■涼宮ハルヒのえっちな憂鬱■ |
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幼稚園の頃のデパートの屋上イベントに現れたアシュラマンは手が2本であとはハリボテだったし、記憶をたどると周囲にいた園児たちもあれが本物だとは思っていず手元の筋消しをもってプロレスごっこをしていたように思う。 そんなこんなで王位争奪戦も終わり、キン肉マンの連載も終わって次はドラゴンボールとか聖闘士星矢などにうつつをぬかしていた俺なのだが、大きくなるに連れて超人も聖闘士もサイヤ人もそれらと戦う悪の組織やアニメ的特撮的漫画的ヒーローたちがこの世に存在しないなだということに気づいたのは相当後になってからだった。 いや、本当は気づいていたのだろう。ただ、気づきたくなかっただけなのだ。俺は心の底から超人や聖闘士やサイヤ人が目の前にふらりと出てきてくれることを望んでいたのだ。俺が朝目覚めて夜眠るまでのこ普通な世界に比べて、アニメ的特撮的漫画的物語に描かれる世界の、なんと魅力的なことだろう! 俺もこんな世界に生まれたかった! しかも彼らは、闘いの終わった後にはバロンゴングバトル並みの勝利のメイクラブを行い、あのアニメ的特撮的漫画的美女たちがくんずほぐれつのエッチなことを繰り広げているのだ。俺も超人並のでっかいエンドウ豆のサヤのようなアレで少女に入れてみたいし、レーザー銃のように女性の脳から脊髄まで快感の光線を貫かせてみたかったし、淫乱女性を耳たぶかみながら言葉一発で片付けたり、秘密の花園であれこれしたり、つまりそんなことをしかたった! しかし現実ってのは意外と厳しい。 実際のところ、俺のいたクラスに淫乱美少女が来たことなんて皆無だし、超人だってみたことないし、サイヤ人を探しに宇宙船を探しても見つかるのは本屋の片隅においてあった宇宙船という名の雑誌だけ。机の上の鉛筆を二時間も必死こいて凝視していてもバイブには変化しないし、前の席の同級生の裸を透視しようと授業中いっぱい睨んでいても裸を見れるはずもない。 中学生を卒業する頃には、俺はもうそんなガキみたいな夢を見ることから卒業して、この世の普通さにも慣れていた。一縷の期待をかけていた1999年に何が起こるわけでもなく、杜王町にて殺人犯が人知れず死んでいたとしても俺には関係のないことだ。 そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら俺はたいした感慨もなく高校生になり・・・ 涼宮ハルヒと出会った。 第一章 そんなわけで、無駄に広い体育館で入学式が行われている間、俺は新しい学び舎での希望と不安に満ちた学園生活に思いを馳せている新入生独特の顔つきとは縁がなく、ただ暗い顔をしていた。 男はブレザーなのに女はセーラー服ってのは変な組み合わせだな、もしかして今壇上で眠気を誘う音波を長々と発しているヅラ校長がセーラー服マニアなのかと考えていたが、よくよく考えて見れば俺のベッドの下にもセーラー服もののアダルトビデオがあり、しかも都合4度は見返し、8度は抜いていることを思うと俺も人の事はいえないので考えることをやめた。 そうこうしているうちにテンプレートでダルダルな入学式がつつがなく終了し、俺は配属された一年五組の教室へ嫌でも一年間は面を突き合せねばならないクラスメイトたちとぞろぞろ入った。 「みんなに自己紹介してもらおう」 若い青年教師はそう言い出した。 まぁありがちな展開だし、心積もりもしてあったから驚くことでもない。むしろ、自己紹介もなしにいきなり授業がはじまりしかもそれが中学では習わなかった物理であったほうが驚くというものだ。 出席番号順に男女交互で並んでいる右端から一人一人立ち上がり、氏名出身中学+アルファをあるいはぼそぼそと、あるいは調子よく、あるいはダダ滑りするギャグを交え、あるいはソプラノ調の美声で歌いながら自己紹介をしていくうちに俺の番がきた。 頭でひねっていた最低限のセリフを何とかかまずにいえ、やるべきことをやったという開放感に包まれながら俺は着席した。変わりに後ろの奴が立ち上がり・・・あぁ、俺は一生このことを忘れないだろうな・・・後々語り草になる言葉をのたまった。 