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それから数分後。穣の奮闘もあって、男子部はポイント差をジリジリと詰めてゆく。
女子部に傾きかけていた試合の流れを男の意地で引き寄せる。
ポイントは一進一退のまま7-8まで進んだ。
調子を乱されていた隆もすっかり落ち着きを取り戻し、これから本格的に反撃というところで女子側がタイムアウトを取った。
リズムに乗れなかったのは残念だが、休憩時間で疲労を回復できるメリットはある。男子側としてはこの後の本格的な反撃に備えて、少しでも自分達の牙を研ぎなおす必要があった。
「みんな体は大丈夫か? ハンデはきついけどこのままのペースで行こう!」
「ああ、だいぶ慣れてきたって言うか……気にならなくなってきたよ」
「筋トレだと思えば、1キロくらいどうってことないな!」
「……おれは4キロ近く背負ってますけど」
身長が一番高い和志がボソッとつぶやくと、慌てて他のメンバーが慰めた。
そんなやり取りを眺めて、苦しい中にもいい空気ができつつあると正太は少し安心していた。
そしてまた試合再開の笛が鳴り響く。
同時にメンバーの交代もあり、コートの中に遥が入ってきた。
「やっほー♪ よろしくね」
遥は交代してすぐに自分のポジションへ向かう途中、こちらにむかって軽く手を振って見せた。
(今のは誰に向かって……? はっ、そう言えば)
またもや俺は静香の言葉を思い出す。
『2年生の隆(たかし)くんは美姫のことがお気に入りで、穣(みのる)くんは舞ちゃんが好き。礼(れい)くんは密かに遙ちゃんのことを想っていて、1年生の卓巳くんは沙織のことが好き……うちの部員たち、みんな魅力的ですものね? フフフッ』
慌てて正太は左隣を見る。
少し下がった位置で相手からのサーブを待つ礼の表情が硬いことに気づく……
(くそっ、厄介なことを……!)
正太は悔しい気持ちを声には出さずに、歯を食いしばる。
礼のポジションはセッター。
それはレシーブで上がった球をアタッカーにトスする重要な役目だ。
扇の要のようなポジションの彼が、女子部の色仕掛けに狂わされたら勝ち目は薄くなる。
一方、女子のコートでは……
「遥、今の声かけって男子の誰を狙ったの?」
「んーとね、礼くんだよ?」
「へぇ、ちょっと意外。彼のことがお気に入りなんだ」
「違う違う! 部長にさっき言われてね。選手交代の時は相手のセッターに挨拶しなさいって」
「なんか不思議な指示だねぇ」
反対側のコートでは、聞こえない程度の声で、遥と奈緒がつぶやき合っていた。
そして女子部のサーバーは沙織だった。
ストレートのライン際を狙った難しいサーブを、卓巳が懸命なレシーブでセンター付近へ上げる。その球の真下に、礼は潜り込んでトスを上げる……筈だった。
「礼っ! 早く」
「は、はいっ!!」
一歩遅れた。普段の彼にはありえないことだ。
レシーブから数秒以内に勝負がつく競技において、約一秒近い遅れは命取りとなる。
案の定、アタッカーへのトスは乱れ、平易なアタックしか返せなくなる。
それを女子部は丁寧に処理して速攻に繋げた。
ピイイイイイイイイイィ!
主審の笛が鳴り女子部に点が入る。決めたのは遥だった。
喜び合う女子の姿をネット越しに見つめる正太。
タイムアウトから復帰して早々、男子部は苦労して握り締めた反撃へのチケットを、毒のように忍び寄る静香の姦計により手放そうとしていた。
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