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「タ、タイム!」

 慌ててタイムアウトを取る。ほんの数秒前までの目の前で起こったことが信じられない。
 僕たちのチームは鶴田美姫のサーブで4ポイント連取された。
 狙われたのは隆だった。

「そんなに厳しいサーブなのか?」

「目の前で変化するんだ。それも毎回違う。信じられないくらいに揺れる……」

 息を弾ませながら隆は言った。決してレシーブが下手な選手ではない。
 彼の腰に巻きつけられた重りをチラリとみる。
 マッチアップする奈緒との身長の差が16センチもあるので合計3200グラムになってしまった。

(今更だが厳しすぎる。ハンデが……!)

 ストレートに動きが制限される悪夢の枷。
 単純に点数ハンデならもう少し楽に試合運びができたかもしれない。
 これは最初に取り決めをした僕の失点だ。

 でも本当にそれだけだろうか。
 体の動きが鈍るとはいえ、鶴田美姫のサーブは隆の手が届く範囲に集中していた。

(いつもの隆なら、さばききれないはずがない……)

 そんな違和感を覚えたものの、それ以上強く責めることもできない。
 ゲームはまだ序盤だ。リーダーである僕が仲間を信頼して耐える場面だ。

「つ、次は必ず取るから!」

 僕を見上げて隆は言う。
 それは自信がなさそうで、虚勢を張っているように見える。

 一番追い詰められてるのは隆なのだ。
 そんな彼を励まそうとする直前、試合前に女子部の静香が口にした言葉が僕の頭に浮かび上がった。

『2年生の隆(たかし)くんは美姫のことがお気に入りで………………うちの部員たち、みんな魅力的ですものね? フフフッ』

 コートの向こうを見ると、余裕たっぷりな様子で沙織としゃべっている美姫の姿が見えた。
 すらりとした体つきで、胸も大きい。顔立ちはとても気が強そうで僕の好みではないけど、男子からの人気は確かに高い。

(隆のやつ、本当に美姫が好きなのかな。はっ! まさかこいつ……好きな女のためにわざと……!)

 本人の口から直接聴いたわけではないので確証はない。
 しかし他の部員が彼女のことを話題にしていたときに隆が怒ったように遮ったことがある。
 そのときの事は僕もよく覚えているのだ。

「そうか、わかった。次は頼む」

 喉元まで出かかった言葉を無理やり引っ込めた。
 疑う心も押し殺す。

 しかし結論から言えば、部長としての僕の勘は見事に的中していた。
 疑うべきは、自分の直感を否定した自分自身なのだ。

 実はその時、隆はまったく別のことを考えていたのだから……







――それはおよそ20分くらい前の出来事。部長である正太の知りえない事実。部員・大野隆だけの秘密。



「大野クン、ちょっといいかしら? 手伝って欲しいの」

「は、はい」

 試合前の練習で、女子にコートを明け渡してからすぐに僕は鶴田さんに呼び止められた。
 そのまま彼女に連れられて体育館の倉庫のほうへと向かう。
 僕の心中は穏やかではなかった。

(つ、鶴田、美姫さん……彼女が僕に声をかけてくるなんて!)

 表情は出来るだけそのままに、僕は喜んでいた。はしゃいでいたといってもいい。
 だって彼女はずっと憧れだった人だから。
 女子部の、いや……この学園の中で一番可愛くてきれいだし、いつもは話なんて出来ないアイドルみたいな存在。
 男子部での評判は「冷酷無比」なんて言われてて、それほどよくないけど僕の中では最高の人。
 それが自分の前を歩いてる。だいたい50センチくらいの距離だから、髪の香りまではっきりと感じる……

 美姫さんは普段使っている倉庫に入ると見せかけて、その脇にある補助倉庫のドアを開けた。
 そこは隅に縦長のロッカーがある以外、今は何もない空間だった。
 ちょっとしたイスとテーブルがあれば休憩できる程度の小さな待合所といっても差し支えない。

「あ、あの……鶴田先輩、手伝いというのは」

「急に呼び出してごめんね」

 部屋の電気をつけて、僕のほうに振り向いてから彼女は言う。
 大きくて綺麗な目で真正面から見つめられると緊張で体が硬くなる。

「あのね、お願いがあるの。私は男子の本気が見てみたいの」

「本気を?」

 言葉の真意がわからない。
 試合形式だから嫌でも本気でやる事になるし、今回はハンデもあると聞かされた。
 先輩に対して手抜きなんてとてもじゃないけど出来るわけがない。

 そんな事より僕が気になっていたのは、彼女と今ここで二人きりになれたということだ。

(こ、これは……狭い部屋で憧れの美姫さんと僕だけ……だめだ、こんなの緊張するッ!)

