■涼宮ハルヒのえっちな憂鬱■ |
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第四章 翌日の放課後。 掃除当番だったため、俺が遅れて部室へ行くと、ハルヒが朝比奈さんで遊んでいた。 「じっとして!ほら、暴れない!」 「や・・・やめっ・・・助けてぇ!」 嫌がる朝比奈さんをハルヒがまた半裸に剥いていた。 「きゃぁぁぁ!」 部室に入りかけた俺を見て、朝比奈さんは可愛い悲鳴をあげた。下着姿の朝比奈さんを一瞬だけ眺めて、俺は半分以上開けかけていたドアを半歩さがってしめた。 「失礼」 待つこと十分。朝比奈さんの可愛らしい叫び声があえぎ声に変わり、ハルヒの楽しそうな声が響いてくる。 「いいわよ、入っても」 そして俺が室内に入ると、エプロン姿のメイドさんがいた。 朝比奈さんだった。今にも泣き出しそうな顔で、パイプ椅子にちょこんと腰掛けている。 白いエプロンと裾の広がったフレアスカートとブラウスのツーピース。ストッキングの白さが清楚な雰囲気を抜群に演出している。頭のてっぺんのレースのカチューシャと、紙を後ろでまとめている頭の幅よりも大きなリボンがまた愛らしく、この世の中のメイドさんの衣装は、朝比奈さんが着るためだけにオーダーメイドされたのではないだろうかと夢想させた。 「どう、可愛いでしょう」 ハルヒがまるで自分の手柄のように誇らしげに言って朝比奈さんの髪を撫でた。まぁ、可愛いという意見には同意できる。朝比奈さんはムチャクチャ可愛い。 「それはいいとして」 いつまでもメイド姿の朝比奈さんを見ているわけにはいかない。ハルヒのほうに向き直ると、俺は当然の疑問を口にした。 「なんでメイドの格好をさせる必要があるんだ?」 「やっぱり、萌えといったらメイドでしょ」 また意味の解らないことをいう。 「これでもけっこう考えたのよ。みくるちゃんのこの反則なまでの愛らしさを最大限に生かす方法。それはやはり、こういうご主人さまのための性奴隷、といった趣のあるメイド姿が最適よね」 俺があきれてものをいえないでいると、ハルヒはいつのまにかデジタルカメラを手にして記念に写真を撮っておこうと言い出した。真っ赤になって首をふる朝比奈さんを無視すると、 「目線こっち!ちょい顎ひいて・・・手でエプロン握り締めて。そうそう、もっともっと笑って笑って・・・」 注文をつけながらハルヒは朝比奈さんを激写する。デジタルカメラなんかどこから持ってきたんだと訊いたら写真部から借りてきたのだという。パクってきたの間違いじゃないのか? 写真撮影のかたわらでは、長門有希がいつもの場所でいつものように読書に励んでいた。昨日、さんざん俺に電波な話を語ったことなどおくびにも出さないそのいつもと変わらぬ様子に、俺はどことなくホッとした。 ついつい、長門の口元を見てしまう。ちらりともこちらを振り向かない長門の唇は、ほんの少し、濡れている気がする。 「キョン、カメラかわって!」 ハルヒは俺にデジタルカメラを私、朝比奈さんへと向き直った。水辺の鳥ににじりよるワニのような動きで小さな肩を捕らえる。 「ひっ・・・」 身を縮める朝比奈さんに、ハルヒは優しく微笑みかけた」 「みくるちゃん、もうちょっとエロっぽくいこうか」 言うが早いか、ハルヒはメイド服の胸元からリボンを引き抜き、ブラウスのボタンをいきなり第三ボタンまで開けて胸元を露出させた。 「ちょ・・・やっ・・・何するんですかぁ・・・」 「いいからいいから、みくるちゃんは黙ってて」 何がいいものか。 朝比奈さんはさらに膝に手をついて前かがみの姿勢をとらされる。小柄な体と幼い顔からは予想も出来ない豊かな谷間が胸襟からのぞいて、俺は目を凝らした。 胸を強調するポーズをとらされて羞恥の色に頬を染め、泣き出す一歩手前のうるんだ瞳でぎこちない微笑みを浮かべる朝比奈さんは、それはもう例えようもないほど魅力的だった。 「有希、眼鏡貸して」 ゆっくりと本から顔をあげた長門は、ゆっくりと眼鏡を外すとハルヒに手渡し、またゆっくりと読書に戻った。こいつは眼鏡なしでも本を読めるのだろうか? ハルヒは受け取った眼鏡を朝比奈さんの顔にかけると、 「ちょっとずらした感じがいいのよねぇ。うん、これで完璧!ロリで美乳でメイドでしかも眼鏡っ子!素晴らしいわ!完璧だわ!じゃんじゃん撮ってあげる!」 嬉しそうに微笑むハルヒ。本当、こいつが喜んでいるときはろくなことがおこらない。 「みくるちゃん、これから部室にいるときにはこの服を着るのよ!これはSOS団団長としての命令よ!」 「そんなぁ・・・」 精一杯の否定の意思表示をする朝比奈さん。しかし、そんなものが盛り上がったハルヒに通用するわけがない。 「だってこんなに可愛いんですもの!もう、女のあたしでもどうにかなっちゃいそうだわ!」 朝比奈さんに抱きつくと、頬ずりをはじめる。朝比奈さんはわぁわぁ叫びながら逃れようとするが果たせず、終いにはぐったりとなってハルヒのされるがままになってしまった。