「シュウくんの修行」  イラスト:なめジョン氏   戦うCG集






1・剛拳と柔拳

ここは武残山。標高数千メートルの霊峰。
山の頂には小さな「武神寺」というお寺があり、武術をつかさどる仙人が住むと言われている。

実際に住んでいるのは仙人ではなく、人間が二人。
初老の男性と、まだ幼い面影を残した少年が毎日拳法の修行をしていた。

そんなある日のこと。



「シュウよ、お前もこの山に来てから三年。既に達人の域に迫る実力を身に付けた」

初老の男性の言葉に、シュウと呼ばれた少年は軽くお辞儀をした。
彼は元々の格闘センスの良さに加え、素直に師匠の言う事を聞いた結果、奥義の一つ「武神剛拳」を体得した。

見た目は華奢な少年にしか見えない彼ではあるが、樹齢百年以上の大木を素手で倒せるほどの力を持っている。


「そろそろ他の山へ出向いて修行してみても良いのではないかな」

「よろしいのですかお師匠様!」

シュウは思わず喜びの声を上げた。
それは彼がずっと切望していた事であったからだ。

外の世界を見てみたい。自分の力を試したい。
若き拳法家としては当然の思いであろう。

そんな彼を見つめながら、師匠と呼ばれた男性も目を細めている。
シュウの実力を高く評価しているので、前々から彼の希望を聞いてやりたいとは思ったのだが――、


「これからお前には桃花のお城へ行ってもらう。先方には話をつけてある」

「そうですか……本当にありがとうございます!」


「そこで武神剛拳と対をなす女神柔拳をマスターしてくるのじゃ」

「にょ、にょしんじゅうけん……!」


「剛と柔、どちらも自分のものにすれば天下無双」

師匠の言葉にシュウは感激した。
もっと自分を高められる喜びが行く先で待っているのだから。


「ただし、ひとつだけ命令する。必ず言いつけは守れ」

「はい!」


「コホン……何があっても戦いを挑むな。それだけじゃ」

「えっ!」


「今回の修行は、仙人の住む城の中で数ヶ月過ごすのが目的じゃ。仙人の気を吸うことで、自然とお前にも特別な力が備わるであろう。結果的に柔の拳も身につくはず」

「……!」


「目的地である桃花の城には『神仙』とよばれる城主が居るのだが、シュウの世話をしてくれるのはその弟子にあたる仙女たちであろう」

「ええええっ! 女の人、ですか……」

シュウの顔がにわかに赤くなる。
彼はまだ自分と同年代か、それ以下の年齢の女の子としか話をした事がないのだ。

「どうした?」

「いいえ……」

ほんの一瞬でも心を乱してしまった自分を戒める。
せっかく話を付けてくれた師匠の前で弱みを見せるわけには行かない。

「わかりました。お師匠様のいいつけは必ず守ります。そして必ずや大きくなってここへ戻って参ります!」

シュウは深々と頭を下げてその場を後にした。








「大きなお城だなぁ……こんなの見たことないや」

山を降りてから丸二日、シュウはようやく目的の場所へたどり着いた。
思わず見とれてしまうような壮麗なお城がそこにあった。
しかしいつまでもじっと見ているわけにも行かない。


「入り口はどこだろう。正面の門を叩いてみるか

おそるおそる分厚い木の扉を叩こうとした瞬間、反対側の太い柱の脇から美しい女性が現れた。




「あら、いらっしゃい。あなたがシュウくんかしら」

「!!」

シュウは声に驚いて身構える。全く気配を感じることができなかった。

鈴の音が鳴り響くような透明感あふれる声。

目の前に現れたのは水色の服を着た背の高い女性だった。

しかも脚が長いせいなのか、裾が短い服のせいなのか……とにかく目のやり場に困る。

「なんでボクの名前を……?」

シュウが尋ねると女性はにっこりと微笑んでくれた。

「桃花のお城へようこそ。私は道場で師範代を務める仙女・ミズキと申します」


(この人が師範代! そして仙女……うわぁ、なんて綺麗なお姉さんなんだ)

