『屈辱のピンフォール』









 タックルはレスリングの基本中の基本。
 特に両足タックルは、他の技への応用がしやすく重要な技である。

 桂木はその基本をずっと磨いてきた。
 インターハイ出場の時も、現在の相手である梨奈に対しても記述の出し惜しみはしない。

 腰を落とし、前のめりになりすぎずに相手を見据えたまま両手を伸ばす。
 目指すは彼女の細い腰ではなく、その下で踏ん張っている両足だ。

「当然そう来ますよね」

 しかし梨奈は涼し気な瞳で彼を下ろしていた。

 桂木は目をそらさず思案する。

 そう、当然なのだ。
 レスリングは相手の体勢を如何に崩すか、その崩し合いこそが真髄と言える。

 近距離でも遠距離でもない中間から、相手を一気に引き倒して勝負を決めるためにはタックルが最善手なのだ。

「読み合いとか駆け引きとか、関係無しで……先輩ほどの猛者なら、必ず好機は逃しません」

 梨奈の左足が動く。だが既に遅い。
 桂木の手は、彼女の太ももに届く寸前だ。

「――だからこそ読めちゃうんです!」

ゴギイイィィ!!

「っ、があああぁぁ!」

 次の瞬間、桂木の視界が真っ黒になった。



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