ハルヒの行動はどんどんエスカレートしていき、ついには朝比奈さんの胸を直接もみしだき始めた。 なんと羨ましい・・・いやいや、いかん。さすがにここまで来ると止めなければなるまい。 「その変で終わっとけ」 朝比奈さんの乳首までこりこりともてあそんでいたハルヒはなかなか離れない。 「こら、いい加減にしろ!」 「いいじゃん。だってこんなに感度がいいのよ」 確かに、ハルヒの指の動きにあわせて、朝比奈さんは「あぁん」とあえぎ声をあげている。正直なところ、俺も見て見たい気もするのだが、そういうわけにもいくまい。 「やめとけ」 「なんでー。あんたも一緒にみくるちゃんにエッチなことしましょうよ」 グッとくるアイディアだが、たちまち真っ青になる朝比奈さんを見ていたら同意するわけにもいかないだろう。 「うわ、なんですか、これ?」 もみ合っている俺たちに声をかけたのは、入り口付近で鞄片手に立ち尽くしている古泉一樹であった。 「何の催しですか?」 「古泉くん、いいところに来たわね。みんなでみくるちゃんにエッチなことしましょう」 何てこと言い出すんだ。 古泉は口元だけで笑うと、 「遠慮しておきましょう。後が怖そうだ」 といって、鞄をテーブルに置いて、壁に立てかけてあったパイプ椅子を組み立てた。よかろう。もしもハルヒの意見に同意していたようなら、こいつを敵に回さねばならんところだった。 「見学だけでもいいですか?」 何をいいやがる。 「僕のことはお気になさらず、どうぞ続きをなさってください」 決まりだ。こいつは敵。 すったもんだの末、俺はどうにかハルヒと朝比奈さんの間に割って入り、ふらりと倒れそうになる朝比奈さんをどうにか支え、その軽さにちょっとした感動を受けながら椅子に座らせた。 今までのパターンだと、ここで朝比奈さんはおしっこを漏らしてしまうところなのだが、どうやら今日はそこまではいっていないようだ。 それでも、頬をぽぅっと紅く上気させて、なんともいえないエロティックな表情になってはいる朝比奈さんを見ていると、かなりそそられるものがある。落ち着け、俺。 「まぁいいか。写真はあとでたくさん撮ってあげる。今日はそれより大事な話があるもんね」 そういうと、ハルヒはぐったりと目を閉じている朝比奈さんの綺麗な顔から眼鏡を抜き取り、長門に返した。 無言で眼鏡を受け取った長門は、何もコメントすることなくかけなおした。昨日あれだけ長広舌をふるったのが嘘のようだ。ちらりともこちらを見てはくれない。俺は昨日の長門の唇の感触を思い出し・・・恥ずかしい話、少し立ってしまった。 「ではこれより、第一回SOS団全体ミーティングを開始します!」 いつのまにか、ハルヒは団長の机の上に仁王立ちしていた。つくづく目立つことが大好きな奴だ。この行動力だけは認めてやらねばなるまい。 「今まであたしたちは色々やってきました。ビラも配ったし、ホームページも作った。校内におけるSOS団の知名度は鰻の滝登り、第一段階はまずまずの成功であったといえるでしょう」 そうか? 非常に突っ込みを入れたくなったが、そんなことをするとややこしくなるのは必定なので、あえて俺は黙ってハルヒの口上を聞き入ることにした。 「しかしながら、我が団のメールアドレスにはエッチな出来事を訴えるメールが一通も来ず、またこの部室に変態趣味を持った痴女がやってきたということもありません」 あればあったで困るのだが。 「果報は寝て待て、昔の人は言いました。でも、もうそんな時代じゃないのです。地面を掘り起こしてでも、果報は探し出すものなのです。だから探しに行きましょう!」 「・・・何を?」 長門も、朝比奈さんも、古泉も、誰もつっこみを入れなかったので、仕方なく俺が代表して聞いてみた。 「この世のエロをよ!市内をくまなく探索したら、一つくらいはエロい現象に遭遇するに違いないわ!」 どこをどうやったら、そんな発想が出てくるのだろう。一度、こいつの頭の中を覗いてみたいものだ。 俺のあきれ顔、古泉の何を考えているのか計りかねる曖昧な笑顔、長門の無表情、朝比奈さんのもうどうにでもしてという気力の感じられない顔。いっさい顧みることなく、ハルヒは手を振り回して叫んだ。 「次の土曜日!つまり明日!朝九時に西宮北口駅に集合ね!遅れないように。来なかったものは死刑だから!」 死刑って、おい。しかもなんで俺をみて言うんだ、ハルヒ? 休みの日の朝九時集合とは、ふざけている。 とか思いながらも自転車をこいで駅前にまで向かっている自分が情けない。 まぁ、死刑は怖いからな。 西宮北口駅はしないの中心部に位置する私鉄のたーみなるジャンクションということもなって、休みとなるとヒマな若者たちでごった返していた。まぁ、俺もそのうちの一人なのではあるが。 シャッターの閉まった銀行の前に不法駐輪して待ち合わせ場所に俺が到着したのは八時五十五分だった。 すでに全員が揃っていた。 「遅い、罰金」 顔をあわせるや、ハルヒは言った。 「おいおい、ちゃんと九時には間に合ったらだろ?」 