Act4-12


【美空】


 学園長室に集められた魔法使い達の中で、シオンの永遠に続くと思えるような長々とした説明にウンザリした顔を見せる、謎のシスターこと春日美空
 彼女がうつらうつらとし始めたその時、アスナが知恵熱を出してぶっ倒れ、シオンの長話が中断された。
 彼女は内心小躍りしつつ、隙を突いてさあ逃げ出そうとしたところでアスナが起きてしまい、あっという間にシスター・シャークティに捕まり、元いた場所へと首根っこ掴まれて引きずり戻される。

「アスナ……タイミング激悪……。あ〜……逃げられると思ったのになぁ……。って……あれ、ココネは?」

 ふと気付けば、先程まで彼女とシスター・シャークティの間にいたはずのココネの姿が見当たらない。
 どこかから逃げ出したのかと思い、辺りを見渡してみると――――……見つけた。
 ココネのいたその場所に、美空は固まる。


「志貴は私の家に二日も泊まったんだ。今更他の場所で泊まるよりも、私の家の方が勝手がいいはずだ」

「ですが志貴はそれを断っている。志貴は三咲町に連れ帰るのですから、あなたの従者にさせる訳にはいかない。それに、あなたは一応とはいえ女子中学生の身。若い男女が一つ屋根の下に住むなどということは、学園長が許さないでしょう」

「断られているのは貴様もだろうが、アトラス。私が志貴を従者にしようが何にしようが、それは志貴の意思次第であって、貴様にとやかく言う権利は無いだろう。……そもそも、女子中学生もクソもあるか! 十五年だぞ!? 十五年も留年している女子中学生がどこにいる!! ……ええい、ハッキリしない志貴が悪い! 志貴、さっさと私の家に泊まると言え!!」

「志貴、冷静に考えてくれればいいのです。彼女の家に泊まるということの危険性は志貴もわかっているはず……。その点、志貴が遠野の名を使って系列店に泊まることができるのは、志貴が遠野姓を名乗らせられた時から生じた当然の権利で、あなたが気に病むことは何一つ存在しない。……志貴、判断を」


「うわー……戦え殺せ恋せよ乙女! って感じ? イ●ラエルとか●レスチナもまっつぁおな超緊張状態になってるじゃん……」

 志貴の泊まる場所を巡って、シオンとエヴァンジェリンが睨み合うその場所は、もはや一触即発な空気が漂っていた。
 そこは、乙女にとっての火花飛び散る激戦区。
 学園長室の空気は、その二人を中心に激しく鳴動していた。
 彼女の心中をそのまま出すならば、「わー、ここ何てドラ●ンボールの戦場ー?」といったところか。
 そんな所へ、トコトコと無防備に近づいていくココネの姿があったのだ。

 優柔不断な返答をしてしまったが故に、志貴はエヴァンジェリンとシオンから睨まれる羽目に陥ってしまっていた。
 ココネはそんな状態の志貴に近づき、くいくいと服の裾を引っ張る。
 それに気付いた志貴は、愛想のいい笑顔を浮かべながらココネに話しかけた。

「どうかしたの、ココネちゃん?」

「……シキ、教会に泊まるといい」

 ボソリ、とココネの呟いたその言葉に、志貴の笑顔がビシリと固まり、彼の背後からココネへと凄まじく冷たい視線が向けられる。
 恐らく今のココネの発言で、それまで敵とすら思われていなかったであろうココネが、めでたくシオンとエヴァンジェリンからこの激戦区における敵と認識されてしまったようだ。
 死んだ。
 ああ、死んだ。

 ささやき、えいしょう、いのり、ねんじろ!

「コシヒカリだか一目惚れだか知らないけど……随分と強くなったわね、ココネ……」

 ちょっと悲しげな顔で呟く、謎のシスター。
 目尻を指で軽く拭い、悲しげな笑顔で学園長室の窓の外へ遠い目を向ける。
 どうやら、彼女の中では既にココネの死が確定してしまっているらしい。
 ココネはそんな謎のシスターをいつものような視線で一瞥した後、志貴に向かってまるで祈るかのように手を胸の前で組み合わせて呟く。


