送り出された、その先は。





ETERNAL WIND

Prologue 後編






「ふー……みんな、大丈夫か?」

 剣をおさめ、『マグナ』が仲間たちに声をかけた。

「こっちは大丈夫よ、“お兄ちゃん”」

 杖を下ろし、『トリス』が答える。
 彼女の傍らには、目つきのよろしくない、蝙蝠のような翼をもった、赤毛の子供。

、平気か?」
「はい、マグナさん」

 マグナがすぐそばの少女に話しかける。
 と呼ばれた少女は、笑顔を向け――――その顔を一瞬強張らせた。

 マグナにも、すぐにその原因がわかった。
 自分たちを取り巻く空間が、いつのまにか、歪んだ気配に包まれている。

 召喚術ではない。
 そもそも、リィンバウムのものかさえ定かではない。

 それほどに、マグナ達にとっては馴染みのない異質な気配だった。

「これは…………!?
 油断するな、何が起こるかわからんぞ!!」

 ネスティの警戒の声が飛ぶ。
 それに応えるように身構えると、歪みの中へ、新たな気配が訪れる。



 そこに現れたモノは、マグナ達にとっては全く見覚えのないものだった。

 その数は、3体。

 樹木が魔物に変化した、というのが最も適切だろう。
 時折見かけることのあるメイトルパのものとは、明らかに違う。
 放たれる気配は、比にならぬほどに禍々しい。



「こ、こいつら……なんなの!?」
 トリスが不安そうな声を上げる。

「気をつけろよ、ニンゲン!
 こいつら、普通じゃねえ……」
 バルレルが、槍を構える。

 未知の敵への不安が高まる。



 その瞬間。



 閃光が、駆け抜けた。



「うわッツ!!」
「な、何!?」



 一同が目を開くと、そこには。



「…………ここは…………?」



 光の名残を僅かに身体に纏った、彼らにとって見覚えのないひとりの青年。



「!?
 危ない!!」

 新たに目の前に現れた目標に、魔物たちが攻撃を仕掛けた。
 咄嗟に、マグナが叫ぶ。

 その声に、青年が驚いたように目を見開いたが、すぐに迫り来る魔物達へと向き直った。

 羽織っている上着の中へ手を入れて、腰のあたりを探る。
 引き抜いたものを、魔物たちへと向かって投げつけた。

 直後、魔物たちが炎に包まれ、断末魔の悲鳴を上げる。

 植物の姿をした魔物たちは、姿そのままに炎に弱かったようだ。
 すぐに焼き尽くされ、ぼろぼろと崩れ落ちる。

 魔物を焼き払った炎が消えると、辺りを包んでいた歪んだ気配が消え去り、元通りの湿原が広がった。



 それを確認した青年が、マグナたちに向き直る。

「……!?」

 その場にいた顔を見て、驚いた。



――なんで、マグナたちがいるんだ?

 オレは“あいつ”のせいでまた異世界に飛ばされたんじゃなかったか?
 それに、ここはどこなんだ? ゼラムの屋敷の前にいたはずなのに……行って帰ってきたことで、また時間を超えたってのか?――



 青年――ショウはすっかり混乱してしまっていた。

 考え込むショウのもとへ、トリスが近づく。

「あの……助けてくれて、ありがとう!」
「あ、いや……」

 混乱の冷めない頭で、空返事になってしまう。
 トリスはそんなショウの態度にきょとんとして、それからすぐに何かを思いついたような顔をした。

「あっ、ごめんなさい!
 あたし、トリス! これでも蒼の派閥の召喚師なのよ」

 どうやら、トリスはショウが名乗っていないことを気にしたと思ったらしい。
 トリスの言動、そして自分を映す瞳から、ショウはなんとなく自分が置かれた現状を察することが出来た。



――もしかして……ここはオレの知ってる“リィンバウム”じゃあないのか?――



 そう考えれば、トリスが初対面の相手に対するように名乗ったことも理解できる。
 そのトリスの近くにいるのが、内気な狐の変化の少女ではなく、の護衛獣として召喚されてしまったバルレルなのもまた、ここが自分がさっきまでいた“リィンバウム”ではないとなれば納得がいく。