「たとえ遅れていなくても、待ち合わせに一番最後に来た人が罰金というのが、SOS団のルールなのよ」 「初耳だが」 「そりゃそうよ。今決めたんだもの」 裾がやたらに長いロゴTシャツとニー丈デニムスカートのハルヒは晴れやかな笑顔で、 「だから、全員にお茶をおごること!」 と、にこやかに言った。 こいつが上機嫌なときには、必ず誰かが不幸になる。昨日は朝比奈さんで、今日は俺だ。何をいっても聞きそうにないハルヒの笑顔をみていたら文句をいうのも馬鹿らしくなってきて、「はいはい、解ったよ」と俺はいい、結局「今日の行動予定を決めましょう」というハルヒの言葉に促されて喫茶店へと向かうことにした。 白いノースリーブワンピースに水色のカーディガンを羽織った朝比奈さんはバレッタで後ろの髪をまとめていて、歩くたびに髪がぴょこぴょこ揺れるのがとてつもなく可愛い。いいところのお嬢様が背伸びして大人っぽい格好をしているような微笑ましさである。手にさげたポーチもおしゃれっぽい。 古泉はピンクのワイシャツにブラウンのジャケットスーツ。えんじ色のネクタイまでしめているというカッチリしたスタイルで俺の横に並んでいる。うっとうしいことだが、様になっている。比較されるから、あんまり俺の隣にきては欲しくないんだがな。俺より背が高いし。 一同の最後尾には見慣れたセーラー服を着た長門有希が無言でついてくる。なんかもう完全にSOS団の一員になっているが、本当は文芸部員のはずなんだがな。あの日、閑散としたマンションの一室で理解不能な話を聞かされ、またフェラチオしてもらった手前、その無表情ぶりがなおのこと気にかかる。しかしなんで、休みの日にまで制服を着ているんだ? ロータリーに面した喫茶店の奥まった席に腰を下ろすと、注文をとりにきたウェイターにおのおのがオーダーを言った。 意外なことに、メニューを決めるのに一番時間がかかったのが長門だった。不可解なまでの真剣さ・・・とはいえ無表情・・・で、なかなか決まらない。インスタントラーメンならちょうど食べごろになってくる時間をかけて、 「ここからここまで」 と、大量に注文を入れやがった。 俺のおごりだぞ?といいそうになったが、少し潤いを帯びているような気がする長門の唇を見ていると、そんなことを言う気も失せた。 好きにするがいいさ。 ハルヒの提案はこうだった。 これから二手に分かれて市内をうろつく。変態でエッチな光景を発見したら、携帯電話で連絡を取り合いつつ、状況を継続する。のちに落ち合って反省点と今後に向けての展望を語り合う。 「じゃぁ、クジ引きね」 用意のいいことに、ハルヒはくじ引きを用意してきていた。五本の棒に、二つだけ赤い印がついている簡単なものだ。 「印入りだな」 俺が引いた棒には、赤い印がつけられていた。 「私も・・・」 朝比奈さんが、俺と同じような印のついた棒を手にしていった。 「ふぅん・・・この組み合わせかぁ・・・」 なぜか不満そうな声で、ハルヒは俺と朝比奈さんを交互に見渡した。そんなに眺められても、俺の顔になにかついているわけでもないぜ。それになにより、言い出したのはお前だろう?なんでそんなに不満そうなんだ? 「キョン、解ってる?」 なにをだ。 「これはデートじゃないのよ。真面目にやるのよ。いい?」 「わあってるよ」 そういいながら、顔がにやにやしてくるのは仕方がなかった。朝比奈さんと一緒か。ならば、わざわざ休日に出てきた甲斐があったというものだ。いいね。実にいい。 じと目で俺を睨みつけているハルヒに向かって、古泉がいった。 「具体的に何を探せばいいのでしょうか?」 もっともな質問だ。その横で、テーブルの上に大量に並んだ料理の皿のほとんどが、いつのまにか長門の胃袋の中に消えていた。意外と大食いなんだな、こいつ。 ハルヒはチュゴゴとアイスコーヒーの最後の一滴を飲み干すと、耳にかかる髪をはらった。 「とにかく、エロいもの、変態なもの、淫乱な女性、そうね、見ていて思わず濡れてくるような存在を発見できたら上出来」 思わず口の中のミントティーを吹きそうになった。隣の朝比奈さんも同じような顔になっている。長門は相変わらずな無表情で、いつのまにか料理を食べ終え、食後のお茶をすすっている。 「なるほど」 と古泉。なにがなるほどなんだ? 「ようするに、スカトロマニアとか、放尿マニアとか、アナルセックスマニア、獣姦マニアなどを見つければいいんですね。よく分かりました」 古泉の顔は愉快げでありさえした。 「そう!さすが古泉くん、あんた見所がある奴だわね。その通りよ。キョンも少しは古泉くんの物分りの良さを見習いなさい」 あまりこいつを増長させるな。被害をくらうのは、結局俺になるんだからな。恨めしげに見る俺に向かって、古泉は笑顔で会釈した。本当にわかっているのか、こいつ? 「では、そろそろ出発しましょ」 勘定を俺に握らせ、ハルヒは大股で店から出て行った。 「ごちそうさまです」 「ごめんなさい」 「・・・」 三者三様で俺に挨拶をすると、他のメンバーも店から出て行く。 俺は勘定に書かれた数字を見て、ため息を漏らした。 