Act4-7


【エヴァ】


「……ター……マスター、起きてください」


「む――――んぅ……眠い……。もう少し寝かせろ……」

 茶々丸の声と共に、布団に包まって眠る私の体が揺らされる。
 そろそろ雪が降り出しそうなくらい寒くなってきている季節だから、布団の中から出るのがとても辛い。
 冬の朝の布団の温もりには、呪いか魔法でもかかっているのではないかと疑ってしまいそうなほどだ。
 布団の外と中の温度の差が激しいのがいけないのであって、私が今こうして布団から離れられないのは私のせいではない。
 そんな言い訳を心の中でしながらしばらく布団の中でもぞもぞと蠢いていると、突然布団が剥ぎ取られてしまった。

「〜〜〜〜〜……茶々丸、布団を返せ」

 強引な手段に打って出てきた自分の従者を、恨めしい目で睨む。
 見上げたその従者の頭に黒い毛玉のようなモノが見えて、目を擦ってもう一度見てみたが、やはり黒い毛玉が従者の頭に乗っている。
 だがよく見てみれば、それは志貴の使い魔――――黒猫のレンだった。

「マスター、レンさんの話によると、既に志貴さん達は学園の方へ向かったそうですが」

「……何?」

 茶々丸の言葉に、思わず呆けてしまう。
 辺りを探して見つけた時計を見て、今の時刻を確認して固まる。
 短針は九に限りなく近づき、長針は――――既に十二へと迫りつつあった。
 ベッドから転げ落ちるかのように起きた私は、後ろでのんびりと頭の上の黒猫を撫でる茶々丸を睨みつけ怒鳴る。

「何でもっと早く起こさなかったんだ!!」

「いつもどおりに行くのでしたら、先程、高畑先生がいらっしゃった時に起こした時間が限界だったのですが、二度寝に入った後はいくら声をかけても起きなかったので……今度からは何かで叩いて起こしましょうか?」

「……い、いや……いい」

 手近な場所にあった本棚から分厚い本を一冊取り出して素振りを始める自らの従者に、割と本気で警戒しながら遠慮しておいた。
 とにかく今は――――すぐにでも学園へ向かわないといけない。
 茶々丸が予め用意しておいた服に袖を通し、パンを咥えたまま茶々丸の腕に乗って学園へ向けて飛び立つ。


――――さて……志貴のような不確定要素イレギュラーに対して、あのジジイがどう出るのか……楽しませてもらうとしようか。




〜朧月〜




【アスナ】


「おはようございます、高畑先生。あの……その人は……?」

 学園の玄関前には、高畑先生と愛衣ちゃん、そして――――紫色っぽい女性がいた。
 第一印象は頭が良さそうで、真面目そうな人。
 でも服は軍服みたいに見えるから、軍人さんに見えなくもない。
 うーん……あのベレー帽が賢そうに見せてるのかな……?

「ああ、おはよう。彼女は錬金術師のシオン君。まあ……僕らと似たようなものさ」

「初めまして、シオン・エルトナム・アトラシアです。厳密に言うと、私達とタカミチ達は大きく異なりますが……まあ、そういうことにしておきましょう」

 紫色っぽい女性――――シオンさんは志貴さんの知り合いらしく、志貴さんと二言、三言話した後、高畑先生の紹介に続いて私達に自己紹介してきた。
 れんきん術師というからには、ネギ達魔法使いとは違った何かを使う人なんだろう。
 ……後でネギに詳しく聞いてみよう。
 シオンさんが淡々とした口調で自己紹介を終えると、何かに気付いたらしいネギがシオンさんに話しかける。

「あの、アトラシアって……まさか次期アトラス院長の……?」

「ほう……その若さでアトラス院について知っているとは、なかなか聡明な……? いえ、まさかあなたは――――?」

「彼の名はネギ・スプリングフィールド……君の想像通り、“ 千の魔法使い サウザンドマスター”、ナギ・スプリングフィールドの子だよ。……君達の方でも、サウザンドマスターのことは結構有名なんじゃないかな?」

 ネギの姿を見て視線を鋭くさせたシオンさんに、高畑先生がネギのお父さんがサウザンドマスターであることを教える。
 それを聞いたシオンさんは、ネギを頭の先から足の爪先までまるで鑑定するかのように見ていた。
 何だかその視線が気に入らなくて、シオンさんとネギの間に割って入り、シオンさんと向かい合う。
 ネギを遮るように突然現れた私を見て、シオンさんは目を丸くさせた後に、悪戯めいた笑みを浮かべる。
 その笑みは私の第一印象からするとかなり意外だったが、その後の言葉はもっと意外……というか、勘弁して欲しかった。


