Act4-13


【千草】


「千草はんー? どうしたんどす?」

「……何もあらへん。単に昨日んこと思い出しとっただけのことや」

 ぼうっとしながら机に突っ伏していたところへ月詠の少し間延びした声が聞こえ、ため息混じりに答える。
 天ヶ崎千草は昨日の作戦を失敗して隠れ家へと戻ってきてから、麻帆良の町の地図やら様々な資料を前にして、ただただぼうっとし続けていた。
 何も考えていなかった訳ではない。
 寧ろ、手元には千草が練り上げた幾通りもの作戦が揃っている。
 しかし――――未だに、志貴の蒼眼を思い出すたびに小さく震えが走るのだ。

「(七夜……? いや、あんなん混血殺しの七夜やあらへん。あの男は――――『死神』や)」

 ギリ、と歯を鳴らしながら呟く。
 昨日の作戦は、後一歩というところまで成功していた。
 残るは近衛木乃香を攫うのみ。
 アスナと楓の二人は間に合わず、攫うことなど容易い状況だった。

 ……だが、千草の言うあの男――――遠野志貴という不確定要素イレギュラーの乱入によって、作戦の全てが一瞬にして瓦解してしまった。

 アスナの持つ式返しのハリセンならば、呪符は残る。
 しかし、志貴は呪符すら残さずに熊鬼を消滅――――……否、『殺して』しまったのだ。
 その異常性から、猿鬼はすぐに志貴を倒すことから本来の木乃香を攫うことに切り替えたが、結局アスナの使うハリセンによって送り返されてしまった。
 それからというもの、幾ら作戦を立てたとしても、あの蒼い瞳を思い出す度にその作戦が崩壊していってしまうのである。
 あの蒼眼の前には、如何なる障害も障害足りえなくなってしまうのではないか。
 考えれば考えるほど、余計にあの男への恐怖が増していく。
 三日前の夜に出会った七夜と名乗る男に瓜二つだったが、もしあの男も七夜の暗殺術を使えると考えれば――――攻めるどころか、今この瞬間に自分の首が刎ねられかねない。

 と、突然首筋に感じた冷たい感覚に咄嗟に振り向くと、そこにはアイスを咥えて、もう一本のアイスを千草の首に近づけようとしている月詠の姿があった。
 安堵のため息を吐きながら、月詠が差し出したアイスを受け取る。
 千草は口にしたアイスの冷たさを感じながら、少し冷静に考え直してみる。
 冷静になって客観的に考えてみると、自分は相手のことを知らない内から少し警戒し過ぎているのかもしれない。
 ……偵察がてらに町を歩いて、気分を切り替えるというのもいいだろう。

「……月詠はん、コレ食うたらちと外に出てきますわ。お留守番、よろしく頼みますえ」

「はぁ〜い、お気をつけて〜」

 月詠の間延びした声を聞きながら眼鏡を外し、肩を露出させた着物を脱いでいく。
 パサリ、と軽い音を立てて着物と帯が足下に舞い落ち、程好く整ったスタイルを持つ千草の裸身が露となる。
 そして変装用に用意しておいたスーツに袖を通す。
 最後に『魔力殺しの札』をスーツの内ポケットに貼り付けた。
 この『魔力殺しの札』で自らの魔力を消し、一般人の波に紛れ込むのである。
 町に溢れ返る人を逆に利用すれば、この町の魔法使い達であってもそう簡単に見つけることはできないだろうと考えたのである。

「……千草はん、千草はん。『身隠し』の呪符付けといた方がええとちゃいますー?」

「はあ? そんなん付けたら、この変装の意味がのうなってまうやないの」

 月詠の言葉に訝しげな顔をしながらも、念のためということで『身隠し』の呪符を懐に入れておく。
 ……変装した千草の姿は美人キャリアウーマンといった風であり、町行く男達の視線を誘うだけの魅力が備わっていた。
 まあ、当の本人はそんなことには無頓着なので気付かないのではあるが。


――――その後町に出た千草は、魔法使い達の目からは何とか逃れられていたが、一般人男性達の目からは逃れられないのであった……。




〜朧月〜




【エヴァ】


「ふむ、そろそろ昼時か。それではこれくらいで切り上げるとしようかの。とりあえず、今後は君の言う白猫――――レンという少女を模ったタタリを倒すことを目標とすることでよろしいのかな、シオン君?」