 彼女の呼吸を感じる。
 僕より少し背が低いけど、年上で凛々しくて憧れの先輩。

 ドキドキしている僕の様子に構わず、真面目な表情で美姫さんは続ける。

「男子とやりあう機会ってそれほどないのよ。だから自分のサーブがどれだけ通用するのか知りたくて。大野クンは絶対手抜きなんてしないよね?」

「は、はい! 頑張りますッ」

 その言葉に満足したように彼女は頷いた。
 僕も彼女の心意気に少し感動していた。

(美姫さん、とても熱い人じゃないか……冷酷無比なんて言ったら失礼だよ)

 彼女のことをますます好きになったと言い換えてもいい。
 尊敬と憧れの気持ちが高まって、そんな素敵な人と二人きりである現状が幸せに思えて仕方ない。

「お願いは終わり。でも話はもうひとつあるの」

 すると美姫さんは部屋の入り口を背にしたまま、後ろ手でカチャリと鍵をかけた。
 そして自分から僕に身を寄せてきた。

「えっ、ちょ、鶴田センパ……なに、を?」

「ありがとう、隆クン」

「っ!?」

 美姫さんが名前で呼んでくれた……それだけで僕の心が舞い上がってしまう。
 知らぬ間に体を押されて、壁際に追いやられた事も気づかぬほどに。

「これはないとは思うけど、もしも男子が負けたら……慰めてあげる」

「えっ……慰めるってどういう……」


「ふふっ、そうね。たとえばこんな感じかなぁ?」

 美姫さんはさらにグイッと体を僕に預けてきた。

「あああっ!」

 ちょうど部屋の壁と彼女の体にサンドイッチされたような格好になる。

(や、柔らかいいいいぃぃぃ!)

 鼻先に感じるのは、ふわふわの髪の毛と、甘い香り。
 そして密着した美姫さんの体と温もりに頭がおかしくなってしまいそうだった。

 だがそんな甘い想いはすぐに吹き飛ばされる事になる。

 下から見つめたままで、美姫さんはゆっくりと手のひらを僕の股間に押し付けてきた。

クニュ……

「んああっ!」

「声が大きいよ」

 彼女の手のひらがそっと僕の口元に当てられた。
 しっとりした感触の美姫さんの手で言葉を封じられてしまう……ただそれだけですごく興奮する。

クニュッ、クチュ、クニュウゥゥ……

(で、でもっ、ぉお、あああ、ああぁ~~~!!)

 その間もずっと、彼女の手のひらが股間をなぞっていた。
 急激に熱を帯びたペニスはおそらく悲鳴を上げている。歓喜の涙を流しながら。


「硬いね。なんでこうなってるの」

 すっと手のひらが口元から離れた頃には、僕は骨抜きにされかけていた。
 膝が笑って少しだけ折れて、目線は彼女と同じくらいになっている。
 壁にもたれて快楽に耐え忍んでいる状態。

「ふあ、ああ、それは……違うんです!」

「何が違うの。すっごく硬いよ。なんで私に触られただけでこうなっちゃうの?」

「そ、それは――ひゃうううっ!」

ツツツ……

 今度は指先で、ペニスが着衣のまま弄られる。
 女の子に触られているだけでこんなに気持ちいいなんて……オナニーの比じゃない。

クリクリクリ……

 今度は片方の手が僕の胸に伸びてきた。
 細い人差し指で乳首をコリコリと弄ばれる。

「あっ、あああぁぁ!」

「可愛い声ね。女の子みたい」

 初めての体験に背筋がビクンと伸びる。
 右手で股間を、左手で乳首を愛撫しながら、美姫さんはグイグイと体を僕に押し付けてくる。

 そして――、

「さっきの話、ちゃんと理由を言わないとダメでしょ」

ふよんっ♪

「ひゃううっ!」

 この感触、これはッ! 彼女の胸……絶対そうだ、こんなに柔らかくて大きいんだ……

 一度だけおっぱいを強く押し付けられただけなのに、いきなり射精してしまいそうだった。
 それくらい妄想が一気に膨れ上がってしまった。

 股間が硬くなった理由、それは貴女に触れられたから、大好きな美姫さんにいじられたから、

 僕はずっと前から貴女の事が好きだから――!



