■涼宮ハルヒのえっちな憂鬱■



第三章

 謎のバニーガールズとしてすっかり認知を受けてしまった二人組みの片割れである朝比奈みくるさんは、けなげにも一日休んだだけで復活し、部活にも顔を出すようになった。

 部活といってもすることがないので、俺は自宅の押入れにうずまっていたソードワールドRPGを持ってきて、ボツボツと語り合いながら朝比奈さんとひたすらテーブルトークをして遊んでいた。

 ホームページを作ったはいいがカウンタも回らずメールも届かず、すっかり無用の長物となっている。もっぱらパソコンはネットサーフィン専用機となっており、ブックマークに入れられたサイトは親が見たなら泡を吹きそうな変態でエロいサイトのものばかりであった。

 長門有希が黙々と読書する横で、俺と朝比奈さんはキャラクター作りを終えて、いよいよ冒険の旅に出発するところであった。

「涼宮さん、遅いね」

 ルールブックをじっと見つめながら、朝比奈さんがボツリと漏らした。

 表情はすぐれないが深く沈んだ様子もない。俺は安心した。なんだかんだいっても、一学年上とはいえ、可愛い女の子と空間を同じくするのは心が躍る。

「今日、転校生が来ましたからね。多分そいつの勧誘に行っているんでしょう」

「転校生?」

「九組に転入してきた奴がいまして。ハルヒ大喜びですよ。よっぽど転校生が好きなんでしょう」

「ふぅん・・・」

「それより朝比奈さん、よくまた部室に来る気になりましたね」

「うん・・・ちょっと悩んだけど、でもやっぱり気になるから」

「何が気になるんです?」

「・・・ん・・・なんでもない」

 ふと気配を感じて横を見ると、長門がルールブックを覗き込んでいた。瀬戸物人形のような顔立ちはいつものこと。ただしメガネの奥の目には始めてみる光がやどっていた。

「・・・」

 生まれて初めて猫を見た子犬のような目だった。

「・・・やってみるか、長門?」

 声をかけると長門有希は機械的に瞬きし、注意して未定ナイトわからないほどの微妙な角度で頷いた。俺は長門の前にキャラクターシートを広げ、ダイスを渡す。

 ダイスをつまみあげ、しげしげとながめる長門。一個ずつ縦に並べておいてみたり、少しかじって味を確かめたりした。

「・・・長門、テーブルトークしたことある?」

 ゆっくりと左右に首がふられる。

「ルールは分かるか?」

 否定。

「えーっとな。いうなればこれは、ごっこ遊びみたいなもんだ。ただしルールの決められたごっこ遊びだ。勝ち負けを競うゲームではなく、みんなで一つの物語を作り出すんだ」

 肯定。優雅な動作で長門はダイスをふった。6と6、ゾロ目だ。

 一緒にキャラクターを作り始めて、朝比奈さんの様子もどこかおかしくなった。なんとなく指が震えているように見えるし、けっして顔をあげようとしない。そのくせ上目で長門のほうを見ては急いで視線を戻すという仕草を何度も繰り返し、まるでゲームに集中していない。

 なんだ?朝比奈さんは長門が妙に気になっているらしい。理由が判らん。

 なんだかんだしているうちに、キャラクターが出来上がった。驚くべきことに、長門のキャラクターの能力地は全て24・・・つまり、ダイスは全て「6」しかでなかった。イカサマでもしているのか、こいつは?

