試合前のお話へ



 試合を終えてから一時間近く経った。
 スチール製のロッカーと3人がけの長いすだけという簡素な部屋にステルス加藤は一人座っていた。
 ジムの会長もセコンドについてくれたメンバーも敗戦後の彼にかける言葉が見つからず、早々に立ち去った。
 それは決して彼に対する嘲笑や非難などではなく会長の優しい配慮によるものだ。

「気持ちが落ち着いたら帰ってこい。」

 落ち込んでいた自分の肩に軽く手を置いてから会長は部屋を後にした。
 穏やかに語る会長の言葉を背に受けて、ステルス加藤は小さく頷いた。
 それからしばらくの間は誰もいなくなった控え室でうつむいたままだった。
 もちろん落ち込みはある。
 でもそれ以上に敗因の分析が重要だと彼は感じていた。

(すべてが……圧倒的だった)

 拳を強く握りしめる。
 ミシッという音が大きな手のひらに吸い込まれる。
 奈緒の動きは今までの対戦相手とは違ってリズムがつかめなかった。
 相手の動きを先読みできないということは常に自分が劣位に立たされているということだ。
 単純に動きが早いだけなら先読みして拳を出せばいい。
 腕力が強いのならカウンターだけに徹すればいい。
 反省は尽きない。
 思い返せば彼女からの積極的な攻撃は少なかった。
 全て加藤が動いたあとにカウンターを返してきたというか……

「おれは遊ばれていたのか……?」

 何気なくポツリとつぶやいた自分の言葉が引っかかった。

カチャッ

 控え室のドアが開いた。
 試合後の負け選手の控え室にノックもせずに入ってくるとは、なんというデリカシーのない奴だと罵りたい気持ちを堪えた。

「悪いけど今日はもう………………うっ!!」

 来訪者に向かってできるだけ穏やかに声をかけようと振り向いた加藤の顔が引きつった。

「なにしてたの? まるで悲劇の主人公って感じね」

 そこに立っていたのは奈緒だった。
 試合中と同じようにタンクトップとスパッツという格好だった。
 短めの白いソックスとランニングシューズが彼女の長い脚をいっそう際立たせる。

「お、おまえこそいったい何をしてたんだ……!?」
「何って、軽く汗を流してきたのよ。ここのジムはなかなか設備いいわよ」

 奈緒はにっこり微笑んだ。
 クールでありながらもとても魅力的な笑顔だ。
 よく見ると確かに汗をかいている。
 なるほど、彼女は試合後の整理運動をかねてトレーニングをしていたらしい。

(試合直後も汗を流す……それがこいつの強さの秘密なのかな)

 素直に感心する加藤の脇に奈緒が腰をかけた。
 奈緒の甘酸っぱい体臭が狭い部屋に広がり始めていた。

「広瀬、そのうちおれと再戦してくれ!」

 加藤は思い切って奈緒に頭を下げた。
 自分たち以外誰もいない部屋だとは言え、女に頭を下げるだけで充分に屈辱的な気持ちになった。

「え?」
「このままじゃ……こんな気持ちじゃ俺はボクシングを続けられない。お前を倒して先に進みたいんだ」
「イヤよ。私弱いものいじめは嫌いなの」

 あっさりと奈緒に拒絶される。
 特に「弱いもの」呼ばわりされたとき、加藤の心がズキンと痛んだ。

「ぐっ……」
「それにあなたからそんな負け犬っぽいセリフは聞きたくない。」
「しかし……」

 容赦ない奈緒の言葉に打ちのめされて何も言い返せない。
 実際に今日の試合は彼女に手も脚も出なかった。

(オールオアナッシング、か……)

 加藤の脳裏に浮かんだのは、この世界のシンプルな掟。
 敗者は何を言われても仕方ないのだ。

「今日の試合は何で私が勝ったと思う?」

 奈緒は急に立ち上がって、部屋の中をゆっくりと歩き出した。
 彼女の問いに対して加藤は相変わらず何も言い返せない。
 その理由がわからずにここにい続けたのだから。
 彼に背を向けたまま奈緒はクールに言い放った。

「私があなたより強かった。ただそれだけよ。」

 背を向けていた彼女がドアの前で回れ右をした。
 大きな瞳がこちらをじっと見つめていた。

「でも可愛そうだから少し相手してあげようか?」
「た、頼む! なんでもする!!」
「そう……」

 再戦を希望するステルス加藤を見ながらも彼女は表情を崩さなかった。
 後ろ手でそっとドアに鍵をかけた。

「じゃあ今からあなたとスパーリングしてあげる。ただしこの部屋でね。」
「えっ……!?」

 彼女の言葉の意味も、この部屋に閉じ込められたことも理解できないまま加藤は困惑していた。
 奈緒は加藤の左腕をすっと指差した。
 さっきまでの試合で奈緒に滅多打ちにされたせいで腫れがまだ引いていない。
 それどころか少し力を入れただけでズキズキ痛む。

「その腕、まだ感覚が戻っていないでしょ?」
「ああ、誰かさんのおかげでな……」
「そうね。フフフッ」

 加藤に近づいた奈緒が優しく腕の表面を撫でた。
 チリチリした痛みが加藤の身体に走る。

「うくっ……」

 座ったままの彼に対して、上から目線の奈緒。

「さ、さわるな……まだ痛む」
「あなた、さっき『なんでもする』って言ったじゃない。我慢しなさいよ。」

 加藤の腕を触りながら奈緒は改めて部屋の中を見回していた。
 ロッカーの上にきれいにまとめられたロープの束を見つけた。

「今から私の言うとおりにしてもらうわ。それが条件よ。」
「あ、ああ……」

 奈緒は加藤にロッカーの上のロープを取るように言った。
 腕を上げる痛みを堪えつつ彼は従った。

「私ね、決めてたの。」
「?」
「試合をしながら……あなたを打ちのめして、試合後の控え室で犯しちゃおうって。」
「なっ!!!」

 清純な顔立ちの奈緒が自分に向かって「犯す」という単語を口にした……
 信じられない奈緒の言葉に加藤は戸惑った。
 奈緒は呆然とする彼に近づき、手のひらをそっと彼の胸に押し当てた。
 ほっそりした指先が厚い胸板をゆっくりとなぞる。

