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 コートの反対側で、鶴田美姫がボールを手にしている。
 涼しげな表情で呼吸を整え、サービスエースを狙っているようだ。
 ターゲットはおそらく隆だろう。
 審判の笛が鳴ればすぐにまたあの変化球サーブが飛んでくるはずだ。

(流れを変えないとまずいぞ。次は何が何でもサーブ権を取り返さなきゃ!)

 気持ちだけが先走ってるのが自分でもわかる。
 こんな時こそ黙ってチームメイトを信じなければならないのに。
 だが今の隆に鶴田美姫のサーブを返すことができるのか、期待するのは難しい。

「もう1ポイント貰うわ」

 笛が鳴り、鶴田美姫がサーブのモーションに入った。
 相変わらず美しいフォームだ。

「くるぞ! 隆ッ」

 ちらりと彼のほうを見る。
 しかし、視線の先にいる隆の表情からして、緊張しすぎているのがよくわかる。

(あれじゃあダメだ。また点をとられちまう!)

 そして美姫の手から球が離れ、こちらへむかって飛んでくる。狙いはやはり……隆だった。
 メーカーのロゴがくっきり見えるほどの無回転サーブだ。
 手元で当然のように激しく変化するだろう。
 変化する前に拾うしかないのだが、僕は祈るような気持ちでボールの行き先を見守る事しかできない。

 その時、隆の横にいた穣がすばやくサーブのコースに割り込んだ。

「任せろ」

 短くそう言いながら、彼は隆の前に出て両手を握ってサーブを弾く。
 正確性には欠けるレシーブだったが、なんとかボールは高くセンター付近に上がった。
 これなら攻撃に移ることができる。
 対角線上にトスが上がり、その球を一年生の卓巳が相手コートの端にスパイクを決めた。

「よしっ!」

 僕が思わずガッツポーズをすると、後ろで隆が安堵したように呟いた。

「ありがとうございます……」
「隆、しっかりしろよ。俺たちは負けるわけには行かないんだ」

 そう言いながら彼の背中をバシッと叩いたのは穣だった。
 決して隆を責めるわけではなく、自分に言い聞かせるような振る舞いにも見えた。
 1ゲーム目の序盤だというのに随分気合が入っている。
 穣の様子を僕は頼もしく感じていたのだが、彼の心中ではそれ以外にも何か深い感情が渦巻いているようにも感じ取れた。







 この試合が始まる前に、体育館のステージの袖で部員・鈴木穣は柔軟体操をしていた。
 そこへ女子部の貴澄遥(きすみはるか)が静かに近づいてきた。
 彼女は長い黒髪を部活の時だけ団子状に結んでいた。それが普段よりも凛々しい印象を与えている。
 身長は160センチに届かない程度で、女子としては平均的なほうだろう。



「単刀直入に言うわ。このあとのゲーム、わざと負けて欲しい」
「はっ、なんだそりゃ?」

 ぶっきらぼうに彼が言う。それでも遥は構わずに続けた。

「うちらの部長同士が試合のルールを決めるんだって。今、顧問のところにいってるみたい」
「ふん、どうせ女が男に勝てるわけ無いのにな」
「それはどうかしら? ハンデもあるだろうし。でも念のために幼馴染のアンタに頼んでおこうと思って」

 指先で自分の前髪をクルクルと巻きながら遥はつまらなさそうに言った。
 穣はそんな彼女を呆れたように見つめる。比較的白く、健康的な遥の太ももが視界の半分を占めている。

 穣と遥は家が近所で、昔から遊ぶことも多かった。
 親同士も仲がよく、頻繁にお互いの家を行き来する間柄である。
 二人でスイミングスクールを一緒に通っていた時期もあった。
 学年では穣のひとつ下にあたる遥がバレーボールを始めたのは穣の影響が大きかったのかもしれない。

「はぁ、お前……本気で言ってるのか。今の話」
「うん。そうだよ」
「じゃあ尚更負ける事はできないな。幼馴染として」

 穣の回答に、遥は眉を少しだけ吊り上げた。
 彼女は控え選手ではあるが、バレーボールの技術はある。故に試合に出る確率も高い。
 そうなれば穣と対戦する事にもなるだろう。
 女子部の利害を抜きにしても、絶対に負けたくないと遥は考えていた。たとえどんな手段を使ってでも。

「へぇ、そういうこと言うんだ。じゃあ女子の皆にバラしちゃうよ?」

 体育館のステージ上でストレッチを続ける彼を見下すように、遥は軽く鼻を鳴らす。
 それが気に入らなかったのか、穣は表情を変えずに遥を睨みつけた。

「あぁ?」
「穣の秘密、ずっと前から知ってるんだから――」

 得意げな表情だが、これは単なる虚勢だと穣は感じた。遥の言葉に反応してはいけない。
 誰にでも知られたくない秘密はある。もちろん穣にもいくつかあるわけだが、都合よく彼女がそれを知っているはずは無い。

