■涼宮ハルヒのえっちな憂鬱■



第ニ章

 結論から言おう。そのまさかだった、と。

 その後の休み時間、ハルヒはいつものように一人で教室から出て行くことはなかった。その代わり、俺の手を強引に引いて歩き出したのだ。教室を出て廊下をずんずん進み、階段を一段飛ばしで屋上へ出るドアの前まで来て停止した。

「協力しなさい」

 ハルヒはいった。

「何を協力するって?」

 実は解っていたのだが、一応、形だけでも抵抗することにした。かえってきた言葉は、案の定、俺の予想通りの言葉だった。

「あたしの新クラブ作りよ」

「なぜ俺がお前の思いつきに協力しなければならんのか、それをまず教えてくれ」

「あたしは部室と部員を確保するから、あんたは学校に提出する書類を揃えなさい」

 聞いちゃいねぇ。俺はハルヒの手をふりほどくと尋ねた。

「何のクラブを作るつもりなんだ?」

「どうでもいいじゃないの、そんなの。とりあえずまず作るのよ」

 そんな活動内容不明なクラブを作ったとして、学校側が認めてくれるか大いに疑問だがな。

「いい?今日の放課後までに調べておいて。あたしもそれまでに部室を探しておくから。いいわね」

 それだけ言うと、ハルヒはさっさか階段を降りていき、後には俺だけが残された。

「俺はイエスともノーとも言っていないんだが・・・」

 だが、そんな俺の独り言をきいているものは、当然、誰もいなかった。

 

 終業のチャイムが鳴るや否や、俺のブレザーの袖を万力のようなパワーで握り締めたハルヒは、拉致同然に俺を教室から引きずり出してたったかと早足で歩き出した。

「どこ行くんだよ」

「部室っ」

 ハルヒは短く答え、渡り廊下を通り、一階まで折、まもなく別校舎のある扉の前で立ち止まった。

 文芸部。

 そのように描かれたプレートが斜めに傾いで貼り付けられている。

「ここよ」

 ノックもせずにハルヒはドアを引き、遠慮もなにもなく入っていった。

 中は意外に広かった。長テーブルとパイプ椅子。それにスチール製の本棚くらいしかないせいだろうか。

 そしてこの部屋のオマケのように、一人の少女がパイプ椅子に腰掛けて文庫本を読んでいた。

「これからこの部室が我々の部室よ!」

 両手を挙げてハルヒが宣言した。

「ちょい待て。どこなんだよ、ここは」

「表に書いてあったでしょ。文芸部の部室よ」

「じゃぁ、文芸部なんだろ」

「昨日まではね。でも、今年の春に三年生が卒業して、部員ゼロ、新たに誰から入部しないと休部が決定していた唯一のクラブなのよ。で、このコが一年生の新入部員」

「てことは休部になってないじゃないか」

「にたようなもんよ。一人だけしかいないんだから」

 呆れた野郎だ。こいつは部室をのっとる気でいやがる。俺は折りたたみテーブルに本を開いて読書にふける文芸部一年生らしきその女の子に視線をふった。

 メガネをかけた髪の短い少女である。

 これだけハルヒが大騒ぎしているのに顔を上げようともしない。たまに動くのはページをくる指先だけで、残りの部分は微動だにしていない。周囲で俺たちがこんなに騒いでいるのにもかかわらず、だ。これはこれで、充分変な女だった。俺は声をひそめてハルヒにささやいた。

「あの娘はどうするんだよ」

「有希は別にいいって言ったわよ」

「有希?」

「長門有希、このコの名前。昼休みに会ったときに、部室貸してっていったら、どうぞって。本さえ読めればいいらしいわ」

 俺たちの存在に気がついているのかいないのか、黙々とページをめくる長門有希にむかって、俺はいった。

「長門さんとやら。こいつはこの部屋をなんだかわからん部の部室にしようとしてんだぞ。それでもいいのか?」

「いい」

 長門有希はページから視線を話さずに答える。

「いや、しかし、多分ものすごく迷惑をかけると思うぞ」

「別に」

「そのうち追い出されるかもしれんぞ?」

「どうぞ」

 即答してくるのはいいが、まるで無感動な応答だな。心の底からどうでもいいと思っている様子である。

「ま、そういうことだから」

 ハルヒが割り込んできた。満面の笑顔だ。

「これから放課後、この部室に集合ね。絶対来なさいよ。こないと死刑だから」

 こういわれて、俺は不承不承うなずいた。

 死刑はいやだったからな。

 

