―― 次の日 ――


昨日のことは夢だったのだろうか。

いや、どうやら事実だったようだ。
その証拠に、

「ううっ……腰が立たない……」

まるで一晩に10回以上オナニーしたみたいにダルい。
こんなのは久しぶりだ。

時計を見ればもう8時になろうとしていた。
俺は慌ててベッドから起き上がろうとしたのだが、体が言うことを聞かない。

「なんであいつ……くそっ、タフなやつめ!」

せめて起こしてくれれば良かったのに気が利かないな、妹よ。

今朝は柚子のモーニングコールがなかった。
部活の当番があるらしく家を早く出て行ったみたいだ。

俺はフラつく足取りで一階に降りた。

「兄貴へ!」と書かれたメモを発見。
今朝の朝食はコーヒー牛乳……

これだけかよ!

俺は食卓に残されていた液体を一気に飲みほして玄関へと向かった。


外に出ると昨日と同じく良い天気だった。
昨日と違うのはすでに疲労感に充ちた俺の足取りだけ。

ゆずのキス……指先の動き、太ももの感触が今でも残ってる。
あいつがあんなに床あしらいが上手だったとは兄としても驚きではある。
ぼんやりと歩きながら昨日のキスを思い出す。

「あうっ……」

思い出したら股間がズキズキとうずいてきた。
特にキスの感触は……あんなの刺激が強すぎる。
しばらくは柚子の顔をまともに見れないな。

俺は出来るだけ雑念を振り払いながら直進しようとした。




少し歩いたところで昨日の出来事を思い出した。
そういえばこの辺で夏蜜さんを発見して、近づこうとしたら柚子が出てきてパニックになったんだ。

今日はいつもより時間も遅いので夏蜜さんに会うこともない。
なんとなく寂しくなり歩幅が小さくなる。

ガツッ

「ぐわっ!!」

よそ見をしていたら何かにつまづいてしまった。
道路の端でU字溝のふたが浮いているところがあったのだ。
俺の身体はすでにバランスを崩して倒れこむ体勢になっている。

(あー、このまま転ぶしかないな……)

いつもとちがって足腰に力が入らないので、おれはとっさに諦めた。
転んだら起きればいいさ。
痛いけど。

だがそんなどうしようもない俺に天使が救いの手を差し伸べてくれた!

「あぶないっ」

後ろで女の子の声がしたと思ったら、急に右腕がぐいっと引っ張られた。

おお、これなら踏ん張りがきく。

左足に少し力を入れて地面を蹴る。どうやら転ばずに済んだようだ。


「間に合いましたねっ!」

本当にナイスなタイミングだった。
俺の腕を引っ張ってくれた救世主の顔を見る。

「ありがとう」

お礼を述べた俺と目が合うと、ニコッと笑ってくれた。
俺も釣られて微笑み返す。

助けてくれたのは、柚子よりも少しだけ背が高い感じの可愛らしい女の子。
顔がちっちゃくてスタイルもいい。
金色と茶色の中間みたいな綺麗な色の髪をした女子生徒だった。
校則の厳しいうちの学校では珍しい茶髪。しかし脱色したような不自然さはない。

…………でもこの娘は見たことあるぞ?

「大丈夫ですか? 柚子のお兄さん」

やっぱり相手も俺のことを知っている様子。

「ありがとう。 君はたしか柚子のお友達……?」

思い出した。
うちの居間で柚子と一緒に雑誌を見たり、勉強しているのを見たことがある。
いつもと髪形が違うけど、たぶん間違いない。

「木村花鈴(きむらかりん)です!」

「ああ、そうだ。 かりんちゃんだ! 危うく倒れるところだったよ、本当にありがとう」

「どういたしまして」

微笑んだまま俺に軽くおじぎをするかりんちゃん。
彼女は柚子にとっては幼馴染と言うことになる。
イメージ的にはとてもおとなしくて、柚子とは正反対の女の子。
テニス部に所属しているというのは聞いたことがある。
これだけ可愛ければ彼氏とかいるんだろうな。

「あれ? 今日は柚子は一緒じゃないんですね?」

キョロキョロと不思議そうに周りを見るかりんちゃん。

「ああ、あいつは先に出て行ったみたいだよ?」

「ふふっ、そうなんだ……」

「?」

「おとなりいいですか? お兄さん」

一言断ってから俺の隣に並んで歩きはじめた。
何だかよくわからないが嬉しそうだ。

隣に並んで歩く彼女を見て、無意識に柚子と比べてしまう。
やっぱりこの娘のほうが少し背が高いみたいだ。

「いつも柚子と遊んでくれてありがとう」

「そんな……私のほうがいつもゆずに助けてもらってばかりで」

「あっ、やっぱり『ゆず』って呼ぶの?」

「しまった…………! 柚子にはナイショにしておいてくださいね?」

他愛ない会話をしながら学校への道を歩く。
いつも柚子が一緒だから、こうやって彼女と二人きりで歩くことはなかったけど、なかなか癒される娘だ。
夏蜜さんとはまた違った意味で魅力的な美少女だと思う。

「柚子、最近変わったことなかったですか?」

「ん……ま、まあ……よくわかんないな?」

「そうですか」

あいつは基本的におかしいから、ふいにそんなことを聞かれても返しようがない。
少し考えるようなそぶりをしてから、かりんちゃんがポツリとつぶやいた。

「ゆず、好きな人がいるって言ってました。」

「な、なにっ!?」

それは興味深い。
あいつもようやく色気づいてきたか。
でもそれだったらもう少し可愛くなってもいいようなものだが……クラスの中ではおとなしいのかな?
妹の相手がどんな男なのか、一応気にはなるものだ。

「お兄さんには話してないのかなぁ?」

「初耳だよ!」

「やっぱり気になります?」

「そりゃあ……」

口を尖らせる俺を見て、彼女はクスクスと笑った。


「柚子の好きな人のこと、本当に気づいてないんですか?」

「???」

「うふふっ、まあいいか」

なんだかうまくはぐらかされてしまった。
そんな会話を繰り返すうちに、校門が見えてきた。





「じゃあまたね。 今朝はありがとう」

「いいえ、どういたしまして。 また今度遊びに行きますね?」


礼儀正しくおじぎをしてから、かりんちゃんは階段を登って行った。
何であんな素直な子がうちの妹と仲良くしてくれてるのかとても不思議だ。

正反対の性格だから気が合うのだろうか?

色々考えながら俺も自分の教室へと向かっていった。





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