「東中学出身、涼宮ハルヒ」 ここまでは普通だった。普通でない名前をいうほうが難しいだろう。普通でないのはここからだった。俺は前を向いたまま、その涼やかな声を聞いた。 「ただのえっちには興味ありません。この中にスカトロ、放尿プレイ、アナルセックス、獣姦マニアがいたら、あたしのところに来なさい。以上」 さすがに振り向いたね。 長くてまっすぐな黒い髪にカチューシャつけて、クラス全員の視線を傲然と受け止める顔はこの上なく整った目鼻立ち、意思の強そうな大きくて黒い目を以上に長いまつげが縁取り、淡桃色の唇を固く引き結んだ。 ハルヒの白い喉がやけにまばゆかったのを覚えている。えらい美人がそこにいた。 ハルヒは喧嘩でも売るような目つきでゆっくりと教室中を見渡し、最後に大口開けて見上げている俺をじろりと睨むと、にこりともせずに着席した。 これってギャグなの? 結果から言うと、それはギャグでも笑いどころでもなかった。涼宮ハルヒは、いつだろうがどこだろうが冗談などは言わない。 常に大マジなのだ。 のちに身をもってそのことをしった俺が言うんだから間違いはない。 こうして、俺たちは出会っちまった。 しみじみだと思う。偶然だと信じたい、と。 このように一瞬にして暮らす全員のハートをいろんな意味で鷲掴みにした涼宮ハルヒだが、翌日以降はしばらくは割りとおとなしく一見無害な女子高生を演じていた。嵐の前の静けさ、という言葉の意味が今の俺にはよく分かる。 「なぁ」 と、俺はさりげなく振り返りながら、さりげない笑みを満面に浮かべていった。この当時の俺には、まだ黙ってじっと座っている限りでは美少女にしか見えない涼宮ハルヒとお近づきになりたいという下心があった。もしも今の俺が過去の俺に忠告できるのなら、「やめとけ」というのだが、それも今となっては後の祭りだ。 「しょっぱなの自己紹介のアレ、どのへんまで本気だったんだ?」 腕組をして口をへの字に結んでいた涼宮ハルヒはそのままの姿勢でまともに俺の目を凝視した。 「自己紹介のアレってなに」 「いや、だから、スカトロがどうとか」 「あんた、スカトロマニアなの?」 大真面目な顔で訊きやがる。 「・・・違うけどさ」 「違うけど、何なの」 「・・・いや、何もない」 「だったら話かけないで。時間の無駄だから」 思わず謝ってしまいそうになるほど、冷徹な口調と視線だったね。涼宮ハルヒはまるでコウノトリがキャベツを加えてやってきたかのような視線で黒板を睨みつけ始めた。負け犬の心でしおしおと前を向くと、クラスの何人かがこっちの方を興味深げに眺めていやがった。目が合うと実に意味深な半笑いで「やっぱりな」とでも言いたげな、そして同情するかのごときうなずきを俺によこす。 なんか、シャクに触る。後で解ったことだが、そいつらは全員東中だった。 「お前、涼宮に話しかけてたな」 何気にそんなことを言い出したのは、たまたま関が近かった東中出身の谷口だった。まぁ、うなずいとこう。 「わけの解らんことを言われて追い返されただろう」 その通りだ。谷口はゆで卵の輪切りを口にほおりこむと、もぐもぐしながらいった。 「もしあいつに気があるんなら、悪いことは言わん、やめとけ。涼宮が変人で変態ってのは充分わかったろ?」 中学で涼宮と三年間同じクラスだったからよく分かると前置きし、 「あいつの変態っぷりは常軌を逸してる。高校生になったら少しは落ち着くかと思ったんだが全然変わっていないな。聞いたろ、あの自己紹介。中学時代にもわけの解からんことを言いながらわけの解からんことを散々やり倒していたな。有名なのが校庭落書き事件」 「なんだそりゃ?」 「石灰で白線引く道具あるだろ。それで校庭にデカデカとでっかいまんこマークを書きやがったことがある。しかも夜中の学校に忍び込んで」 その時のことを思い出したのか、谷口はニヤニヤ笑いを浮かべた。 「こんなアホなことをした犯人は誰だってことで騒がれたんだが・・・」 「その犯人があいつだったってわけか」 「本人がそう言ったんだから間違いない。当然、校長室にまで呼ばれたんだが、けっきょくはおとがめなしだったのさ」 ところで今教室に涼宮ハルヒはいない。