サイフの中に、金、どれくらい入れていただろうか? 「マジ、デートじゃないんだからね。遊んでたら後で殺すわよ。なんでそんなデレデレした顔してるのよ?まったく!」 そういい残して、ハルヒは古泉と長門を従えて立ち去っていった。 これでようやく静かになる。 駅を中心にして、ハルヒチームは東、俺と朝比奈さんは西を探索することになったのだ。 「どうします?」 両手でポーチを持って三人の後ろ姿を見送っていた朝比奈さんが俺を見上げた。このまま持ち帰りたいような可愛らしさだ。俺は考えるフリをすると、 「うーん。まぁ、ここにこのまま立っていても仕方ないですから、どっかブラブラしましょうか?」 「はい」 素直についてこられる。 ためらいがちに俺と並び、なにかの拍子で肩が触れ合ったりすると慌てて離れる仕草がういういしく、思わず抱きしめたくなる。 俺たちは近くを流れている川の河川敷を意味もなく北上しながら歩いていた。一ヶ月前ならまだ花も残っていたであろう桜並木は、今はただしょぼくれた川べりの道でしかなくなっていた。 散策にうってつけの川沿いなので、家族連れやカップルとところどころですれ違う。俺たち二人だって、知らない人が見れば仲むつまじい恋人同士に見えるはずである。まさか変態エロ行為を探している二人組だとは思われまい。 「わたし、こんなふうに出歩くの初めてなんです」 護岸工事された浅い川のせせらぎを眺めながら朝比奈さんがつぶやくようにいった。 「こんなふうにとは?」 「・・・男の人と、二人で・・・」 「はなはだしく意外ですね。今まで誰かと付き合ったことはないんですか?」 「ないんです」 ふわふわの髪でそよ風が遊んでいる。鼻筋の通った横顔を俺は見つめた。 「でも、朝比奈さんくらい可愛かったら、付き合ってくださいとかしょっちゅう言われるんじゃないですか?」 「うん・・・」 朝比奈さんは、恥ずかしそうにうつむくと、 「でも、ダメなんです。わたし、誰とも付き合うわけにはいかないの。少なくとも、この・・・」 言いかけて黙る。次の言葉を待っている間に三組のカップルとすれ違った。 「キョンくん」 水面を流れる木の葉でも数えようかと思っていた俺は、自分のあだ名を耳にして我に返った。 朝比奈さんが思いつめたような表情で俺を見つめている。彼女は決然と、 「お話したいことがあります」 バンビのような瞳に、ある種の決意があらわに浮かんでいた。 大事な話なんで、誰にも聞かれないように、人気のない場所のほうがいい。 そう朝比奈さんに言われた俺は、河川敷から少し離れた公園の端にあるベンチに並んで座った。 ちょうど木陰のせいで、誰からも見られることのない場所だ。 しかし、朝比奈さんはなかなか話し出そうとはしなかった。「どこから話せばいいのか」とか「わたし話ヘタだから」とか「信じてもらえないかもしれませんけど」とか、顔をむせてブツブツ呟いたあと、やっと彼女は言葉を区切るようにして話はじめた。 手始めに、こう言われた。 「わたしはこの時代の人間ではありません。もっと、未来から来ました」 はてさて、俺の耳がおかしくなったのでなければ、朝比奈さんが「未来から来ました」といったように聞こえた。未来・・・そんな土地があったけな?どこの県の都市だ?福島県か? 「いつ、どの時間平面からここに来たのかは言えません」 どう表現すればいいのか解らないであろう表情を浮かべている俺とは違って、真剣な表情で朝比奈さんはいった。 「言いたくても言えないんです。過去人に未来のことを伝えるのは厳重に制限されていて、航時機に乗る前に精神操作を受けて強制暗示にかからなくてはなりませんから。だから必要上のことを言おうとしても、自動的にブロックがかかります。そのつもりで聞いてください・・・」 朝比奈さんが語ってくれた内容はこうだ。
俺はこめかみを押さえながら思った。 未来人? 朝比奈さんはサンダル履きのつま先を眺めながら、 「私がこの時間平面上に来た理由はね・・・三年前、大きな時間振動が検出されたからなの。ああ、うん。今の時間から数えて三年前ね。キョンくんや涼宮さんが中学生になった頃の時代。それを調査するために過去にとんだ我々は驚いた。どうやっても、それ以上の過去に遡ることができなかったから」 そういえば先日聞いた長門の話も、三年前のことだったな。 「大きな時間の断層が時間平面と時間平面の間にあるんだろうってのが結論。でもどうしてその時代に限ってそれがあるのかが解らなかった。どうやらこれが原因らしいってことが解ったのはつい最近。・・・んん、これはわたしのいた未来での最近のことだけど」 「・・・何だったんです?」 そういいながら、俺は嫌な予感がした・・・そして、嫌な予感とはあたるものなのである。 「涼宮さん」 朝比奈さんは、俺が一番聞きたくない言葉をいった。 「時間のゆがみの真ん中に彼女がいたの。どうしてそれが解ったのかは訊かないで。禁則事項に引っかかるから説明できないの。でも確かよ。