 次の日、一緒に帰ろうぜと言う谷口に断りを入れて、俺は部室へと脚を運んだ。

 ハルヒは「先に行ってて!」と叫ぶや、陸上部がぜひとも我が部にと勧誘したのに納得のスタートダッシュで教室から飛び出した。

 小さくなっていくハルヒの後姿を見ながら、俺は気乗りしない足取りで文芸部に向かった。

 

 部室にはすでに長門有希がいた。昨日とまったく同じ姿勢で読書をしており、デジャブを感じさせた。俺が入ってもピクリともしないのも昨日と同じ。

「・・・なにを読んでんだ?」

 沈黙に耐えかねて、俺はそう尋ねた。長門有希は返事の代わりにハードカバーをひょいと持ちあげて背表紙を俺に見せた。黒い表紙だ。フランス書院、というところが出している小説らしい。

「面白いのか?」

 長門行きは無気力な仕草でメガネのブリッジに手をかけると、無気力な声を発した。

「興奮する」

 どうも訊かれたからとりあえず答えているみたいな感じである。

「どういうとこが?」

「全部」

「本が好きなんだな」

「わりと」

「そうか・・・」

「・・・」

 沈黙。

 誰か助けてくれ。

 沈黙に耐えかねて逃げ出そうとした、まさにその瞬間、蹴飛ばされたようにドアが開いた。

「やぁ、ごめんごめん!遅れちゃった!このコ捕まえるのに手間取っちゃって!」

 片手を頭のうえにかざしてハルヒが登場した。後ろに回されたもう一方の手が別の人間の腕をつかんでいて、どう見ても無理矢理連れてこられたとおぼしきその人物ともども、ハルヒはズカズカ部屋に入ってくると、なぜかドアに錠をほどこした。

 ガチャリ、というその音に、不安げに震えた小動物のような少女がびくんと体を震わす。

 すごい美少女だった。

「なんなんですかー」

 その美少女がいった。気の毒なことに、半泣状態だ。

「ここどこですか、何であたし連れてこられたんですか、何で、かか鍵を閉めるんですか?いったい何を・・・」

「黙りなさい」

 ハルヒの押し殺した声に、少女はビクっとして固まった。

「紹介するわ。朝比奈みくるちゃんよ」

 それだけ言ったきり、ハルヒは黙り込んだ。もう紹介終わりかよ。

「どこから拉致してきたんだ?」

「拉致じゃなくて任意同行よ」

 似たようなもんだ。

「二年の教室でぼんやりしているところを捕まえたの。あたし、休み時間には校舎をすみずみまで歩くようにしているから、何回か見かけてて覚えていたわけ」

 休み時間に絶対教室にいないと思ったらそんなことをしていたのか。いや、そんなことより。

「まぁいい・・・それはそれとして、ええと、朝比奈さんか。なんでまたこの人なんだ?」

「まぁ見ててごらんなさいよ」

 ハルヒは指を朝比奈みくるさんの鼻先に突きつけ彼女の小さい肩をすくませて、

「めちゃめちゃ可愛いでしょう」

 アブナイ誘拐犯のようなことを言い出した。

「あたしね、萌えってけっこう重要なことだと思うのよね」

「・・・すまん。なんだって?」

「萌えよ、萌え。いあゆる一つの萌え要素。基本的にね、えっちで変態な目に合うコは可愛い子、つまりはこういう萌えでロリっぽいキャラが一人はいるものなのよ!」

 思わす俺は朝比奈みくるさんを見た。小柄である。ついでに童顔である。微妙にウェーブした栗色の紙が柔らかく襟元を隠し、子犬のようにこちらを見上げる潤んだ瞳が守ってくださいオーラを発しつつ、半開きの唇から除く白磁の歯が小ぶりの顔に絶妙なハーモニーをかもし出している。

