Act4-26


【学園長】


 タカミチが今回の事態の報告を終えて去ってから、そう時間を置かずに学園長室の扉がノックされる。
 学園長室に入ってきたのはネギとアスナで、遠野志貴がタタリを倒す瞬間を3−Aの生徒に見られてしまったことの報告だった。
 とにかくタタリとの戦いで脚を痛めた志貴の治療が先、ということで彼を連れて保健室へと向かったところ、その途中で偶然シオンと出会い、彼女がその生徒に志貴を霊能力者として説明したらしい。
 魔法について知られたという訳ではないので、特に問題は無いが――――気になったのは遠野志貴がタタリを倒した、という事実。

「ふ、む……ネギ君。彼がどのような能力を使って、そのタタリを倒したかはわかるのかね?」

「あ――――いえ、その場にいた訳ではないので……詳しくはわかりません。でも……志貴さんの持つ『眼』の力によるものだということだけは、確かだと思います」

 言葉を選びながら話すネギに頷き、以後続けて刹那達と共に遠野志貴の監視を頼んでおく。
 ネギは少し躊躇うような様子を見せてから、頭を下げてアスナと共に学園長室から出ていった。
 一人残された部屋の中で、学園長は椅子の背もたれに深く背を預けながら、一人思考を巡らす。
 ネギの報告によると、その場に居合わせた刹那が見た限りでは、遠野志貴は壁を駆け上がり天井から何も無い空間へと跳躍し、ただ無造作に短刀を突き出しただけだったらしい。
 壁や天井をまるで足場のように疾ったというその動きは、七夜の一族であると志貴自身が言っていたことからもわかるように、七夜の技術によるものだろう。
 刹那達の目には見えない存在の居場所を的確に視て行動していたのも、彼が七夜であるならば納得できる。
 七夜の一族が代々近親交配によって受け継いできた超能力――――『本来見えてはならないものを視る』瞳、『淨眼』。
 彼もまたその瞳を受け継ぎ、そして目に見えない存在を視抜いたのだろう。

 だが―――― 一つ、説明がつかないことがある。
 一般人相手ならば包丁やサバイバルナイフでも可能かもしれないが、相手は欠片とは言えども、二十七祖の力を得た存在だ。
 如何なる奇跡を持ってすれば、そのような存在を短刀の一撃で殺してみせるなどという離れ業を可能とするのか。
 志貴の持つ短刀は何の概念すら付加されていないただ頑丈なだけのものであり、だとすれば、考えられる可能性はもはや志貴の持つ『眼』以外には考えられない。
 しかし、淨眼にそれほど強力な力が備わっていたという話は聞いたことがない。
 淨眼が変異したものという可能性もあるが、どのような可能性にしろ、その力が危険なものだということは確かだ。

「……力は、使う者によって善にも悪にもなり得る。さて、のう……」

 髭を擦りながら、窓の外の光景へ目をやる。
 学園長室で語った言葉から、その瞳から、志貴が正しく『力』を使うことのできる存在だと知れた。
 危うい一面も窺えたが、彼はそれを抑えて今日まで生きてきている。
 それに、志貴の力を過小評価しているつもりはないが、やはり『魔法』や『気』が使えないという点は大きい。
 何にしても、学園長に志貴の滞在の決定を覆す気はまったく無かった。

 ふと、先程七夜の話になった時に、志貴が何やら詳しく知りたそうな顔をしていたことを思い出す。
 七夜志貴としての記憶は、先代の遠野家当主である遠野槙久の手によって闇へ葬られた。
 学園長自身は志貴にも語ったとおり、彼の父親――――七夜黄理とは一度しか面識が無く、詳しいことは知らない。
 しかし、黄理と、七夜の一族について詳しく知っている者は知っている。

「ほ。確か黄理と詠春は知り合いだとか言っておったが……。……ふむ」

 しばらく虚空を眺めながら何事か考えた後、机に置かれた電話に手を伸ばす。
 受話器を取り、おもむろに関西呪術協会の番号を回し始めた。
 数コール後に電話は繋がり、程無くして長である詠春が電話口に出る。

『天ヶ崎千草についての話だと伺いましたが……どうやら、それとは別に話があるようですね』

 応対した女性には、麻帆良に侵入した呪符使い――――天ヶ崎千草の一件について長に話があるとだけ伝えてあった。
 しかし詠春はそれ以外に極秘の要件があると察したらしく、幾分か声のトーンを落とす。
 極秘の要件、というほどのものではないが、それでも詠春に話を通しておいた方がいいと考えた上での要件だった。
 もし志貴が七夜について詳しく知りたいというならば、自分よりも黄理や七夜と付き合いのあった詠春に話を聞けるように、と。