過去への道を閉ざしたのは涼宮さんなのよ」 「・・・ハルヒにそんなことが出来るとは思えないんですが・・・」 「わたしたちだって思わなかったし、本当のこと言えば、一人の人間が時間平面に干渉できるなんて未だに解明できていないの。謎なんです。涼宮さんも自分がそんなことしているなんて全然自覚していない。自分が時間を歪曲させている時間震動の源だなんて考えてもいない。わたしは涼宮さんの近くで新しい時間の変異が起きないかどうかを監視するために送られた・・・ええと、手ごろな言葉がみつからないけど、監視係みたいのものなの」 「・・・・」 「信じてもらえないでしょうね。こんなこと」 「いや・・・」 「いいんです。すぐに信じてもらおうなんて思っていませんでしたから」 そういうと、朝比奈さんは立ち上がった。 「すぐに信じてもらえなくてもいいんです。けれど、わたしが嘘をついているんじゃないってことだけは、信じてください」 「それはもう・・・」 「言葉だけじゃなくって」 朝比奈さんは、周囲を見渡した。人影はない。しばらく、呼吸を整えていた朝比奈さんが、やがて意を決したようにいった。 「キョンくんにだけ、私が嘘をいっているんじゃないっていう、証拠をお見せします」 「証拠?」 「はい・・・ううん。証拠っていうよりも、私の決意。他の誰にも教えていない私の秘密を・・・お教えします」 「未来人っていうことの他にですか?」 「はい」 朝比奈さんはそういうと、地面にぺたりと座り込んだ。 そしておもむろに、足を開く。 「キョンくんを信じているから、私の、個人的な秘密を教えます」 俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。無理もないだろう。 なぜなら。 開かれた足の間に、あるべきものがなかった。朝比奈さんは、下着をはいていなかったのだ。 「みえ・・・ますか?」 「はい」 思わず出そうになる鼻血を、俺はどうにか抑えてそう答えた。生まれて初めてみる生の女性器は、ぬらぬらと濡れていて、まるで二枚のあわびを重ね合わせたかのようななまめかしいものだった。 まさか、人生初の女性器との遭遇が、こんな可愛らしい女性のものになるとは。恥ずかしさに震えている朝比奈さんの姿を見ていると、なんともいえない嗜虐的な興奮が湧き上がってくる。 「どうしてですか?」 思わず襲い掛かりたくなる衝動をなんとか理性でおさえつけ、俺は訪ねた。 「何がですか?」 「どうして、俺に、その」 「キョンくんには、信じて欲しかったからです。私、すごく恥ずかしいんですよ」 それは震えている朝比奈さんの肩を見ていれば解ります。 「ありのままのわたしを見て、キョンくんには判断してほしかったんです」 朝比奈さんは、震えていた。次の言葉を、続けよう、続けようとしているのだが、恥ずかしくてなかなかいえないようだった。 ちょうどこもれ木の間から、太陽の光が差し込んでくる。朝比奈さんの女性器がくっきりと見えた。綺麗なピンク色をしている。少し、うごめいているようだ。 「わたし・・・」 やがて、朝比奈さんは、いった。 「・・・好きなんです」 小さな声だったので、うまく聞き取れなかった。その表情が解ったのだろう。朝比奈さんは再び、今度はさきほどよりも大きなはっきりとした声で、いった。 「放尿プレイが・・・好きなんです」 耳を、疑う。今、朝比奈さん、何をいわれた?放尿、と聞こえたような気がする。 「キョンくん、わたし・・・」 恥ずかしそうに、朝比奈さんは俺を見つめた。しかし今度は、恥ずかしさの裏側に興奮が混じっているのを俺は見逃さなかった。 「おしっこ出しているとき、いつもエクスタシーを感じるんです・・・キョンくんには、もう二回も、おしっこしている姿見られましたけど」 忘れるはずがない。震えながらおしっこを漏らしている朝比奈さんの姿。鼻腔をつくアンモニアの匂いと共に、俺の心にしっかりと刻み込まれている光景だ。 「こんな恥ずかしいこと、変態なこと、他の誰にもいえない。けれど、キョンくんにだけは知っていてほしかったんです。本当の私を」 そういって、朝比奈さんは自らの女性器を指でさわった。ぬるりとした液体が、朝比奈さんの指にまとわりついているのがみえる。 「今から、出します」 自らの液体がからみついた指を、朝比奈さんはくちゅくちゅと舐めた。引き抜いた指が糸を引いている。そして再び、自らの女性器に、今度は両手で触れた。 「これが本当のわたしです。キョンくん、。このわたしを見て、それから、さっきのわたしの話を信じるかどうか、決めてください」 そう言うと、両手で女性器を大きく開いた。ぽっかりと穴が開いている。 「キョンくん、ここが、わたしのクリトリスです」 そして、広げたまま、右手の人差し指だけを、女性器の上にあるピンクの小さな突起に触れさせる。触れた瞬間、朝比奈さんがぴくんと動いた。 「あぁん、気持ちいい・・・」 口元からうっすらと液体がこぼれおちている。 「そしてこれが、わたしの、穴」 今度は人指し指を、膣のあなへ向ける。