日常は、ある日突然失われる。





ETERNAL WIND

Prologue 前編






 どこまでも青く、空の澄んだ日だった。



「「ただいまーっ!!」」

 マグナとトリスの元気な声が、ゼラムのギブソン・ミモザ邸に響き渡った。

「おかえり。ふたりとも、買出しご苦労さん」
「まったく……もう少し静かに出来ないのか? 近所迷惑だぞ」

 ショウとネスティが、それぞれに言葉をかけながら扉を開けて出迎える。
 二人が扉を開いたとき、屋敷の奥から何やら甘い匂いが流れてきた。

「あれ? 何かいい匂いがするわねぇ」
「みんないいタイミングで帰ってきたよ。
 ちょうど、アメルのクッキーが焼けたところなんだ」

 ショウの言葉に、トリスとマグナの顔がぱぁっと明るくなる。

「やったぁ!」
「トリス、あんまりパカパカ食うなよ?」
「マグナに言われたくないわよ」

 とりようによっては漫才ともとれるやり取りをしていると、屋敷の奥からがやってきた。

「おーい、みんなぁ。
 アメルが、天気いいからテラスでお茶にしないかって…………」

 そこまで言って、の言葉が止まる。

 その場にいた全員が、異変に気付いた。



「「「「ショウ!?」」」」

「なッ…………!?」



 ショウの身体が、光に包まれだした。
 強力な魔力の流れを、周囲の空間に感じる。

「これは…………召喚術!?」
「でも普通じゃないわよ、これッッ!!」

 動揺するマグナ達の声をよそに、ショウの身体はどんどん光に呑まれていく。



「ショウッ!!!」

「うああぁぁぁぁッッッ!!!」



 光が、閃いた。





「………………ショウ………………?」



 かすれたの声に応えるものは、ない。

 彼は、消えてしまった。



 後に残ったのは、嫌味な程爽やかな風だけだった――――



* * *



 ショウが光の中から這い出した場所は、見覚えのある空間だった。

 白と黒の市松模様の床。
 灰色の柱。
 ドーム状の天井には、星空。

 まちがいない、とショウは確信した。



 ここは、以前亜空間を漂っていた自分を拾った者の管理する、“次元の狭間”だ。



 だとすれば、“番人”も――

 ショウがあたりを見回すと、予想通り、『彼』はいた。
 あの時と変わらない微笑を浮かべている。



「“次元の狭間”へ、ようこそ。
 しばらくぶりだね、ショウ」

「お前の仕業なのか、これは」

 にっこりと微笑む青年を睨む。
 その声は、普段のショウからは考えられぬほどに、冷たい。

「仕業、って言うのはちょっと酷いんじゃないかな。
 私は、私の仕事をしているだけだよ」
「その“仕事”とやらと、オレを呼ぶことと、何の関係があるって言うんだ。
 今すぐオレをリィンバウムに……たちのところに帰してくれ」

 しかし、“番人”は首を横に振る。

「それはできない。
 君には、行ってもらわないとならないところがあるから。
 そこで務めを果たしたなら、君の親族のもとへ帰そう」
「勝手なことを言うな!」

 ショウが声を荒げる。
 しかし、“番人”が自分を帰してくれないというのは、わかる。
 瞳が、そう言っている。



「……何故、オレなんだ……」

「君しかいないからだ。
 私には他に、頼める者がいないんだ」
 絞り出すようなショウの声に、淡々と“番人”は答える。

「――くっ……
 どこへ送られたって、オレは必ず、帰る方法を探してやるからな!!
 お前の事情なんて関係ない!」

「嫌われたものだなぁ。
 まぁいいか。
 君の行く先への扉を開こう。
 そこでどうするかは、君が決めてくれ。
 自力で探すのもいいが、私の与える務めを果たすのが、いちばん簡単な方法なのだということを、覚えておくといい」

「……さっきから言ってるその『務め』ってのは何なんだ?」
 自分が関わりのないものに巻き込まれるのは、まっぴらだ。
 そう思い、ショウが尋ねると、“番人”はふっと笑う。



「行けばわかるよ。
 何が起きているのか。そして、何をすればいいのかも。

 さぁ、行きなさい。
 可能性の分岐点へ。
 今の君に、最もふさわしい世界へ」



 言って、“番人”は杖を振りかざす。
 先程と同じように、ショウの体が光に包まれる。



 光がショウを呑みこんで、消える。

"番人"は大きくため息をついた。



「――人の子が、独力で世界を渡るのは不可能に近い。
 ゼロとは言わないが、彼にはおそらく無理だろうな。
 けれど、彼が素直に私の要求をのんでくれるとも思えないし……
 それに、万一彼が『務め』を放棄したりしてしまったら……

 さて、どうしたものか――――」



 呟きに、言葉を返すものはなかった。

UP: 04.01.19
更新: 06.04.24

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