 そう言い掛けた時……突然美姫さんの細い指先が僕の唇に押しつけられた。

(い、言えないいいいぃぃ!)

 指一本で、物理的に言葉を封じられてしまった。


「時間切れよ。やっぱり聞いてあげない♪」

 おそらく僕の顔は悔しさと気持ちよさでクシャクシャになっているだろう。

 美姫さんは僕の体を壁から少しだけ離してから、両手を腰に回してきた。
 細い腕に抱きしめられて、二人の体がさらに密着する。

「な、なにを……」

「手のひらもいいけど、こっちはどうかしら」

 抱き合うような体勢で、彼女は少し背伸びをしてから腰を前に出してきた。

「うあっ!」

 再び壁に背中を押しつけられた。
 だが壁と僕の背中の間には彼女の両手があるので少しだけ浮いている状態。

 美姫さんはそのまま巧みに腰をくねらせてきた!

「ほら、パンパンパン♪」

 クニュッ、クニュッ、キュッ!

「うあっ、あああ、なん、ふ、あああぁ!」

 部屋の隅のロッカーが少し軋んでいる。
 その動きはさっきまでよりも激しくて、硬くなったペニスは着衣のまま彼女の腰使いに蹂躙されていく。

「気持ちいいかな。腰をあてて回してるだけなのに」

 硬くなった先端を集中的に弄るように、スパッツ越しのおまんこが惜しげなく擦り付けられていく。

「いろんなことを想像しちゃうよね? ふふふふ……」

 僕はもう言葉を発する事はなかった。体中が彼女に興奮しきっていた。
 開いた口は戻らず、声を出す事を耐える必要もないほど快感で押しつぶされていた。

 密室で女子と二人きり、それもとびきりの美形で自分好みの女性にリードされ、ペニスをこね回されてるなんて……!

(ああああああああああ! 出るッ、出るうううう~~~~~~~!!)

 我慢なんて出来るはずない。全てが無駄だ。

 妖しくうねる腰使いは円を描くようで、時々思い出したようにまっすぐに裏筋をえぐるように……


「もうすぐ時間だね。はい、ここまで♪」

 あと1秒で射精、というところで美姫さんは腰を離した。


「ふあ、あああぁぁ……!」

 残酷なお預けを食らった僕は叫ぶことも鳴く事も出来ずそのままズルズルと壁に背を預けたままうずくまってしまう。

「ちゃんと聞いてる? もしかして頭の中が真っ白になっちゃったかな」

 その通りだ……頭の中が射精と、美姫さんの体の感触と匂いと、とにかく全てが占領されてる。

 彼女の言葉に反応する前に、腰砕けになった僕を見下ろすように美姫さんが片膝をついた。

「もしも男子が負けたら、これくらいの事はしてあげる。女の子に負けたら恥ずかしいもんね。惨めだもんね。だから慰めてあげるわ。もしも負けたら、ね?」

「あっ……」

 しっとりとした手のひらの感触を顎に感じる。

 美姫さんは僕の顔を自分のほうへと向けさせると、数秒間何も言わずに僕の目をのぞきこんだ。

 その短い時間は、たった数分間の出来事を深く僕に印象付けるための誓約……

「試合、期待してるからね」

 すっと手のひらの感触が消える。
 僕は手足が脱力したまま、しばらくそこから動くことが出来なかった。

(もしも負けたら、美姫さんに慰めてもらえる……あの続きを、太ももで直接挟まれたり、シコシコされたらどんなに気持ちいいんだろう……)

 淫らな妄想が消え去るまで、さらにしばらくの時間が必要だった。






 繰り返しになるが、部長としての正太の勘は見事に的中していた。

 疑うべきは、自分の直感を否定した彼自身だったのだ。

 なぜなら、彼が愛すべきチームメイトの集中力はこの時すでに半分以下になっていたのだから。



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