ぬらぬらとした中をまさぐる。透明な液体がからみついてくる。 あまりの光景に、俺はごくりと唾を飲み込んだ。朝比奈さんも、すごく興奮しているのがわかる。 やがて・・・朝比奈さんの指が、最後の場所にたどり着いた。 「ここを、見てください」 それは、女性器の中にある、大きな穴の上に位置した、もう一つの小さな穴。 「ここが、わたしの一番感じる場所・・・」 指が触れる。とたんに、今までで最大の快感が訪れたのだろう。「はぁぁぁ」と、朝比奈さんはあえぎ声をあげた。 「わたしの・・・尿道・・・です」 小さな小さな穴なので、指は中に入らない。入り口をさすっているだけだ。それでも快感がものすごいのだろう。今までみたことのない、だらけきった表情を浮かべている。 「これは本当は内緒ですけど、わたし、いつも、学校から家にかえって・・・」 指の動きがとまらない。膣からあふれ出てくる液体もものすごい量になっている。 「綿棒で・・・尿道オナニーしてるんです・・・」 恥ずかしさと興奮で、朝比奈さんは顔を真っ赤にしていた。 「尿道を、綿棒でいじって、気持ちよくなって、最後に、綿棒を奥まで入れた後に両手を離し、鏡の前でM字開脚をして、鏡に向かっておしっこするの・・・」 よだれがだらだらとこぼれおちている。 「おしっこの圧力で綿棒が飛んで、鏡にこつんとあたるとき、わたし、その音でいつもいっちゃうんです・・・」 そういいながら、「あ、あ、あ」と声の感覚がだんだん狭まってきた。 「いつも家でやってること、今日はキョンくんの前でやりますね。綿棒はないけど・・・そのかわり、広がった尿道からでるわたしのおしっこ・・・みてください・・・」 朝比奈さんは、足を大きく開いた。 「出ま・・・す・・・」 その言葉と同時に。 ぷしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ 尿道がぱっくりと開き、その中から、黄色い朝比奈さんのおしっこが噴出してきた。太陽の光にきらめくおしっこは、いつまでもいつまでも、とめどなく出てくるかのように思える。 「あん、あん、あん、止まらない・・・おしっこ止まらない・・・」 恍惚した表情で放尿を続ける朝比奈さんの姿からは、いつものあの清楚な雰囲気を感じ取ることはできなかった。 背中を地面に落とし、尿道が一番見えるような格好にして、朝比奈さんは放尿を続けていった。いったいこの小さな体のどこに、これほど大量のおしっこがつまっていたのだろう? 朝比奈さんのアンモニアの匂いと、地面の草の匂いがまじりあい、なんともいえないエロティックな香りとなっている。 「い・・・いっちゃう・・・」 最後にそういってびくんと体を震わせて、そのまま朝比奈さんは地面に背中を落とした。しばらくじょぼじょぼとおしっこが尿道から零れ落ちていたが、やがてそれもとまった。 全てが終わり、用意していたティッシュで尿道を拭いた後、再び朝比奈さんは俺の隣のベンチに腰掛けた。 「背中に、草がついていますよ」 「あ、ありがとうございます・・・」 さすがに恥ずかしそうだ。視線を合わせようとはしない。 視線を合わせなくても、目の前に大きな水溜りがあり、それは先程朝比奈さんが出したおしっこで出来た水溜りなので、どうしても恥ずかしさから逃れることはできないようだ。 先程まであれほど積極的であった朝比奈さんが何も言わないので、代わりに俺がいうことにした。 「朝比奈さん」 「は、はいっ」 「どうして、俺なんですか?」 「どうしてって?」 「そんなに恥ずかしいのに、どうしておしっこする姿を俺に見せてまで、俺にこんな話を言ってくれたんですか・」 「それは・・・」 朝比奈さんは、真剣な口調でいった。 「あなたが、涼宮さんに選ばれた人だから」 朝比奈さんは上半身ごと俺のほうへと向き直って、 「詳しくはいえない。禁則にかかるから。多分だけど、あなたは涼宮さんにとって重要な人。彼女の一挙手一投足にはすべて理由がある」 「長門や古泉は・・・」 「あの人たちはわたしときわめて近い存在です。まさか涼宮さんが、これだけ的確に我々を集めてしまうとは思わなかったけど」 「朝比奈さんはあいつらが何者か知ってるんですか?」 「禁則事項です」 「ハルヒのすることを放っておいたらどうなるんですか?」 「禁則事項です」 「ていうか、未来から来たんだったらこれからどうなるか解りそうなもんなんですけど」 「禁則事項です」 「ハルヒに直接言ったらどうなんです」 「禁則事項です」 「・・・」 「ごめんなさい。言えないんです。とくに今のわたしにはそんな権限がないの」 申し訳なさそうに朝比奈さんは顔を曇らせ、 「信じなくてもいいの。ただ知っておいて欲しかったんです。あなたには」 似たようなセリフを先日も聞いたな。人の気配がしない静かなマンションの一室で。 「ごめんね」 黙りこくる俺にどういう感想を抱いたのか、朝比奈さんはせつなそうに目を潤ませた。 