「詳しく聞かせろよ。それっ」
「きゃっ!」

 不確実な言葉に反応しないのが最善の策だったのに、相手が幼馴染というせいで穣は自制できず、彼女を転ばせて馬乗りになった。
 両手を遥の顔の脇について、肉食獣が草食動物に爪を立てるような体勢で尋問する。

「俺の秘密? ほら、早く言ってみろよ」
「少し落ち着きなよ。こんなところを見られたらアンタが大変な事になるよ?」

 押し倒されたと言うのに遥の顔に脅えや不安は無かった。
 二人がいるのは体育館のステージ上の袖だ。今は誰もいない。
 薄暗い緞帳に隠れた死角とは言え、誰にも見られない保証は無い。

「くそっ……」

 穣はすぐに冷静になり、身体を起こそうとした。
 普通の女子なら涙を滲ませるような展開でも脅えないのは幼馴染であるが故だろうし、遥の言葉は客観的に正しい。

「相変わらず頭に血が上りやすいんだから。でも悪くない体勢だね。えいっ」
「なっ――!」

 遥は下敷きになったまま、両手で彼の腰を掴んで引き寄せた。
 同時につま先で彼の足を外側へ払う。
 床面に塗られたワックスのせいで穣の膝は滑り、遥の身体に抱きつくような姿勢になった。

「うあっ!」
「ふふっ、ちゃんと教えてあげるよ。穣の悲鳴、想像してたとおりで可愛いね」

 穣の顔が瞬時に赤くなる。遥との距離はわずか5センチ程度だ。幼馴染と言ってもここまで接近した記憶はない。さらに彼女の髪の香りや、ほのかな体臭や温かさも加わって妖しげな気分にさせられてしまった。

(こいつ、いつの間にこんなに女の子らしくなってたんだ……)

 至近距離で自分を見つめる遥を感じるうちに、彼は平常心を失いかけていた。
 自分と重なっている彼女の身体はとても柔らかで心地よかった。
 練習着を隔ててもしっかりと感じる胸のふくらみや、ぴったりと閉じた太ももの感触などが絡み合って、徐々にペニスが勃起してきた。

「お、お前、いい加減にしないとさすがに怒るぞ……」
「見ちゃったんだよね、あたし……アンタが床におちんちんを擦り付けて顔を赤くしてたのを」
「なっ……!」

 穣は表情をこわばらせて絶句した。
 雑念を振り払うために遥に話しかけた彼にとって、それは最高のカウンター攻撃だった。
 一番知られたくない秘密の部類だったのに、最悪の相手に知られてしまった。

「2年くらい前だったかな。しかも写メまで残ってたりして? ああ、データはうちにあるからね。ここにはないから安心して。あれ? ここも硬くなってるみたいだね」

 変化に気づいた遥が、クスクス笑いながらゆっくりと脚を動かす。

「あ、ああっ!」

 彼女の膝が自分自身を刺激していると感じた穣は思わず視線を落とす。
 細い膝頭が、サポーターを巻いた彼女の足がペニスの先端をぐりぐりと潰すように突き上げている。

「こ、これは、お前のせいだからな! それよりも、ううっ、ああぁ! どうしてっ」

 言葉を阻むように遥はニヤニヤしながら下半身を波打たせる。
 両手で彼を引き寄せながら、硬くなり続けるペニスをじわじわと甘やかす。
 膝と膝の間に彼自身を誘導して、軽くバイブレーションをかけてやると、たまらなくなったのか、穣は床に肘をついてしまった。

「ふふ~ん、偶然見ちゃったんだよね。あの時の顔、可愛かったよ。あたしに感謝しなさいよ。次の日、皆に話したくて仕方ない気持ちをギリギリ踏みとどまって――」

 腰を抑えていた遥の両手が、彼の背中をしばらく撫で回してから、ぎゅっと抱きしめてきた。当然、密着感が増す。バストが柔らかく潰れる。その温もりがさらにペニスを硬くする。
 思わず甘い声が漏れ出しそうになるのを堪えるのに、穣は必死だった。

「も、もうやめろ。やめてくれ……あっ、ああ、うあぁ!」
「ふふっ、思い出すとあたしもちょっと変な気持ちになっちゃうなぁ。確かこんなふうにしてたよね?」

 彼を抱きしめながら、遥は全身を震えさせた。
 自分の身体をできるだけ密着させたまま、心地よい感触を植えつけるように肌と肌を擦り合わせる。着衣越しだとしてもその淫らな刺激は、今の穣にとって残酷なほど甘く効いてしまう。