 パラレルワールド。
 平行して存在する、別世界。
 一見全く同じようで、それでもどこか違う世界。

 ショウは、自分がいるこの地が、“もうひとつのリィンバウム”とでも呼べる場所なのだということを、おぼろげながら理解した。

 思考がまとまったところでショウが顔を上げると、目の前にネスティが立っていた。

「――君は一体、何者だ? さっきのモノと、関わりがあるのか?」
「ちょっと、ネス!?」

 ぶしつけな物言いに、トリスが驚きの声を上げる。

「君は黙っていてくれ。
 どうなんだ? あの魔物達と君は、どこから来たんだ?
 そして、一体君達は何者なんだ?」

 その瞳にありありとうかがえる、警戒の光。
 ショウは思わずつきそうになったため息をこらえ、まっすぐな瞳で言った。

「オレが今から言うこと、信じてくれるか?
 そうでないと、話せない。話してもしょうがない」

「――内容によるな」

 ショウは一呼吸おいてから、ゆっくり頷き、口を開いた。



「オレは、ショウ。
 異世界から来たんだ。

 ……“もうひとつのリィンバウム”とでも呼ぶべき世界から」



* * *



 ショウが、ひととおりの事情を簡潔に述べた。

 もともと住んでいた世界から、さまざまな経緯を経て『トリス』と『マグナ』によって召喚されたこと。
 そこから、さらにこの世界へとやって来てしまったことを。

“時空の狭間”については、言わないでおいた。
 どうせ言っても混乱するだけだ。

「…………なるほどな」
 ネスティが、話を聞き終えてぽつりと呟いた。
 その表情からは、信じてもらえたか否かは判別しにくい。
「一応言っておくけど、オレ、嘘はついてないからな」
「あぁ……だが、にわかには信じがたいな。
 別の次元の世界と言われても、急には……」
「ま、そりゃそうだよな」

 ショウは半ば諦めを交えた表情で、小さくため息をついた。





 ネスティは眉間に皺を寄せた。

 目の前の若者は、嘘をついているような目をしていない。
 しかし、ネスティの常識では、世界というのは“この”リィンバウムとそれを取り巻く四世界であり、『名もなき世界』などの例外があるにしても、もうひとつリィンバウムがあるなど、考えられない。

「平行世界だから、多少違うところはあるんだ。
 たとえば、オレのいたリィンバウムではバルレルはトリスの護衛獣じゃないしな。
 あっちのトリスは、ハサハっていうシルターンの狐の子を連れてた」
「ってことは、ショウの世界にもバルレルはいるのね」

 トリスの言葉に、ショウは頷いてみせる。
 違う奴が呼んだんだと言うと、バルレルが露骨に嫌そうな顔をした。
 たとえ呼ぶ相手が違ったとしても、違う世界でも召喚術で従わされているのが気に入らないらしい。

「あと……オレは彼女を知らない。
 少なくともオレのいた場所には、彼女はいなかった」

 そう言ってショウが視線を向けたのは、マグナの傍らに立っている

「目立った相違点はその辺だと思う。細かいことは、まだわかんないけどな」
「そうか……」

 ネスティは、まだどこか納得がいかなかったが、疑う要素の方も少ないため、どうにも判断を下しづらい。
 名乗っていない段階でマグナやバルレルの名を言い当てていたことは、信じる要素にはならない。調べようと思えば、不可能ではないから。
 しかし、の存在を知らなかったり、『ハサハ』という護衛獣の話をしたり、作り話にしては出来すぎている。

 あと判別するための要素として残っているものはひとつだけだ。

「さっきの魔物について、君は何か知らないか?」
 ほぼ同じタイミングで現れたこと、ショウの対応があまりに素早かったこと。
 それが引っかかる。

「あれは、多分だけど……オレが最初にいた世界のものだ。どうしてここに現れたかは、正直オレにもわかんない」





 答えながら、ショウはショウなりに自分の中での疑問を整理しようとしていた。

 焼き払った異形の魔物たちは、間違いなくかつて自分の住んでいた世界に現れていた“アクマ”だ。
 しかし、何故こんな所に悪魔が現れるのだろうか。
 最初の世界とこの世界には、直接の繋がりなどないだろうに。

