「シュウくんの修行」 イラスト・なめジョン氏
2・武神と女神
とっさに構えを取ったシュウではあったが、若干のためらいはあった。
自分の体に宿る武神の拳、もしもそれが相手に当たれば大変なことになる。
しかも目の前にいるのは、見たことも無いような美しさをもつ仙女。
自分より少し年上とはいえ女性にかわりない。
暴力を振るうべき存在ではないと幼い頃より両親に教えられてきた。
「なにっ……」
迷いながらミズキの顔を見てシュウは信じられない思いだった。
(笑ってる。さっきよりも嬉しそうに)
こちらを向いて構えたまま軽くリズムを取っているミズキの表情は、確かに微笑んでいた。
それが彼女にとって緊張感をほぐす手段だとしても、生真面目なシュウには到底許されないものだった。
自分が年下だから見くびられている?
それとも、女相手に本気を出さないと見透かされているのか……どちらにせよ、シュウの心の中で何かが弾けた。
(こ、この……く、そおおおっ!)
剛の拳を繰り出すため、体中の「気」を練り上げる。
そして裂帛の気合と共に、シュウは目の前の美女に猛獣のように飛び掛った。
「やああっ!」
一瞬で間合いをつめ、左の掌打をお見舞いする。
間一髪でかわした先、ミズキの顔面めがけてもう一撃。
さらに飛びのいて距離をとろうとする彼女に詰め寄り、下段と中断に高速を蹴りを放つ。
かわしきれなくなったミズキの表情に先ほどまでの笑顔は消えていた。
しかし丁寧にシュウの攻撃を一つ一ついなしてゆく……
「すさまじい連撃ね。それなのに呼吸が乱れてない」
ミズキの言うとおり息もつかせぬ攻撃を続けながらシュウの気力は充実していた。
武神剛拳は一撃必殺。常に相手の急所を狙うが故、手加減という文字は無い。
その猛攻を仙女は宙に舞う花びらのようにヒラヒラと受け流していた。
(なんでこんなに、かわせるんだ! 一発当たれば倒せるのに! くそっ、くそおお!)
そう、当たれば――、シュウの脳裏に焦りが浮かぶ。
「やあっ!」
トンッ……
シュウの正拳突きの引き手にあわせてミズキは彼の体に軽い蹴りを入れた。
「ぅくっ……」
彼にダメージは無い。
しかし攻撃のリズムを、バランスを崩されたことが少なからずショックではあった。
「次は私が見せる番ね」
距離をとったミズキが大きく深呼吸をする。
「!!」
気のせいか、シュウの周りの空気が変わった。
まるでミズキの体から何かが発せられて、彼を取り囲んだような感覚。
「さあ、どこからでもどうぞ……」
戸惑いながら彼女のほうを見れば、先ほどと似たような構え……いや違う。
先ほどよりも自分に対して斜めに構えている。
(隙がない、どうする!?)
シュウに向けて突き出された左手のせいで、ミズキまでの距離が遠く感じる。
拳が届く距離まで詰め寄ればいいだけのことだが、先ほどからの違和感が彼の決断を鈍らせる。
まるでミズキに空間を掌握されているような居心地の悪さ、としか表現できないのだが。
(ならば、隙を作る!!)
蹴り足に力をこめて、思い切ってシュウはミズキの懐に飛び込もうとした。
そして左の上段突き、フェイントとなる右ストレートを絡めてから回し蹴りへとつなげるコンビネーションへ移行する。
「はああああああっ!」
左、右、そして渾身の蹴りを放つ直前、
「クスッ♪」
ミズキが小さく笑った。
瞬間的に伸びきった右手に触れてから、彼の内側に仙女の美しい顔が滑り込む。
美女との急接近に戸惑う間もなく、シュウの右腕に巻きつくようにミズキの左手が絡みつく。
そして美しい左掌が彼の頬に忍び寄り、そっとあてがわれた瞬間――、
「女神蛇拳・八卦掌……」
ゴギィッ!!
ミズキのつぶやきと共に、強烈な一撃が彼の頭蓋骨を揺さぶった。
「ぐはあああっ!」
シュウの顔が左へ弾け飛ぶ。
まるで首から上が引きちぎられたかと思えるほどの衝撃だった。
ミズキが放った技、それは発勁(はっけい)そのものだった。
しかも腕が絡みついているから威力を完全に逃がすこともできなかった。
(何だ、今の一撃は……僕は何をされたんだ)
耳が、脳がキンキン痛む。思考が全然まとまらない。
彼女が自分のパンチにあわせて腕を絡みつかせたところまではわかる。
でもその直後にこれほどまでの威力を乗せた一撃を放つことができるなんて……
「ごめんね。顔に当てるつもりは無かったんだけど。あなたが本気だったから」
気がつけば自分の数歩先の場所に彼女は移動していた。
じっとミズキを見る。
(僕はあんな女の子に殴りつけられたのか……腕だってあんなに細いじゃないか!)
自分が情けなくなる。拳法に関しては誰にでもおくれを取りたくないのに。
シュウは目の前にいる仙女に対して明らかな敵意を燃やし始めていた。
「いえ、今度は僕が……っ!」
フラつく体に喝を入れ、シュウは再び構えを取る。
ミズキが構えなおす直前を狙って今度は先ほど以上に速い踏み込みで彼女に迫る、が――
とんっ
「はうっ!」
細長い足が静かに伸びてきて、シュウのわき腹を軽く蹴り上げた。
しかも伸ばした足はそのままに、何度も何度もつま先だけで彼の体を押し戻す。
「今のが女神麒麟拳・華連脚よ」
攻撃自体は軽い、が……ミズキに近づくことができない!
こちらの攻撃を巧みにかわし、出鼻をくじく効果的な戦術だった。
「くっそおおおおおおおおおおお!!」
悔しさのあまりシュウは咆哮した。
それに応じたのか、ミズキが後方に飛びのいた。
まるで羽毛のようにふわりとした着地で。
「そしてここからは仙女の舞・誘美鶴」
ミズキはシュウを見つめたまま、そっと片足立ちになった。
「あっ……」
美しい鶴が毛づくろいをするような優雅な動きに思わず見とれてしまう。
特にあらわになったミズキのふとももの白さにシュウは心を奪われてしまった。
(さあ……こちらへおいでなさい、もっと魅せてあげる)
ミズキの口元がそのように動いた気がする。
そして軽やかに跳躍してシュウを魅了する。フラフラした足取りで彼女に近づくシュウを優しく抱きしめると、そのまま長い脚も絡めて動きを封じた。
仙女の舞に魅了されながら、夢うつつのまま押し倒されたシュウは突然やってきた右腕の痛みで我に返った。
「ぐぎゃあああああああああああああ!!」
気がついたときにはミズキのむっちりとした太ももが右腕に絡みついていた。
「ふふふ、あっさり捕まっちゃったね。シュウくん♪」
容赦なく右ひじを痛めつける仙女の責めに彼は悶絶した。
グリグリと密着する彼女の左足が呼吸を奪う。
終わりの無い痛みから抜け出すために、シュウは悲鳴にもならない声をあげ続けるしかなかった。
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