『新学期二日目』
教室の出入り口付近、座席表で言うならば右側最後部にある席に座り、俺は対角線上を見つめている。
「あれはいいぞ……」
溜息のような、どうしようもない呟きを耳にして、前に座っていた親友の加藤が振り返る。
加藤は黙ったまま、俺の視線の先……教室の左奥を見て小さく唸る。
そこでは、黒髪の美少女・楠梨奈が友人達と親しげに会話していた。
「たまらねえよ、あいつ」
もう一度俺は呟いた。
「そ、そうかぁ? 確かに可愛いとは思うけど」
「……加藤よ、お前は全然わかってない。あれは極上だ」
加藤は巨乳フェチなので、いつも女子の顔ではなく胸ばかり見ている。
こいつにとっては、対象のルックスはおまけで、胸こそが評価基準。
俺にとっては顔・髪・脚の三拍子が揃わないと美少女認定は難しい。
めんどくさい性癖の俺とは、相容れないのはわかっている。
先ほどから俺が注目している楠梨奈は、セミロングの黒髪が特長の優等生だ。
成績は常に学年上位、運動神経も良いらしい。
女子レスリング部に所属しているらしいが、ゴリラのような体型をしているわけでもなく普通の女の子だ。
いや、あの可愛さは普通とはいえないか。
それに美脚と、黒髪。茶髪でないところが素晴らしい。
きっと彼女なら茶髪も似合うだろうけど。
とにかく……この春の進級で、めでたく同じクラスになれたのだ。
二ヶ月前の学年末テストを死ぬ気で頑張ったことが報われたように思える。
窓際で友人達と話している彼女の黒髪が、陽の光に透けて輝いている。
サラサラしてて、見とれてしまう。
あれに触れたら気持ちよさそうだ。
軽く壁にもたれかかっているせいなのか、細く引き締まった脚がさらに長く美しく見える。
紺ハイソも他の女子と比べて断然似合ってる。
ぶっちゃけ、あれだけで抜ける。
存在だけでも実用性が高すぎる。
暫くすると楠梨奈は、友人達との会話に区切りをつけ、教室の外へ出て行った。
彼女の後姿が消えるまで、その様子を俺はずっと目で追いかけていた。
数秒後、おれは嘆息する。
「はぁ、見てるだけでイキかけた。そしてもう少し見ていたかった……」
「お、おい」
加藤は呆れたような、慌てたような声を俺にかけてくる。
それには構わず俺は続ける。
「楠梨奈はヤバいんだ。反則だぞ、あれは」
控えめに言って、彼女は最高だ。
胸の大きさこそ若干慎ましく思えるが、それ以外が全て俺の好みだから仕方ない。
さっきの後姿、あれだってかなり刺激的だ。
背中から抱きしめて髪の香りを存分に味わいたい。
「な? 思い出すだけでヤバいんだ。俺はあいつの顔だけでイける」
「へぇ、そうなんだ?」
次の瞬間、俺の耳に入ってきたのは、聞きなれた加藤の声ではなかった。
ふいに廊下から教室へと風が流れ込む。同時に、柔らかそうな黒髪が、俺の目の前でふわりと舞い上がった。
「私が反則? どうして?」
自分の心臓の音が、とんでもなく大きく聴こえる。
それプラス、右半身が凍りついたような錯覚。
「なっ、楠、さん……いつから俺らの話を?」
教室から出て行ったはずの彼女が、俺の隣でニコニコしながら立っていた。
一方で、親友の加藤は何も知らなかったように俺に背を向けていた。
(……お前あとで絶対殴る!)
口に出せない怨嗟の呪文を親友の背に向けて練り上げていると、楠梨奈が静かに顔を寄せてきた。
「なんかエッチなこと言われました、ってチクっちゃおうかなぁ~。生活指導の先生に」
「っ!!」
生活指導の小林は男子生徒には容赦なく、女子の言う事は無条件で信用するフェミニストだ。
あんなやつに目を付けられたくない。それ以上に、新学期早々に憧れの女子にヘンタイ認定されたくない!
俺は恥も外聞もなく、彼女に何も聞かなかったことにしてくれと懇願した。
「じゃあ黙っててあげる」
わりと本気で泣きそうになっている俺を見つめながら、楠梨奈は上品に微笑む。
「その代わりに教えて? 私を見てるだけでどうなるの?」
「うぅっ!」
素直に言えるわけがない。男の生理を女子にばらすような事が……
「言わないの? 自分の状況、わかってるよね?」
「うっ、うん……」
彼女からの質問を断れる状況ではない。それも理解している。
「話し合いが必要ね。あっち、いこうか?」
楠梨奈は、未だ葛藤する俺の右腕をグイッと引っ張った。
その力は思ったよりも強くて、俺は彼女に引きずられるようにして教室を後にするのだった。
「ここなら誰も来ないかな?」
彼女が俺を伴って、足を踏み入れたのは……
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