「うむ。まあ、彼女については置いておくとして……お主、確か黄理と親しかったとかいう話じゃったの?」

『黄理――――七夜黄理……ですか? ええ、確かに付き合いはありましたが……』

「ヤツの息子がな、今麻帆良に来ておるんじゃよ。どうやら遠野に養子として拾われていたらしくての」

 電話口の向こうで、詠春が絶句しているのがわかる。
 滅んだと言われていた七夜の生き残りがいたというのだから、まあ当然の反応だろう。
 関心が無かったという訳ではないが、当時調査に向かわせた者から聞いた七夜の里の状況から考えても、遺体の一つや二つ、消失していてもおかしくなかった。それほどまでに酷い状況だったのである。
 加えて、当時の遠野家当主は情報操作によって七夜の子を養子にとったという事実を消し、七夜という一族の全てを消し去ったのだ。

「しかし、色々な事情で現在は遠野姓を名乗っていて、しかも七夜の記憶を失っておっての。それで――――」

『……お義父さん。彼は……志貴君は、既にこのかや刹那君と顔を合わせてしまっているのですね?』

 学園長の言葉を遮るように、詠春の固い声が電話口から聞こえた。
 志貴がこのかや刹那と会うと何か問題でもあるのか、その声はどこか緊張感すら漂わせている。
 躊躇うかのような間がしばらく続いた後、近衛詠春は重い口を開き、話し始めた……。




「さて、どうしたものかのう……」

 受話器を置き、まるで脱力したかのように椅子の背もたれに体重を預け、深く長いため息を吐き出す。
 今しがた聞いた話によると、遠野志貴がまだ七夜志貴であった頃、このかと刹那に出会っていたのだという。
 特に刹那に関しては、彼と出会ってからは性格や表情が大きく変わって、笑顔を見せるようになったらしい。
 しかし――――

「……記憶が戻ることが、必ずしも良い結果をもたらす訳ではない、か……」


 学園長は座席を窓側へくるりと回し、誰に向けるともなしにそう呟き、目を閉じた。




〜朧月〜




【エヴァ】


「くそ……無い。蔵書を調べまくったというのに、唯の一つも該当しないだなんて、そんな訳があるか!!」

 癇癪を起こし、それまでかけていた眼鏡を放り投げ、目の前に積み上げられた魔法書を蹴り崩す。
 バサバサ、という音と共に魔法書は机の上から雪崩落ちていく。
 家に戻り別荘へと向かった私は、別荘の蔵書にある魔法書という魔法書を調べまくっていた。
 別荘の魔法書は茶々丸によって整理されており、データ検索によって細かく区分けされているので、大して時間はかからないはず……そう考えていたが、世の中そう甘くは無いらしい。
 結果は零に等しく、久しぶりに集中して調べた結果がこれでは癇癪も起こしたくなる。

「ですが、事実です。可能性があるとすれば、志貴さんの魔眼が私達すら知らない新種の能力か、或いはこれまでの歴史のなかでも非常に珍しく、資料としてほとんど残されていないかのどちらかだと思われます」

「……そんなことはわかってる。私が知りたいのは、その能力の行使による代償を防ぐ方法だ」

 床に散らばった魔法書を拾い集めながら言う自らの従者の言葉に、顔を顰めながら呟く。
 茶々丸が言ったとおりのモノであった場合、人の身でその能力を行使すること――――それも、真祖の姫君すら殺し得るだけの能力ともなれば、その能力の行使による代償は大きい。
 その代償となるのは恐らく――――『命』。
 命を削ってまで戦わせて、それで死なせてしまっては意味が無い。

 何か、志貴を死なせずに能力を行使させる手段があるはず。
 ふと目に止まったのは、茶々丸が手にしていた橙色の魔法書。
 それを見た私の脳裏に浮かんだのは、あの余裕めいた顔をした橙色の魔術師。
 以前、志貴の魔眼殺しに手を加えていたアイツなら、何か方法を知っているかもしれない。

「……茶々丸。出たら、すぐにトーコの所へ行くぞ」

 立ち上がり、時計に目をやる。
 別荘から出るまでには、まだ時間があった。
 風呂に入って、それからベッドに潜り込む。
 これまでに時々感じていた焦燥感が何なのか、何となく理解しながらも、知らないフリをして私は眠りに就いた。




 起きて別荘から出た後、茶々丸と共にトーコの泊まっている遠野グループホテルへと向かう。
 玄関から入ってフロントへ向かおうとしたところで、エレベーターが下りてきてチーンという音と共にドアが開いた。
 エレベーターの中から出てきた女は、私達の姿を認めて訝るような表情を見せる。
 そしてエレベーターから出る客と共に、大きなトランクを手にしたままこちらへ歩いてきて、私の前で立ち止まった。

「帰るのか、トーコ?」

「ええ、まあ。オークションも終わったし、ウチの社員から働いてくれと泣きながらにせがまれてしまったものでね。――――ところで、お前がここに来たということは、何か私に用があるということか」