シュウは思わず微笑む彼女に見とれてしまった。

それは仕方の無い事だった。

一昨日までは女性と無縁の世界に身を置いていた彼にとって、ミズキの容姿は目の毒以外の何ものでもなかった。


「うあっ、うぅぅ……!」

彼は突然雷に打たれたように体を震わせてしまった。
その正体が何なのかもわからずに。

「?」

「ハッ! すみません……」

心配そうな目で自分を見つめるミズキに反射的に頭を下げた。

ミズキの手がそっと彼の手を握る。


「クスッ、どうかされたのですか?」

「いえ……なんでもないです……」

さっきよりもシュウの口から出る言葉は小さくなっていた。

「さあこちらへ」

ミズキは彼の手を引いて門の中へと入っていった。








その日から三日間、シュウはミズキの様子をじっくりと観察していた。
彼女は特に修行らしい修行をするでもなく、花に水をあげたり部屋の掃除などをして過ごしていた。

またシュウ自身にもこれといった指示はなく、修行について尋ねてみても微笑を返されるだけ。
場内を自由に散策してよいといわれたのでその言葉に甘えてみたものの……すぐに飽きてしまった。

仕方なく今日も誰もいない中庭で、いつもどおりの修行、特に基礎体力中心のメニューを黙々とこなしていた。

(お師匠様はここで戦いを挑むなと言ってたけど、それじゃあ修行にならないよ!)

ストレスに似た感情を発散するためにすばやく後ろ蹴りを突き出した瞬間、

「きゃっ!」

「あっ…」

近づいていたミズキが驚きの声を上げた。

(おかしい。誰もいないのを確認してから蹴りを放ったのに!)

一瞬そんな思いがよぎったものの、シュウは自分の蹴りが当たりそうになったことを詫びた。
ミズキは特に気にした様子もなく、にっこりと微笑む。

「シュウくんは修行の虫ね。えらいわ」

「いえ、そんな…」


「武神剛拳の使い手なんですって?」

「えっ」


「あなたのお師匠様がそれはもう、嬉しそうに自慢してたって……噂に聞いたから」

「そんな噂が?」

シュウがミズキのほうを見上げると、彼女はニコニコしたまま小さく頷いた。

「私に見せてもらえない? 伝説の剛拳を」

「で、でも……危ない、ですから…」

頭の中に師匠の言葉がよぎる。ここでは絶対に戦いを挑んではいけない。

しかし――、

「思った以上に心も鍛錬しているのね」

「えっ…」

思わずミズキの目を見た瞬間、シュウの心臓がドクンと跳ね上がった。

「フフ……」

目が逸らせない。
まるで蛇に睨まれた蛙のようにシュウは石化した。

(なんだこの威圧感……さっきまでのミズキさんじゃない!)

戸惑う彼の前で、ゆっくりと鶴が羽を広げるように優美な動きでミズキが構えを取った。



「その実力、見せて欲しいなぁ」

このままではヤバい! そう思った途端、シュウの体が軽くなった。

そして考えるより早く彼女に対して攻撃態勢を整えてしまった。

「くっ!!」

師匠の言いつけを守ることはできなかった。
しかし自分はきっと間違っていない。
あのままでは確実にやられていた……とシュウは考える。


「うん、そうね。いい判断だわ」

「なっ!」

ミズキの一言にシュウは驚きを隠せない。

まさか心が読めるのか。そんな事はありえない。

しかしここは仙人が住まう城。

何があってもおかしくない。


シュウは先ほどまでの迷いを捨てて「武神剛拳」の構えを取った。






次へ→


←戻る












※このサイトに登場するキャラクター、設定等は全て架空の存在です
【無断転載禁止】

Copyright(C) 2007 欲望の塔 All Rights Reserved.