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第二話





 ここはデモンズパレス。世界を乱す魔王の城。
 その入口から数百歩も進まぬうちに、俺の背筋に悪い汗が流れた。

 第六感と呼んでもいい何かが俺を惑わせる。
 この先へ無闇に突入するのは危険すぎる。

「嫌な予感がする。周囲に気をつけて!」

 背中を預けるパーティー全員に声をかけると、皆静かにうなずいた。

 この編成はいわゆる回復パーティだ。
 僧侶二人と魔法使い、そして勇者である俺……
 攻撃力と引き換えに粘り強さを武器にしてここまで進んできた。

 おかげで全員無傷に近い状態だ。
 このままの状態をキープして突き進む。

 そしてついに回廊を抜け、広間に出た。

「よし、何事もなく……ハッ!」

 振り返った俺は青ざめる。

 いない。
 僧侶二人と魔法使いが忽然と姿を消した。

 慌てて全力で周囲の索敵を行う。
 反応は、ない……。

「皆どこへ消えたんだ!? クソッ、一体何が起こった……」

バタン!

 突然背後のドアが閉まり、辺りがぼんやりと暗くなる。
 しかしすぐに明るさは戻り……いやさっきよりも明るくなった!

「なんだ……まさかこれは!」

 桃色に照らされた室内の壁は不自然な明るさだった。
 そこへゆらりと人影が浮かび上がる。

「ふふ、ひさしぶり。夢の世界へようこそ、勇者クン♪」
「お前、俺を知っているのか?」
「ずいぶんたくましくなったんじゃない? けっこうレベルも上げてきたみたいね」

 人ではなかった。こいつはおそらく淫魔だ。
 男女問わず人間をたぶらかし堕落させる低級悪魔……のはずだが、何故か緊張する。
 手元の剣で一閃すれば存在を消せると思うのだが体が動かない!

「は、はなれろ! 馴れ馴れしいッ!!」
「なれなれしい? ふふ、そうかなぁ?」

 身動きできない俺にふわりと近づき、淫魔は首に腕を回す。
 芳しい香りに包まれて戸惑う。
 愛らしい顔がこちらを見上げてくる。

「だって、私はキミのこと、よ~~~くしってるんだもの」
「見え透いた嘘をつくな! 俺はお前のことなんか知らないぞ!」
「嘘をつくな? クスッ、本当にそう思ってるんだ……」

 次の瞬間、青っぽかった淫魔の瞳が桃色に変化した。
 その瞳の中に浮かぶハート型の瞳孔に見つめられているうちに、体の奥がムズムズしてきた。

「な、なんだこれ……体が……ぁ……」

 流石にこのままではやばい。やられてしまう。
 そう思った俺は奥歯の奥に隠しておいた万能薬を噛み砕く。
 頭の中が瞬時にクリアになって、考えるより先に淫魔を突き飛ばした。

 そして無言で勇者の剣を力いっぱい振り抜いた!

ザンッ……

「なにっ、これは……!」

 切り裂いたのは淫魔の影だった。そして背後からねっとりと甘い声でささやかれる。

「じゃあ、思いださせてあげる……それっ!」
「なっ!!」

ガシャンッ……

「簡単にうしろを取られちゃだめよ?
 相変わらずこの動きにはついてこれないみたいだね」

 一瞬で俺の背後に周り、手首を捻り上げた淫魔が笑う。
 自慢の剣は地面に落ちてしまった。
 しかもこの淫魔、すごい力だ!

「馬鹿な、こんなことが……!」
「いまさら慌てても駄目。もう手遅れだよ?」

グキィッ!

「ぐあああぁぁっ!」
「ほぉら、お姉さんの目を見て……じっと見つめるんだよ~」

 淫魔は俺の体を無理やり自分の方へと向けた。
 まるでダンスパートナーのように俺の体を抱き寄せながら、俺の顔を覗き込んでくる。

(きれいだ……)

 桃色の瞳に見据えられ、俺は思わずそうこぼした。

キイイィィィン……

「あ……ッ!」
「ふふっ、どう? 思い出してきたでしょ」

 耳をさくような高音が、数秒間鳴り響いた。

 そして俺は全てを思い出した。
 淫魔は、リムカーラは妖しく微笑みながら指先を伸ばして、俺の首筋をツツツ……となぞる。

「キミにあげた首輪、ちゃんと身につけてくれてたんだね。嬉しいな♪」
「や、やめろ……首輪なんて、あっ!
 なんだこれ、嘘だろ、俺はどうして今まで気づかなかったんだ……」

 パニック状態の俺をリムカーラは楽しそうに見つめている。

「こんな首輪知らない?
 ふふっ、そうね……だってそれ、普段は見えないようにしておいたから」

 彼女の指先が空中で円を描く。
 すると、確かに掴んでいたはずの首輪の存在が全く感じられなくなった。

「リム、カーラ……お前の仕業なのか」
「そう……私の魔力で隠しておいたんだよ♪」

 指先をパチンと鳴らすリムカーラ。
 再び首輪が俺の喉元を締め付ける。

「もっとよく思い出して……あの日、私にされたことを……」
「あ、あああああぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」

 両手で首輪を掴み、外そうとする俺に対してクスクス笑いながら彼女は続ける。

「キミは拘束されて、解放された。
 でもその時に私に烙印を押されたの」
「拒否だ! 拒絶する、そんな話は信じられない……こんなの何かの間違いだ!」」
「身に覚えがない?
 ふふ、否定しても、その首輪が何よりの証拠だよ」

 優しい口調の淫魔の言葉に打ちのめされる。
 首輪は確かにあるんだ。
 そしてここはおそらく夢の世界……いつの間に引きずり込まれた?

