Act4-27


【愛衣】


「弓塚様でしたら、つい三十分ほど前に外出されましたが……」

 朝、学園に向かう途中で、高畑先生の車の後部座席のドアを持って爆走して行ってしまったさつきさんのことが気になり、フロントに尋ねてみると、戻ってきてはいたものの、どうやら入れ違いになってしまったらしい。
 シオンさんがお昼になっても戻らないから、心配になって捜しに出てしまったのだろう。
 呆れたようにため息を吐くシオンさんに苦笑しながら、高畑先生がさつきさんを捜しに行こうかと申し出る。

「私が捜しに出て、再び入れ違いになってしまうことも考えられます。……申し訳ないが、お願いできるでしょうか」

「ああ、気にしなくていいよ。始めから君達を送り届けた後に、町を見て回るつもりだったからね」

 少し考え込んでから、シオンさんは疲れたような顔で申し訳無さそうに高畑先生にお願いしてきた。
 高畑先生はそれを快諾して、ホテルの出口へ足を向ける。
 私とお姉様はフロントでシオンさんと別れ、先に外へ出た高畑先生の後を追う。

「高畑先生、私達もお手伝いします。……愛衣もさつきさんを捜すつもりだったのでしょう?」

「あ――――はい。シオンさんとさつきさんを無事に送り届けることが、今日の私達の仕事ですから」

「うん、そうだね。それじゃあ、町中をざっと見て回ることにしようか」

 高畑先生は微笑みながら頷き、私達は町の中へと歩き出したのだった。



 さつきさんは吸血鬼なので、なるべく日の当たらない場所を選んで移動しているものと考えて、私達は町を見回りながら路地裏等といった場所へも足を運ぶ。
 しかし目的のさつきさんの姿は一向に見つからず、路地裏にたむろしている不良学生達ばかりが見つかり、注意する私達に難癖をつけて殴りかかってきた不良学生達が高畑先生にやられて即ダウン、ということが二回ほどあった。
 ひとまず休憩ということで、商店街の喫茶店へ立ち寄り、窓際の席へ腰を下ろす。

「吸血鬼と言っても、さつき君はある程度陽の下を歩けるらしいからね。……もしかすると、町中を歩いているのかもしれない」

 注文を取りに来たウェイトレスさんが立ち去ってから、高畑先生は苦笑しながらそう言って窓の外へ視線を向ける。
 窓の外には商店街を行き来する人達で溢れ返り、この中から誰か一人を見つけるというのは難しそうだった。
 下手をすると、この喫茶店に来る途中で擦れ違っていたかもしれない。とにかく、それほどまでに商店街の人の波は凄かった。
 程なくして注文した飲み物が届けられ、ウェイトレスさんが高畑先生にコーヒー、私とお姉様に紅茶をそれぞれ配っていく。
 ウェイトレスさんが去っていった後、お姉様は真剣な顔で口を開いた。

「高畑先生。さつきさんが吸血鬼になったのは、約一年前に三咲町で起きていた事件だとシオンは言っていましたが……」

「ああ、本来なら死んでから吸血鬼になるまでに百年近くはかかるはずなんだが……。一年経つか経たないかで意識、記憶共に持っているということから考えても、彼女はかなり才能に恵まれていたということなんだろうね」

「……さつきさんは今回の集会に姿を見せられなかった訳ですけど、他の魔法使い達に知らせておいた方が良いのでは?」

 お姉様の指摘に、私はティーカップに口をつけたまま固まる。
 魔法先生や魔法生徒にさつきさんのことを説明しておかないと、最悪の場合戦いになってしまうかもしれない。
 普段は吸血鬼らしくないさつきさんも、傷つけられたり危険な状況に陥ったりした場合、怖い部分が出てくることがある。
 さつきさんも心配だけれど、彼女の使うあの固有結界のことを考えると、魔法使いの方も心配だ。
 周辺にある魔力や、敵対する者の持つ魔力を一瞬で零にしてしまうという彼女の固有結界は、下手をすると命にも関わる。
 急いで捜し出さないと――――

