『試合直前に控室で誘惑されたせいで実力が出せなくなってしまった男子代表候補のお話 ~後編・試合開始~』





【前回までのあらすじ】

4年に一度開催されるバトルファック選手権。その最終選考となる予選当日、
残り少ない代表枠を勝ち取るためにトールは控室でイメージトレーニングを行っていた。
今日の対戦相手は新人バトルファッカーだと聞いている。
いかに短時間でノックアウトできるかが選考基準となるだろう。
トールは軽い運動をこなしながら相手と自分の勝ちパターンを思い浮かべる。
その時、ふいに控室のドアがノックされた。
試合直前の控室で、トールは対戦相手である樫野ミリアの姉であるマリアの性技で
骨抜きにされかけた状態で試合に臨むのだが……












 会場内に鳴り響くブザーの音がトールを現実に引き戻す。
 無意識にファイティングポーズをとって相手をじっと見つめた。
 トールの動きに合わせて樫野ミリアも構える。

(はじめからマリアなんて居なかったんだ……くそっ、なんてやつだ!)

 あらためて彼女の様子をうかがいながらトールは自己嫌悪に陥る。
 自らをミリアの姉であると名乗り彼を誘惑してきたマリアは、樫野ミリアその人だった。

(控室に来たときはメイクを変えてウィッグでもつけていたのか……)

 混乱が収まらない。
 選手本人なら警備など関係なくコロシアムの地下構内を自由に行き来できる。
 簡単なトリックなのになぜ見抜けなかったのだろうか。

 しかしバトルはスタートしてしまった。
 観客はすでに二人に注目しているのだから気持ちを切り替えねばならない。

 ここで行われるバトルファックには大きく分けて2つの競技法がある。
 ひとつは先攻と後攻を決めて純粋にセックスだけの技量を競うもの。こちらはオンリーもしくはシンプルと呼ぶ。
 もうひとつは打撃や投げや抑え込みなどの格闘で相手の動きを封じつつセックスへ移行するものである。
 こちらをミックスと呼び、性交までの難易度が高く駆け引きを好む玄人向けの内容であると言える。

 そして樫野ミリアはミックスで全戦全勝のルーキーだ。
 普通に考えれば対戦相手に警戒されて当たり前の存在。
 それを無視して単なるテスターとして侮ってしまったのはトール自身の甘さに他ならない。

 だが彼女と対峙したトールは一つの疑念を抱いている。
 ひいき目に見てもミリアの体格は格闘向きではない。
 しなやかな肉体であり女性としての魅力は十分だが筋肉量が足りていないのだ。
 胸は大きめだが全体的に細すぎる。
 ビジュアルが良い女子高生がそのままグラビアアイドルになったような肉体といえばわかりやすいだろう。

 ゆえにトールは確信した。彼女はこの恵まれた肢体を武器にして、すべての対戦者に対して自分と同じような行為を行っていたのではないか。相手の実力を封殺した上で今日までの成績を作り上げてきたのではないかと。

(もしそうだとしたら許せない……今まで敗北した男たちも無念だろうに)

 トールもハニートラップを仕掛けられたことがないわけではない。
 だが本人が試合前に控室へやってくることはなかった。
 それを思うと目の前にいる美少女の微笑みにだんだんと怒りが込み上げてくる。

「トールさん」
「……なんだ」
「試合が始まるまで気づかなかったなんてずいぶん余裕あるのね」

 クスッと笑う彼女を見てトールは拳を握りしめた。
 努めて冷静に振舞うが限度というものがある。
 この相手と先ほどまで体を重ねていたと思うと集中しきれない。

(勝負を汚された……俺も確かに甘かったが、こいつは許せない!)

 恥辱、怒り、自己嫌悪、胸中に渦巻くやるせない感情を闘志に置き換える。
 今なら手加減せずにこの相手にタックルできそうだ。
 押し倒した瞬間に腕の関節を決めてしまうのもよいだろう。
 無意識に背中の筋肉が膨れ上がっていくようだった。

「ふふっ、うふふふふ……」

 そうしたトールの心理状態を見透かしたように彼女がまた笑う。
 その表情はどこまでもかわいらしくアイドルのようだが、今はとてもそんな気持ちになれない。

「トールさんは立ち技中心の試合運びが得意なんだよね」
「……それがどうした」

 彼がぐっと親指に力をかけた前傾姿勢になるのと、ミリアが話しかけてくるのがほぼ同時だった。

「さっきは悪いことしちゃったからぁ、お詫びに付き合ってあげようかなと思って」
「!?」
「ボクシングルールのほうがいいでしょ? 投げも蹴りも使わないでいてあげる」

