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 僕は怒りを堪えながら、広瀬と話をしている静香の肩を叩いた。



「あら、なんです? 部長さん」

 振り向いた静香の、花のような笑顔を、僕は強い目で睨みつける。

「ちょっと待て。今の言葉はなんだ?」

「あらやだ……聴こえてしまいましたか?」

 こちらの顔色を見て、静香は悪びれる様子も無く微笑んだ。
 やはりさっきの謝罪は、単に広瀬をその場から救い出すための方便だったみたいだ。

「わざとだろ?」

「はい?」

「わざと聴こえるように話していただろ! 僕達を怒らせるようなマネをして、何が楽しい!!」

「ほらぁ、白鳥部長……バレバレですよぉ?」

 僕を見ながら広瀬が静香の袖をクイクイと引っ張った。
 ますます頭に血が上ってくる。

「お前ら……僕たちを何だと思っているんだ!」


 語気を荒げる僕を見て、床でストレッチをしていた女子バレー部の一人が口を開いた。

「奈緒や静香に言われても仕方ないんじゃないかな」

 冷ややかな声を発した彼女は、九条沙織(くじょうさおり)。
 こちらも静香に負けず劣らずの長い髪をポニーテールにまとめている。
 女子の中でもおそらく一番身長が高い。
 170センチに近い彼女のポジションはセンターだ。
 練習で何度も目にしている、すらりとした手足が繰り出すアタックは、男子顔負けのスピード感がある。

「なんだと!」

「だって男子はいつも県内ベスト16どまり。部員も8人しかいない」

(くそっ、こいつ……痛いところを衝いてくる!)

 歯軋りする僕を横目で見つめながら、沙織は涼しげな表情で続ける。

「私達女子はいつも全国大会のベスト8以上だし、部員数だって……」

「もういい、わかったよ。女子バレー部からの喧嘩を買ってやる」

 深い溜息をついてから、僕は沙織、広瀬、静香の顔を順番ににらみつけた。

「別にそんなつもりはなかったんだけどね。私はただ事実を述べただけよ。でもまあ……やるならお手柔らかにね?」

 沙織は口元に冷ややかな笑みを浮かべた。
 静かな気配とは裏腹に、どうやらやる気は充分みたいだ。

「そうか。女子部として、本気なんだな?」

 低い声で問いかけると、キャプテンの静香が沙織と僕の間に入ってきた。

「沙織さん、いけませんわ! 普通に勝負して女子が男子に勝てるわけ無いじゃないですか」

「うーん、そうかな? 静香……」

「仮にネットの高さを女子に合わせていただいたとしても、身長の差がありますからね?」

 それは確かにそうだと思う。
 僕は黙って静香と沙織のやり取りを眺めていた。

「ハンディキャップでも貰えるのなら話は別ですけど……」

 そこで言葉を切ると、静香が流し目で僕を見つめてきた。
 あからさまにこちらにハンデを要求する視線に僕は――

「チッ、わかったよ! ハンデ戦でも何でも受けてやるさ」

 仕方なく僕が了承すると、静香が小さな笑い声を出した。





「ではこういうルールはいかがでしょう?」

 静香からの提案は、ざっとこんな感じだ。

【ルール】
・サーブ権あり、3セットマッチ
・男子は、同じポジションの女子との身長差分だけ重りを背負う
・重りの場所については女子が指定する


 ラリーポイント制でないことは良いとしても、重りが厄介だった。
 たとえばマッチアップする相手が僕と静香だった場合、身長の差は2センチ。
 それでも2キロの重りを背負うことになる。
 仮に男子メンバーの和志と沙織がマッチアップした場合は、身長差は17センチだ。
 17キロを背負って跳ぶことは、正直難しい。
 それゆえにメンバーの選定も重要になってくる。
 審判に提出するスタメン表によって重りの数が変わってくるからだ。
 条件に頭を悩ませる僕に、静香がさらに提案してきた。


「それと、もう一つ……せっかくだから何かを賭けませんか?」

「えっ? 賭けるのか。一体何を」

「部長さん、私たち女子バレー部が欲しいのは体育館の利用権利ですわ」

「なっ!!」

 彼女が言うには、平日のうちのいずれかの曜日を永久的に全面使用できる権利が欲しいという。
 女子バレー部にとっては練習スペースの確保は重要だとは言え、勝負に賭けを持ち込むというのはすごい発想だ。

「では逆に僕達が買った場合は?」

 部員が8人しかいない男子バレー部にとっては、練習スペースは足りているわけで、現状のままでかまわないのだ。賭けの対象としては望ましくない。

(なんだか面倒な事になってきた……)

 場合によってはこの勝負を無しにしてしまおうかと僕が考え始めた矢先に、静香は意味深な発言をした。

「男子が女子に勝利した場合ですか? 体育館の利用権利でなくてもけっこうですわ」

「えっ?」

「たとえば、そうですね……」

 そこまで言ってから、静香がそっと顔を寄せてきた。

「……男子の部長さんは奈緒のことが好きなのでしょう?」

「ッ!?」

 何故そんな事を彼女が知っている!?
 ドキドキしながら冷や汗を流す僕に向って、静香はさらに衝撃的な言葉を発した。

「だから先ほど、部長さんに勝負を挑むように指示を出したのです。勝負に勝てたら、奈緒のことを一日、好きにしていい権利……とかどうですか?」

「そそそそんなの……あいつが拒むに決まってる!」

「普通ならそうかも知れませんけど、部長命令で従わせますわ。でもそんなことをせずとも、奈緒だって部長さんの事を良かれと……あらやだ、これは内緒でした。忘れてくださいま♪」

 まさか広瀬が、俺を――?

 軽い混乱状態の俺を畳み掛けるように、静香は自信たっぷりに言い放つ。

「女子部の長として、必ずお約束しますわ」

「でも僕だけの問題じゃないだろ、そんな条件で……」

 答えを渋る僕を見て、静香が目を細める。

「ほかの男子バレー部の皆さんについても、調べはついてますわ」

「え?」

「2年生の隆(たかし)くんは美姫のことがお気に入りで、穣(みのる)くんは舞ちゃんが好き。礼(れい)くんは密かに遥ちゃんのことを想っていて、1年生の卓巳くんは沙織のことが好き……うちの部員たち、みんな魅力的ですものね? フフフッ」

 そこで言葉を区切ってから、静香が耳元でささやいてきた。

「部長さん、大好きな奈緒のこと、好きに出来るチャンスですよ?」

「うぅっ!」

 その提案は、拒むのにはとても勇気が要るほど、あまりにも魅力的で……ついに僕は小さく頷いてしまった。

「では、男女両方の顧問の先生方をお呼びしてきますね。私達の戦いを検分していただきましょう」

 静香は一度だけ微笑むと、僕に背を向けて体育館の外へ出て行った。




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