「大丈夫だよ。彼女のことは学園長に伝えてあるし、既に他の魔法使い達にも連絡は行き届いているはずだ」

 ……と思ったら、どうやら既に高畑先生が伝えてくれたらしい。
 ホッと胸を撫で下ろしながら紅茶を一口飲み、窓の外へ目をやったその瞬間――――


「(さっ……さ、さささささっささつさつさつさつきさんんんっっっ?!!)」


 ガタン! という大きな音を立てて椅子を倒しながら立ち上がった私に、店内のお客さん達の目が集中する。
 口の中の紅茶を噴き出すことと、悲鳴じみた絶叫を抑えることは何とかできたが、前に腰を下ろす高畑先生は目を丸くさせており、隣に座っているお姉様からは――――冷たい視線を向けられてしまっていた。
 とにかく椅子を直して座り直し、紅茶を飲みながらちらちらと窓の外へ視線を向ける。
 窓の外は再び商店街を行き来する人でごった返し始め、その人の波の向こう側にいるであろうさつきさんの姿も見えなくなっていた。

 商店街の雑踏の合間に一瞬だけ見えた、この喫茶店から道を挟んだ向かい側にあるベンチに腰を下ろしたさつきさんの姿。
 そしてその隣には、同じようにベンチに腰を下ろした志貴さんの姿があった。

「(どうしよう……。見つけたのはいいけど、志貴さんと一緒でいい雰囲気な中に割って入ったりしたら、さつきさん可哀相だし……。……うん、私もいいところで邪魔が入ったら嫌だもん。とりあえず、喫茶店を出るまで黙っておこう)」


――――さつきさんの恋路を邪魔しちゃいけない、ということで結局、私は喫茶店を出るまでそのことを黙っていたのでした。




〜朧月〜




【瀬尾晶】


「手伝ってくれてサンキュー、アキラ」

「いやいや、困った時はお互い様ってコトで。祭りが終わったら、どこかで打ち上げでもやる?」

「おっ、いいねー。年末の祭りは友人も結構集まるから、皆で騒ぐとしましょうか!」

 駅の改札口前で、人の往来も気にせず話す私こと瀬尾晶と、早乙女ハルナことパル。
 周りからの視線も気にはなったが、奇異なモノを見るような目ではないので特に気にしないことにする。
 祭り……というのは、言うまでも無く同人な本の集まるイベントのこと。
 パルは年末に行われるイベントに本を出す予定のサークルで、今回私はゲストという形でその本に小説を書かせて貰っている。
 ただ気になることが一点だけ……志貴さんがイベントに顔を出すという未来を視てしまったことだ。

「んん〜……アキラ、まーだアレのこと気にしてるの? なるようにしかならないんだから、諦めなさいってば」

「うー……でも志貴さんにあんな内容の本読まれたりしたらと考えると……」

 私が二日前に見た未来視の内容を思い出して頭を抱えていると気付いたのか、パルは私の頭をポンポンと軽く叩きながら苦笑する。
 さて、何でパルが私の未来視について知っているのかと言えば。
 パルと意気投合した私は、自分について色々と喋っている内に、つい自分の持つ『未来視』についてまで口にしてしまっていた。
 言ってしまってから、頭おかしいんじゃないかって目で見られるかと思ったら――――実はパルも(付け加えると、夕映さんやのどかさんも同じく)そういった世界の住人さんだったのでした!
 ……とまあ、そういう訳で私達は更に意気投合したのでした、まる。
 しかし、私よりもパルの持ってる力の方がよっぽどそっち側の世界めいたもので、何でも、パルがスケッチブックに描いたモノ達が動き出すのだとか。
 実際見せてもらったが、何と言うか……私の能力がバカらしく思えてくるほどふぁんたじーだった。

「ううーん、志貴さんねぇ……。アキラのこと、可愛い妹くらいにしか見てないから、そこからステップアップしていかないときっと望みは無いわよ? 私の持ってる本に、そんな感じのシチュがあった気がするんだけどねぇ……」

「あー……ステップアップなんてしたら、それこそ遠野先輩が怖いから止めとく止めとく。文化祭の時だって――――」

 ……思い出すだけで全身がカタカタと震えている。
 志貴さんが通っている三咲高校の文化祭の日、寮からこっそりと抜け出した私は志貴さんにエスコートされながら屋台やら出し物やらを巡りつつ、至福の一時を過ごしていた。
 しかし、何故か三咲高校に来ていた遠野先輩に捕まり――――……後のことはもう思い出したくも無い。

