どうして、ここにいないといけないの?

 どうして、戦わないといけないの?



 こんな力、いらない。

 どこにも、居たくない…………





with

第0話  悲しみを抱く者






 遠くの方で銃声が聞こえる。
 少女は、それを瓦礫の陰で、おびえきった身体に染み込ませていた。



 ここは戦場。
 といっても、激戦区よりは少し離れた場所ではあるのだけれど。


 銃声や何かが爆発する音。
 誰かの悲鳴。

 そんなものから逃げ出したいとでも言うかのように耳をふさぐ少女の両手には、甲から肘のあたりまでにかけて、何か複雑な模様の刺青が彫られている。
 腰のベルトから、護身用なのか大振りのナイフが下がっていた。

 もっとも、この少女がそれを抜くことは無い。
 何故なら……

「!?」

 少女の目の前に、何かの人影が現れた。

『それ』は、旧国軍の戦闘服にヘルメット、腰から下げたサーベルに手には旧式の銃といういでたちの、骸骨だった。

「〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」

 少女は声にならない悲鳴を上げ、その骸骨に向かって両手をかざす。
 手の甲の刺青がぼんやり光った。

 次の瞬間、轟音とともに吹き抜ける熱風。

 かざした手のひらから火球が現れ、骸骨を吹き飛ばした。
 遠くに弾き飛ばされた哀れな骸の兵士は、そのまま燃え上がり、少女に反撃することもできないまま動かなくなった。



「はぁ、はぁ…………ッ」

 少女が肩で荒い息をつく。

 この、火球を生み出したものが、この少女の『力』だった。

 この『力』に目を付けたある研究機関が、孤児だった彼女を、所属していた街から買い取った。
 そして両腕に、『力』の増幅と制御を行う紋章を刻み付け、実戦テストということで彼女をこの戦場に放り込んだのだ。





 ここは、かつて『日本』と呼ばれた国の『東京』と呼ばれていた都市。
 50年以上前、某国が放った兵器で、崩壊した。
 それはかつて同じ国のある都市を襲ったものの40倍の威力はあると言われていた物であったにも拘らず、爆心地以外の被害は至って軽微なものであった。
 爆風が過ぎ去った後に、小さな島国全体を揺るがす大地震さえ起こらなければ。
 地震は地面を割り、人間の造ったものをことごとく破壊し、生き物の命を奪っていった。
 そしてその直後、突如現れた異形の者たちにより、残りわずかになっていた人類は、さらにその数を減らされてしまったのだ。

 今や人間は、ごく一握りの権力者や異形の者たちに支配され、管理されながら荒廃した世界で細々と生きるのみだ。
 かつて「主要都市」と呼ばれていた世界中のあらゆる都市も、この国のように異形の者たちにより壊滅してしまったらしい。



 そして今彼女達が戦っているのは、彼女を買い取った研究機関の主といわゆる『縄張り争い』をしている異形の者たちの軍団だ。

 それは、かつてこの地で戦っていた軍隊の亡霊たち。
 人の形をとどめた者もいれば、先程のように骸骨の姿をした者もいる。





――もう、嫌ッ!!――



 研究所には戻りたくない。
 でもあそこ以外帰るところもない。

 ここにもいたくない。



 少女の心は、恐怖と悲しみで溢れていた。

 狂わないでいるのを幸いと思うべきなのか。

 それともいっそ狂った方が楽になるのか。
 狂えない自分を呪うべきなのか。

 いずれにしても、もう心は限界だった。



 それ故に、背後から迫る亡霊兵士に、気づけなかった。



 右の肩に、熱が走る。



「…………!!!!」



 後ろを振り返り、血に濡れたサーベルを持った亡霊兵士の姿と、そいつの持つ刃と同じ色をした右肩を見て、そこで初めて何が起きたかを理解した。

 肩を、斬られたのだ。



 痛みで右腕が上がらない。

 意識も、遠のいていく。





 ぼやけてゆく視界の中に、兵士がサーベルを振り上げるのが、見えた。







 そこで意識は、途絶えた。

UP: 03.09.12
更新: 05.08.15

- Menu - Next -