 けれどもしかしたら、“リィンバウム”に現れるはずのない悪魔がこの世界に現れたことが、あの“番人”が自分をここへ送り込んだことと何か関わりがあるのかもしれない。

 さすがにそこまではショウにもわかりかねる。

「オレがここに送り込まれたことと、何か関係あるかもしれないけど……
 とりあえず今のところ、それを調べる術はないしな」
「そうか……」

 ショウの言葉に、ネスティも考え込むようなしぐさをした。
 マグナがつんつんと、ショウの服の袖を引っ張る。

「なぁなぁ。
 じゃあ、さっきのバケモノの正体、ショウはわかるの?」

「あれは確か、妖樹サンショウって言って、中国……つってもわかんないか。ある国の樹木の精とされてるやつのはずだ」

 そこまで言って、意外なところから声が上がった。

「中国……!?」
 ショウが視線を向けると、そこには、唯一ショウがこの中で顔を知らなかった少女。

、知ってるのか?」
「あ、はい。私がいた世界に、同じ名前の国があります」

「え!?」
 その言葉に、今度はショウが驚きの声を上げる番だった。

「そういえば、ショウさんの服ってチャイナ服ですよね、それ。
 ショウさんは中国の人なんですか? 私日本人なんですけど……」
「あ、いや。オレも日本人。使ってる技とかが中国系だけど」

 ショウがそう言うと、の表情が明るくなった。

「本当ですか!?
 うわぁ、ハヤト達以外で同じ世界から来た人、初めて見ましたよ!」
「でも、それじゃあやっぱり、君も滅ぶ直前に逃げてきたのか?」

 ショウの言葉に、が何のことだと言わんばかりに目を瞬かせる。



 よくよく話を聞いてみれば、のいた世界では、兵器による東京の破壊や、悪魔の襲撃による世界の壊滅が起こっていないらしい。
 は、それらが起きたはずの年代よりも1、2年ほど未来から来たのだと、年号などを確認してわかった。

「私たちとショウさんのもともといた世界も、パラレルワールドなんですね」
「そうらしいな。はぁ、何だか頭こんがらがってきた……」
 そう言って額に手を当てるショウを見て、がくすくす笑った。



「まぁ、何にしても大変みたいだな。
 その……元いたリィンバウムだっけ。そっちに帰らないといけないんだろ?」
「あぁ。早いとこ帰る方法を探さないと……」
 マグナの言葉に頷く。
 すると、ふいにトリスが大きな声を上げた。

「ねぇ! だったら、その方法が見つかって、帰れるようになるまで、あたし達と一緒にいない?」

「え? だけど……」
 トリスの申し出は、ショウにとって正直ありがたいものだった。
 だが、身の保障もない自分を置くことに反対する者だっているだろう。

「それ、いいな! うんっ、そうしなよショウ!」
「先輩たちの屋敷なら本もたくさんあるし、きっと帰る方法も見つかるわよ!」
 しかし躊躇うショウはお構いなしに、双子の召喚師たちはどんどん話を進めていってしまっている。

「君達はバカか!? 今の僕たちの状況がわかっているのか!?
 アメルとが狙われているのに、簡単に部外者を招き入れるなんて……!!」

 予想通り、ネスティの叱責が飛んだ。

 部外者、の一言に、ショウは僅かに表情を曇らせるが、こればかりは仕方のないことなのだと割り切れていたので、傷つくほどではない。

「でも、今のショウはいわば“はぐれ”同然なのよ!?」
「そうだよ、召喚獣の保護だって、召喚師の役目だろ!」
 そう言われ、ネスティも言葉に詰まる。

 トリスとマグナの瞳の奥に、なにやら炎が垣間見える。
 もうこうなってしまっては誰も止められないのだということは、自分がいちばん良くわかっている。

 ネスティは大きくため息をついた。

「……まったく……
 もしものときは、君たちが責任を取るんだぞ」

 その言葉に、マグナとトリスは顔を輝かせた。
「やったぁ、ありがとうネス!!」
「よかったわね、ショウ!!」

 その光景は、たとえ平行世界だったとしても何も変わらない。

 ショウは浮かべそうになった苦笑をかみ殺し、逆ににっこりと笑った。



「あぁ。ありがとう、ふたりとも。
 改めて…………今後とも、よろしく」

UP: 04.01.19
更新: 06.04.24

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