『屈辱のピンフォール』
こいつはバケモノだ、と桂木は感じていた。インターハイ出場経験すらある桂木である。
少なく見積もっても相手の実力は自分と同じかそれ以上 ――
「なるほど……」
実際にパッと見ただけではただの可愛い女子高生の梨奈だが、その身体は徹底的に鍛えこまれていた。
だからといってボディビルダーのようなごつい身体つきではない。
瞬発力、スピード重視の理想的な体型だ。
目の前のほっそりした体つきの梨奈からすさまじいオーラが漂ってくる。
桂木はさきほどの試合を見ていて、第1ピリオドも終わらぬうちに完敗した3年生男子を心のどこかであざ笑っていた。
(先輩は決して手を抜いてなかったんだ……すみませんでした、先輩)
だがそれは自分の間違いだったと反省すると共に、倒された先輩に対して心の中で詫びた。
お互いにリズムを刻みながらも見えない手の出し合いをする。
梨奈の大きな瞳がこちらをじっと見据えている。桂木は決して目をそらさず、さらに彼女の筋肉の動きにも着目していた。
視線移動ですら立派なフェイントだ。梨奈の目がふっと笑った
「桂木先輩とやる機会ができて光栄です」
「…………」
「こんなに早く、あなたみたいな強い人を倒せるチャンスが来るなんてっ!」
言葉が終わる寸前に桂木の視界から梨奈の姿がフッと消える。
彼女は一瞬でしゃがみこむ寸前まで身体を縮め、その全身の筋力を使って桂木にタックルをかました。
その鋭い動きは先ほどの先輩部員を倒したときとは比較にならないほど速かった。
(……取った!!)
目指すは桂木の左足……一瞬で梨奈は間合いを潰した。
そしてテークダウンを奪い背後を取って1ポイント……のつもりだった。
「お前の力はこんなものか……?」
だが相手を倒すどころか動かせない……そして、頭上から降ってきた声に梨奈はハッとした。
まるで太さ数メートルはあろうかという大木に正面からぶつかったような感覚。
桂木はびくともしなかった。
(な、なんなの!?このタイミングで足を刈られて今まで倒れなかった人なんていないのに)
さすがの彼女も驚きを隠せない様子だ。
梨奈がタックルに移った瞬間、本能的に桂木は右足を後ろに引いた。さらに軸足と上半身の重心をたくみにずらした。
梨奈が突進してくる方向に対して最大の負荷がかかるようにしていたのだ。
「はっ!?」
上半身と腰周りが抱え込まれた感覚で、梨奈は混乱から我に返った。
タックルをがっちり受け止めた桂木が自分を押しつぶそうとしている!!
(まずいわ……この体勢だとスピードは関係ない)
がぶった状態から背後を取られれば自分の思惑とは逆の展開になってしまう。
だがピンチの状態でも梨奈の体は勝利に向かって次の技を繰り出していた。
「むっ!」
桂木が押しつぶそうとした梨奈がさらに身を縮めた。それに加えて左回りに移動して揺さぶりをかけてくる。
「させるかっ!!」
がぶった相手が背筋力で自分を跳ね飛ばそうとするのを桂木は何度も経験している。
この「がぶり返し」がもしも決まれば梨奈に5ポイント入ってしまう。
だがそれは不可能に近い。桂木はこの体勢になって負けたことは無いからだ。
彼は腕の力と重心移動で相手の技をことごとくつぶしてしまう。
それ以前に果たしてこの相手にそれほどの背筋力があるのか?
桂木のちょっとした油断が梨奈を捕らえる力を弱めた。
「はああああぁっ!!」
くんっ!
梨奈は一瞬だけ彼の正面にもぐりこむことができた。
そして左股に絡めた腕の力と背筋力で桂木を跳ね上げる。
「うおおおおおおっ!!」
大技「がぶり返し」が決まる。
このまま背中から桂木をマットに落とせば梨奈の勝ちだ。
しかし彼は上体が浮き上がる直前、右足でマットを強く蹴っていた。
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