「それだけじゃないのよ!」

 ハルヒは自慢げに微笑みながら、朝比奈みくるさんなる上級生の背後に回り、後ろからいきなり抱きついた。

「わひゃぁぁ!」

 叫ぶ朝比奈さん。お構いなしにハルヒはセーラー服の上から獲物の胸を鷲掴みした。

「どひぇぇぇ!」

「ちっこいくせに、ほら、あたしより胸でかいのよ。ロリ顔で巨乳。これも萌えの重要要素の一つなのよ!」

 知らん。

「あー、本当におっきいな!」

 終いにハルヒはセーラー服の下から手を突っ込んでじかに揉み始めた。

「なんか腹立ってきたわ。こんなに可愛らしい顔して、あたしより大きいなんて!」

「たたた、助けてぇ!」

 顔を真っ赤にして手足をバタつかせる朝比奈さんだが、いかんせん体格の差はいかんともしがたく、調子に乗ったハルヒが彼女のスカートを捲り上げて手を伸ばしているのに、もはや抵抗することすらできなくなってきていた。

「あ、あ、あ、そこはダメですぅ・・・」

「ダメといわれたらやりたくなるに決まっているじゃない。観念なさい」

 朝比奈さんの胸先を、ハルヒの指がコリコリとまさぐっているのが服の上からでも分かった。止めなければならない・・・と頭では思いつつも、体が動かなかった。

「大きいだけじゃなくって、感度もいいのね。もう、なんなの、この完璧さ。もう腹がたつを通り越して、あきれちゃうわよ」

 そういいながら、嬉しそうにハルヒは朝比奈さんの耳たぶをかじりはじめた。顔を真っ赤にして感じている朝比奈さんが、ふいにびくんとなると、半泣き状態でハルヒに語りかけた。

「やめてください・・・それ以上されると・・・出ちゃいそうです・・・」

「なにが?はっきり聞きたいな。でないとやめないわよ」

 よく見ると、ハルヒの指先は朝比奈さんの下着のした・・・パンティの中にまで入って蠢いている。おいおい、それはやりすぎだろう?

「・・・っこ」

「聞こえなーい」

 本当は聞こえているだろうに、ハルヒはいじわるくそう答えた。

「はっきり聞こえるように言ってくれないと、解らないわね」

「おしっこです!」

 そう言って、傍目で見ても解るほど、朝比奈さんは顔を真っ赤にして叫んでいた。

「おしっこ・・・放尿プレイね!・・・いいわ〜、それこそあたしが望んでいた・・・いたっ」

 さすがにこれ以上は見てられない。

 俺は朝比奈さんの背中にへばりついている痴漢女を引き剥がした。

「アホかお前は」

「なんでよ。もともとあたし、スカトロプレイとか放尿プレイがみたくてサークルつくることにしたのよ。それを見れるチャンスを、なんでみすみす捨てなきゃならな・・・」

「あ、あ、あ・・・あぁぁぁぁぁ」

 急にハルヒから引き離されたからなのか、ぺたんと座り込んだ朝比奈さんはそういうと、肩をびくんと震わせて・・・放尿を始めた。

「ダメですぅ・・・止まらない」

 しゃぁぁぁ、という音が部室にこだまし、同時に鼻腔にツンとするアンモニアの匂いがただよってきた。朝比奈さんの、おしっこの匂いなのだろう。可愛い顔の朝比奈さんが発しているとは思えないほど、それは刺激的な匂いだった。

「これよこれ、あたしはこれを見たかったのよ!」

 あろうことか、ハルヒはガッツポーズまでしていた。頬が上気して、ぽぅっと赤くなっている。興奮しているようだ。

「見ないで・・・ください・・・」

「見るに決まっているじゃない。みくるちゃんのおしっこシーン」

 こうなっては止めることもできない。しばらくの間、朝比奈さんの放尿は続き・・・やがて部室の床に黄色い水溜りをつくって終わった。

 驚くべきことに、この間、長門有希は一度も顔を上げることなく読書にふけり続けていた。こいつもどうかしている。

 おしっこで制服の下をぬらした朝比奈さんを見下ろすと、ハルヒはいった。

「みくるちゃん、あなた他に何かクラブ活動してる?」

「あの・・・書道部に・・・」

「じゃぁ、そこ辞めて。我が部の活動の邪魔だから」

 どこまでも自分本位なハルヒだった。

 朝比奈さんはなんともいえないような表情でうつむき、床にたまったみずたまりをしばしながめた後、救いを求めるようにもう一度俺を見上げ、次に長門有希の存在に始めて気づいて驚愕に目を見開き、しばらく視線をさまよわせてからトンボのため息のような声で「そっかー・・・」とつぶやいて、

「解りました」

 といった。

 何がわかったんだろう?