 その時、全ての現況の元が新たな生贄を連れて現れた。

「へい、お待ち!」

 一人の男子生徒の袖をガッチリとキープした涼宮ハルヒが的外れな挨拶をよこした。

「一年九組に本日やってきた即戦力の転校生、その名も」

 言葉を区切り、顔で後は自分で言えとうながす。虜囚となっていたその少年は、薄く微笑んで俺たち三人のほうを向き、

「古泉一樹です・・・よろしく」




 さわやかなスポーツ少年のような雰囲気を持つ細身の男だった。如才のない笑み、柔和な目。適当なポーズをとらせてスーパーのチラシにモデルとして採用したらコアなファンがつきそうなルックスである。これで性格がいいながらけっこうな人気ものになれるだろう。

「ここ、SOS団。あたしが団長の涼宮ハルヒ。そこの三人は団員その1と2と3。ちなみにあなたは4番目。みんな、仲良くやりましょう!」

 そんな紹介ならされないほうがはるかにマシだ。判ったのはお前と転校生の名前だけじゃないか。

「入るのは別にいいんですが」

 転校生の小泉一樹は落ち着いた笑みを絶やさずにいった。

「何をするクラブなんですか?」

 百人いれば百人ともが頭に思い浮かべる疑問だ。俺が誰彼ともなく何度も問われ、ついぞ答えることのできなかったクエスチョン。フェルマーの最終定理を説明できたとしてもこればっかりは無理だ。シュレディンガーの猫も半分死んだままで裸足で逃げ出すだろう。が、ハルヒは全く動じずに、それどころか不敵な笑みすら宇嗅げて俺たちを順々に眺めていった。

「教えるわ。SOS団の活動内容、それは」

 大きく息を吸い、演出効果のつもりかセリフを溜めに溜めて、そしてハルヒは驚くべき真相を吐いた。

「スカトロマニアや放尿マニアやアナルセックスマニアを探し出して、一緒にプレイすることよ!」

 

 全世界が停止したかと思われた。

 というのは嘘で、俺は単に「やっぱりか」と思っただけだった。しかし残りの三人はそうはいかなかったようだ。

 朝比奈さんは完全に硬化していた。動かないのは長門有希も同様で、首をハルヒへ向けた状態で電池切れを起こしたみたいに止まっている。ほんのわずかだけ、目が見開かれているのに気づいて俺は意外に思う。さすがの無感動女も、これには意表をつかれたか。

 最後に古泉一樹だが、微笑なのか苦笑なのか驚きなのか判別しにくい表情で突っ立っていた。古泉は誰よりも先に我に返り、

「はぁ、なるほど」

 と何かを悟ったような口ぶりで呟いて、朝比奈さんと長門有希とを交互に眺め、訳知り顔でうなずいた。

「さすがは涼宮さんですね」

 意味不明な感想を言って、

「いいでしょう。入ります。今後とも、どうぞよろしく」

 白い歯を見せて微笑んだ。

 おいおい、あんな説明でいいのかよ。本当に聞いていたのか?首をひねる俺の目の前に、ぬっと手が差し出された。

「古泉一樹です。転校してきたばかりで教えていただくことばかりとは思いますが、なにとぞご教授願います」

 バカ丁寧な定型句を口にする古泉の手を握り返す。

「あぁ、俺は・・・」

「そいつはキョン」

 ハルヒが俺を勝手に紹介し、ついで「あっちの可愛いのがみくるちゃんで、そっちの眼鏡っ娘が有希」と二人を指差して全てを終えた顔をした。

「そういうわけで五人揃ったことだし、これで学校としても文句はないわよねぇ」

 ハルヒが何か言っている。

「いえー、SOS団、いよいよベールを脱ぐときが来たわよ。みんな、一丸となって頑張っていきまっしょ!」

 何がベールだ。

 ふと気づくと長門はまた定位置に戻って読書の続きに挑戦している。お前は文芸部だろ?勝手にメンバーに入れられちまっているけど、いいのか、お前。

 

 学校の案内をしてあげると言ってハルヒが古泉を連れ出し、朝比奈さんが用事があるからと帰ってしまったので、部室には俺と長門有希だけが残された。

 今更テーブルトークをする気にもなれず、長門の読書シーンを観察していても面白くもなんともなく、だから俺もさっさと帰ることにした。鞄をさげる、長門に一言。

「じゃあな」

「本、読んだ?」

 足がとまる。長門有希の暗闇色をした目が俺を射抜いている。

 本。というと、いつぞや俺に貸した団鬼六の本のことか?