 ミリアはオーソドックス(=右利き)の構えを見せて、トールを挑発し始めた。
 彼女の言う通りトールは打撃系が得意だ。
 先程までは高ぶった気持ちを解消するために組技を考えていた。

「お前……」
「私なんかにこんなこと言われたらプライドが邪魔しちゃうかな」

 ミリアはゆっくりとステップを刻み始める。
 トントンと上下に体を揺らしたり、トールを幻惑するように左右に体を振り出す。

「好きにすればいい。俺は俺のやりたいようにやるだけだ!」

 歯の奥を噛み締めながら絞り出すように言い放ち、背中を弾かれたように飛び出したトールは一瞬で距離を詰める。

「ちょ、すごっ……きゃああああ!」
「シッ!」

 左の拳を突き出し、すぐに途中で引っ込める。
 フェイントで短距離のジャブを放ってからすぐに右につなげるワンツー。

 あまりにも速い連携にミリアは左足でマットを強くを蹴り、彼と大きく距離を取ろうとするのだが追いつかれてしまう。
 ミリアの左側に回り込むようにしてトールは細かくパンチを散らす。
 そのうちの一発が彼女のガードに掠り、うめき声をあげさせた。

「痛っ……こんなのさばききれない! ボクサーとしては確かに超一流ね」
「そりゃどうも。だがお前もなかなかやる」
「褒められて光栄だけど、私はいいところ一流ってところかしら」
「かもな」

 ミリアは余裕の表情でトールを褒め称え、笑顔さえ見せているものの時間稼ぎをしているのは明白だ。
 彼女の中でファイトプランを修正しているのだろう。
 ただそれを許すほどトールはお人好しではなかった。再び彼が先に動いた。

「シッ、シッ!」

 空気を切り裂くジャブの二連発がミリアの右頬をかすめる。

「嘘、さっきよりも速いッ!」

 慌てて回避行動を取ると同時にミリアがガードを固めるが、トールはお構い無しでパンチを当てにいく。
 衝撃を受け流すように立ち回ろうとする彼女だがそれでもダメージが蓄積されていく。

(わ、私の防御が、はがされてく……)

 このままではジリ貧になると思ってガードを放棄して足を使って逃げる選択をしたミリア。
 そんな彼女を逃すまいとトールはクロスレンジへと踏み込む。

「これでトドメだ!」

 回避不可能な至近距離から拳を当てにいく。もはやどうしようもないタイミング。
 端正なミリアの顔に大きな痣ができてしまうが仕方あるまい。
 ここは神聖なる勝負の場なのだ。相手も覚悟の上だろう。

 だがミリアの表情は全く迷いがなかった。それどころか恐怖もない。
 それを不審に思ったトールが身の危険を感じ取る直前、

ビシイイイッ!

「あ、があああっ!」

 トールの顎が先に跳ね上がった。

(な、なにが……)

 足の裏がマットから剥がされて無重力状態になる。
 リングの天井を見上げる形でゆっくりと背中から倒れていくトール。
 自分の首から上を跳ね上げた衝撃の正体がわからなかった。

「危ない危ない……ごめんね? 約束破っちゃった」

 大して申し訳無さそうな声を聞きながら、トールの背中がマットに付く。
 そして彼が目にしたのは、左足一本で立ったまま制止するミリアの姿だった。

(膝蹴りだと……あ、あの野郎……蹴りは、使わないって、言いながら!)

 未だガランガランと異音がするような頭痛の中、トールは自分がカウンターで膝蹴りを食らったことを思い知る。
 リング上での口約束など何の意味もない。
 少し考えればわかりそうなことだ。
 また自分は彼女に謀られてしまったのだ……。

「でもいいよね? 好きにしろってトールくん言ってくれたし」

 すっと蹴り足を戻しながらミリアは屈託なく笑ってみせた。
 ダウンによるカウントは始まっており、その声がずいぶん遠くに聞こえた。

「ぐ……ぅっ」

 トールの体はテンカウントを拒否するようにほとんど本能で立ち上がった。
 目の前に星が飛んでいるようだ。刻まれたダメージは小さくない。

 そしてファイティングポーズを確認したレフェリーが二人から離れる。
 ミリアは彼の様子をうかがうように軽いジャブを放った。

(くそ……反応が遅れやがる……)

 それほど速くもないパンチだが今のトールにはぎりぎり回避できるスピード。
 ふらつく体のままガードで受けるわけにはいかない。

「私ね、いろんなエクササイズを受けてるの」
「な、なにっ!?」
「エクササイズ。ヨガとか、英会話とかそういうの。毎日忙しいんだよ。その中にキックボクシングも入ってるから」