「急にこんなこと言って」 「それは別にいいんですが・・・」 自分が宇宙人に作られた人造人間でしかもスカトロに興味があるといい出す奴がいたと思ったら、今度は未来人が出現してしかも放尿プレイが好きだというのですか。何をどうやったらそんなことが信じられるんだ?よかったら教えて欲しい。 ベンチにえとぉついた拍子に朝比奈さんと手が触れ合った。小指しか触っていないのに朝比奈さんは電流でも走ったみたいに大げさに手を引っ込めて、またうつむいた。とても、先程まで大股を開いて放尿していた人物と同一人物だとは思えない。 俺たちは黙って川面を見続けていた。 どれだけの時間が経過したことか。 「朝比奈さん」 「はい・・・」 「全部、保留でいいですか。信じるとか信じないとかは全部脇に置いといて保留ってことで」 「はい」 朝比奈さんは微笑んだ。いい笑顔です。 「それでいいです。今は。今後もわたしとは普通に接してください。お願いします」 朝比奈さんはベンチに三つ指をついて深々と頭をさげた。大げさな。 「一個だけ訊いていいですか?」 「何でしょう」 「あなたの本当の年を教えてください」 「禁則事項です」 朝比奈さんは、イタズラっぽく笑った。 その後、俺たちはひたすらに街をブラついて過ごした。ハルヒにはデートじゃないんだからと釘をさされていたが、あんな話を聞いた後ではもうどうでもよくなっていた。普通のデートのように、楽しみながら時間を潰していると・・・携帯がなった。発信元はハルヒ。 『十二時にいったん集合。さっきの駅前のとこ』 切れた。 腕時計を見ると十一時五十分。間に合うわけがない。 「涼宮さん?何って?」 「また集まれだそうです。急いで戻ったほうがよさそうですね」 俺たちが腕でも組んで現れたらハルヒはどんな顔をするだろう。怒り出すだろうか。 カーディガンの前を合わせながら、朝比奈さんは不思議そうに俺を見上げた。 「収穫はあったの?」 十分ほど遅れていくと、開口一番、ハルヒは不機嫌な面で、 「何かあった?」 「何も」 「本当に探してた?ふらふらしてたんじゃないでしょうね。みくるちゃん」 朝比奈さんはふるふると首を振る。 「そっちこそ何か見つけたのかよ」 ハルヒは沈黙した。その後ろで古泉がさわやかに笑い、長門はぼんやりと突っ立っていた。 「昼ごはんにして、それから午後の部ね」 まだやるつもりかよ。 ハンバーガーショップで昼飯を食べている間に、またもやグループ分けのくじ引きをおこなった。 結果は。 「お前とか」 俺と長門が組み、その他三人が別グループということになった。 「・・・」 印のついてない己のクジを親の仇敵のような目つきで眺め、それから俺とチーズバーガーと照り焼きバーガーとフィレオフィッシュとポテト三人前とチキンナゲット四人前を食べている長門を順番に見て、ハルヒはペリカンのような口をした。 だからどうして、そんなに不機嫌なんだ?ハルヒ? 「四時に駅前で落ち合いましょう。今度こそなにか見つけてきてよね!」 そういうと、ハルヒは残ったシェイクをゴゴゴと飲み干した。 今度は北と南に別れることになり、俺たちは南担当。去り際に朝比奈さんが小さく手を振ってくれた。心が温まるね。 そして今、俺は昼下がりの駅前で、喧騒の中に長門と並んで立ち尽くしていた。 「どうする?」 「・・・」 いつもの通り、長門は無言。 「・・・行くか」 歩き出すとついてくる。だんだんとこいつの扱いにも慣れてきた。 「長門、この前の話だがな」 「なに」 「なんとなく、少しは信じてもいいような気分になってきたよ」 「そう」 「ああ」 「・・・」 空虚なオーラをまといながら、俺たちは黙々と駅の周りを回り続けた。 「お前、私服持ってないのか」 「少し」 「休みの日はいつも何してるんだ」 「読書」 「今、楽しいか」 「わりと」 「・・・」 「・・・」 ま、こんな感じか。 いい加減に虚無的な行動を続けるのもしんどくなってきたので、俺は長門を図書館に誘うことにした。本館はもっと海べりにあるのだが、駅前が行政開発によって土地整備されたときに出来た新しい図書館である。 本なんかほとんど借りたりしないから俺は入ったことがない。 わりと大きな図書館の前に立ち、さあ入ろうかというときに、珍しいことながら、長門から話しかけてきた。 「朝比奈みくる」 「お、なんだ、いきなり」 「アンモニアの匂いがする」 そういうと、無表情な顔で俺をじっと見つめる。だんだんと、解ってきた。こいつは無表情ではあるが、瞳に少し違いがある。 「そうか?」 俺は少し動揺しながら答えた。長門は、じっと俺を見つめている。ついつい、俺は目を逸らしてしまった。 「図書館、入るぞ」 「そう」 俺が歩くと、後ろを長門も歩いてくる。 図書館の扉を開ける瞬間、後ろで長門がぼそりとつぶやいたのを、俺は聞き逃さなかった。 「わたしなら、飲んであげるのに」 図書館の中は、閑散としていた。適当な本を手にとり、ソファに座ったころ、長門はまるで夢遊病患者のようなステップでふらふらと本棚に向かって歩き出した。 放っておこう。 