「書道部は辞めてこっちに入部します・・・」

 可哀想なくらいに悲壮な声である。

「でも文芸部って何することろなのかよく知らなくて・・・」

「我が部は文芸部じゃないわよ」

 当たり前のように言うハルヒ。

 目を丸くする朝比奈さんに、俺はハルヒに代わって着替えのバスタオルを渡しながらこういってあげた。

「ここの部室は一時的に借りているだけです。あなたが入らされようとしているのは、そこの涼宮がこれから作活動内容未定で名称不明の同好会ですよ」

「・・・えっ・・・」

「ちなみにあっちで座って本読んでいるのが本当の文芸部員です」

「はぁ・・・」

 愛くるしい唇をぽかんと開けている朝比奈さんはそれきり言葉を失った。無理もあるまい。

「だいじょうぶ!」

 無責任なまでの明るい笑顔でハルヒは朝比奈さんの小さい方をどやしつけた。

「名前なら、たった今、考えたから」

「・・・言ってみろ」

 期待値ゼロの俺の声が部室に響く。できればあまり聞きたくない。こいつの思考は、常に俺の最悪の想像の斜め上をいっているからな。そんな俺の想いなど頓着するはずもない涼宮ハルヒは超えたからかに命名の雄たけびを上げたのだった。

 

 お知らせしよう。

 何の紆余曲折もなく単なるハルヒの思いつきにより、新しく発足するクラブの名は今ここに決定した。

 SOS団。

 性欲を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団。

 略してSOS団である。

 そこ、笑ってもいいぞ。

 俺は笑う前に呆れたけどな。

 なぜに団かというと、本来なら「性欲を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの同好会」とすべきなんだろうが、なにしろまだ同好会の体すらたっていない上に、何をする集団なのかも解からないのである。「それだったら団でいいじゃない」という意味不明なハルヒのヒトコトにより、めでたくそのように決まった。

 朝比奈さんはあきらめきったように、おしっこ漏らしたまま口を閉ざし、長門有希は部外者であり、俺は何を言う気にもなれなかったため、賛成一、棄権三で、「SOS団」はめでたく発足の運びとなった。

 

 好きにしろよ、もう。

 

 毎日放課後、ここに集合ね、とハルヒが全員に言い渡して、この日は解散となった。おしっこで濡れた服を着替えた朝比奈さんは、肩をおとしてトボトボ廊下を歩いていた。その後ろ姿があまりに哀れを催したので、

「朝比奈さん」

「なんですか」

 年上にまったく見えない朝比奈さんは、純真そのものの無垢な笑顔を傾けた。

「別に入んなくていいですよ。あんな変な団。あいつのことなら気にしないでください。俺が後から言っときますから」

「いえ」

 立ち止まって、彼女はわずかに目を細めた。笑みの形の唇から綿毛のような声が、

「いいんです。入ります。私」

「でも多分、ろくな目にあいませんよ」

「大丈夫です。あなたもいるんでしょう?」

 そいうや俺は、何でいるんだろうな。

「おそらく、これがこの時間平面上の必然なのでしょうね・・・」

「へ?」

「それに長門さんがいるのも気になるし・・・」

「気になる?」

「え、や、何でもないです」

 朝比奈さんは慌てた感じで首をぶんぶん振った。

「ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」

「まぁ、そう言われるんでしたら・・・」

「それからあたしのことでしたら、どうぞ、みくるちゃんとお呼びください」

 にっこりと微笑む。

 めまいを覚えるほど可愛い。

 けれど、俺が朝比奈さんのことを「みくるちゃん」とよぶことはなかった。一応先輩なのだし、それになにより「朝比奈さん」と呼んだほうがしっくりくるからだ。というわけで、朝比奈さんのことを「みくるちゃん」と呼ぶのは傍若無人が服を着て歩いている女、涼宮ハルヒだけになったのであった。

 

 次の日の放課後、俺はなぜか部室にいた。

 長門有希が、椅子に座って本を読んでいる。こいつはちゃんと授業に出ているのだろうか?まぁいい。俺が部室にきたのは、ハルヒから「SOS団のホームページを作ってよ」と頼まれたからで、部室にパソコンが置いてあったのでそれを利用することにしたわけだ。

 たいしたページはできなかったが、もともとたいした活動をするSOS団ではないので、別に問題はなかろう。

「こんなもんか」

 そう言って大きな背伸びをしたとき、ふいに長門有希が背後に立っているのに気がついて俺はびっくりして飛び上がるところだった。

 こいつには気配というものがないのだろうか?