いたらこんな話もできないだろうが、たとえいたとしてもまったく気にしないような気もする。 「でもなぁ、あいつもてるんだよな」 谷口はまだ話している。 「なんせツラがいいしさ。おまけにスポーツ万能で成績も優秀なんだ。ちょっとばかし変態でも黙っていたら、んなこと解かんねーし」 「それも何かエピソードがあるのか?」 「一時期はとっかえひっかえってやつだったな。俺の知る限り、一番長く続いて一週間、最短では告白されてオーケーした五分後に破局なんてのもあったらしい。例外なく涼宮がふって終わりになるんだが、その際に放つ言葉がいつも同じ、『変態でない人間の相手してるヒマはないの』。だったらオーケーするなってーの」 こいつもそう言われたクチかもな。そんな俺の視線に気づいたか、谷口は慌てたふうに 「聞いた話だって。マジで。何でか知らねぇけど、コクられて断るってことをしないんだよ、あいつは。ただ、えっち目的で近づいた男もいたみたいだが、そんな変態プレイができるわけないだろ。また、できるっていっても、『その目は本気じゃない』といってさせてくれないらしいんだ。結局、付き合った男と変態えっちどころかキスもしてないらしいぜ。三年になった頃にはみんな解っているもんだから涼宮と付き合おうなんて考える奴はいなかったけどな。でも高校でまた同じことが繰りかえされる気がするぜ。だからな、お前が変な気を起こす前に言っておいてやる。やめとけ。こいつは同じクラスになったよしみで言う俺の忠告だ」 やめとくも何も、そんな気はないんだがな。 まだ四月だ。 この時期、涼宮ハルヒもまだ大人しい頃合いで、つまり俺にとっても心休まる月だった。ハルヒが暴走を開始するにはまだ一ヶ月弱ほどある。 しかしながら、ハルヒの奇矯な振る舞いは、この頃からじょじょに片鱗を見せていたというべきだろう。 基本的に休み時間に教室から姿を消すハルヒはまた放課後になるとさっさと鞄を持って出て行ってしまう。最初はそのまま帰宅しているのかと思っていたらさにあらず、あきれることにハルヒはこの学校に存在する全てのクラブに仮入部していたのだった。なにしろあの運動神経だ。運動部からは例外なく熱心に入部を薦められたのだが、その全てを断ってハルヒは毎日参加する部活動をきまぐれに変えたあげく、結局どこにも入部することはなかった。 なにがしたいんだろうな、こいつは。 そんなこんあをしながら・・・もっともそんなこんなをしていたのはハルヒだけだったが・・・五月がやってくる。 運命なんてものを俺は釧路湖で生きたネッシーが捕獲される可能性よりも信じないのだが、もし運命が人間の知らないところで人生に影響を行使しているのだとしたら、俺の運命のサイクルはこのあたりで回り始めたのだろうと思う。 ゴールデンウィークが明けた一日目、失われた曜日感覚と共に、まだ五月だってのに異様な陽気にさらされながら教室に入ると涼宮ハルヒはとっくに俺の後ろの席で涼しい顔を窓の外に向けて座っていた。 「全部のクラブに入ってみたってのは本当なのか」 ふと、そう聞いてみた。 「どこか面白そうな部があったら教えてくれよ。参考にするからさ」 「ない」 ハルヒは即答した。 「全然ない」 駄目押ししてハルヒは蝶の羽ばたきのような吐息を漏らした。ため息のつもりだろうか。 「高校に入れば少しはましなのかと思ったけど、これじゃ義務教育時代と何も変わんないわね。ううん。性教育がないぶん、退化しているといっても過言じゃないわ。まったく、入る学校間違えたかしら」 こいつは、なにを基準に学校選びをしているのだろうか。 「運動系も文科系も本当にまったくダメ。これだけあれば少しくらい変なクラブがあってもよさそうなのに」 なにをもって変だとか普通だとかを決定するんだ? 「あたしが気に入るようなクラブが変。そうでないのは普通。決まってるでしょ」 そうかい、決まっているのかい。初めて知ったよ。 ふと、先日谷口が言っていたことを思い出した俺は、妙に長いまつげをしているハルヒの顔をみながらあることを聞いてみた。 「ちょいと小耳に挟んだんだけどな」 「どうせロクでもないことをでしょ」 「付き合う男、全部ふったって本当か?」 