「そう」

「いや、まだだけど・・・返した方がいいか?」

「返さなくていい」

 長門のセリフはいつも端的だ。一文節で収まる。

「今日読んで」

 長門はどうでもよさそうに言った。

「帰ったらすぐ」

 どうでもよさそうなのに命令調である。

 ここんとこ国語の教科書に載ってる以外の小説なんて読んでないけど、そこまで言うからには他人に推薦したくなるほどの面白さなのだろう。

「・・・解ったよ」

 俺が答えると、長門はまた自分の読書に戻った。

 

 そして俺は今、夕闇の中を必死で自転車をこいでいた。

 長門と分かれて自宅に戻った俺は、晩飯食ったりしてダラダラした後、自室で借りたと言うより押し付けられた団鬼六の小説を紐解くことにした。みっちり文字のつまった活字の海にめまいを感じながら、SMの世界について深く語っている内容をパラパラとめくっていたら、なかばくらいにはさんであったしおりが絨毯に落ちた。

 花のイラストがプリントしてあるファンシーなしおりだ。何の気なしに裏返してみて、俺はそこに手書きの文字を発見した。

 

『午後七時。光陽園公園にて待つ』

 

 まるでワープロで印字したみたいに綺麗な手書き文字が書いてあった。このそっけなさ、いかにも長門が書きそうな感じではある。あるのだが、ここで疑問が募る。

 俺がこの本を受け取ったのは何日も前の話である。午後七時というのは、その日の午後七時のことなのだろうか。それとも今日の午後七時でいいんだろうか。まさか俺がこのメッセージをいつ目にしてもいいように、毎日公園で待っていたりしてたのじゃないだろうな。

 考えていたのは十秒くらいのはずだ。

 俺はしおいをジーンズのポケットに入れると、アリスに追いかけられている三月兎のように部屋を飛び出て階段をかけおり、玄関先につないでいたママチャリにまたがって走り出しながらライトを足でつけ、可能な限りのスピードでペダルを踏んだ。

 これで長門がいなかったら笑ってやる。

 

