『研究会へようこそ』






 もうすぐゴールデンウィークに突入する。
 この学園に入学してから一ヶ月が経とうとする中、僕はぼんやりと教室の隅を眺めていた。

「はぁ、結局決めきれなかった……」

 また一つ溜息を生産する。よくよく考えればもっと焦るべきだった。
 入学初日から色んなサークルや部活に勧誘されていい気になっていた。
 それが今ではどうだ。誰も僕に声をかけてくれない。
 ぼっちだ、ぼっちメシ確定だ。
 そのうち僕は教室にも居られなくなり、寂しくどこかで毎日昼休みを過ごすことになるんだ。

「あああぁ、いやだ! こうしているうちにもどんどん友達格差は広がる一方だ。どうしよう」

 そしてまた一つ溜息を生産してから目を伏せた。
 その時、窓の外から一枚の紙が舞い込んできて、僕の横っ面に張り付いた。

「なんだこれ?」

 それは黄色いチラシだった。
 サイズはB5……特に考えもせず文面を読み取る。

「催眠誘惑研究会……ははっ、アホらし……ぃ」

 未知の世界へいざないます、と書かれている怪しげな勧誘のチラシ。
 僕はそれを丸めて教室のゴミ箱へシュートしようとして、手を止めた。

「ま、まあ覗くだけなら」

 妙に気にかかる。それにどうせ暇なのだ。
 放課後僕はそのチラシに書かれた場所へと足を運ぶことを決意した。




 僕にとっては初めて足を踏み入れる場所だった。
 科学室や調理室があるという特別棟の二階。
 その一番端の方に「催眠誘惑研究会」はあるらしい。あった。見つけた。

「ここか。失礼しま――……誰も居ないのかな」

 ドアに鍵はかかっていない。そして電気もついていない。
 照明のスイッチを探し、泳いだ手が突然ギュッと握られた!

「わっ!」
「ぎゃああああああああああああ!!」

 絶叫と同時に部屋が明るくなる。
 目の前には緑色のリボンをした上級生の女子がいる。
 ふわっとした肩ぐらいの長さの髪と、強気な視線……第一印象で、割ときれいな人だと思った。

「う~~ん、いい反応ね! キミ、素質あるかも」
「なんですかいきなり!」
「少しお話しよっか。そこ座って?」
「は、はい……」

 言われるがままに椅子に座る。
 少し狭い部屋だと思って尋ねてみると、ここは教科準備室だと教えてもらった。

「私は二年生の上野々宮ノノ。たぶんキミの上級生ね。ところでお名前は?」
「小日中です……」
「こひなか? 下の名前は?」
「源蔵……ううう、言いたくなかったのに!」

 恨めしげな目で彼女を見つめるが、全く意に介さずにこちらを見下ろしている。
 古風すぎてコンプレックスと言うよりもトラウマになっているのに、いきなり初対面の綺麗な上級生にフルネームを言わされてしまった。

「あはは、いい名前じゃない! 催眠誘惑研究会へようこそ源蔵! あなたは記念すべき5人目の入部希望者よ」
「こひなかでおねがいします。それにまだ何も言ってないじゃないですか……」
「ふん、それは嘘ね」
「えっ」
「もうね、ここに来た時点でキミは私達の活動に興味を惹かれてる」
「!!」

 図星だった。だがこのまま全て言いくるめられるのも癪だと思う。
 その気持を感じ取ったのか、上野々宮センパイは少し表情を和らげた。

「まだ信じてないんでしょ。わかるわ。じゃあ試してみよーか?」
「何をですか……」
「キミは疑ってる。自分が催眠とか誘惑、そんなものにかかるわけがない。言葉じかけの嘘っぱち、かかったふりすれば相手が喜ぶ茶番劇……」
「そこまでは考えてませんけど! でも、ま、まあそうかも知れませんね」
「私はそういう人を待っていたのよ」
「なっ……」

 本心を言えば落ち込むかと思ったら、逆にセンパイは嬉しそうな様子で僕が座っている目の前に腰を下ろした。

「だから試してみましょう? 意志の強さ……ううん、そんなの関係ない。催眠耐性ってやつね!」
「催眠耐性……?」
「そ、試してみて耐性があれば、それはそれでキミ自身のことが一つわかるわけで有意義だし」
「あの、もし耐性がなければどうなるんですか?」

 素朴な疑問だった。
 しかし聞いておかないと、後で大変なことになるような気がしたのだ。

「特に害はないわね。貴方はここで起こったことを全て忘れる」
「そんな事ができるのですか!?」
「できるよ。たぶん」
「怪しい……」
「別に全部信じろとは言わないけど、一つだけ言っておくわ」

 有無を言わさぬ口調だった。
 センパイは僕の肩に手を置いて、視線の高さまで合わせてから静かに口を開いた。

「こひなかクン……私の目を見なさい」
「な、なっ……!」
「透き通った瞳の中に私の姿を一生焼き付けてあげることもできるんだよ。魔術師を舐めないことね」
「まじゅ、つし……」

 どう考えてもやばすぎる、この人綺麗だけど普通じゃない!
 きっとそれは僕じゃなかったとしても、この状況なら皆が感じることだと思う。

 しかしその時の僕には気付けなかった。
 この部屋に入った時点で、既に僕の心は彼女の手のひらの中であったということを。




(つづく)














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