ツツツゥー……

 さらに彼の乳首をそっと指先でこね回すと、耐え切れなくなったのか声を漏らした。

「アキラ、あなた童貞クンでしょ?」
「…………」
「隠したって無駄。こんなに敏感なんだもん。」

 それには応えず、彼は奈緒から視線をそらした。奈緒の予想通り、加藤は童貞である。
 ストイックな鍛錬と引き換えに鋼のような身体を手に入れたのだ。
 それにジムの会長からも恋愛は修行にご法度だと植えつけられている。
 セックスを覚えたボクサーは女に全てを吸い取られると昔から教え込まれた。
 ジムの先輩たちも彼女ができてから弱くなることがあったので会長の教えを素直に信じることもできた。

「いまさら拒否しようとしても無駄。私のほうが強いのはわかっているでしょ?」
「く、くそっ……」
「ここからは男と女の勝負よ。さあ、横になって」

 言われるがままに長いすに背をつける加藤。
 奈緒は彼を見下しながらニヤリと微笑むと、手馴れた様子で彼の上半身をロープでぐるぐる巻きにしてしまった!

「この状態で私のやることに5分間耐え切ったら、あなたの願いをかなえてあげる」
「ほ、本当か!」
「ええ、約束する。今日のリベンジでも何でも受けて立つわ。」

 奈緒は立ち上がって再び出入り口の施錠を確認した。

ガチャッ

 きっちりと鍵がかかっている……これでもう誰にも邪魔はされない。

「でも童貞クンには厳しすぎる課題かもね?」
「馬鹿なことを……たった5分間くらい、何をされたって耐えてみせる!」
「フフッ、交渉成立だね。」

 予想通りとはいえ、こんな安い挑発に乗ってくる加藤を見て奈緒は内心笑いが止まらなかった。
 優雅な足取りで3人がけの長いすの端に奈緒は腰掛けた。

「じゃあ時計の針が12時になったら始めるよ。」
「くそっ……どうにでもしやがれ!」
「5分間が永遠に感じるくらいたっぷりいじめてあげる。」

 そう言い放った奈緒の表情は先ほどのボクシングの時と同じくらいキラキラと輝き始めていた。
 ゆっくりと進む時計の針を見ながら奈緒は妖しく加藤に微笑みかけた。

「せいぜい強がって見せて。無理だと思うけど」

 横たわった彼のトランクスに手をかけ、膝の辺りまでずり下ろす。

(うぐぅ……)

 なんともいえない屈辱感で加藤の胸は一杯になった。
 同い年の美少女にボクシングで嬲られ、再戦を望んだもののこんな淫らな条件を突きつけられた現実。
 それでも彼は耐えた。
 この先にある奈緒とのリターンマッチを実現することが、加藤にとっての最優先事項だから。

「童貞クンでも手コキくらいなら耐えられるよね?」

 ステルス加藤の悲痛な心境を無視して、奈緒はいたずらっぽく挑発した。
 彼女を睨みながら黙って頷く加藤。
 もちろん女性に自分のペニスをいじらせたことは……ない。
 それでも彼だって年頃の男性である。自分の性欲を処理することだってある。

(自分でしごいてるとおもえば何てことない――)

 彼は自らに言い聞かせるかのように目をつぶり精神統一を始めた。
 しかしその思いが股間まで到達する前に、あまりにも甘美な刺激がペニスから脳へと逆流してきた。

クチュ、ウゥ……

「うあっ、あ、はあっ!!」

 奈緒の細い人差し指が、あらわになった加藤のペニスにそっと触れたのだ。
 それはついさっきまでの加藤の予測を大きく裏切る甘く危険な猛毒……

「クスクス……もうこんなに期待しちゃってるの?」

 奈緒は彼の顔とペニスを見比べながら言葉で責め始めた。
 同時に絡めた指先を小刻みに震えさせる。すでに先走りが少し滲んでいる亀頭を優しく撫でる。
 眉根をひそめて聞こえない振りをする加藤と対照的に、ペニスはゆっくりと屹立していく。

「さっきの試合でボクサーとしてのあなたを粉々にしてあげたけど」

 ペニスに絡む奈緒の指の数が増えた……と加藤はおもった。
 事実、奈緒は中指と人差し指でカリ首をフックしつつ、親指で先端部分をクリュクリュと弄びはじめた。

(体の芯が……削られる……うぅ)

 柔らかくしごかれるたびにとんでもない快感が加藤の脳に伝わっていく。
 ペニスの先から静かに、大量に透明な涙があふれ始めてきた。

「今度は男のプライドってやつをボロボロにしてあげる」

 奈緒の声がやたら遠くに聞こえた。
 思い出したかのように加藤は時計に目を向けた。

(ううぅ、嘘だろ……まだ20秒もたってない……!!)

 魔法にかけられたように時の流れが遅く感じた。
 その間にも奈緒の指先はじりじりとうごめき、加藤の敏感な部分を蹂躙していく。

「気持ちいいでしょ。」

 奈緒の問いかけに対して加藤は聞こえない振りをした。



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