昔は本をよく読んでいたのだが、いつからだろう、読まなくなってきたのは。 しばらく適当にページをめくっていたのだが、どうにも頭に入ってこない。 本を閉じ、さて長門はどうしているのだろうかと思って探してみると、壁際のやたらでかくて分厚い本が立ち並んでいる棚の前でダンベルのかわりになりそうな本を立ち読みしていた。 本が好きなんだな。本当に。 俺は再びソファに戻ると、瞬く間に睡魔に襲われ、あっさりと眠りについた。 尻ポケットが震動した。 「おわっ」 飛び起きる。周囲の客が迷惑そうに俺を見ているのをみて、俺はここが図書館であったことを思い出した。 バイブ機能をいかんなく発揮している携帯を耳にあてた。 『なにやってんのよ、このバカ!』 ハルヒだった。 『今何時だと思ってるのよ!』 「すまん、今起きたとこなんだ」 『はぁ?このアホンダラ!』 誰に言われてもいいが、お前にだけは言われたくないな。 腕時計を見ると、四時半を回っていた。四時集合だったよな、たしか。 『とっとと戻りなさいよ!三十秒以内にね!』 無茶言うな。 乱暴に切られた携帯をポケットに戻すと、長門を探した。 長門は簡単に見つかった。最初に読み始めた棚の前から一歩も動かずに本を読んでいたからだ。 大変なのは、それからだった。 なにしろ、長門が動かないのだ。 床に根を生やしたように、その場から動かずに本を読んでいる。動かそうにも、本を置いていく気はないようだった。 「借りてかえればいいだろ?」 「・・・」 「どうした?」 「無理」 「なんでだ」 「ないから」 「なにが?」 「カード」 あろうことか、こいつは図書館の貸し出しカードを持っていないばかりか、作り方すら知らなかった。 いつも読んでいるあの大量の本は、ならどうやって手にしているんだ?買っているのか?というか、あれだけある本の中に、図書館での貸し出しカードの作り方の説明の載っている本はなかったのか? 仕方ないので、俺がカウンターに行き、長門の貸し出しカードをつくり、その本を借りてやることにした。 慌てて動きまわる俺に周囲の客は不信そうな視線をあびせかけてくるし、ハルヒからガンガン携帯がなってくるし、それを無視するのも一苦労だったし、こうやって俺が頑張っている間、長門といえばただ黙って俺の後ろについているだけだった。 本だけは大事そうに抱きかかえたままでな。 何だか難しそうな名前の外国人の著者の本を抱きかかえたまま走ろうとはしない長門をなんとか急かして駅前にもどってきた俺たちを、三人は三者三様の反応で出迎えてくれた。 朝比奈さんはつかれ切った顔でため息まじりに微笑んで、古泉のやろうはオーバーアクションで肩をすくめ、ハルヒはタバスコを一気飲みしたような顔で、 「遅い!遅刻!罰金!」 といった。 はいはい。おごらせていただきます。 結局のところ、成果もへったくれもあるわけがなく、いたずらに時間と金を無駄にしただけでこの日の野外活動は終わった。 「疲れました・・・涼宮さん、もの凄い早足でどんどん歩いていくんだもの。ついていくのがやっとでした・・・それに、なにか不機嫌でしたし」 別れ際に朝比奈さんがいって息をついた。それから背伸びして俺の耳元に唇を近づけ、 「今日は話を聞いてくれてありがとう」 そういって笑い、それからきょろきょろとあたりを見渡して、小さな声で、 「・・・放尿プレイのことは、秘密にしていてくださいね」 といって、後ろに下がって照れて笑った。未来人ってのは、皆こんなに優雅に笑うものなのかね。 じゃぁ、といって可愛く会釈して朝比奈さんは立ち去った。古泉が俺の肩を軽くたたき、 「なかなか楽しかったですよ。いや、期待にたがわず面白い人ですね、涼宮さんは。あなたと一緒に行動できなかったのは心残りですが、またいずれ」 いやになるほど爽やかな笑みを残して退去していった。 長門はといえば、図書館で借りてきた本を大事そうにかかえたまま、なにか言いたそうな目で俺をみていたが、結局なにも言わずに去っていった。 一人残ったハルヒが俺を睨みつけ、 「あんた今日、いったい何してたの?」 「さぁ、いったい何をしてたんだろうな」 「みくるちゃんや有希と、一緒にいただけじゃダメじゃない!」 本気で怒ったようにいった。 「・・・まったく、どうしてあたしだけ・・・」 とつぶやいたようにも聞こえたが、おそらくは俺の気のせいだろう。 ハルヒは俺をジロリと睨みつけると、 「明後日学校で、反省会しなけりゃね!」 といい、きびすを返して振り返ることもなく、あっという間に人ごみに紛れていった。 「やれやれ、散々な一日だったぜ」 俺も帰らせてもらおうかと銀行の前までいくと・・・ 「・・・嘘だろ?」 そこには自転車はなく、かわりに 『不法駐輪の自転車は撤去しました』 というプレートが近くの電柱にかかっていた。 「家まで・・・この距離を・・・歩きか?」 本日何度目か解らないため息を、俺はついた。 |
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第五章に続く |