補講を終えた俺は、夏蜜さんにメールを入れてみた。

『今どちらにいますか?』

我ながら呆れるほどシンプルすぎる内容だ。

男のメールなんてこんなもんだ……きっと。



♪~~


彼女からの返事は思ったよりも早く来た。

『こんにちは。私は学校にいます。生徒会室です』

なんと夏蜜さんも学校にいるようだ。

『今から行きます』

俺は送信ボタンを押してから生徒会室へと向かった。



「あら、大島くん! きょうは部活?」

生徒会室のドアを開けると、いつものように夏蜜さんが資料整理をしていた。

「いや、ちがうんだ……」

「じゃあなに?」

まさか抜き打ちテストの追試だとは言いたくないな……

「ちょっとお話したいことがあってね」

「ふ~ん。じゃあ外に出よう? ここだと誰か来るし」

俺と夏蜜さんは屋上へと向かった。


「暑いけど部屋の中よりぜんぜんいいよね!」

グーンと背伸びする夏蜜さん。
制服のすそから少しだけおへそが見えた。

「で、お話ってなに? ドキドキすること?」

「そうかもしれないね」

「こないだのプールのこととか? お料理のこと?」

「う~~~ん、うまく言えないもんだな……」

「なぁに? 気になるー! ……んっ、ちょ……あっ!!」


俺は思い切って夏蜜さんの身体を引き寄せた。

痛くない程度に強く抱きしめる。

「大島く……」

「俺と付き合って……ください」

「えっ!!」

正面から言うほどの勇気はなかった。
少し卑怯だと思ったけど、こうして囁くほうが伝わる気がした。

しばらくの間、彼女は身動きしなかった。


「思ったり大胆ね……私が大声上げるかもしれなかったのに」

「それならそれであきらめがつくよ」

「フフッ、そうきたか」

そっと俺から離れる夏蜜さん。
しばらくは俺の目をじっと見ていたが、うっすらと笑みを浮かべてこう言った。

「私に告白するって、妹さんにちゃんと言ってきた?」

「えっ……なんで?」

「ちゃんと断ってこないとダメ。あの子、あなたのこと大好きなんだよ?」

夏蜜さんからの意外な言葉に戸惑う。


「なんでわかるんです? 柚子が俺のことを……って」

「これは女の勘だけじゃないわ」

そう前置きしてから、夏蜜さんは話し始めた。

「あの日……道端でぶつかってきた柚子さんを見て、私は昔の自分を思い出していたの」

「昔の夏蜜さん?」

「ええ。私にも兄がいたの」

「一人娘じゃなかったんですか」

「今は一人よ。だから過去形」

夏蜜さんは寂しそうに笑った。
まずい質問をしてしまったかもしれない。

「やさしくて、いつも私のことを守ってくれて……本当に大好きだった。そんな兄に好きな人が出来たと聞いたとき、子供心にすごくショックだったわ」

やはりそういうものなのか……
少しだけ胸が痛む。

「好きになった人は誰? ときいても、兄は笑って答えてくれなかった」

「夏蜜さんのお兄さんは…………死んじゃったの?」

「ううん、両親が離婚したの。それで兄とは離ればなれになったわ」

「良かった。じゃあ生きてるんだ」

「うん。兄は母方に引き取られ、今もどこかで暮らしてる……」

「どこかで?」

不思議そうに聞く俺に向かって、コクリと頷く夏蜜さん。


「しばらくして兄から手紙が来たの。元気に暮らしていることや……もう会えない事とか色々書いてあった」

「さみしいね……」

「そして最後に書いてあったのは好きになった女性のこと」

そこまで話して、彼女は深呼吸をひとつした。


「兄が好きになった女性っていうのは……この私」

「妹を好きになった……ってこと?」

「そうね。兄はそのことですごく悩んでいたみたい」

それはかなりやっかいな問題だ……って、今の俺と同じじゃん!

