『屈辱のピンフォール』










フワリ……

「えっ!?」

 梨奈に左半身を跳ね上げられ、死に体になる直前に自分から桂木は跳んだ。
 空中での彼の体重がゼロになる。

 桂木の首を掴まんと、もがいた梨奈の左腕が空を切る。
 彼女の背中が力強く跳ね上がる力を利用して、桂木は猫のように空中で身を翻した。


(なんとか凌いだ。ここからは――!!)

 勢い良く体を跳ね、上体を起こした梨奈の横に着地した。

 普通なら必勝パターンであるはずの「がぶり返し」を破られ、気持ちを切り替えられない梨奈に向かって鋭いタックルをかます。
 一瞬でさらに低く身を沈め、両足にギュッと力を込めて敵の足を刈りにいく!


「はぁっ!!」

 棒立ちのまま桂木に倒される梨奈。
 ふわり……と宙に浮く体。

「い、いやあああああああああぁっ」

 混乱しつつも背中からマットに落とされないように慌てて身をひねる。
 だがその回避行動もむなしく、右肩がしっかりと地面についてしまった。

(ポイントなんて……!)

 これで確実に桂木のポイントである。
 だが逆にこれが梨奈の頭を切り替えさせるきっかけになった。

 先にポイントをとられたことは悔しいが、ここから得意のグラウンドで桂木をフォールしてしまえば問題ない。
 結果が全てだ。勝てばいい。


(さすがだな……)

 桂木は瞬時に体を丸めた梨奈の反応に舌を巻く。
 男子でもこれほど早く頭を切り替えられる部員はいないかもしれない。

(だが、ここで潰す!)

 それでもひるまず桂木は梨奈の後頭部に右ひじで押さえつけた。
 自分の全体重をかけてグイグイと細い首筋を圧迫する。
 少しでも隙があればそのままひっくり返すつもりだ。

「ううっ、あぁぁ……!」

 梨奈の右頬がマットと桂木の肘に挟まれ激しく擦りつけられる。
 美しい少女の顔が苦痛に歪む。

 だがあと一歩のところで彼女の足がサークルの外に出た。

「ちっ……逃げられたか」

 小さく舌打ちする桂木。
 こうなっては仕方ない。仕切りなおしである。





 悔しさをにじませる彼を睨みつけながら立ち上がった梨奈が口を開いた。

「桂木先輩」

「……なんだ? 試合中の私語は――」


「もう許しません。みんなが見ている前で恥をかかせてあげます」

 静かな口調の中にも確実に桂木への敵意をみなぎらせる梨奈。
 そういえば女子の部長から梨奈は未だ負け知らずだと聞かされていた。


(実際にこの力量ならそう簡単には負けないだろうな)

 立ち会った時からそう感じていた。それゆえに先ほども容赦なく首筋を攻め立てた。

 桂木の執拗な攻めが彼女のプライドを痛く傷つけたのかもしれない。
 それでも後輩相手に気後れする気などない。

 まして相手は女子だ。


「……やってみろ!」

 試合再開の笛が鳴った瞬間、梨奈が飛び込んできた。
 だが腰が立っている。
 これなら容易にひっくり返せる。

 頭で考えるより先に桂木は相手の下半身めがけてタックルをかました。

 まるで梨奈の細い腰に誘われるかのように……




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