「地上に戻ったキミは前よりも強くなったんじゃないの?」
「ッ!?」
「女の子たちや魔物からの誘惑にも耐えきって強くなれた。なぜだと思う?」

 確かにこいつの言うとおりだった。
 俺は強くなった。効率的に動けていた気がする。
 レベルもたくさん上げた。
 新しい仲間も増やした。

 まるで何かに導かれるように。

 だがそれらの理由を答えられない。
 俺のそばで淫魔がニヤリと微笑んだ。

「私以外の女の子には魅力を感じないように呪いをかけておいたからだよ♪」
「のろ、い……ううっ、頭が……ァ!」
「信じられないって顔してるけど、思い出してきたでしょ?
 今からその封印を解いてあげる」

 美しい指先が俺の顔を撫でる。
 この感触には覚えがある。
 逆らえない……そよ風のような手付きで撫でられて、陶然としてしまう。

「やめ、ろ……これ以上、俺に近づくな……ぁ……」
「怯えなくてもいいじゃない。元に戻るだけなんだから」

 必死に抵抗する俺を楽しげに見つめながら、リムカーラは小さくなにかの呪文を詠唱していた。
 つややかな唇が蠢くたびに心臓のドキドキが増えていく。

「私にとらわれて、エッチな記憶を植え付けられた可愛いキミに戻るだけなんだから」
「も、もどる……い、いやだ! うああああああっ!!!」
「んふ、戻してあげるよ……
 初々しくて情けない、私の勇者クンに」

 強気な瞳に見つめられると抗えない。
 美しい指先は首筋をなぞり、浮かび上がった首輪をゆっくりと撫でつつ魔力を注いでくる。

 じわじわと首が熱くなり、頭の中も蕩けてくる。
 そして――、

「ひゃああああっ!?」
「こうして首輪の宝珠に触れてあげれば……ほぉら、復旧完了♪」

 すっと離れた指先が物語る。
 そして俺の頭の中には、はっきりと彼女の存在が蘇った。
 与えられた快感も、唇の感触も、あの日のすべてが!

「嘘だ、こんな事があっていいはずは……」
「くすくす♪ 今回も討伐失敗、残念ね?」

 片方の手を腰に当てながら彼女は笑う。
 その姿に見とれてしまう。
 悔しいけど可愛い……

「せっかくお仲間まで連れてきたのに、みんな仲良く同じ罠にかかっちゃうなんて」
「くそっ、全部お前のせいじゃないかっ!」
「もしかして勇者クンが私のために騙してくれたのかな?」
「違う、違うんだ! そんなわけあるか!」
「クスッ、首を横に振っても手遅れだよ~
 どうする? このままみんなで全滅しちゃう?」

 不意に冷酷な表情になるリムカーラを見て状況を察した。
 ここは夢の世界で、俺の仲間もすでに同じように夢にとらわれている。
 その中でリムカーラになぶられている……おそらく間違いない。
 こいつならこの程度のことはやるだろう。想像に難くない。

 俺は膝をついて頭を下げるしかなかった。

「やめて、くれ……皆を助けてくれ……」
「へぇ、助かりたいんだ。なんだかお姉さん、感動しちゃうなぁ」

 クスクス笑いながら、リムカーラは右足の先を地面と俺の顔の間に滑り込ませた。
 そしてつま先で顎をくいっと持ち上げ、俺と視線を合わせる。

「でもね、それならもっと可愛くおねだりしてくれないと、イ・ヤ・♪」
「なんだと……俺に何をしろと言うんだ!」
「土下座されても嬉しくないもん。
 もっと他の何かじゃないと釣り合わないよ」

 トロンと潤んでいる瞳が欲しているものは何だ?
 数秒間考えた末、俺は一つの結論にたどり着いた。

「まさか……!」
「わかるよね? そう、私に精を捧げなさい」
「しかし、そんなことをしたら……いや、できるはずが……」

 俺がこいつになぶられているところを仲間に知られたくない。
 だがそんなことを言ってる場合では……、

「他の人間は地上に送り返したわ。ここには私とキミだけよ」
「!?」

 俺の迷いを察したのか、リムカーラはそう言い放ってニコリと笑った。

 気づけば俺は立ち上がっていた。
 そして棒立ちの俺に寄り添いながら、リムカーラは美しい手でペニスをそっとつまんだ。

「な、なにを……?」
「一瞬でイかせてあげる。
 私の手がキミを包み込んだら、イくのよ?」

 指先がゆっくり肉棒を包もうとしてくる。
 一本、二本、三本目の指が絡んだところでフル勃起してしまった。

「んはあああああああああああっ!!」

 さらに四本、五本目……完全に包み込まれてしまった。
 まるで全身を彼女に優しく絡め取られてしまったように俺は動けない。

 そして何より、

(きもちいいいいぃぃ! リムカーラの指、なんかつるつるしてて、何もされてないのにっ
 なんでこんなに優しくて、だ、だめだ……自分から腰を動かしてしまううううううっ!!)