 笑わずにすんだようだ。

 七時十分に公園につくと、いくつかかたまって設置されている木製のベンチの一つに、長門有希のシルエットがぼんやり浮かんでいた。

 どうにも存在感の希薄な女である。知らずに通りかかったら幽霊と思うかもしれない。

 長門は俺に気づいて糸に引かれた操り人形のようにすぅっと立ち上がった。

 制服姿である。

「今日でよかったのか?」

 うなずく。

「ひょっとして、毎日待っていたとか」

 うなずく。

「・・・学校でいえないことでも?」

 うなずいて、長門は俺の前に立った。

「こっち」

 歩き出す。足音のしない、まるで忍者みたいな歩き方である。闇に溶けるように遠ざかる長門の後ろを、俺は仕方なくついていく。

 微風に揺れるショートカットを眺めるともなく眺めながら歩いて数分後、俺たちは駅からほど近い分譲マンションへたどりついた。

「ここ」

 玄関口のロックをテンキーのパスワードで解除してガラス戸をあける。俺は自転車をその辺に止めてエレベータに向かう長門の後を追った。

 エレベータの中で長門は何を考えているのか解らない顔で一言も発せず、ただ数字盤を凝視している。七階着。

「あのさ、どこに行こうとしているんだ?」

 まことに遅ればせながら俺は質問する。マンションのドアが立ち並ぶ通路をすたすたと歩きながら長門は

「わたしの部屋」

 俺の脚が止まる。ちょっと待て。どうして俺が長門の部屋に招待されなければならないんだ。

「誰もいないから」

 ますますちょっと待て。それはいったいどういう意味であるか。

 708号のドアを開けて、長門は俺をじいいっと見た。

「入って」

 マジかよ。

 うろたえつつも狼狽を顔に出さないようにして、おそるおそる上がらせていただく。靴を脱ぎ一歩進んだところでドアが閉められる。

 何か取り返しのつかないところに来てしまったような気がした。その音に不吉な予感を感じて振り返る俺に、長門は

「中へ」

 とだけ言って自分の靴を足の一振りで脱ぎ捨てた。これで室内が真っ暗だったら何をおいても逃げ出すつもりだったが、煌々たる明かりが広々とした部屋を寒々と照らしている。

 3LDKくらい?駅前という立地を考えると、けっこうな値段なんじゃないだろうか。

 しかしまぁ、生活臭のない部屋だな。

 通されたリビングにはコタツ机が一つ置いてあるだけで他には何もない。なんとカーテンすらかかっていない。十畳くらいのフローリングにはカーペットも敷かれず茶色の木目をさらしていた。

「座ってて」

 俺がテーブルの端に胡坐を書いて座ると、長門は制服のまま俺の向かいにちょこんと座った。

 沈黙。

 居心地が悪い。

 何か言ってみよう。

「あー・・・家の人は?」

「いない」

「いや、いないのは見れば解るんだが・・・お出かけ中か?」

「最初から、私しかいない」

 今まで聞いた長門のセリフで一番長い発言だった。

「ひょっとして一人暮らしなのか?」

「そう」

 ほほう。こんな高級マンションに一人暮らしとは。訳があるんだろうな。

「それで何の用なんだ?」

 思い出したように、長門は取り出した急須の中身を湯飲みについで俺の前に置いた。

「飲んで」

 いや、飲むけどさ。ほうじ茶をすする俺を動物園で二本足で立つふう太君を見る様な目で観察する長門。自分は湯のみには手をつけようともしない。

「美味しい?」

 初めて疑問系で訊かれた気がする。

「あぁ・・・」

 飲み干した湯飲みを置くと、俺はいった。

「お茶はいいから、俺をここまで連れてきた理由を教えてくれないか」

 長門はなかなか口を開かない。

「学校ではできないような話ってなんだ?」

 ようやく、長門は薄い唇を開いた。

「涼宮ハルヒのこと」

 背筋を伸ばした綺麗な正座で、

「それと、わたしのこと」

 口をつぐんで一拍置き、

「あなたに教えておく」

 といってまた黙った。

 どうにかならないのか、この話し方。

「涼宮とお前が何だって?」

 ここで長門は出会って以来、初めて見る表情を浮かべた。困ったような、躊躇しているような、どちらにせよ注意深く見て見ないと解らない、無表情からミリ単位で変異したわずかな感情の起伏。

「うまく言語化できない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。だから、直接、あなたのデータを頂いて同調しながら伝達する」

 そう言うと、長門はいきなり俺のズボンを脱がし始めた。

「な、長門!なにをしているんだ!?」

「あなたのズボンを脱がしてる」

 状況そのままの答えが帰ってくる。いや、俺が聞きたいのは今の状況を聞きたいのではなく、長門が何をしようとしているのかを訊きたいのだが。

「涼宮ハルヒとわたしは普通の人間じゃない」

 いきなり妙なことを言い出した。すでに俺のズボンは脱がされ、トランクスが見える。長門はトランクスの内側にまで手を入れていった。

「なんとなく普通じゃないのは解るけどさ」

「そうじゃない」

 俺のものを握られた。大きく硬くなっているのが解る。その俺のものをじっと見つめながら長門。

「性格に普遍的な性質をもっていないという意味ではなく、文字通り純粋な意味で、彼女と私はあなたのような大多数の人間と同じとは言えない」

 長門の吐息が俺のものに吹きかけられる。

「この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。それが、わたし」

 いいながら、長門は口を開けた。

「私の仕事は涼宮ハルヒを観察して、入手した情報を統合思念体に報告すること」

 長門の舌先が、俺のものの先端に触れた。生暖かい体温を感じる。

「生み出されてから三年間、わたしはずっとそうやって過ごしてきた。この三年間は特別な不確定要素がなく、いたって平穏。でも、最近になって無視できないイレギュラー因子が涼宮ハルヒの周囲に現れた」

