『屈辱のピンフォール』
痛みはそれほど感じなかった。
ただその一瞬、何が起こったのかわからず、桂木の時は止まった。
いや、止められたのだ。
攻め入る余裕を与えず、洗練された動きで相手を捕まえるタックルが炸裂する刹那、梨奈の右膝が彼の顎を跳ね上げたのだ。
基本に忠実な桂木にとって、死角からのあり得ない一撃。
故意に行えば、当然仕掛けた側の反則負けとなるが、梨奈は自然な動作の中にその地雷を埋め込んでいたのだ。
傍目には桂木が自分から膝に突撃したようにしか見えない。
狡猾に仕組まれた罠だった。
その証拠に彼女は詫びる素振りすら見せず、タックル潰しを見事にしてみせた。
気づいた時には梨奈の細い右腕がしっかりと、桂木の首に巻き付いていた。
「う、うおおおおおおっ!!」
慌てて両足に力を込めようとするが、軽い脳震盪を起こした桂木にとって事態は容易ではなかった。
「先輩、酷いじゃないですか」
「な、んだと……」
「可愛い後輩の右足に頭突きをしてくるなんて。半月板損傷でもしたら、どうするおつもりです?」
呆れるほど巧みな演技だった。
思わず被害者である桂木すら、その言葉を信じてしまうほどに。
そして桂木が何か聞き返そうとしたのを遮って、梨奈は言う。
「卑怯な先輩は、このまま上から押し潰してあげますね?」
「なっ……うおっ、お、おお、ぐううううう!?」
未だ力の入らない桂木の背中を、梨奈はグイグイと押し込める。
普段ならなんともない、軽量級の彼女の責めが、桂木の体力回復を妨げる。
「ふふふ、じわじわ嫐ってあげます……」
「!!」
対戦相手にしか聞こえないような声で、しかしゾッとするほど冷酷に梨奈が呟いた。
押しつぶされて両膝をマットに付いた桂木は、背筋力だけで耐えしのぐしかない。
梨奈が右へ寄れば右膝を立て、左に重心を傾ければ即座に左足をと、それぞれ忙しくスイッチする。
タックルを潰された以上、カウンターを狙うしかないのだ。
しかしそれは梨奈も重々承知している。
故に彼女は、桂木の体力を回復させるどころか、根こそぎ奪い取るために左右へ体を揺さぶっているのだ。
そのまま一分が過ぎようとした頃、
「やっぱり先輩は素晴らしいですね」
「はぁっ、はぁっ……!」
余裕たっぷりに梨奈が言う。
桂木の背中をきつく抱きしめ、潰そうとする力は緩めずに。
「仕方ないから、奥の手を使っちゃいますね」
ふいに、梨奈の左手がすっと伸びて……
ちょんっ……
「くあああっ!」
ペニスの先端を彼女の指先が掠めた途端、桂木は反射的に体を震わせる。
「な、なんだ今のは!」
「私、手が長いんです。ほらぁ、今度はこっちを」
ちょんっ……
「うくっ、ううぅぅ!」
またもや桂木の腰が踊る。
その度に首を抱え込む腕がすり替わり、同時に梨奈の胸の膨らみも味わうことになる。
彼は自分の気のせいだと思った。
まさか対戦相手がこんなことをしてくるなんて。
「ふふふ、どうですかぁ? 周りの人には私が先輩の隙を窺って、健闘してるようにしか見えないはずです」
「やめ、ろ……!」
勝負を汚すな、と言いかけたところで彼女の指がさっきよりも深くペニスを抉る。
「う、ああぁ……ッ」
「ねえ先輩、腰が引けてるんじゃないですか?」
「なっ……」
必死で彼女の言葉を否定しようとするが、桂木は既にパニック状態だった。
梨奈の指先が自分の股間へ伸びてくる度に、確実に刻まれる快感。
それがほんの少しの刺激でも、何度も繰り返されれば蓄積されてゆく。
しかし、一分近く彼女に身体を抑え込まれ体力の消耗は激しい。
回復は見込めず、焦りだけが募る。その隙間に快感をねじ込まれたのだ。
「く、くそっ……こんなことが……」
「このまま続けますよ先輩」
桂木の迷いをあざ笑うように、梨奈は指先で軽く先端をノックする。
重心移動によって反射的に桂木が膝を立てた瞬間に、手のひらを滑り込ませているのだ。
「かはっ!」
その淫らなヒットアンドアウェイに、ついに脱力してしまう桂木。
ほんの一秒足らずだが完全に無防備になった身体を、梨奈は余裕を持って潰しにかかってきた。
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