「ええ、昨夜早々に結界を閉ざしたこと等、多少気になる点はまだ残っていますが……当面はその方向で進めて間違いは無いでしょう」

 ジジイの言葉通り、気が付けば短針は既に十二を指していた。
 これほどまでに時間を喰った原因の大部分は、アトラスの長ったらしい説明にある。
 志貴の宿泊先を決めるのにも時間はかかったが、それに比べればまだマシだろう。



 ……結局、志貴は刹那の提案した女子寮の警備員室に泊まることとなったが、諦めるつもりは無い。
 ジジイは志貴に選択させていたのだから、要は志貴を私の家に泊まりたくなるように心変わりさせてしまえばいいだけの話だ。

「ふん……志貴はいずれ必ず、自らの意思で私の下へ来させてみせるさ」

 散会し、ジジイの部屋から廊下に出た後、坊や達と共に去っていく志貴の背中を見ながら呟く。
 志貴のあの力を私の手の内にしてしまえば、サウザンドマスターとて恐るるに足らないだろう。
 もしかすると、私のこの身にかけられた呪いも解けるかもしれない。
 そのためにはまず、志貴の隠している『力』をよく知らなければならない。
 しかし朝早くから起きたせいか瞼が重く感じられ、軽く昼寝でもしておこうと思い、茶々丸と共に屋上へと向かう。

「『闇の福音』……何故、志貴を従者にしようとするのです?」

 屋上の階段に差しかかった所で、後ろから声をかけられた。
 アトラスの周りにタカミチ達の姿は無い。
 何か理由でもつけて一人になり、私達の後を追ってきたのだろう。
 私が志貴を従者にすると言ったことを警戒しているのか、冷静ながらもここでの戦闘も辞さないという態度を見せている。

「アトラスか。フッ――――かの真祖の姫を殺したという志貴の『力』……私が欲さないと思うか?」

「っ……!! 矢張り、あなたは志貴の『力』について知って……!」

 意地の悪い笑みを浮かべながら、アトラスの危惧しているであろうことを告げてやる。
 予想通り、アトラスはそれを聞くや否や後ろに跳んで私達から距離を取ると、即座に低く身構えて腰のポシェットに手を入れたままこちらを鋭く睨みつけてきた。
 私は構わず屋上へと続く階段を数段上ってから振り返り、尚身構えるアトラスを見下ろしながら口を開く。

「さてね……何らかの魔眼だということまではわかったが、まあ……それが何の魔眼かについては、志貴自身が自分の意思で話さない限り聞くつもりは無い」

 封印された状態とはいえ、アトラスの錬金術師如きに後れをとるはずも無く、余裕の笑みを向ける。
 しかし、アトラスは構えを解いて立ち上がり、複雑そうな表情で私を見ていた。
 アトラスが私に向ける同情しているかのようなその目に、妙な不安感が胸を過ぎる。
 いつだったか、それに似たモノを感じたことがあったことを思い出す。
 しばらく沈黙した後、アトラスは魔術師然とした冷たい瞳でこちらを見据えながら口を開いた。

「……甘いですね、『闇の福音』。記憶を覗くなり、魅了で強制的に喋らせるなりすればいいものを」

「フン、確かにそのような手段もある。が――――そんなことをして簡単にわかっても、つまらないだけさ」

 そう。それは攻略本を見ながらゲームをするようなもので、とてもつまらない。
 簡単に手に入れたモノほど飽きるのも早く、手に入れ難かったモノほどその思い入れは大きい。
 真祖の姫君を殺し得るほどの力――――そんなものを、そんな下衆な手段で簡単に手に入れていいはずが無い。

「それが甘いと言っているのですよ。……志貴の『眼』について知れば知るほど、あなたはきっと――――――――……」

 アトラスはそれだけ言って、何かに耐えるような表情で俯く。
 妙な不安感は治まらず、アトラスの言葉で余計に大きく膨れ上がっていた。

 ……何だ。
 志貴の『眼』に何がある。
 何が私を不安にさせている。
 私はその何かに、チリチリとした焦燥感のようなものを感じていた。

「マスター!」

「っ!」

 茶々丸の声と共に、反射的にその場から飛び退く。
 降り立った場所はアトラスの隣。
 アトラスも私を襲った何かを睨みながら、ポシェットの中に入っていたらしい銃を取り出して構えている。
 目の前には、臍の緒の付いた赤子の姿。
 私が先程まで立っていた場所には、その赤子が入っていたであろうホルマリンのガラス片が散乱していた。
 赤子はずるりと立ち上がると、ぺたん、ぺたんという音を立てながらこちらへと向かってくる。