「これ」

 しげしげと顔を眺めている俺に興味なさそうに、長門は一冊の本を差し出した。ずしりと重い。表紙に書いてある作者の名前は、団鬼六であった。

「貸すから」

 長門は短く言い渡すと、またもや椅子に戻り読書を始めた。はてさて、いったいどうしようかと思っていると、

「こんにちは」

 と、朝比奈さんが部室に入ってきた。彼女がいるだけで、殺風景な部室もヒラヒラのレースで満ち溢れた空間に様変わりしたような気分になるから不思議だ。

「涼宮さんは?」

「さぁ、まだ来てはいないみたいですけど」

「また、あたし、涼宮さんにいたずらされてしまうんでしょうか?」

「大丈夫です。今度あいつが無理矢理朝比奈さんにあんなことしようとしたら、俺が全力で阻止しますから」

「ありがとう」

 ぺこりと頭をさげる。

「お願いします」

「お願いされましょう」

 と、俺が胸をはって答えたとき。

「やっほー」

 とか言いながら、ハルヒ登場。

「ちょっと手間取っちゃって、ごめんごめん」

 上機嫌時のハルヒは必ず他人の迷惑になりそうなことを考えているとみて間違いない。

 ハルヒは紙袋を床におくと、後ろ手でドアの鍵をかけた。その音に反射的にビクンとなる朝比奈さん。

「今度は何をする気なんだ、涼宮。もう朝比奈さんにおもらしなんてさせないからな」

「はぁ、何言ってんの?そんなことするわけないじゃないの」

 おもらし、といわれた朝比奈さんが顔を真っ赤にしていた。ごめんなさい。

「これ見てよ」

 紙袋の一つからハルヒが取り出したのは、なにやら手書き文字が印刷されたA4の藁半紙であった。

「わがSOS団の名を知らしめようと思って作ったチラシ。印刷室に忍び込んで二百枚ほど刷ってきたわ」

 ハルヒは俺たちにチラシを配った。授業をサボってこんなことをしていたのか。よく見つからなかったものだ。まぁハルヒにしてみたら、見つかったところでへでもないのだろうが。

 別段見たくもなかったが、俺はとりあえず受け取ったそれに目を通す。

 


『SOS団結団に伴う所信表明

 我がSOS団は、この世のエロを広く募集しています。過去に変態的な行為をしたことのある人、今現在、とても変態的なエッチをしている人、遠からず変態的なエッチをする予定の人、そういう人がいたら我々に相談するとよいです。たちどころに解決に導きます。確実です。ただし普通の変態ではだめです。我々が驚くまでに変態的なプレイじゃないといけません。注意してください。メールアドレスは・・・』

 

「では配りに行きましょう」

「どこでだよ」

「校門。今ならまだ下校している生徒もいっぱいいるし」

 はいはいそうですか、と紙袋を持とうとした俺を、しかしハルヒは制した。

「あんたは来なくていいわよ。来るのはみくるちゃん」

「はい?」

 両手で藁半紙を握り締めて駄文を読んでいた朝比奈さんが首をかしげる。ハルヒはもう一つの紙袋をごそごそとかき回し、そして勢いよくブツを取り出した。

「じゃぁぁぁぁん」

 まるで未来から来た猫型ロボットのように得意満面にハルヒが手にしたものは、最初黒い布切れに見えた。だが、よく見てみると、俺はなぜハルヒが俺ではなく朝比奈さんを指名したのかを理解することができた。

 バニーガールの衣装だった。

「あのあのあの、それはいったい・・・」

 怯える朝比奈さん。

「知ってるでしょ?バニーガール」

「まままさかあたしがそれ着るんじゃ・・・」

「もちろん、みくるちゃんのぶんもあるわよ」

「そ、そんなの着れません!」

「大丈夫、サイズも合ってるから」

「そうじゃなくって、あの、ひょっとして、それ着て校門でビラ配りを・・・」

「これだけじゃないわよ」

 そういって再び紙袋からハルヒが取り出したのは、なんということか、小さな紐のついた機械というか、なんというか、

「それはなんです?」

「へへー。パールローターよ」

「そそそ、それをどうするんですかぁ?」

「決まってるじゃない。みくるちゃんのあそこに入れるのよ」

「どうしてそんなことするんですかー?」

「だって、そのほうが変態じゃない!」

「い、いやです!」

「うるさい」

 いかん、目が据わっている。ハルヒはここぞとばかりにその俊敏な運動神経を見せると、ジタバタする彼女のセーラー服を手際よく脱がせ始めた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ」