「そうよ」 ハルヒはやれやれといったふうにため息を漏らした。 「どいつもこいつもアホらしいほどまともな奴だったわ。日曜日に西宮北口で待ち合わせ、行く場所は判で押したみたいに映画館か遊園地かスポーツ観戦。ファストフードで昼ごはん食べて、うろうろしてお茶飲んで、じゃぁまた明日ね、って、それしかないの?」 それのどこが悪いのだと思ったが、口に出すのはやめておいた。ハルヒがダメというからには、それらはすべからくダメなのだろうな。 「それで、後からメールで『君とラブホテルに行きたい』なんて、そういう大事なことは面と向かっていいなさいよ!」 虫でも見るような目つきを前にして重大な・・・少なくとも本人にとっては・・・打ち明けごとをする気になれなかっただろう男の気分をトレースしながら一応俺は同意しておいた。 「まぁ、そうかな。俺ならデート中にいうかな」 「そんなことはどうでもいいのよ!」 どっちだよ。 「問題はね。くだらない男しかこの世に存在しないのかどうなのってことよ。ほんと中学時代はずうっとイライラしっぱなしだった。 今もだろうが。 「じゃぁ、どんな男ならよかったんだ?やっぱりアレか、スカトロマニアか?」 「スカトロ、放尿、もしくはそれに準じる何かね。しかもうわべだけでなく、心の底から変態じゃないとダメよ。私には解るんだからね。とにかく変態であれば、男だろうが女だろうが」 どうしてそんなに変態の存在にこだわるのだろう。俺がそう言うと、ハルヒはあからさまにバカを見る目をして言い放った。 「だって、そっちのほうが気持ち良さそうじゃなの!」 それは・・・そうかもしれない。 俺だって、ハルヒの意見に否やはない。けれど俺は、童貞なのだ。変態セックスをする前に、まずは普通のセックスをしてみたい。まだ女のあそこをみたことも・・・写真以外ではないしな。 「だからよ!」 ハルヒは椅子を蹴倒して叫んだ。教室に揃っていた全員がふりかえる。 「だからあたしはこうして一生懸命・・・」 「遅れてすまない!」 域席きって明朗活発の体育教師が駆け込んできたので、俺とハルヒとの会話はここで終わった。そして普通にホームルームをはじめる。おそらくはこんなに日常こそが、ハルヒのもっとも忌むべきものなんだろうな。 でも人生ってそんなもんだろ? しかし、変態道を貫き通すハルヒの生き様を羨ましいと思う、理屈では割り切れない感情が心の片隅でひっそり踊っていることも無視できない。 ただ待っていても都合よく自らの望みはかなえられない。ならばこちらから呼んじまおう。で、校庭に巨大な女性器のイラストを描いたりするわけだ。 いやはや。 休憩中、いつものごとく飛び出していったハルヒの背中を見てため息をついていると、 「ちょっと聞きたいんだけど」 いきなり女の声をふってきた。軽やかなソプラノ。見上げるとクラス一の美女、朝倉涼子の作り物でもこうはいかない笑顔が俺に向けられていた。 クラス委員長でもある朝倉は、その綺麗な口元を動かしながらこういった。 「あたしがいくら話しかけても、なーんも答えてくれない涼宮さんが、どうしたら話すようになってくれるのか、コツでもあるの?」 俺は一応考えてみた。というか、考えるフリをして首をふった。考えるまでもないからな。 「解らん」 朝倉は笑い声を一つ。 「ふーん。でも安心した。涼宮さん、いつまでもクラスで孤立したままじゃ困るもんね。一人でも友達ができたのはいいことよね」 「友達ね・・・」 俺は首をかしげる。そうなのか?それにしては、俺はハルヒの渋い顔しか見ていないような気がするぞ。 「その調子で、涼宮さんをクラスに溶け込めるようにしてあげてね。せっかく一緒のクラスになったんだから・・・あんな変態みたいなこと言って孤立してないで、みんな仲良くしていきたいじゃない?よろしくね」 そういうと、朝倉はまた女子の輪の中へ戻っていった。 俺はやれやれとため息をついた。いったいぜんたい、俺にどうしろと? 席替えは月に一度といつの間にやら決まったようで、委員長朝倉涼子がつくったくじ引きをひいた俺の席は、中窓に面した窓際後方二番目というなかなかのポジションを獲得した。その後ろにきたのは、なんと涼宮ハルヒだった。