少年のバンダナが見た、出会い。
それは、時の流れに置き去られた物語――
Tapestry
Visionary Theater
〜古ぼけたバンダナ〜
『大破壊』と呼ばれる、この都市を廃墟へと変貌させた事件から半世紀近くたった時のこと。
ある街の支配者が、街付近で暴れる“悪魔”の討伐のため、傭兵を集めた。
決して広いとは言えない部屋を埋め尽くす男達は、そのほとんどが金目当てのごろつきまがいだった。
荒くれ者の集まる控え室の中に、場違いな影がひとつ。
細身の、小柄な少年がひとり、控え室の壁に寄りかかっている。
笑顔を浮かべれば可愛らしくもなるであろうその顔は、外見とは不相応に、刃のような鋭さを見せている。
少年は、周囲の男たちの様子を油断なく眺めていた。
(……こんな奴らじゃ、悪魔相手には太刀打ちなんて出来ないだろうな。
それどころか、単なる足手まといになる。
まったく、数ばっかり集まって、鬱陶しい……)
集まった男たちの実力は、見た目からでも推し量れるほどお粗末だと、少年の目には映った。
これから向かうであろう戦場の様子を想像すると、自然とため息が出てしまう。
そんな少年の態度が気に入らなかったのか、近くにいた数名のごろつきどもが、壁を背にした少年を半円状に囲んだ。
「なんだぁ、小僧。
テメェみてぇなガキが何でこんなところに居やがるんだ?」
「おまけにスカした態度とりやがって。
生意気なんだよ」
「さっさとママの所にでも帰りな!」
口々に言ってくる言葉も、明らかに三下だとしか思えない月並みなものばかり。
――こんな奴等、相手にするだけ時間の無駄だ――
少年が冷めた目つきで一瞥すると、ごろつきどもは不機嫌さを更に増したらしい。
「何とか言ったらどうなんだ!?
それとも、口もきけねえってのか!?」
「五月蝿い。
馬鹿が感染る。相手にするだけの時間と労力が惜しい。
今すぐ消えろ」
ぴしゃりと、必要最低限の声量で、それでもはっきりと聞こえるように言うと、いよいよごろつきどもは顔を真っ赤にして怒りを露にした。
「ざけんじゃねえぞ、このくそガキ!!」
男のひとりが、少年に向かって拳を振り上げる。
少年から見ればただでさえ大したことのなさそうな攻撃は、怒りで血ののぼった頭のせいで、さらによく筋が見える。
少年が難なくかわそうとした、その時。
「おっと。
そこまでだ」
殴りかかろうとした男の腕を、誰かが後ろから掴んで止めた。
「な……ッ!
何しやがる…………ッツ!?」
腕をつかまれた男は抗議の声を上げながら振り返り、そして凍りついた。
そこにいたのは、僧の衣を身にまとった大男だった。
筋骨の隆々とした大男の身体は、服に隠されている上からも見て取れるほどのものだ。
体格の差。
そこからくる、力の差。
いかに男が無能とて、それを推し量れぬほどにボンクラではない。
「ちっ」
男は舌打ちし、大男の手を払いのけてその場を去った。
「………………」
「おっと。
そう怖い顔で睨むなよ」
自分に投げかけられる痛い視線に、大男は苦笑してみせた。
「恩を着せるつもりはねぇが、礼のひとつくらい、言ってもバチは当たらねえと思うぞ」
「……ふん、余計なことを」
少年はそっぽを向く。
棘を通り越して刃でもありそうな物言いに、しかし大男は気を悪くするわけでもなく、逆に笑った。
「ははははは!」
「何がおかしい」
豪快に笑うその様は、見る場所や状況が変われば小気味のいいものだったのかもしれない。
しかし、少年はより一層不快感を増したようで、先程以上の鋭さと怒気をはらんだ目を向ける。
「あぁ、すまんすまん。
お前さんなかなか面白いと思ってな。
見た目の割に、実力もありそうだし。タダもんじゃあないんだろ?」
「……べつに、オレは強くなんてない。
まぁ確かにここに集まってる連中よりは戦えるつもりだけど。
そういうあんたは、その辺の連中よりはましそうだな」
しれっと余計な一言も添えて言い放つ少年に、「手厳しいねぇ」と大男は苦笑い。
「なぁおチビちゃん、名前は?」
「……チビは余計だ。
あんたがでかすぎるだけだろ」
「まぁ確かに、お前さんよりかはでかいがなぁ」
大男は少年の言葉に笑う。
「それと、俺は『あんた』じゃねえ。
鷹山、てのが俺の名だ」
「変わった名前だな」
少年は、大男――鷹山の名を聞いたとき、わずかに驚きを見せた。
無表情か怒りと不快の混ざった顔しか見せていなかった少年の、新しい面だった。
「まぁ、俺も一応修行僧の端くれだったからな。一般人とは響きが違うだろうさ。
最も、今は破門されてるんだがな」
「こんなところにいる時点で、まともな坊さんだなんて思わない」
「違いねえや」
鷹山がくくっと喉の奥で笑う。
「さ、俺はちゃんと名乗ったんだ。
こんどはお前さんが名前教えてくれよ」
「断る。
教える理由がない」
「つれないねぇ。
……教えてくれないなら、お前さんのことこれからずっと『おチビちゃん』って呼び続けたっていいんだぜ?」
「…………やめろ。」
少年は、げんなりとした調子でため息をついた。
「それじゃ、こうしよう。
これから向かう戦場で、俺がお前さんが認めるような活躍が出来たら、名前を教えてくれるってのはどうだい?」
「……いいだろう。
大口叩いて、後悔しても知らないけどな」
皮肉たっぷりに言う少年に、鷹山はにやりと笑って見せた。
* * *
敵は、闇に魅入られた獣と鬼の軍勢だった。
少年の予想通り、『街』に雇われた傭兵のほとんどは、役にも立たずばたばたと倒れていく。
予想していたとはいえあまり気分のいい光景ではない。
少年は舌打ちし、左手――アーム・ターミナルを取り付けた方の腕を前にかざした。
「召喚プログラム起動!