 ミリアは手を出しながら話しかけてくる。その余裕たっぷりの表情はトールを刺激するには十分で、今すぐにでもお返しをしてやりたいのだが回復が追いついていない。

「まさかそのエクササイズとやらで、格闘技を身に着けたというのか……」
「うん、そーだよ。でも投げ技とか組み合うのは苦手だと思うな」

 先ほどとは逆にトールが回復まで時間稼ぎをする番だった。
 彼にとって屈辱的ではあるが今は仕方ないと割り切る。

(顎に受けたダメージが抜けない。くそ、厄介だな……あの蹴りは決して軽くない)

「じゃあ再開しよっか。超一流のボクサーさんに対して、一流どまりのボクシング技術と二流のキックがどこまでやれるのか不安だけどぉ」

 彼の思惑を見透かしたようにミリアが遠慮なく踏み込んできた。
 まだフットワークが戻らないトールにとってやすやすと距離を許してしまうことは危険極まりなかった。

「くっ!」

 右足を蹴って彼女から離れようとした瞬間だった。

ビシイイッ!

 突然鋭い蹴りが彼の左脛を捉えた。足払いのようなローキックだった。

「くすっ……♪」

 嫐るような目をしたミリアからすんなり逃げ切るのは難しいと判断したトールがジャブで迎撃する。
 完全に手打ちのパンチだが何もしないよりはいい。

「あうっ、こ、この……ッ!!」

パァン!

「ぶふっ!」

 だがミリアはそれすらカウンターを取ってきた。
 トールの左にかぶせるように踏み込んでからの右ストレート。
 さらにフォローの左フック。そしてまた右……
 それらを後退しながらトールはさばき続けた。

(うまく近づけない……フェイントも織り交ぜて、蹴りが来ると思うと攻めきれないぞ!)

ドンッ

 気づけばコーナーを背負わされていた。

「絶体絶命ですね。トールさん♪」

 格下の年下選手、しかも相手は女性である。
 いかに期待の新人とはいえセンパイに対して口にして良い言葉ではない。
 そのたった一言で彼女はトールから平常心を奪った。

「舐めるなあああああああああッ」

 何のモーション(=予備動作)も見せず唸りを上げて振り抜かれた拳。
 それは彼の現状からは予想できないスピードであり、闘志をみなぎらせた一発だった。

 踏み込みは浅くてもキレのある拳がミリアを襲う。
 だが美しい顔に拳が届く直前で、トールの視界が大きく揺れた。

「やあっ!」

 起死回生のパンチをいなし、返し技として腕を絡めて相手のあごに掌打。
 膝蹴りほどでないにしても充分な衝撃がトールの意識を寸断する。

 そこからミリアは彼の腕を取り、腰のバネを効かせて背負い投げをお見舞いする。
 巻き込む速度も乗った見事な投げだった。

ズダァァーン!

「がっ……」

 マットの硬い部分に背中から叩きつけられてトールは息を詰まらせるしかなかった。

「別に舐めてないわ」

 ミリアは小さく舌を出しながら彼を見下ろす。
 怒りに任せて襲いかかって良い相手ではないと、今更ながらトールは考えていた。
 ルーキーとはいえ確かな実力があると思い知らされた。

ワーン、ツー、スリー……

 カウントを聞きながら修正する。
 彼女が色仕掛けでのし上がってきたのだという先程まで抱いていた浅い考えを捨て去る。

フォー、ファーイブ、シックス……

 機械じかけのように体が動き、マットから身を起こし始めていた。
 ダメージは有る。だが未だ動ける。
 その切り替えの早さも彼の持ち味の一つである。

セブン、エイト……

 彼とて一流のバトルファッカーなのだ。
 もはや油断することはないと自分に言い聞かせ、再びファイティングポーズをとる。

 そしてニュートラルコーナーで両腕を広げて自分を見ているミリアに向き直る。

「お前に後悔させてやる。俺を本気にさせたことを!」

 トールの表情にみなぎっている気迫を感じたミリア薄く笑いながら身構えた。

「それは楽しみですね。また投げ飛ばしてあげます」

 レフェリーが試合再開を告げると、彼女がスッと左手を前に出した。
 トールは先ほどの投げを思い出して警戒する。

 彼女の技は合気道や柔術がベースになっているようだ。
 こちらの力を利用して大きなダメージを与えることに特化しているようにも感じた。

(だからと言ってそれがどうした、俺から手を出さない理由にはならない!)