「ひいっ、な、なに……ふあ、あああぁ!」
「女の子の体はアンタの部屋の床みたいに固くないけど、これはこれで気持ちいいんじゃない?」




 床オナを再現しているつもりの遥だったが、穣にとっては別次元の快感だった。
 幼馴染に抱きしめられたまま挿入されたわけでもないのに絶頂しかけているのだ。
 しかも……

「ねえねえ、あの時は何をオカズにしてたの?」
「そんなこと……おっ、オカズなんて、何もねえよ!」

 密着したまま耳元で言葉責めまでされてはどうしようもなかった。
 遥は彼を弄びながら、少しずつペニスへの刺激は緩めていた。その代わり、全身をくまなく愛撫するように身体を擦り付け、言葉での刺激も絶やさない。

 穣の抵抗が完全になくなった頃、ゆっくりと彼と体勢を入れ替えた。

「あっそ。じゃあこっちに聞いてみようかな?」
「えっ、待て! こんなところで、お、お、おいっ!」

 細い指先が穣のハーフパンツの端を引っ張り、下半身を露出させる。
 もはや言い訳ができないほど膨らみきった怒張がヒクヒクと震えながら遥の前に姿を現した。

「うあああぁ……」
「あ~ぁ、おちんちんビンビンじゃん……えっち」

チュッ♪ チュ、レロ……

 遥は汁を滲ませる先端に軽く口づけをしてから、舌先でペニスの太い血管をなぞり始める。唾液をゆっくりと絡めるようなフェラを目の当たりにして、穣は今までに無い興奮を覚えていた。

(な、なんだよこいつ……う、上手すぎる……舌が別の生き物みたいにエッチで、何をされても気持ちよくって!)

 全身をヒクヒクさせて我慢する彼を上目遣いで身ながら、遥は唇を滑らせるようにして彼自身の先端を口に含んだ。

クプッ……ジュルッ、ヌルルル……

「~~~~っ!」
「んふ♪」

 絶妙な圧迫感を伴って亀頭が飲み込まれた。遥は顔全体を小刻みに揺らし、唾液をしみこませるように舌先を鈴口に突き刺す。
 時折カリ首をチョロチョロとくすぐり、アイスクリームを舐めとるようなキスで彼の忍耐力を崩してきた。
 穣は自分が幼馴染にフェラをされただけで、身動きができずにいることに悔しさを感じた。しかし動けない。気持ちよすぎて抵抗できないのだ。

(だめだ、こんなの続けられたら……俺はもうこいつに勝てなくなっちまう! でも、もう我慢ができ、ない……イくっ、もうイくううううっ!)

 無意識に腰が跳ね上がり、穣の身体が射精の許しを請う。
 しかし遥はニヤニヤするばかりで決定的な刺激を与えない。やがて……

ちゅ、ぽっ!

「はい、おーしまいっと」

 フェラの刺激に全身を震わせる穣を見下しながら、遥は愛撫を中断した。
 もしも彼女がペニスを深く咥えて吸引したなら、穣は数秒と待たずに盛大に爆ぜていただろう。

「ああああぁぁっ! な、なんで……」
「簡単にイかせるわけないでしょ。ばぁ~か♪ アンタはしばらく悶えてなさい」
「くっ、くそおおぉぉ……」

 名残惜しそうに、泣きそうな目で自分を見上げる彼の様子に満足しつつ遥は立ち上がる。

「あっ、もうすぐ集合時間だ。行かなきゃ。練習始まっちゃう。じゃあね~」

ぐりゅっ!

「んあああっ!」

 最後の置き土産として、遥は靴を履いたつま先でペニスの根元辺りを軽く踏みつけた。
 走り去る彼女の背中を見ながら、穣は慌ててハーフパンツを上げて、むき出しの下半身を隠そうとした。
 だが指先にうまく力が入れられず、その動作は非常に緩慢なものであった。







(たとえ公式戦ではなくても女に負けるわけにはいかないんだ。もしも負けてしまったら遥のやつが……)

 穣がチラリと相手のベンチを見る。彼女は入念にストレッチをしていた。
 遥が自分の秘密を言いふらす、と言っていた部分を彼は大いに気にしていた。
 より素直に言うならば、恐れていた。
 遥は社交的な性格ゆえ、同学年だけでなく先輩や後輩を含めると、とても友人が多い。それは逆に言えば、女子が喜びそうな話題を言いふらす相手には困らないということになる。

 部長である正太は、穣と遥が幼馴染の関係であることを知らない。
 ましてや自分が体育館を離れた時に、穣が遥に屈辱的な言葉や行為を浴びせられたことなど知る由も無い。
 ただ、穣自身が遥をこのまま調子付かせるわけにはいかないという気持ちが先ほどのファインプレーを生み出したのだ。
 やられっぱなしでなるものか、というプライドを持って試合に臨んでいたのだ。

 ……少なくともこの時までは。



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