どうもこいつとは、腐れ縁があるようだ。 「マンガ研究会があったのよ」 「へぇ。どうだった?」 「笑わせるわ。エロい妄想だけはしてたみたいだけど、誰一人として経験はないのよ。二次元には強くいけても、私みたいな生身の女には何もできなかったの」 「そりゃそうだろう」 「映像研究会にはちょっと期待してたんだけど」 「そうかい」 「アダルトビデオの撮影会でもやらないかとみていたら、なんか前衛的な自主制作映画について語り始めたのよ。私が知りたいのは芸術なんかじゃないよ、エロなのよ、エロ!そう思うでしょ?」 「そうは思わん」 「あー、もう、つまんない!どうしてこの学校には、もっとマシな部活動がないの?」 「ないもんはしょうがないだろう」 「高校にはもっと変態で自らの欲望に忠実なエロイサークルがあると思っていたのに、まるでクリスマスボウルを目指す気まんまんで入学したのにアメフト部がなかったと知らされた泥門デビルバッツの選手みたいな気分だわ」 ハルヒはうつろな視線で天井をながめ、それから北風のようなため息をついた。 気の毒だと思うところなのか、ここは? だいたいにおいて、ハルヒがどんな部活動なら満足するのか、その定義が不明である。本人にも解っていないんじゃないだろうか。漠然と「何かえっちなこと」と思っているだけで、その「えっちなこと」がなんなのか、スカトロなのかアナルセックスなのか放尿なのか、こいつの中でも定まっていないような気がする。 「ないもんはしょうがないだろ」 俺は意見してやった。 「結局のところ、人間はそこにあるもので満足しなければならないのさ。いうなれば、それが出来ない人間が、発明やら発見やらをして文明を発達させてきたんだ。空を飛びたいと思ったから飛行機をつくったし、楽に移動したいと考えたから車や列車を生み出したんだ。でもそれは一部の人間の才覚や発想によって初めて生じたものなんだ。天才が、それを可能にしたわけだ。凡人たる我々は、人生を凡庸に過ごすのが一番であってだな、身分不相応な冒険心なんかださないほうが・・・」 「うるさい」 ハルヒは俺が気分よく演説しているところを中断させて、あらぬ方角をむいた。実に機嫌が悪そうだ。まぁ、それもいつものことだ。 ・・・ いったいなにがきっかけだったんだろうな。 前述の会話がネタフリだったのかもしれない。 それは突然やってきた。 うららかな日差しに眠気を誘われ、抵抗する気がさらさらなかった俺が気持ちよく寝ていると、突然、俺の襟首が鷲掴みにされて引っ張られ、脱力の極みにいた俺の後頭部が机の角にぶつかった。 「なにしやがる!」 もっともな怒りをもって振り返った俺が見たものは、涼宮ハルヒの、はじめてみる、満面の笑みであった。 「気がついた!」 嬉しそうに叫ぶ。この顔だけ見ていたら、とても人前でスカトロなどという変態女にはみえない。 「どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのかしら!」 ハルヒは目をキラキラと輝かせながら俺を見つめている。返事を求められているのだろうと直感した俺は、しぶしぶながら聞いてみることにした。 「なにに気づいたんだ?」 「ないんだったら、自分で作ればいいのよ!」 「何を」 「部活よ!」 頭がいたいのは、机の角にぶつけただけではなさそうだ。 「そうか。そりゃよかったな。ところでそろそろ手を離してくれ」 「なによ、その反応。あんたももっと悦びなさいよ、この大発見を」 「その発見とやらは、後でゆっくりと聞いてやる。場合によっては喜びを分かち合っても言い。だが、今は落ち着け」 「なんのこと?」 「授業中だ」 ようやくハルヒは俺の襟首から手を離した。じんじんとする頭を抑えて前に向き直った俺は、全クラスメイトの半口を開けた顔を視線に捉えた。 気にしないでくれ。 手を振りながら席に戻る。そして、ふと考えた。 新しいクラブを作る? ふむ。 まさか、俺にも一枚噛めというんじゃないだろうな。 痛む後頭部がよからぬ予感を告げていた。
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第二章に続く |