 体を抱かれ、寄り添ったままでの優しい手コキに俺は屈してしまった。
 だが動けない。
 首輪に注がれた魔力のせいで金縛りになっているようだ……

「ほら、3……2……1…… ぎゅううっ……イけ♪」


ビュクウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!

 優しく数回上下にしごかれただけ。
 親指と人差指が作り出したリングに亀頭を通され、ニュルニュルにされただけ。

 優雅に小指を立てたリムカーラの柔らかい手コキに、ペニスはあっさりと白旗を上げてしまったのだ。

「んふああっ、あああああああああああああああ!!!」

 俺は背筋を反らせて快感に咽び泣く。
 やはりこの光景は仲間には見せられない。
 勇者として、人間として失格なのだから。

 だがそれが気持ちいい! リムカーラにあっさり搾り取られたというのに、心臓を中心にして全身がジンジン痺れて心地よくてたまらない。

「ふふっ、力抜けちゃうね?
 じゃあこのまま・・・ぱちんぱちん、と♪ これでよし!」

 恍惚としたまま脱力しっぱなしの俺の手を握り、リムカーラが何かを差し込んできた。

 それは首輪だった。
 左右の手首に輝く隷属の証を見て俺は正気を取り戻す。

「あっ、なんだよこれ……と、とれない!?」
「勇者くんの両手に、かわいい首輪をつけちゃった♪」

 ケラケラ笑いながらリムカーラが俺に軽くキスをしてきた。

「今回はこれで許してあげるよ。ただし……
 お仲間にはこのことを話しちゃ駄目。」
「っ!!」

 反抗する気持ちが芽生えた瞬間、時間差でキスの感覚が蘇ってきた。
 心が甘い香りに包まれる。そしてまた、脱力してしまう……

「それと、次にここに来る時はキミ一人で遊びに来てね? ふふふふふ」
「なぜ、だ……」
「ふたりっきりで、お姉さんといいことしてみない?
 キミにとっては気持ちいいだけだと思うよ。だって……」

パチンッ♪

 リムカーラが軽く指を鳴らした瞬間、下半身全体に快感が蘇った。
 ついさっき、無防備に射精してしまったあの甘美な味わいが俺の前進を覆い尽くす。

(だめだ、こんなのされたら……うあっ、あああああああ!)

 悶える俺を見下ろしながら、リムカーラは口元に手を当ててつぶやく。

「もうすでに虜になりかけているんだから♪」
「ちが、これ……は……」
「自分では気づいてないみたいだけど、さっき嬉しそうな顔してたよ?
 だから手首に新しい首輪をはめてあげたの」

 その言葉に俺は首を横に振った。
 屈辱感が強すぎて顔から火が出る思いだった。

「くそっ、なんてことを……こ、このおおおぉぉぉ!」
「それ、人間の魔力でははずれないから無理して解呪しようとしちゃ駄目だよ?
 外そうとすると、呪い返しの罠が発動しちゃうからね? ふふふふふ」

 リムカーラは相変わらず笑いながら俺の体をなでてくる。
 ひんやりとした手のひらが俺の熱を冷ますようにサラサラと蠢く。

(呪い返しの罠って……なんだ……わからない……)

 その心地よさの中で俺は自問自答する。
 この首輪はまずい。早めに除去したほうがいいに決まってる。
 呪い返しというのがフェイクという可能性もある。

「お仲間が快楽で悶えるところが見たいなら、やってみるといいんじゃないかな」

 リムカーラの一言で俺の心が折れた。
 仲間を危険に晒すことなんてできない。

「な、なんて不埒ことを……くっ、しかし……」
「そんなことできない?
 ふふっ、そうだよね。まだキミは勇者なんだから」

 抵抗をやめた俺の体を、リムカーラがふわりと抱きしめる。
 そしてゆっくりと顔が近づいてきて……


んちゅっ……♪

(あああぁぁぁ、なんて甘い口づけなんだろう……)

 唇を奪われるたびに何かを失っていく。
 そしてリムカーラはそれをわかっているから何度も俺にキスをした。

「その清らかな称号も、すぐに剥がしてあげる♪」

レロォ……♪

「んうううううっ!?」

 突然挿入された長い舌に口内を蹂躙され、俺は目を白黒させた。
 淫魔のキス、それもとびきり淫らな味わいの愛撫……
 彼女にしてみればまだ序の口かもしれない性技なのかも……

「次からは本気で遊んであげるからね?」

 たっぷりとキスをされて、骨抜きになった俺を抱きしめながら彼女は微笑む。
 その瞳の奥に俺の姿を閉じ込めながら。






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