 長門の唾液で、俺のものがぬるぬるしているのがわかった。



「それが、あなた」

 そう言うと、長門は俺のものを口内に含んだ。

 同時に、大量の情報が直接頭の中に入ってくる。先程長門が言っていた「同調しながら伝達する」という言葉の意味はこういうことだったのか・・・と思いながら、それ以上に長門の口内の暖かさと気持ちよさに俺は意識を飛ばされそうになった。

 入ってきた情報は、こういうものだ。

 


 情報統合思念体。

 銀河系、それどころか全宇宙にまで広がる情報系の海から発生した肉体を持たない超硬度な知性を持つ情報生命体である。それは最初から情報として生まれ、情報をより合わせて意識を生み出し、情報を取り込むことによって進化してきた。

 実体を持たず、ただ情報としてだけ存在するそれは、いかなる光学的手段でも観測することは不可能である。宇宙開闢とほぼ同時に存在したそれは、宇宙の膨張とともに拡大し、情報系を広げ、巨大化しつつ発展してきた。

 地球、いや太陽系が形成される遥か以前から全宇宙を知覚していたそれにとって、銀河の辺境に位置する大して珍しくもないこの星系に特別な価値などなかった。有機生命体が発生する惑星はそのほかにも数限りなくあったからだ。

 しかしその第三惑星で進化した二足歩行動物に知性と呼ぶべき思索能力が芽生えたことにより、原住生命体が地球と呼称するその酸化型惑星の重要度はランクアップを果たした。

 

 長門は舌先をどんどん動かした。こいつ、どうしてこんなにフェラチオがうまいんだ?まるで下半身が全て溶けてしまいそうな快感の中、俺のものを口に含んだまま、長門はいった。

「情報の集積と伝達速度に絶対的な限界のある有機生命体に知性が発現することなんてありえないと思われていたから」

 長門有希はれろんと俺のさおを舐め上げた。唾液が糸を引いている。

「統合思念体は地球に発生した人類にカテゴライズされる生命体に興味を持った。もしかしたら自分達が陥っている自立進化の閉塞状態を打開する可能性があるかもしれなかったから」

 そして再び、大量の情報が俺の頭の中に直接入り込んできた。

 


 発生段階から完全な形で存在していた情報生命体と違い、人類は不完全な有機生命体として出発しながら急速な自立進化を遂げていった。保有する情報量を増大させ、また新たな情報を創造し、加工し、蓄積する。

 宇宙に偏在する有機生命体に意識が生ずるのはありふれた現象だったが、高次の知性を持つまでに進化した例は地球人類が唯一であった。情報統合思念体は注意深く、かつ綿密に観測を続けた。

 

「そして三年前、惑星表面に他では類を見ない異常な情報フレアを観測した。弓状列島の一地域から噴出した情報爆発は瞬く間に惑星全土を多い、惑星外空間に拡散した。その中心にいたのが、涼宮ハルヒ」

 長門はそういいながら、今度は俺のものを口内の奥深く、喉の奥にまで押し込んだ。ちょうど長門ののどちんこにまで、俺のものがあたっている。バキュームのような吸引力で、どんどん吸い込んでくる。

 快感と同時に、情報が入り込んでくる。

 


 原因も効果も何一つわからない。情報生命体である彼等にもその情報を分析することは不可能だった。それは意味をなさない単なるジャンク情報にしか見えなかった。

 重要なのは、有機生命体としての制約上、限定された情報しか扱えないはずの地球人類の、そのうちのたった一人の人間でしかない涼宮ハルヒから情報の奔流が発生したことだ。涼宮ハルヒから発せられる情報の奔流はそれからも間歇的に継続し、またまったくのランダムにそれはおこなわれる。そして涼宮ハルヒ本人はそのことをまったく意識していない。