 微苦笑しながらトーコはかけていた眼鏡を外し、まるでスイッチが切り替わったかのようにその雰囲気を一変させた。
 あまり志貴の力について聞かれたくないのでちらりと辺りに視線を巡らせると、それを察したらしいトーコがロビーのソファーへと腰を下ろし、ポケットから取り出した何か石のような物を周囲に放り投げる。
 途端にロビーの周囲から人の姿が消え、私と茶々丸、トーコの三人だけが残った。
 トーコが投げた石のような物を見れば、煌々と輝く印が刻まれており、それが人払いのルーンだと気付く。

「ふん……やれやれ、恋する『闇の福音』様は今日も彼について知りたくて私に聞きに来た、と言う訳か」

 向かいのソファーに座った私の顔を見るなり、トーコは足を組みながら呆れたように煙草の煙を吐き出す。
 核心を突いているようで突いていないトーコの言葉に、何故か私は自分の頬が赤くなるのを感じた。
 それを認めたくなくて何か言ってやろうかと思ったが、それよりも先にトーコが口を開く。
 先程のようなからかうような口調ではなく、真剣な顔で問いかけてきた。

「なあ、エヴァ。お前は何故それほどまでに彼の力に興味を持ち、知りたがる?」

「……決まってる。志貴の力が興味深いものだからだ。知りたいと思うのは、お前達魔術師からしても当然のことだろう?」

 志貴の持つ力は、とても興味深いものだ。
 それは魔法使いの私がそうであるのだから、魔術師ならば是が非にでも手に入れ研究したいシロモノだろう。
 魔法使い、魔術師問わず、志貴の力に興味を持つことは当然だと、そう思っていた。

「ふむ、興味深い……か。しかし、こうは考えられないか? 例えば――――その興味深いという強い気持ちは、自分の持つ『不死』と対をなす彼の力に惹きつけられて生じたものである、と。まあ……私とアイツのように反発し合うことがあるのも確かだがね」

「対をなす、力……?」

「その様子からすると知らなかったか。……まあ、そういうことさ。彼は手の施しようもないほど、『死』に近い場所にいる。私があの持ち主に『死』を運ぶクリスナイフを彼に渡しても問題ない、と言った時点でお前は気付くものだと思っていたが……それに気付けないほど、彼に惹かれてしまっていたということか」

 何かを思い出したのか、トーコは苛立たしげに新しい煙草を咥え、火を点ける。
 私が、志貴に、惹かれている……?
 アトラスとまったく同じような言葉に、胸がドクン、と高く鼓動する。
 ……違う。私が志貴を気に入ってやっているだけであって、私が志貴に惹かれている訳ではない。

「……自分すら騙せないようでは致命的だな。単に気付いていないだけであって、お前は間違いなく遠野志貴に惹かれているよ。まあ、仕方の無い話だろう。 『不死』である 死を知らないお前が、『死』を体現する遠野志貴に出逢ったんだ。そりゃ興味も湧くだろうさ」

「待て。何故私が志貴に惹かれなければならないんだ! 私は志貴の力に興味があっただけで、サウザンドマスターや坊やのように、個人として興味があった訳では――――!」

 坊やは、いずれサウザンドマスターのように強くなるだろうし、興味があった。だから私直々に鍛えてやっている。
 だが、志貴はどうか。
 志貴の特筆すべき点は、あの魔眼のみだ。
 確かに七夜の暗殺術も想像以上に使えるようだが、ただそれだけのことであって、その体は普通の一般人と大して変わらない。
 下手をすると、一般人よりも脆いかもしれない。

 ……だが、志貴はそんな体でありながら、あの魔眼と七夜の暗殺術だけでこれまでの事件を切り抜けてきた。
 『混沌』、『アカシャの蛇』、『ワラキアの夜』。いずれも聖堂教会がサジを投げたような化け物ばかりである。
 そんな化け物達相手に、手持ちの力のみで切り抜けてきたという志貴に好感を抱いている自分がいる。

 魔眼のみが欲しいのなら、志貴を傀儡人形にしてしまえばいいだけのことだ。
 人形にして、私の意のままに動かす。それはとても簡単なことだろう。
 けれど私はそうせずに、志貴が自らの意思で私の下へ来ることを望んでいる。
 それは、魔眼だけが欲しいんじゃなくて――――――――

「……時間か。悪いが、そろそろ列車の時間なので失礼させてもらうよ」

 トーコは咥えていた煙草の火を灰皿に押し付けて消し、それまで座っていたソファーから立ち上がる。
 かなり大きなトランクを引きながら、私の横を通り過ぎて去っていく。
 人払いのルーンの効力を消したらしく、ロビーに来る人の数が増えてきてざわざわと騒がしくなってきた。
 私は複雑な気持ちを抱えながら、ソファーに深く背を預けながら考え込む。
 と、そう遠くない距離から、立ち去ったと思っていたトーコの声が聞こえた。