立場は逆だけど。


「もしも一緒にいたとしても結ばれることはなかったけどね」

にっこり微笑む夏蜜さんの表情はどこか寂しそうだった。

彼女もお兄さんのことを好きだったのだから、ある意味相思相愛なわけで……お兄さんもそれを感じ取ったからこそ悩んだに違いない。



「だから大島君には、柚子さんの気持ちを考えてあげて欲しいの」

「妹の気持ち……か」

たしかに気にしてやりたい。
あいつなりに俺と夏蜜さんがうまくいくように仕向けてくれたんだから。

「最近あなたに対して変わったこと、あったでしょう?」

「うっ……」

頭の中をよぎったのは「特訓」の二文字だった。
その内容は彼女には伝えられない。

「図星ね。だったら間違いないわ。絶対あなたのことが好きよ」

「……」

「柚子さんのこと、安心させてあげて?」

「でも……」

俺がさっきから気になっていたのは、夏蜜さんの返事だ。

妹が俺のことを好きだから、そんな人とは付き合う気はない……そう思える反応。
だがそれは杞憂だった。


「私ははじめからオッケーよ」

「!!」

「あなたのことずっと見てたもん」

まっすぐにこちらを見つめて告白の返事をくれる夏蜜さん。
俺なんかよりずっと度胸が据わってる。

「でも同じ学校の人は好きにならないって柚子から聞いたんだけど……?」

「あれは照れ隠し。それに私は、学校の外のあなたが好き。それじゃだめ? 苦しいかなぁ?」

クスクス笑いながらこちらを見つめている。
夏蜜さんにもこんなイタズラなところがあるんだ……と感心した。

「大島君にはもっと色んなことを教えて欲しいの。それと、私のことも知って欲しい」

「もうだいぶわかってきたよ」

「え?」

「夏蜜さんは俺が思っているより、ずっと素敵な人です」

ありがとう、という代わりに彼女は恥ずかしそうに下を向いた。

「柚子のところに行ってきます」

「いってらっしゃい。私はここにいるわ」


俺は駆け足で自宅へと向かっていった。






―― そして自宅 ――



「ゆず、いるか……」

玄関を開けても返事はなかった。
どうやら二階にいるらしい。

俺はいつものように階段を上がって柚子の部屋のドアをノックしようとした。


「ううう……うえええええぇぇん!」


あいつが泣いてる?

そんなバカな! 

あいつが泣くのはテレビドラマの最終回だけだ。

俺はノックせずにドアを思い切り開けた。


「どうした!? ゆずっ」

ガチャッ

「兄貴!?」

ドアの向こうにはベッドに伏して、枕に向かって全力で泣いている妹がいた。

嘘泣きでない証拠に、声が震えて目が真っ赤になっている。


「きゅ、急に戻ってくるなんてズルいよ! 兄貴」

俺の問いには答えず、近くにあったタオルケットで顔を覆い隠す柚子。

「なんでもないよ……ホントになんでもないの……」

なんでもないわけが無い。こいつがこんな風に泣いてるところをしばらく見たことがない。

俺は柚子の隣にそっと腰掛けた。

「もう告白してきたの?」

「……」

何も答えずに妹を見つめる。
ヒックヒックと肩を震わせている。

「あのね、兄貴がいなくなっちゃうような気がしたんだ……」

泣いてた理由って……やっぱり俺のことか!?

「ヘンだよね、あたし。こんなこというなんて絶対おかしいよ……ははっ、はははは!」

「ゆず、おまえ……!」

「ヘンな妹のことは気にしないで行っておいで、兄貴!」


にっこりと笑っていても涙は隠せない。

気丈な振りをしても声は震えたまま……そんな妹を見ていると胸が締め付けられる思いがした。


「別にヘンじゃねえよ」

「ふあっ?」

柚子の肩をキュッと抱きしめてやる。


「逆の立場だったら、俺も泣くかもしれないな」

「あ、兄貴……?」

「お前がカレシできたとか、結婚するとか言い出したら……認めたくないもんな」


「ちがっ! あたしは兄貴に彼女が出来ることを邪魔するつもりはないよっ」

「わかってるさ」

「わかってない! 夏蜜さんはどうしたの? ちゃんとおはなしして……ふぎゅ!」

口うるさい妹を黙らせるように、今度は正面から抱きしめてやった。


「兄貴のバカ……なんで抱きしめるのよ」

「うるさい。黙れ」

「涙が出ちゃうでしょ? 乙女に恥をかかせないでよぉ」

俺の腕の中で再び泣き出す柚子。
しばらくそのままで抱きしめてやると、柚子も落ち着きを取り戻してきた。

「柚子、俺は夏蜜さんと付き合う」

「……ぅん」

「でも俺はお前のそばにいる。どこにもいったりしない。今までどおりだ」

「うんッ!」

「それと柚子には、俺よりも頼れるお姉さんが増えることになる」

そこまで言ってから柚子を解放してやると、もう泣き顔は笑顔に変わっていた。


「兄貴、ありがとう。気を使ってくれたんだね?」

「それでいいな?」

「ウン……あたし、応援するよ! 兄貴と夏蜜さんがずっと付き合えるように……それと、あたしと夏蜜さんが仲良くなれるように!」

どうやら伝えたいことはうまく伝わったようだ。


「きっとお前と気があうよ、夏蜜さん」

「そうかな? えへへっ」

泣いた後の柚子はいつもよりも元気に見えた。






――  ふたたび生徒会室 ――


学校へ戻ると夏蜜さんは屋上にはいなかった。
俺がいない間は生徒会室の資料整理をしていたようだ。

「ちゃんとお話できた?」

「うん、できた……夏蜜さんのいったとおりでした」

俺は妹と話したことを彼女に伝えた。
心なしか彼女もどこかほっとしたような表情だった。


「そう……じゃあ今度は私からのお願いね」

「えっ?」



ふいに訪れた温もりは、唇ではなく頬へのキスだった。
それでも彼女の思いは充分俺に伝わった。

「ずっと私のそばにいて。もう……一人ぼっちにはなりたくないの」

静かに耳に染み込んでくる彼女の言葉を聞いて、黙って頷いた。

夏蜜さんにとって俺が離別した兄の代わりでないように、彼女は妹……柚子の代わりではない。

お互いに大事なものをわかっているからこそ、俺たちはきっとうまくいくと思う。

いつの日か、妹に好きな相手が出来たときは、今度は俺があいつを応援してやろうと決意したのだった。












『あたしが応援してあげるッ ~ ver. 夏蜜 ~』 おしまい♪




おまけ