「……アトラス。アレもタタリか」

「タタリの残滓です。極微量のカスに過ぎませんが――――矢張り、恐怖を基とするもの。どうやら、日本の学校などによくある怪談を祟ったようですね」

「マスター、来ます」

 茶々丸の言葉とほぼ同時に、赤子……いやタタリの出来損ないが跳びかかってきた。
 普通の赤子が跳べるはずもなく、奇声を上げながら襲いかかってくるその姿は、なるほど、確かに不気味ではある。
 地方によって異なるが、アトラスの言っていた学校によくある怪談話の一つに、『理科室にあるホルマリン漬けにされた赤子は、本物の赤子である』というモノがあったはずだが、それを模したという訳か。
 今の学園にあるかどうか怪しいが、ここができたのも相当古いからどこかにあるのかもしれない。
 赤子は、本来生えているはずの無いノコギリのような歯を見せ付けながら、私へと狙いを定めて跳躍する。

 ……くだらない。
 アトラスの言うとおり、所詮カスはカス、ということか。
 ただ目に付いたものに襲いかかるという、単純で粗野な理性しか備わっていない。


「雑魚が……私が手を下すまでも無い。――――やれ、茶々丸」


「了解しました、マスター」

 私へ向かって降下してくる異形の赤子に背を向け、茶々丸に一言命じた。
 茶々丸は短く答え、即座に動き出す。
 アトラスも私達のやりとりで既に終わったことを理解し、構えを解いて腰のポシェットに銃をしまう。


――――直後、私の背後でぐちゃり、と何かが潰れるような音と共に不快で耳障りな叫び声が響き渡った。





□今日のNG■


「マスター!」

「っ!」

 茶々丸の声と共に、反射的にその場から飛び退く。
 先程まで私のいた場所に視線をやると、そこには――――


「にゃんにゃにゃ〜ん。ネコミミ属性を持つ者の下へと、天啓の如く姿を現すのがあちしの役目。汝ら、ネコミミってるかい!?」


――――何か、変なのがいた。
 横に立つアトラスに目をやれば、人差し指を額に当てて疲れたような顔を見せている。

「帰れ」

 躊躇い無く、即座に返答。
 だが、ネコミミのついたこのブサイクなぬいぐるみらしき生物ナマモノは、こちらの反応などお構い無しに近づいてくる。

「なうー、中々いい切り替えしだが……甘い! 甘いよチミィ! 今のこのご時世、一度萌えられたからってこれから先もファンがついてくると思ったら大間違いだぜ、このツンデレぇ!!」

「誰がツンデレだ!! ……おい、アトラス。アレもタタリなのか?」

「……正直、認めたくありませんが……」

 ああ、私もあんなのがタタリだとは認めたくない。
 ああいうのは、形すら残さず潰すに限る。
 茶々丸に指示を出そうと、後ろにいる茶々丸に顔を向けた、その瞬間――――

「にゃっにゃっにゃ、隙ありだにゃーっっっ!!」


 私の側を横切る、一陣の風。


 私が振り向いた先で、得意気に笑うナマモノ。


――――そして。私の頭に着けられた、ネコミミ。


「フ――――勝負は一瞬の猫パンチにある。ばい、だーうぃん先生(嘘) ふむ、しかしネコミミのみで足りると思うなよ、ネコミミツンデレ! ネコミミだけなら世に五万とおるわ!!」

「喧しいわ!! チッ……思った以上にやるみたいだな、この不気味生物。茶々丸! このナマモノを――――」

 どうやら、見た目で判断し過ぎていたようだ。
 このナマモノ、思った以上にできる。
 即座に茶々丸に指示を――――

「なーなー、ネコミミツンデレよぅ。スク水+メガネ+セーラー服の組み合わせとかってどうよ?」

「なっ――――?!」

 眼鏡をかけたナマモノが、私の足下でスクール水着とセーラー服の上を持って立っている。
 絶句する。
 まさか、気付けないとは――――

「にゃに? 既に通った道? にゃんだ、既に別のあちしが指導済みであったか汝。今後もネコミミを極めることに精進するがいいにゃ。では――――さらば!!!」

 ナマモノの足が消えたと思ったら、今度はスカートらしきものからジェット噴射して壁にぶつかりながらどこかへと飛んでいった。


 …………しばらくの間、その場の空気は凍り続けていた。




「私にネコミミは……」


 黙れ、そこのボケロボ。


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