンの特殊体質が反応してしまったのだ。
 ……精霊なのに何で悪魔なのか、とか問われても、その……困る。

「おおー、腹黒毒舌シスターは実はネコミミ属性持ちであったか。にゃにゃにゃ、いいことしていい気分なあちしなのであった。……つー訳で――――グッバイ! よろしく勇気!!」

「あ……ま、待ちなさいっっっ!!!」

 ネコミミの生えたカレンに驚きながらも、逃げ出したネコアルクを追って黒鍵片手に飛び出していくシエル。
 取り残されたカレンは窓ガラスに映った自分の顔――――というより、頭に生えたネコミミを見て大きくため息を吐いた。


「このままの姿で帰れ、と……? にゃぜ、私が……。……………にゃ?」


 言葉すらままならなくなったカレンは、肩を落としながら立ち上がりフラフラと店の出口へと向かう。
 そこへ店員が立ちはだかり、シエルが喰いに喰いまくった伝票を手渡され、その額に卒倒しそうになったのは言うまでも無い。


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