 この三年間、あらゆる角度から涼宮ハルヒという固体に対し調査がなされたが、今もってその正体は不明である。しかし情報統合思念体の一部は、彼女こそ人類の、ひいては情報生命体である自分たちに自立進化のきっかけを与える存在として涼宮ハルヒの解析を行っている・・・

 

「情報生命体である彼らは有機生命体と直接的にコニュニケート出来ない。言語を持たないから。人間は言葉を抜きにして概念を伝達するすべを持たない。だから情報統合思念体はわたしのような人間用のインターフェースを作った。統合思念体はわたしを通して人間とコンタクトできる」

 長門の最後の言葉は、ほとんど俺の頭の中に入っていなかった。俺の頭の中は情報統合思念体とかなんとかというよりも、長門の舌先から与えられる快感にだけ集中されていたからだ。

「長門、ダメだ」

 思わず声を漏らす。俺のものを口に含んだまま、長門は上目遣いで俺を見上げた。

「もう我慢できない」

「我慢などする必要はない」

 長門の口のまわりは、長門の唾液でびしょびしょになっている。よく見てみると、フローリングの床にまで長門の唾液がこぼれおちているし、長門の制服のあちこちにも唾液が飛び散っているのが見える。

「このまま私の口内に出せばいい」

 目を閉じることもなく、長門はさらに俺のものをさらに強く舐め始めた。普段どおり無表情な顔なのだが、俺のものを含んでいるせいで、少し卑猥に顔が歪んでいるようにも見える。

「・・・」

 堰が切れた。

「長門・・・」

 それだけ言うと、俺は長門の頭をつかみ、引き寄せた。長門は抵抗しない。むしろ俺の動きに体をあわせてくれたようだ。

 さおの中を、液体が移動していくのがわかった。俺は我慢することなく、その全てを長門の口内に排出した。

 どくん、どくんと音がする。

 長門の口内に入りきらなかった白濁した液が、長門の口元零れ落ちる。

 全てを出し切った後、ようやく俺のものは長門の口から離れた。

 白濁した液が糸をつくる。長門の口元はぬらぬらと濡れていた。

 長門は、一度、大きく口を開けた。俺の出した精液が長門の口内にたまっているのが見えた。

「・・・今から飲み込む」

 そういうと、長門は自らの指を口内にいれ、しばらく動かした後、指を抜いた。俺の精液が指にまとわりついているのが見える。その匂いをかいだ後、長門は口を閉じた。

 じっと俺を見つめている。

 そして、

 こくん。

 と、口内の精液を飲み込む音が聞こえた。

 それから長門が口を開いた。精液交じりの唾液が口内で糸をひいてはいたが、もはやそこに先程までは大量にあった俺の精液はなくなっていた。

 

「少し、苦い」

 それだけいうと、再び長門は正座をして、俺を見つめた。さきほどまでと違うのは、セーラー服のあちこちに、俺の精液と長門の唾液が飛び散っていることぐらいだ。

「涼宮ハルヒは・・・」

 二の句がつげない俺にはかかわらず、長門は言葉を続けた。

「自律進化の可能性を秘めている。おそらく彼女には自分の都合の良いように周囲の環境を操作する力がある。それが、私がここにいる理由。あなたがここにいる理由」

「待ってくれ」

 混乱したまま、俺は言う。

「正直言おう。お前が何を言っているのか、俺にはさっぱり解らない」

「信じて」

 長門は見たこともないほど真摯な顔で、

「言葉で伝えられる情報には限りがある。わたしは単なる端末、対人間用の有機インターフェースにすぎない。統合思念体の思考を完全に伝達するにはわたしの処理能力ではまかなえない。理解して欲しい」

