(更新 2017.09.12)





 ふらりと立ち寄った雑居ビルの一室は、ドアをくぐるまでは殺風景な印象だった。
 しかし中に入ると、まず感じたのは心地よいアロマの香り。それと薄桃色の内装だった。

カラン……

 ドアの開閉に合わせて小さく鈴の音が鳴り響くと、すらりとした体型の女性が微笑みを携えて奥のほうから現れた。
 胸につけている小さな名札には「夢香」と書かれている……ゆめか、と読むのだろう。いい源氏名だ。

「こちらのご利用は初めてですか」

「ええ……」

 にこやかに尋ねられて、思わずドキッとしてしまう。

 この店は男性向けエステということで表に看板が出ていた。
 純粋にリラックスしたくて階段を上ってみたのだが、この時すでに私は妖しげな気持ちになりかけていた。

(風俗だと思っていいのかな……)

 案内されるままに奥へ通され、ソファに腰を掛ける。
 他に客はいない。

 ほどなくして冷たいおしぼりとジャスミン茶が目の前に置かれた。

「そうですか。では説明しますね。まずはお好みのエステティシャンを選んでください」

 夢香という店員から厚めのファイルを手渡される。
 ページをめくると、エステティシャンとやらの顔写真と簡単な紹介が書かれていた。

(皆可愛いな……)
 
 白地に赤いラインの入った制服を着た女性達は、静かな笑みを浮かべていた。
 しばらくその中身を眺めていた私は、パタンとそのファイルを閉じてからそばに控える女性を見上げた。

「ゆ、夢香さんでお願いしたいのですが」

「あら、私で良いのですか」

 突然の指名に彼女は目を丸くした。驚いた表情もちょっと可愛い。

「駄目でしょうか?」

「いいえ、光栄ですわ」

 その言葉に何故かホッとした。断られる可能性だってないわけではなかったのだから当然か。
 夢香という店員は少し頬を赤くしながら軽くお辞儀をした。

「では準備を整えてまいりますので、待合室で少しお待ちください」

 振り向きざまに彼女の髪が揺れて、花のような香りが流れてきた。







 数分後、私はカーテンで仕切られた部屋に寝かされていた。
 横たわった直後、彼女の細い指がさわさわと背中を撫で始めた。

「うっ……あぁぁ……」

 思わず声をあげてしまう。
 この部屋に入ってすぐ、寝台にうつぶせにされて上半身を裸にされた。
 シャツのままでも良いけど、裸のほうが効果が出やすいといわれたので従う事にした。もちろん多少の照れはあった。

(き、気持ちいいぃぃ……ッ!)

 夢香さんの指先の動きは非常に滑らかで、触られた場所にはなんともいえない心地よさが残る。
 おかげで無意識に股間が疼いて腰が浮き上がる。

「お気に召してよかったですわ。そのままリラックスしててくださいね」

 余韻を残すのは彼女の指先だけではなく、声もだった。
 落ち着いた女性らしさと清潔感のある声なのに、何故か色気を醸し出している。

「じっとしてなきゃだめでしょう? ふふっ、ほら……」

 そういわれて、ますます体が勝手に硬くなる。
 妖しげな手つきで背中を触られている現実と、自分の頭上から降り注ぐ優しい声に自然と興奮させられてしまうのだ。

「普段は私、主に新人エステティシャンの講師などをしておりますわ」

 いったん手の動きを止めて、アロマオイルの瓶をいくつか取り出しながら彼女は言う。

「じゃあ、エステの先生なんですね」

「先生……そうですね。いい響きです。ふふっ」

 こちらの言葉に彼女は気を良くしたようだ。そしていよいよ本格的な施術が始まる。
 背中に数滴オイルを振り掛けた後、それを十本の指先で伸ばすように彼女は動き始めた。

(ああぁぁ……!)

 自分の筋肉がギュッと縮こまっているのを感じていた。

「ほらぁ、もっと……力を抜いて?」

「は、はひ……ぃ」

 情けない声をあげつつ、美しい指で体の筋を揉み解されていくうちに、次第に眠気を感じ出した。







「あ、あれ……ここは……」

 眠気に身を任せつつ、うっとりしながらまぶたを開けてみると、部屋の中が先程とは違う様子になっていた。
 まずカーテンがない。そしてアロマの香りが強い。周囲には煙が立ち込めているようだ。
 それにうつぶせだったはずなのに、天井を見上げている自分に気づいた。

「そうですね。夢の中です」

 聞き覚えのある声は夢香さんに間違いない。
 だが彼女は水着姿になっていた。

「こちらのほうが私にとっては好都合……だって、このまま貴方の魂に触れることが出来ますから」

 微笑を浮かべたまま彼女が指先を伸ばす。
 人差し指が右の乳首に触れた途端、ピリッとした電気のような刺激を感じた。

「んああっ!」

 反射的にのけぞる。
 それなのに手足はピクリとも動かなかった。
 痛みというよりも快感に近いそれに対して、自分で身動きが取れないのは屈辱的だった。

「どうです? 気持ちいいでしょう」

 人差し指が舞い降りた傍に、中指、薬指が順番に増えてゆく。
 淫らな指先ですっぽりと多い尽くされたペニスには絶え間なく蕩けた快楽が流し込まれる。
 いつしか彼女の手にまとわりついたアロマオイルは粘液のように変化していた。

ニュルッ……

「あっ、ああぁぁ!」

 手のひら全体がクルリと翻り、満遍なく肉棒が刺激される。ヌルついた何かを薄く引き延ばされる。
 続いて乳首を弄ばれ、それから臍や脇の下へも指先が侵食してきた。

 急激に恥ずかしさがこみ上げてくる……それなのに、だらしなく寝台に投げ出された手足は小さく痙攣するだけで、抵抗らしい抵抗も出来ない。

「魂を柔らかくされて、優しく甘やかされたら……抵抗できる男性など居りませんわ」

 耳に染み込んでくる静かで艶やかな声に惑わされながら、この時になって自分がとんでもない場所へ足を踏み入れてしまったと感じても、すでに手遅れだった。

「も、もういいっ! 離してくれ。おかしくなるううぅぅ!」

 快感と同じ量の恐怖を感じながら、みっともなく叫ぶ。
 その悲痛な声が数秒後には快楽に染まる。

 それでも彼女はゆっくりと指先を動かし続けた。
 じわりじわりと獲物の体を包み込むように。

 雑居ビルの一室で、ゆっくりと時間をかけて、抵抗する魂が懐柔されてゆく。




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