 彼は空手とボクシングを組み合わせた打撃が持ち味だ。
 スピードとパワーなら確実にミリアを上回っているはず。

 その思いを胸に猛然と彼女に立ち向かうのだが――、


「はぁ、はぁ、はぁっ! くそおおおっ」

 拳が空を切る。しかも彼にとって不自然なタイミングで。
 ミリアはトールの動きを見てから対処している。
 それは非常に困難なはずなのに、涼しい顔をしたまま最低限の動きで回避されてしまう。

「なぜ自分の攻撃が当たらないのか不思議ですか」

 気づけばトールの顔のすぐ脇で、ミリアが彼にささやいていた。

「うわあああああああああっ!」

 慌てて拳を振り回すが、ミリアはそれすらもひらりと避けてしまった。
 表情には余裕が感じられる。
 彼女が刻むステップは回避行動というよりは舞踊に似た優雅さを感じさせる。

「まさかお前、こんな短時間で俺の動きを見きったとでも言うのか……」
「ふふっ、違います。でも正解に近いかも」

 ミリアは微笑みながら軽いジャブを数発、トールめがけて放つ。
 それほど威力はない。だがそのうち何発かはもらってしまう。
 トールにしてみれば体を逃した先へ攻撃を置かれているような感覚だった。

パァンッ!

 鼻先を弾かれトールが苦い表情をする。

「ぅくっ……いちいち癇に障る!」

 観客の目には彼が自らミリアのパンチを貰いに行ってるように見えてしまうかもしれない。
 それはこの選考会において大きなマイナスになりうる。

 パンチだけでなくキックも交えた攻防が続く。
 ミリアの攻撃は何発かに一度はトールにヒットする。

「バトルファック協会から指名を頂いてから私はあなたの動きを研究しつくしました。
 少なくとも三週間前までのことならすべてを把握しています」

 ミリアのワンツーを防ぐトール。
 弾かれた勢いを利用して相手に近づこうとするも、危険を感じて踏みとどまる。
 果たしてその顎先を彼女の膝蹴りが通過する。

「よく我慢できましたね」

(やはり俺の癖を……)

 不敵に笑うミリアを見てトールは嫌な気分になる。
 たしかにお互いにフェアな状況ではある。
 トールにしてみても彼女の試合動画を見ることはできたのだから。

「この試合がはじまった当初は激昂したトールさんのスピードに驚かされましたけど、慣れました。
 今はもう、さんざん見てきた動画を目の前でリピート再生されてるようなものですから……あまり怖くないですね」

 さらりと言いのけてみせたが、ミリアの言っていることは容易ではない。
 何度か対戦した相手ならまだしも初めての対戦……
 ここまでイメージを反映させた動きができるものだろうか。

(今の言葉が嘘か本当か試してやる!)

 わずか2秒程度だがトールは気合をためてから右手を前に出し、ミリアの視界をふさぎつつ左手で拳を作った。
 右手を警戒してガードしたり叩き落とした瞬間に左手が彼女の腹筋に突き刺さるというフェイント技だ。

 だがミリアは冷静な表情を崩さず突き出された右手に自分の左手を合わせて彼の体を引き寄せた
 バランスを崩されたトールは前のめりになりながらもパンチを放つが、軽くいなされてしまう。
 それどころか逆にミリアの膝蹴りがカウンターで放たれていた。
 慌てて右側へ体を逃がすトールを見つめながら彼女は言う。

「それ、一年前の試合で見せた動きでしたね。思ったより簡単に対処できました」

 涼しい顔でミリアがトールに言った。

(まずいな……)

 いよいよ彼女の言うことを信じざるを得なくなってしまい、トールは焦りだす。
 さっきカウンターを受けた痛みはすでに回復しているが攻撃手段を封じられた気分だ。

「逆にあなたは私のことを知らなすぎる。負ける道理がないです」

 彼の動きが固くなったのを感じたのか、ミリアは遠慮なく間合いへ踏み込んできた。

「くそっ!」

 トールは再びボクシングの構えをして迎え撃つ。
 立ち技の手数で圧倒するしかない。彼女を近づけてはならない。

「ボクシングルールですか? 付き合いますよ」
「シッ!」

 トールの左ジャブ。すでに回復した後なのでキレのある攻撃なのだが、ミリアは首を軽く傾けただけで避けてしまう。
 だが怯むことなくトールは攻撃を重ねてゆく。

「ふっ!」

 ミリアの拳が右頬をかすめる。
 トールは自分の右に被せられたパンチの軌道を肘でわずかにそらしていた。
 丁寧にブロックしながらの攻防がしばらく続いた。今のところ彼女の蹴りは来ないが警戒を解くことはできない。

「もっと勉強させてくださいトールさん」
「ふざけやがって……」
「ふざけてないですよ?」

 攻防の最中でやり取りされる二人だけの会話だが、ミリアは終始余裕の様子だった。
 その理由はトールの警戒心だった。
 最初の膝蹴りが相手の頭に残っている限り彼女が慌てることはない。

「どうせまた途中でキックを混ぜてくるんだろう?」
「さあ、どうでしょう」

 そう言いつつ彼女が右足で威嚇すると面白いようにトールは反応してしまう。
 だがそれもフェイントとわかった瞬間、トールは今度こそ渾身の一撃を繰り出すために踏み込んだ。

(体ごと当てるようにしてボディに一発打ち込んでやる!)