「……彼を少しでも長く手元に置いておきたいのなら、あの眼を使わせないことをオススメするね。元々彼の体は 廃棄処分 ジャンクヤード一歩手前なんだからな。今まで生きてこれたこと自体が奇跡に近い。……ああ、そうそう……相談に乗ってやったんだから、相談料とアドバイス料、振り込んどけよ」

「断る。お前が勝手にペラペラ喋ったんだろうが。払う謂れは無い」

「ふん……ま、お前の違う一面が見れただけでも良しとするか。それじゃ……良き夜を、『闇の福音』」


 元から請求するつもりが無かったのか、トーコは簡単に引き下がり去っていった。
 ……私の『不死』と対をなす、慈悲深くも冷酷な『死』。
 長く生きてきたが、志貴のような存在は初めてで――――だからこそ、私は自分が志貴に抱く感情がよくわからなかった……。





□カモっち何でも情報局■


「…………んぉ?! もう始まってたのか! いや、すまねぇすまねぇ。ここんところ、こっちでの出番が少ないもんだからすっかり気が緩んじまってたぜ」

「さて、今回は――――遠野家のお手伝いさん姉妹が妹、掃除洗濯お任せあれ! メイド殺法で敵を討ち! グルグルおめめで脳を洗う! でも料理だけはカンベンな! スーパーメイドさん、翡翠嬢ちゃんだぜ!!」

○翡翠(孤児だったために正式な生年月日は不明。遠野槙久が決めた便宜上のものとしては3月12日生まれとされている。B型)
(身長156cm、体重43kg B76 W58 H82)
 遠野家に仕えるメイドの片割れ。琥珀の双子の妹。志貴のダンナ付きのメイドで、主に屋敷内の清掃を担当する。
 味覚が常人離れしているので、料理が絶望的に下手。話によると、姉が妹の作った料理で遠野槙久の暗殺を企てたとか云々……。
 志貴のダンナをがっかりさせたくないので、食事を作らない。……積極的に作ってたら、志貴のダンナはこの場にいなかったんだろうな。
 主人を第一に考える教育のせいか、物事を第三者的に見ることになれている。
 相手を喜ばせること、相手に尽くすことは得意だが、人に尽くされることにはまったく慣れていない。

 無表情に見えるが照れ屋で、よく見ると表情はころころと変わる。
 遠野槙久が自身の体力・精神力を強化する目的で(名目的には住み込みで働くことが条件)引き取った感応者の子だったが、その役は琥珀の姐さんが一身に引き受けていたので翡翠嬢ちゃんは志貴のダンナ達と遊び、普通の仕事をしていられた。そのころはもとよりあまり活動的ではなかったが、明るいお姉さん的な性格だった。
 だが志貴のダンナが四季の兄貴に殺されるところを目撃してからは、感情の表し方を忘れてしまい、大人しくなった。
 そんな翡翠嬢ちゃんを元気付けるために努めて明るく振る舞った琥珀の姐さんと、いつしかそっくり立場が入れ替わってしまった。
 志貴のダンナが遠野の家を出た後は屋敷の中の仕事をするようになり、自分から誰かに話しかけることはなくなった。幼年期の琥珀の姐さんとのトラブルから、屋敷から外に出ることを禁じている。
 そのため経済観念はまるでなく、しかも秋葉嬢ちゃんの影響で買うならば高級志向。

 後に遠野槙久と琥珀の姐さんのことで、異性の体に触れない、触れられない極度の潔癖症・男性恐怖症になった。
 自分を恥じていて、志貴のダンナの前では使用人として振舞おうと頑張っているのだが、時折地が出てしまう。
 好きな相手の前では常に緊張しまくりで、クールな自分を保っているんだとか。
 本来は戦いなどできる人物ではないが、MELTY BLOODでは『メイドとはいかなる手段をもってしても主人を守るもの』というタタリの拡大解釈を受けてメイド流殺法とも言うべき戦闘スタイルを身につけた。
 ……『朧月』では凶暴さにも磨きがかかってる気がするんだが……気のせいか?


「――――どうぞ」

「おー、気が利くねぇ――――ってぶばぁぁぁっっっ?!! な、何じゃこりゃあああああ!!?」

「……? 超濃厚豚骨スープと超特濃ピーチ、それとシュールストレミングを混ぜた『豚骨ピーチストレミング』ですが何か?」


「ドロリ濃厚コンビに超絶悪臭もブレンドで3K(キツイ、クサイ、危険)ッッッ?! 化学兵器もいいとこじゃねぇか!!! まったく……志貴のダンナも災難だな、こりゃ……」


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