「……困った者を救うのも、教会の仕事。泊まる所が無い者に、雨風を凌げる場所を与えるのも神の施しの一つ……」


「……そういえば以前、似たようなこと言ってましたね。シスター・シャークティ」

 呟いて、謎のシスターは隣のシスター・シャークティへと目を向ける。
 案の定、シスター・シャークティは頭を押さえて、疲れたような顔をしながらため息をついていた。
 何だか最近、私に似てきたかもーと思い、彼女は少しだけ罪悪感を感じたりしたが、気にしないことにする。
 ココネに視線を向ければ、志貴の服の裾を掴んだまま上目遣いをしていて、ふと『最近の女子小学生は早熟』とかいう週刊誌の三面記事とかによくありそうな見出しが彼女の脳裏を過ぎった。

「(……シスター・シャークティが困るのは見てて面白いけど、教会に泊まられるのはなあ……。あー……そういえば、新しいシスター服の代金、彼に弁償してもらわないと……)」


――――謎のシスターは窓の外から遠くを見ながらそんなことを考えていた。……半ば現実逃避気味に。




〜朧月〜




【愛衣】


 エヴァンジェリンさんは、志貴さんに興味を持ったらしく、自分の家に泊まらせようとしている。
 シオンさんは、志貴さんは一応遠野家の長男なのだから、彼女らと同じく遠野グループホテルに泊まればいいと言っている。
 そして、そこへ突如乱入したココネさんは、教会の宿泊施設に泊まることを志貴さんに勧めた。

 三方向から向けられる選択を迫る視線に、志貴さんは追い詰められたような表情で目を泳がせている。
 学園長先生はその状況を見ても楽しげに笑っているだけで、口を挟むつもりは無いらしい。
 ……訂正。どうやら、ただ単に口を挟めないだけのようだ。
 そんな四面楚歌な状態の志貴さんへ――――果たして、救いの手は差し伸べられた。


「……学園長。女子寮の警備として、しばらく彼を雇ってはどうでしょうか」


 それまで黙したままだった刹那さんが、小さく手を上げて学園長先生に提案したのだ。
 その提案が意外だったのか、学園長先生が目を丸くさせている。
 刹那さんが志貴さんを女子寮の警備に推薦したことに、私も少し驚いていた。

 このかさんの護衛である刹那さんは、このかさんに近づく男性に対して、大抵警戒するような態度をとる。
 そんな刹那さんが、このかさんと顔を合わせることも多いであろう女子寮の警備に志貴さんを推薦したのだから、刹那さんを知る人は驚いてもおかしくないと思う。
 現にアスナさんやエヴァンジェリンさん達も、程度の差こそあれ目を丸くさせている。
 このかさんはそんな刹那さんを見て、何故か嬉しそうに笑っていたが。
 昨夜、志貴さんに斬りかかったことや、昨夜の見張り交代の時の刹那さんの様子から察するに――――刹那さんは志貴さんのことを知っていると考えていいだろう。
 斬りかかっていたものだから憎んでいるのかと思えば、寝ている志貴さんを見て悲しそうな顔を見せたりと、刹那さんの志貴さんに対する感情は相当複雑なもののようだ。

「寮の一階に、警備員室があったはずですが」

「う、うむ……確かに、少し前までは山田さんが住み込みで警備をしてくれておったが……」

 山田さんというのは、今年で齢六十五を迎えられたご老人のことである。
 まあ老後のアルバイトといった感じではあるが、鍛えていたらしく老人ながらも動きはしっかりしていた。
 山田さんが住み込んでいるというその警備員室とは、寮の出入り口に造られた一室のことである。
 以前一度入ったことがあるが、窓口の奥には生活スペースがあり、畳が敷かれた和室の作りになっていた。
 警備の仕事と言っても、日中皆が学園へ登校した後に不審者が侵入しないか見張ることと、夜に出入り口を閉じてから一度寮全体を見て回る程度のものである。
 それに、中等部の女子寮には刹那さんの他にも魔法に関わっている人達がいるので、特に仕事がある訳でもなく暇なものらしい。

「その山田さんは、今は休暇をとられて旅行に出ているとか。その警備員室ならば、私も監視がし易くて助かるのですが。……混血の宗主たる遠野姓を名乗っている以上、私は彼を警戒すべきだと思います」

 刹那さんは遠野姓を名乗っているから志貴さんを警戒すべきだと言っていたが、私にはそれが本心のようには思えなかった。
 単なる私の直感でしかなかったけれど、何となくそれが当たっているような気がする。
 言い終えてから、志貴さんへと向けた刹那さんの顔に表情は無い。
 ……けれど、表情は無くとも、私には刹那さんの瞳が何かに大きく揺らいでいるように見えた。