「……もうすぐ列車が来るですよ、アキラさん。乗り遅れないためにも、そろそろホームへ行った方がいいです」

「あ、もうそんな時間か。それじゃ、パルも夕映さんもまたね! 宮崎さんにもよろしく伝えておいてー!」

「おわ、私もそろそろ行かないと。またね、アキラー!」

 これから到着する目的の列車を逃すと、色々と口回しをお願いしていた友人達に迷惑がかかってしまい、私自身もどうなってしまうかわからないのである。
 どうやらパルも何か用事があったらしく、夕映さんを残して駅前の方へと駆け出していった。
 パルの部屋に荷下ろしして幾らか軽くなったリュックを背負い、改札を駆け抜け――――ようとして固まる。
 不意に、未来を視る時にいつもくるあの眩暈に襲われたのだ。
 固まっている私に気付いた夕映さんが声をかけてきていたようだったが、その声も遠く、よく、聞こえない。




――――視えたのは、どこかのお城のようだった。




 錆びた城壁。
 無人の回廊。
 荒れ果てた庭園。
 張り巡らされた鎖。

 まるで城そのものを戒めているかのような数多の鎖が集う部屋を見下ろせる場所で、凶った笑みを浮かべながら立っている、金色の眼をした金髪の美しい女性。
 いつぞやの志貴さんの蒼い双眸すら圧倒する、押し潰されそうなほどの殺気。

 そして何の冗談か、そのコワイ女性の真正面に立つ志貴さんの姿。
 それはとても悲壮な光景で、一目見ただけでも絶対に勝てる訳が無いってわかっているのに、志貴さんは短刀片手にそのコワイ女性へと駆け出していってしまう――――




 ……そこで、映像は途切れた。
 心臓はバクンバクン! と、はちきれそうなくらい強く鼓動し、震えが止まらない。
 あの金色の眼をした金髪の女性は、良くないモノだって直感が告げている。
 伝え――――伝えなきゃ……!
 このままじゃ志貴さんがあのコワイ女性に殺されてしまうかもしれない。
 私の視る未来は、どうにかすれば変えることができる。
 なら、どうにかして変えなきゃ!
 携帯電話で連絡――――そもそも私も志貴さんも携帯電話自体を持っていない。
 手紙で知らせる――――いつのことかまではわからないけれど、もし今夜起きることだったりしたら手遅れになってしまう。


『間も無く列車が到着します――――』


「あわ……ど、どどどどうしよう……?!」

「どうかしたですか、アキラさん? もう列車が到着しますが……」

 列車到着のアナウンスが流れ、混乱の極みに達していた私の背後に声がかけられる。
 振り向けば、そこには紙パックのジュースを飲む夕映さんが訝しげな表情を浮かべて立っていた。
 夕映さんの姿を見て、はたと気付く。
 私自身がどうにかしなくても、私が視た光景の場所で、あのコワイ女性に出会わないように志貴さんに伝えられればいいんだ。
 でも列車はもうじき到着してしまうから、そんなに長い時間は無い。
 すぐにでも夕映さんに内容を伝えないと……!

「夕映さん! 志貴さんは覚えてるよね!?」

「は、はい? 志貴さんというと――――あの黒縁眼鏡の男の人ですね? 覚えていますが……」

 捲くし立てるように早口で話しかける私に目を丸くさせながらも、夕映さんは冷静に答えてくれた。
 夕映さんが志貴さんのことを覚えていてくれてホッとしたのも束の間、列車がホームに入ってくる。
 とにかく、視た内容を頭の中で端的にまとめてから、意を決して口を開く。

「『どこかのお城の中で、金色の眼をした金髪の女性に会っちゃダメだ』って志貴さんに伝えて! それがいつのことなのかわからないけど、とにかく早く伝えて! お願いっ!!」