「ふむ――――これは失礼した。サウザンドマスターといえば、かなり早い時期から多くの女性をパートナーにしていたという噂も聞いている。なるほど……ネギもまた、彼の血を引いているということですね」


「……………はぇ?」

 シオンさんは、何かを納得したかのように何度も頷いている。
 私はシオンさんが何を言ったのか、頭の中での処理が追いつかずに、間の抜けた声を出して固まってしまっていた。
 固まった私に構わず、シオンさんは高畑先生の方に向き直って口を開く。

「さて……そろそろ行きましょう。タカミチ、案内をお願いします」

「ああ、わかった」

 高畑先生が苦笑しながら、シオンさん達と共に学園へと向かう。
 ネギは私が固まって動かないことに気付いたのか、困ったような顔で私とシオンさん達へ交互に視線を向けていた。
 私はといえばようやく脳内の処理が終わり、言葉の意味を理解して顔が真っ赤に染まっていく。
 要は、シオンさんは私がネギのパートナー……伴侶か何かだと思ってしまったらしい。
 とにかく、否定した上で何か一言言わないと気が済まない。
 一言言おうと振り返ったその時――――顔だけこちらに向けたシオンさんが、私に向けてピンポイントにしてやったりといった風の意地の悪い笑みを浮かべていた。


――――――――――――ぷ、つん。


「あ……アスナ、さん……? 今、何か切れる音……が――――ひぃぃぃっっっ?!!」


「こんの……ゆかりご飯がぁぁぁーーーーーっっっ!!!!!」


 怒りに任せて、アーティファクト片手にシオンへと突進していく。
 勢いに乗って振り下ろしたハリセンは冷静に避わされ、擦れ違い様に背中を押されて転びそうになる。
 何とか踏みとどまって後ろをキッと睨むと、そこには平然とした顔のシオンが立っていた。

「猪突猛進とはまるであなたのためにあるような言葉ですね、アスナ。それと、『ゆかりご飯』というのは少々傷つきます」

「うるっさいわねっ! わかっててからかったアンタが悪いんでしょうが!」

「コラコラ、アスナ君。喧嘩は良くない」

 苦笑した高畑先生に諌められ、渋々ながら怒りを抑える。
 シオンは冷静な顔で、私との間に志貴さんという壁を置いて高畑先生の後について行く。
 志貴さんの向こう側にいるシオンを横目で睨んでいると、その視線に気付いたらしい志貴さんが申し訳無さそうに頭を小さく下げていた。


――――……正直、未だ腹の中は怒りで煮え滾っていたが、志貴さんに免じて許すことにした。





□今日の裏話■


 時間が無いとわかり、急いで外へ出る。
 玄関を出た直後、突然後ろでボスッという音が聞こえて振り向く。
 そこには――――

「……ココネ。そこで何をしている」

 茶々丸に肩車されているココネの姿があった。
 突然のことに驚いたのか、レンが茶々丸の頭から落ちて茶々丸の足下からココネを恨めしげに見上げている。
 どうやら、二階のベランダから茶々丸の肩目がけて落ちてきたらしい。
 ココネは無言で私、レン、茶々丸と視線を動かしていき、何かを探すように辺りに視線を向けた。
 そして最後に私に視線を戻して、口を開いてボソボソと話す。

「……シキは?」

「志貴さんはここにはおられません。昨夜は、中等部女子寮の医務室に泊まられたかと」

 ココネの簡潔な問いに、茶々丸が淡々と答える。
 その返答に少し思案気に宙を見上げた後、茶々丸の肩から飛び降りてどこかへ去っていった。

「……私の頭に乗っかっていたレンさんが、志貴さんの黒髪に見えたのでしょう」

 茶々丸は去っていくココネを見送りながら、下に落ちたレンを抱き上げ自分の頭に乗せて呟く。
 二階のベランダを何となく見上げて、ココネの去っていった方向に視線を向ける。

「フン……訳のわからん奴だ。行くぞ、茶々丸」

 志貴の肩車、か。
 ……ふむ、それも悪くないかもしれない。
 それくらいなら、と安請け合いする志貴の笑顔が頭に浮かび、そこからどうしてやろうかと考えて笑みが浮かぶ。
 坊やを弄るのも楽しいが、志貴は志貴で坊やとは違った反応があって楽しい。


 さて――――そのためにも、まずは志貴を私の家に連れ戻さなければならないな。


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