「おとなしくしなさい!」




 無茶なことを言いながらハルヒは朝比奈さんを取り押さえ、あっさりセーラー服を脱がせてしまうとスカートのホックに指をかけ、これは止めたほうがいいだろうと足をあげかけた俺は朝比奈さんと目が合ってしまい、

「だめぇ!見ないでぇ!」

 泣き声で叫ばれて大急ぎで回れ右、ドアに走って転がるように廊下へ脱出した。

 その時横目で見たのだが、長門有希は何事もないかのように本を読んでいた。こいつは大物かもしれない。

 閉めたドアにもたれかかった俺に、

「あぁ!」

「だめぇ!」

「せめて・・・じ、自分で入れますから・・・はぁん!」

「奥まで入ってくるぅ」

 などと、あられもない朝比奈さんの悲鳴そのものの悲鳴と、

「うりゃ!」

「ほら、脱いだ脱いだ!」

「最初から素直にそときゃよかったのさ!」

「あれ?みくるちゃん、もう濡れてるじゃない」

 というハルヒの勝ち誇った雄たけびが交互に聞こえてきた。うーん。気にならんといえば嘘になるなぁ、さすがに。

 それからしばらくして合図があり、

「入っていいわよっ」

 少々ためらいがちに部室に戻った俺の目が映し出したもの、それはどうしようもないまでに完璧な二人のバニーガールだった。ハルヒも朝比奈さんも、呆れるほど似合っていた。

 大きく開いた胸元と背中、ハイレグカットから伸びる網タイツに包まれた脚、ひょこひょこ揺れる頭のウサミミと白いカラーとカフスがポイントを高めている。何のポイントかは俺にだってわかりはしない。

 スレンダーなくせに出ているところが出ているハルヒと、チビっこいのに出るべきところが出ている朝比奈さんの組み合わせは、はっきりいって目に毒だ。

 うっうっうっと、しゃくりあげている朝比奈さんに「似合ってますよ」と声をかけるべきかどうか悩んでいるとハルヒが、

「どう?これで注目度もバッチリだわ!この格好なら大抵の人間はビラを受け取るわ。そうよね!」

「・・・そりゃ、そんなコスプレした奴が学校で二人もうろついていたら嫌でも目立つからな・・・」

「しかもこれだけじゃないのよ」

 そういうと、ハルヒは手にしていた小さな機械のスイッチを入れた。

 同時に、ぴくんと朝比奈さんが反応し、とたんに小さな汗が噴出し始める。

「あぁ・・・やめて・・・ください・・・」

「何してるんだよ」

「へへー。みくるちゃんの中に入っているパールローターのスイッチなのよ、これ」

 自慢そうに笑うハルヒ。

 俺が何かを言おうとしたとき、

「いくわよ、みくるちゃん!」

 朝比奈さんは子供のようにぐずりながらテーブルにしがみついていたが、そこはハルヒのバカ力にかなうわけなく、間もなく小さな悲鳴とともに引きずるように連れ去られ、二人のバニーは部室から姿を消した。罪悪感にあいなまれつつ俺は力なく座ろうとして、

「それ」

 長門有希が床を指していた。目をやるとそこには乱雑に脱ぎ散らかされた二組のセーラー服と・・・ブラジャーとパンティが落ちていた。

 ショートカットのメガネ娘は黙りこくったまま指先をハンガーラックへと向け、そうしてもう用はすんだといわんばかりに読書に戻った。

 お前がやってくれよ。

 ため息交じりで俺は女どもの制服とブラジャーとパンティを拾い上げてハンガーにかけた。

 二種類の匂いがする。一つは先日も嗅いだ、朝比奈さんのおしっこの匂いだ。そしてもう一つは・・・ハルヒの匂いか?どことなく罪悪感を感じた俺は、ハルヒの下着を急いで片付けた。

 

 三十分後、よれよれになった朝比奈さんが戻ってきた。本物の兎のように真っ赤な目になっている。慌てて俺は椅子を譲り、朝比奈さんはテーブルにつっぷして肩甲骨を揺らし始めた。着替える気力もないらしい。背中が半ば以上に開いているから目のやり場に困る。

