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 それから15分ほど経過してから、静香が体育館へ戻ってきた。

「お待たせしました。顧問の先生方をお連れしましたわ」

 その言葉通り彼女の後ろには普段は姿を現さない男女のバレーボール部顧問の先生達が揃っていた。彼らは顧問と呼ばれてはいるものの、バレーボールという競技自体にはそれほど詳しくない。
 男子については練習内容も、活動計画も完全に僕任せだ。予算案など実務関係で承認が必要なときだけ顧問の先生の力を借りている状態。
 逆に女子には日替わりで優秀なスタッフ……女子バレー部の卒業生達が、練習に参加しつつ指導をしているのだ。先輩達は、顧問の先生が部活の内容に明るくなくても一向に差し支えないレベルで練習をサポートしているらしい。
 女子大生になった先輩達も設備の整った体育館で適度に汗を流すことができるし、現役の学園生にも慕われているから悪い気持ちにはならないだろう。
 静香達も卒業生も両者が得をするアイデアは素直に感心する。
 情けない事ではあるが、男子には頼りになる卒業生などいないのだから。

 そんな顧問達に対して静香が先程までの話の成り行きを説明している。
 僕にも聞こえるはっきりとした声は、当然他の男女部員達の耳にも届いている。
 最終的に微調整が必要になったのは次の部分だった。

・ネットの高さは220センチ(女子に合わせた)
・男女ハンデキャップについて、身長差1センチごとに200gの重量を背負うことになった。これは男子への思いやりというよりは、重りの数が足りなかったからだ。
・女子が勝利した時、男子の体育館使用権利(水曜日)もしくはそれに変わる何かを得る。
・男子が勝利した時、女子の体育館使用権利(水曜日)もしくはそれに変わる何かを得る。
・上記「それに変わる何か」についてはお互いに協議する事
・使用権利の有効期間は25週(約半年)

 これらを話し終え、男女の両部員が承諾したのを見届けてから顧問の先生達は体育館を後にした。
 彼らの背中を見えなくなってから、静香はくるりと振り向いてこちらを見つめてきた。

「では始めましょうか」

「ああ。ウォーミングアップは今から15分ずつでいいか」

「けっこうですわ。男子から先にどうぞ」 

 静香が目配せをすると、他の女子部員達は練習をいったんやめてコートをこちらへ明け渡してくれた。僕は壁の時計の針を見てから、男子部員達に声をかけた。





 それから30分後、ついに試合が始まった。
 主審役の女子部員の前でコイントスを行ってサーブ権を決める。
 男子のサーブからスタートになった。

「ミスるなよ。最初が肝心だぞ穣」

「うん。でもこれ、さすがにちょっと重いかな……バランスが悪いって言うか」

 僕の目の前で穣は不安げに腕を軽く振って見せた。
 身長173センチの彼とマッチアップするポジションの三年生女子は165センチ。身長差8センチということで、穣に課せられたハンデは1600gだった。
 それを左右の足首と腰に500gずつ、左手首に100g……合計四つの指定箇所にテーピングで巻きつけてあるのだ。動きやすいはずがない。

「無理するなよ。フットワークよりも相手の動きを先読みしろ」

「ははは……今日は一段と無茶を言うねキャプテン」

「女なんかに負けられないからな」

 僕はそう言ってから彼の腰をポンと叩いた。
 実は黙ってうなづいてボールを手に取る。そして主審の笛が鳴り、穣が対角線上へサーブを放つ。
 ちょうど彼とマッチアップしている女子を狙ったようなコースだ。ネットの10センチ上を通り過ぎたそのサーブを、女子部員は難なくさばく。
 そしてレフトへ山なりに上がったパスを、部長である静香がクロスに決めた。

「くそっ」

 動きが一歩遅れたセンターの和志が悔しそうに漏らす。
 ブロックの隙間から打ち込まれた静香のスパイクの正面に一年生の卓巳は回り込んだものの、予想以上に威力が乗っていたようで上手く反応できなかった。
 サーブ権はあっさり女子に奪われてしまった。

(まずいな……予想以上に重りが厄介だ)

 無意識に僕は舌打ちしてしまう。センターの和志が遅れた理由は間違いなくそれなのだ。
 和志がマッチアップしているのは鶴田美姫。彼女との身長差は、なんと23センチだ。
 これによって課せられるハンデは4600gとなる。手を伸ばせばジャンプせずともブロックできるとは言え、和志の動きは封じられたも同然だ。
 それに加えて静香のスパイクが鋭かったというのもある。

「ふふっ♪ まずはサーブ権を頂きましたわ」

 長い髪を片手でかきあげながら静香が言う。
 余裕たっぷりの涼しげな表情が気に入らない。そして何より今はこいつらは全員敵なのだ。

「部長さん、そんなに怖い顔しちゃやだぁ!」

 流れてきたボールを手に取った広瀬が茶化してきた。
 ネット越しに僕に向けられたそのいたずらっぽい表情にドキッとしてしまう。

『勝てたら、奈緒のことを一日、好きにしていい権利……とかどうですか?』

 クリクリした茶色くて大きな目と、ふわっとした耳より少しだけ長いショートヘア。
 それに控えめな胸と真っ白で長い脚は、確かに広瀬奈緒は僕の好みではある。
 だがそれと部活の勝負とは別問題だ。

(しっかりしろ!)

 静香の甘い言葉が脳裏をよぎるが、今は集中だ。
 自分の顔をパンパンと叩く。

「勝って必ず、男の強さを思い知らせてやる……!」

 僕の呟きに、隣にいた和志が小さく頷く。
 そして笛が鳴り、広瀬のサーブがこちらへ飛び込んできた。悪くない速度。

 コースはストレート。奈緒は一年生の卓巳を狙ったようだが、先程の静香のスパイクを受け損ねたおかげで彼の精神力は上がり、体も上手くほぐれていた。

(こ、これならっ!)

 卓巳がセンター付近にレシーブを上げると、和志も先程のお返しとばかりに速攻を決めた。サーブ権は再び男子側へ。

「あたしのサーブ終わっちゃったじゃん!」

 相手コートで広瀬奈緒がむくれている。
 次は隆のサーブだ。

(そういえば、隆は美姫が好きだって言ってたな……静香のやつ)

 だからと言って彼が鶴田美姫を狙うはずはなかった。
 隆のサーブは広瀬への意趣返しのように、ストレートだった。
 しかもコートの隅を狙うような際どさもある。客観的に見て良いサーブだ。場合によってはそのまま得点になる。

 だがそれを沙織がうまく拾い、美姫があっさりと決める。
 しかも一人時間差。和志とブロックのポジションを入れ替えた僕は、不覚にもフェイントに引っかかってしまい、その結果ノーマークで打ち込まれてしまった。

「悪い……」

 自分のせいで攻撃を許してしまった。味方に謝る僕の脇を通り過ぎるとき、すれ違いざまに美姫が呟いた。



「次はサーブで虐めてあげるわ♪」

「なにを……」

 憎らしげにこちらへ流し目を送る鶴田美姫。
 だがそれは決して虚勢ではない事を僕は知っている。なぜなら彼女は――、

(記録保持者のサーブか。侮れないぞ)

 公式大会で12連続得点。それが全てサービスエースである。男女問わずそれがいかに難しい事であるか、経験者ならわかってもらえると思う。



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