 んなこと言われても。

「何で俺なんだ。お前がそのナントカ体のインターフェースだってのを信用したとして、それでなぜ俺に正体を明かすんだ」

 そして、聞こえにくいようなごにょごにょした声で、俺はいった。

「・・・フェラチオまでしてくれてからさ」

「あなたは涼宮ハルヒに選ばれた」

 そんな俺の言葉を聞いてか訊かずか、長門はこたえた。

「涼宮ハルヒは意識的にしろ無意識的にしろ、自分の意思を絶対的な情報として環境に影響を及ぼす。あなたが選ばれたのは必ず理由がある」

「ねーよ」

「ある。たとえば私が選ばれた理由」

 長門は俺の目をじっとみつめた。口の端に俺の精液をつけたままで。

「涼宮ハルヒは、普通ではないえっちの相手が欲しいと思った。だから情報統合思念体のインターフェースである私が選ばれた」

 長門はぴくりとも動かず、口だけを動かした。

「そして、涼宮ハルヒはスカトロマニアに出会いたいと、心の底から思った。その願望は実現する」

 俺は長門の瞳をじっと見つめた。

「私は」

 長門はこたえた。

「スカトロに興味がある」

 しばらく沈黙が流れた。沈黙を破ったのは俺だった。

「本気で言っているのか?」

「もちろん」

 俺は今までになくマジマジと長門有希の顔を直視した。度を越えた無口な奴がやっとしゃべるようになったかと思ったら、延々と電波なことを言いやがった。変な奴だと思っていたが、ここまで変だとは想像外だった。

 情報統合思念体?ヒューマノイド・インターフェース?スカトロマニア?

 アホか。

「あのな、そんな話なら直にハルヒに言ったほうが悦ばれると思うぞ。はっきり言うが、俺はその手の話題にはついていけないんだ。悪いがな」

「統合思念体の意識の大部分は、涼宮ハルヒが自分の存在価値と能力を自覚してしまうと予測できない危険を生む可能性があると認識している。だから今は、まだ様子をみるべき」

「俺が聞いたままをハルヒに伝えるかもしれないじゃないか。だからなぜ、俺にそんなことを言うんだよ」

「あなたが彼女に言ったとしても、彼女はあなたがもたらした情報を重視したりしない」

 確かにそうかもしれない。

「情報統合思念体が地球に置いているインターフェースはわたし一つではない。統合思念体の意識には積極的な動きを起こして情報の変動を観測しようという動きもある。あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。危機が迫るとしたら、まずあなた」

 付き合いきれん。

 俺はそろそろおいとまさせていただくことにした。フェラチオ、気持ちよかったよ。でも、話についていくことはできん。ごめんな。

 長門は止めなかった。

 いつもの無表情に戻っている。ちょっとばかし寂しげにみえたのは、俺の錯覚だろう。

 

 どこへ行っていたのかという母親の垂加に生返事をして俺は自室に戻った。ベッドに横になって、長門の長セリフを反芻する。

 あいつの言ったことをそのまま信用すると、ようするに長門有希は人類以外の、地球外生命体ってことになる。早い話、宇宙人だ。

 しかも、スカトロに興味のある宇宙人。

 涼宮ハルヒがあれほど熱望し、追い求めている不思議的な存在だ。

 それがこんな身近にいたとは、灯台下暗しとはこれを指して言うべきだ。

・・・はっはっは。バカらしい。

投げ出した状態で転がっていた小説本が俺の視界の隅に映った。しおりとともに拾い上げて、しばらく表紙を眺めて枕元においた。

 一人っきりのマンションでこんなSM小説を読んでばかりいるから、長門もけったいな妄想に頭を支配されるんだ。どうせ教室でも誰とも話さず自分の殻に閉じこもっているに違いない。本なんか捨てて、表層だけの付き合いでもいいから友達をつくって、普通に学園生活を楽しめばいいのだ。

 あの無表情が悪い。笑えばあいつだってかなり可愛いと思うのに。

 その可愛い顔で、フェラチオしてくれた先程の光景を思い、俺は悶々とした。

 明日、どんな表情で長門にあえばいいんだ?

 だが、望もうが望むまいが、明日はくるのだ。




第四章に続く





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