 私は一方的に伝えるだけ伝えて、列車へと駆け込んだ。
 駆け込んだ直後に列車のドアが閉まる。……ぎりぎりセーフだった。
 伝わったかどうか不安で、振り向いて改札口の方へと視線を向けてみる。
 夕映さんはいつもと変わらない顔をしていたが、私の視線に気付くと、小さく、しかししっかりと頷いてくれた。
 それで今度こそ安心して、長いため息と共にその場にへたり込む。
 ……後で、パル達の携帯電話の番号を控えておいたことを思い出してまた脱力するのだが、それはまあ些細なことだ。


――――志貴さん、死なないでくださいね……。





□今日の裏話■


「はぁ……はぁ……。ま、間に合ったぁ〜〜〜……」

 走って、何とか扉が閉まる寸前で飛び乗れた電車の扉に背を預け、深く息を吐く。
 志貴さんに私の警告が伝わるかどうかは、夕映さんにかかっている。
 ……できるなら自分の口で志貴さんに伝えたかったけど、戻らなければ周りに迷惑がかかってしまう。
 まあ、夕映さんはしっかり者っぽかったし、多分大丈夫だろう。
 息を整えてから立ち上がり、ふらふらと席を探して歩き出す。
 と――――

「良かったら、どうぞ」

 青いショートカットの髪で眼鏡をかけた女性が、薄く微笑みながら向かい側の席を勧めてきた。
 辺りを見渡してもほとんどの席に人が座っていたので、好意に甘えて軽く頭を下げながら荷物を上に上げて腰を下ろす。
 しばらく無言で窓の外を見ながら電車に揺られていると、女性がこちらを見ていることに気付く。

「――――あなた、さっきホームで妙なこと言ってたわね? ちょっと興味があるのだけれど……詳しく聞かせてくれるかしら」

「へ……? あ、いやその、あれは……」

 うーん……どう説明したものか……。
 ……って、ちょっと待った。
 もしかして、この人も非日常あっち側の人だったりして?
 あー……うん。まあ、もしかしなくても、あんな変な内容の話を聞いて興味を持つなんて、あっち側の人くらいのものだ。
 出来るなら関わりたくないし逃げ出したかったが、志貴さんみたいに戦う術を持っていない私では逃げることすら不可能だろう。

「安心なさい。別に危害を加えようってつもりは無いから。……ああ、自己紹介がまだだったわね。私は、こういうものよ」

 目の前の女性は不安そうな顔をしていたらしい私に安心させるように優しく微笑み、懐から名刺を取り出して差し出してきた。
 名刺には、目の前の女性――――蒼崎橙子さんの名と、『伽藍の堂』オーナーという肩書きが書かれている。

「私は瀬尾晶、です。……えと……蒼崎さんは、あっち側の世界の人……なんですか?」

「ええ、大まかに言ってしまえば『魔術師』と呼ばれる存在よ。じゃあ……話してくれるかしら



 橙子さんを完全に信用したつもりは無かったのだが――――気付けば、私は自分の持つ『眼』と、さっき駅のホームで言っていたことについて話してしまっていた。
 私の話を聞き終えた橙子さんは、目を閉じて一つため息を吐いた後、眼鏡を外す。
 そして橙子さんが閉じていた『眼』を開けると、彼女の雰囲気が先程とは一変してしまっていた。

「――――フン……さっさと逃げ出して正解だったらしいな」

 さっきまでの優しい雰囲気の橙子さんとは違い、冷たく鋭い視線を向けてくる。
 凄く怖くて逃げ出したいのに、体はちっとも動いてくれそうにない。
 ……でも、今の言葉は聞き逃せない。私は、橙子さんが今言った言葉の意味を聞かなきゃいけない。

「あ、の……今の、どういう意味、ですか……?」

 ありったけの勇気を振り絞って、私は苛立たしげに煙草に火を点けている橙子さんに声をかける。
 ギロリと視線だけをこちらに向けてきた橙子さんは、前髪をくしゃりとかきあげながら紫煙を吐き出すと、窓の外の景色に視線を移してしばらく沈黙した後、口を開いた。

「……さて、な。ただ確かなのは、お前が視たのは紛れも無い『災厄』だということと、誰かが死ぬということだけだ」


 それ以上は何も言えず、橙子さんと別れるまでその沈黙は続いたのだった……。


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