天使召喚!
妖精召喚!!」
口早に吼えると、かざした左手の前に魔法陣が浮かび上がり、鎧に身を固めた赤い翼の天使と、緑の髪にふんわりとした赤い服の女が現れた。
「アークエンジェルはオレと雑魚の掃除、シルキーは援護。
よろしくな!」
「承知しました、主よ」
「お任せください、マスター」
少年の指示に、ふたりは頷く。
少年自身も剣を鞘から引き抜いて、構えた。
そして、眼前に迫る敵の群れへと、駆け出した。
その光景を、遠巻きに見る者がいた。
「あの歳で退魔師なんてやってるからどんな奴なのかと思えば……
まさか悪魔召喚師とはな」
鷹山は、面白いものを見つけたと言わんばかりの顔でにやりと笑った。
* * *
少年達は、襲い掛かる敵を次々と屠っていった。
少年が剣で敵を斬り裂き、アークエンジェルが剣と魔法の併用で敵を薙ぎ倒す。
怪我をしたと思えば、シルキーの魔法で治療がなされる。
彼らの連携は完璧と言ってもいいほどに整っていた。
敵の残りが僅かになってきた。
眼前に、今まで倒してきた相手とは明らかに格の違う悪魔がいた。
――あいつが親玉、か――
少年は慎重に剣を握りなおす。
親玉の悪魔は、少年をじろりと睨む。
常人ならばその眼力だけでやられているであろうほどの殺気を込めて。
「よくもまぁ、我の下僕をここまでぼろぼろにしてくれたものだな。
童とて容赦はせぬ。
その命を持って償うが良い!!」
悪魔が吼える。
その声は衝撃波となり、少年達を襲った。
従えている悪魔たちは持ちこたえたものの、最前線にいた少年の軽い身体は、遮るものもなくその衝撃波をまともに浴びてしまい、その場にしりもちをつく。
「しま…………ッツ!!」
「死ねえぇぇ!!」
悪魔が、手にもった武器を振り下ろす。
――よけられない…………!!――
身に来るであろう痛みと衝撃を予想し、少年はぎゅっと目を閉じて歯を食いしばる。
ギィンッ!!
響くはずだった鈍い音の代わりに少年の耳に聞こえてきたのは、金属同士がぶつかったような、鋭い音。
「よ、おチビちゃん。無事か?」
座り込む少年を見下ろし笑っているのは、錫杖で悪魔の棍棒を受け止めている、鷹山。
「あんた…………なんで」
「忘れちまったのかい?
俺は、お前さんに認めてもらうまで、名前教えてもらえないんだぜ?」
そう言って、にっこりと悪戯小僧のように笑う。
少年の方に笑いかけながらも悪魔を弾き返している。
「さて、そんじゃ、さっさと終わらせようかね」
鷹山は、足元の地面に錫杖を無造作に突き刺す。しゃらん、と飾りの輪が涼しげな音を立てて揺れた。
自由になった両手で、印を結ぶ。
「臨! 兵! 闘! 者!
皆! 陣! 列! 在! 前!!」
はっきりした声の詠唱に合わせ、両手の印をさまざまに形作る。
「はッ!!!」
短く吼えると、鷹山の身体から光がほとばしり、悪魔を灼いた。
「ギャアァァァァ!!!!」
断末魔の叫びを残し、悪魔の親玉はぼろぼろと崩れ去った。
頭が倒れたことで、残った敵は散り散りに逃げ出した。
「ふぃー……」
鷹山は息をつくと、突き刺していた錫杖を引き抜いた。
少年は天使の手を借りて立ち上がり、喚び出していた悪魔たちを送還する。
悪魔が還ったのを見計らって、鷹山は少年に話し掛ける。
「………………さて、おチビちゃん」
「それはやめろって言ってるだろ」
むっとした顔をつくる少年に、鷹山は笑った。
「お前さんが名前教えてくれりゃやめるよ。
それでどうなんだい?
俺はおチビちゃんのお眼鏡にはかなったのかな?」
しれっとまた『おチビちゃん』呼ばわりする鷹山。
少年はため息をついて、高い位置にある鷹山の頭を見上げた。
「オレは、『お前さん』でも『おチビちゃん』でもない。
――アルってんだ」
名乗った少年――アルは、にやりと笑って見せた。
「アル、か。日本人にしちゃ変わった名前だな」
「別にそんなのどうでもいいだろ。
何と言われたって、これがオレの名前だ」
ふん、と口を尖らせたアルに、鷹山は「違いねえやな」と笑った。
そして、アルの目の前に、その大きな手を差し出す。
「そんじゃ、改めてよろしくな、アル」
「……………」
アルは驚いたような顔をしてその手と鷹山の顔をしばらく交互に見る。
そして、躊躇うようにおずおずとその手を握りしめた。
「……よろしく」
そう言って、はにかんで笑った。