 呼吸を止めてラッシュを仕掛ける。
 ボディと顔面にパンチを散らしながら相手の動きを封じつつ、必殺の間合いを作り出していく。

 さすがにミリアもこれを全てかわすことは難しいようで、軽めのアッパーや高速ジャブが彼女をガードの上から捉えて動きを鈍らせた。

(ここだ! 決めてやる)

 トールは死角へ回り込むように身を沈め、左足にタメをつくる。
 突き上げるような左アッパーでミリアのボディを狙う。
 この距離、この角度なら間違いなく当たる。
 トールが確信したその時だった。

ビキッ

「えっ、な……ッ!」

 力を溜め込んだトールの体が不自然にぐらついた。同時に彼は鋭い痛みを右のふともも付近から感じた。

「トールさん手加減してくれないから約束破っちゃいました♪」

 悪びれもせずにミリアは言う。
 必殺の攻撃を予測した彼女は、彼の拳が放たれる瞬間に視界に入った右足を攻撃した。
 左のボディアッパーを回避するついでのローキック。
 そのつま先が彼の軸足にめり込み、今まさに悶絶させようとしていた。

「あっ、ああっ、うあああーーーーーーーっ!」
「ふふふ、いい声♪」

 攻撃が完成する直前でチャンスを潰され、しかもダメージを抱えてしまった無念の叫びだった。
 完全に無防備だった軸足への損傷。
 あとは彼女に向かって踏み込むだけだった。

(許さねえ、絶対に倒す! 俺は未だ終わってねえ!!)

 根性でメンタルを立て直したトールが崩れた体勢からパンチを放つ。
 まだ至近距離なのだ。
 当たればそれなりにダメージを負わせることができる。

 だが残念なことに、ミリアも同じことを考えていたのだ。

「そうくると思ってましたよ」

 威力が乗っていないトールのパンチを抱き込むようにしながら、彼女は自ら体を密着させてきた。
 柔らかな感触がトールの分厚い胸板に押し付けられる。
 さらに彼女の手がトールの後頭部を抑え込み、自分のバストへ導いて圧迫する。

(な、なんだっ、おっぱいが――!)

 控室で味わった快感が頭の中で蘇る。
 しかしその魅力的な感触を味わう暇もなく、トールの体は宙に舞うことになる。

「えいっ!」

 相手の視界を塞ぎながらの首投げだった。
 ミリアは彼の自由を奪ったまま自分も回転する。

ドウッ!

 投げうった彼がマットに背中をつけるのとほぼ同時に、ミリアは彼の体に肘を落とした。
 トールは背中への襲撃にプラスして彼女の体重が乗ったエルボードロップを食らってしまった。

「うふふ、きれいに決められちゃいましたね」

 息を弾ませながら彼女は言う。
 観客からしてみれば接戦に見えただろうが、ミリアにとって想定内の展開だった。

 ミリアにとってこの試合は勝ち星に関係ないものである。
 それでも彼女は勝ちたかった。

 若手男子の中でも屈指の実力者である彼を倒すには、激昂させ自分のペースに巻き込むことが必須条件だ。
 でもそれだけでは勝てないと事前に判断したので控室でのハニートラップも併用したのだ。

 ミリアがそこまでした相手は過去の5人の中にはいなかった。

「まだやれますか? トールさん」


 トールは打撃だけでなく投げ技のダメージも加わり深刻な状態だ。

(こいつ、つええ……投げた相手に肘を落とすか普通……)

 にこやかな彼女に恐怖さえ覚える。
 ルーキーながらに勝負の冷徹さを知っているのだ。

 だが立ち上がる。男して負けられない戦いがある。
 一言も発することなく体を起こす。

「すごい……何ごともなかったかのように立ち上がってくるなんて!」

 その様子はミリアですら感動を覚えるものだった。

 肉体でなく魂の力が、プライドが彼を立たせたのだ。



 そして彼が選んだ行動は、


(選択肢)


1・攻め続けて最後に逆転を狙う

2・守って判定で引き分けに持ち込む










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