 その時、またもや、しゃぁぁぁぁという音がしたかと思うと、本日二度目になる、朝比奈さんのアンモニアの匂いが鼻腔を刺激した。

「もう・・・止める力もありません・・・」

 バニー姿の朝比奈さんが、勢いよくおしっこを漏らしていた。ぽちゃりぽちゃりと、おしっこは椅子を伝わって床に広がっていく。朝比奈さんのバニーの股から下は、朝比奈さん自らの出した液体でしっとりと濡れていた。

「あん・・・」

 朝比奈さんはゆっくりと手を股間に伸ばし、あるものを取り出して、テーブルの上にことりと置いた。

 それは、つい先程まで朝比奈さんの体内に入っていたパールローターであった。濡れているのは、おしっこだけではないようだ。粘り気のある液体が、テーブルとの間に糸をひいている。

 しくしくと泣きながら放尿を続ける朝比奈さんを見て、俺は巨の晩飯はなんだろうかなとかどうでもいいようなことを考えていた。

 ようやくハルヒが勇ましく帰還してきた。第一声。

「腹たつわね、あのバカ教師ども。邪魔なのよ、邪魔!」

「何か問題でもあったのか?」

「問題外よ!まだ半分しかビラまいてないのに教師が走ってきて、やめろとかいうのよ!何様よ!」

 教師だよ。

「みくるちゃんはわんわん泣き出すし、あたしは生活指導室に連行されるし・・・もうとにかく腹が立つ!今日はこれで終わり!終了!」

 やおらウサミミをむしりとったハルヒはそれを床に叩きつけると、

「みくるちゃん、いつまで泣いてるの?ほら、ちゃっちゃっと立って着替える・・・あぁぁ、おもらししてるじゃない!どうしてあたしの前でしてくれないの?放尿プレイ、楽しみたかったのに!」

 そういって俺を部室の外に追い出すと、着替え始めた。

 やがて部室から出てきた朝比奈さんは、滑り止めにすら引っかからず全ての受験に失敗した直後の三浪生のような顔になっていた。かける言葉がみつからないので黙っていたら、

「キョンくん・・・」

 深海に沈んだ豪華客船から発せられる亡霊のような声で、俺のあだなをいった。

「・・・わたしがお嫁にいけなくなるようなことになったら、もらってくれますか・・・?」

 なんというべきか、というか、あなたも俺をそのあだ名で呼ぶんですね。

 そうして朝比奈さんは帰宅し・・・

 

 次の日、朝比奈さんは学校を休んだ。

 

 ハルヒはまだ怒っていた。ビラ配りを途中で邪魔されたこともさることながら、今日の放課後になってもまるっきりSOS団宛てのメールが届かなかったからである。

「なんで一つもこないのよ!」

「まぁ、昨日の今日だしな。人に話すのもためらうほどのすげぇ変態行為なのかもしれんし、こんな胡散臭い団を信用する気になれないだけかもしれん」

 適当なことを答える。そもそも、こんなビラなんかで問い合わせが殺到するはずもないのだが、そう正直にいうとハルヒが何を言い出すか分からないからな。

「みくるちゃんは今日休み?」

「もう二度とこないかもな。可哀想に。トラウマにならなければいいのだが」

「せっかく新しい衣装も用意したのに」

「自分で着ろよ」

「もちろん、あたしも着るわよ。でも、みくるちゃんがいないとつまんない」

 こんな感じで、この日は終わった。

 事件が起こったのは、翌日のことだった。

 

 転校生がやってきたのだ。

 朝のホームルーム前のわずかな時間に、俺はそれをハルヒから聞かされた。

「すごいと思わない?こんな時期に入ってきた転校生よ。絶対、何か訳ありに違いないわ!」

 欲しがっていたオモチャを念願かなって買ってもらえた幼稚園児のようなとびっきりの笑顔で、ハルヒは机から身を乗り出していた。

「絶対、SOS団に入れてみせるわ。何か変態的なプレイを知っているのに違いないもの!」

 いきごむハルヒを見て、俺は再びため息をついた。

 こいつが休まる日が、本当に来るのだろうか?

 願わくば俺にまで被害が及ばなければいいのだが・・・たぶん、無理なんだろうなぁ。

 

 そして、悪い予想ほど当たるものなのである。

 




第三章に続く





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