「ふむ、四つほど候補が上がったが……君はどうしたいかね、志貴君?」

 刹那さんの提案を受けてしばらく考え込んだ後、学園長先生は当人である志貴さんに問いかけた。
 先程と変わらず三方向からの視線を受け続けていた志貴さんは、一度刹那さんの方を見てから学園長先生へと視線を向ける。
 志貴さんがこれから口にするであろうことが、私には何となくわかった。

「あー……その、女子寮の警備って給料出ますか?」

「勿論じゃよ。それに――――君もタタリと戦ってくれるのじゃろう? それで報酬無しでは、バチが当たってしまうぞい」

 フォッフォッフォと嬉しげに笑いながら、学園長先生が志貴さんの問いに答える。
 志貴さんを守銭奴などと思うなかれ。
 昨日志貴さん自身から聞いたのだが、この町に来るための費用は、妹さんから唯一支給されるお昼ご飯のお金……たった五百円を、お昼ご飯も食べずに貯めたらしい。
 後、密かにしていた、遠野家に住み込みで働いているお手伝いさんのアルバイト。
 アルバイトの内容は聞かせてくれなかったが、志貴さんの全身がプルプル震えていたのがとっても印象的。
 ……何か恐ろしいことでもあったのだろうか?
 初めからアルバイトをすれば良かったのではないか、というアスナさんの言葉に、『遠野家の長男たる者が、そのようなことをしてはいけない』という理由で妹さんからアルバイト禁止令が出されているため、できないのだと志貴さんは疲れた顔で語っていた。

 まあ、その努力は凄いと思う。
 思うのだが――――諸費込みで考えると帰りの分までは後少し足らず、この町で日雇いのアルバイトを探し、そのアルバイト先の建物で一泊してから帰るつもりだったのだと言う。
 ……それを聞いて、その場にいた皆が同情のため息を吐いていたのを覚えている。

「それじゃあ――――女子寮の警備員室でお願いします」

「うむ……スマンの、シオン君。エヴァンジェリンの言葉ではないが、保険として志貴君をこちらで預からせてもらうよ」

「はぁ……。……まあ、志貴自身の意思で決めたことですから、私は何も言うべきではないでしょう」

 シオンさんは半ば諦めたようにため息を吐きながら、志貴さんにジト目を向ける。
 エヴァンジェリンさんも……と思ったが、エヴァンジェリンさんは志貴さんではなく、刹那さんの方を見ていた。
 女子寮の警備員室を提案したことで怒っているのかと思ったが、どうもエヴァンジェリンさんは刹那さんを睨んでいる訳ではないらしい。
 その視線に気付いた刹那さんがエヴァンジェリンさんと目を合わせるが、すぐに逃げるように目を逸らす。
 俯いた刹那さんの横顔には、どこか――――愁いのようなものが見える。


 ここ数日、刹那さんの様子がおかしいとは思っていたけれど……私はその愁いを帯びた横顔に、その原因がわかったような気がした。





□今日のNG■


 ここ数日、刹那さんの様子がおかしいとは思っていたけれど……私はその愁いを帯びた横顔に、その原因がわかったような気がした。
 そう、志貴さんと刹那さんはきっとこの学園に来る前――――――――


 雨降り頻る夜の京都の町。
 光届かぬ夜の闇の中で、二人の男女が向かい合っている。
 勿論、志貴さんと刹那さんだ。

『刹那ちゃん……俺はもう、行かなきゃならない』

『……ウチを捨てて行ってしまうん? ずっと……志貴さんと一緒にいられる思たんに……』

『……ああ……俺も、ずっと一緒にいられるって……思ってたよ。でも――――』

 悲しげな顔で語る志貴さんの口を、刹那さんの唇が塞ぐ。
 そのまま、永遠とも思える間口付けを交わした後。
 志貴さんは何も言わずに刹那さんの前から去っていった。

 去っていく愛しい男の背中が見えなくなった後、泣き崩れる刹那さん。
 京都の夜の雨は、彼女を厳しく打ち付けていた……。


 ……その別れから幾年。
 二人はここ、麻帆良の町で再会する。
 その運命的とでも言うべき再会に、二人の恋は再び燃え上がり始め――――――――!!


「――――愛衣? ……ちょっと聞いているの、愛衣!!」

「……へ? あ、はいっ!! 何でしょう、お姉様!?」

 いけないいけない。
 ちょっぴり妄想が過ぎてしまったようだ。
 多分に私の妄想が入り混じってた気がするので、真実は違っているのだろう。


 ……でも、そんな恋愛にも憧れちゃうなぁ……。


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