エピローグ 「謁見」





 ここはクリスタルパレス。謁見の間。

 物珍しそうな目で、スライム界の女王・シアノは正面で片膝をついて頭を垂れているライムを眺めていた。
 真紅だったライムのポニーテールは青みを帯びて、赤紫に近い色合いになっている。

「なるほど、道理でおとなしくなっているわけですね……」

 シアノは事前にウィルから一つの報告を受けていた。
 彼女の娘であるライムと、北の大地で暮らしていた双子の妹・ミルティーユが一つになったという知らせを。

 ブルーティアラの特性である「粘体再生」と、水のエレメントに宿る精霊の魔力を掛け合わせて生まれた奇跡。
 それがシアノの目の前で膝をついている彼女なのだ。

 今はライムの肉体に宿っているミルティーユの人格が、こうして表に出ているのだとシアノは理解した。
 常に炎を宿したように赤かった瞳の色も、今では静寂をたたえる湖のように青くなっている。

 左右の瞳の色は赤と青で異なっているが、やがて時間が経てば程よく溶け合って紫色になるのかもしれない。


「あの時はごめんなさい、お母様」

 シアノを見つめ、この上なく申し訳なさそうにつぶやくと、ミルティーユは再び俯いた。
 いかに亡き父の亡霊に操られていたとはいえ、国中を混乱に陥れた事は容易に許されるものではない。

 いずれ断罪されねばならぬのであれば、せめて自分の母の手で……ミルティーユはそう願っていた。
 しばらくの沈黙のあと、シアノは厳かに告げた。

「ミルティーユ、顔を上げなさい」

「はい……」

 ミルティーユが顔を上げるのと同時に、シアノは彼女の顔をふわりと抱きしめる。


「子供のしたことを許さない親など、いるわけが無いでしょう?」

「お母様……でも、でも私、は……ううぅぅぅ!」

 初めての母との謁見で胸がいっぱいなところへ、優しい言葉まで掛けられてしまったミルティーユは感情を抑えられない。
 震える手で母に抱きつきながら、子供のように声をあげて泣いてしまうのだった。


「貴女の罪は私の罪。人間界へは私が赴きます。だから、笑って。お願いよ? ミルティーユ」

 シアノの言葉にミルティーユはぎこちなく笑顔を作って見せた。

(うわ、可愛い……ッ)

 付き添い役として、ミルティーユの傍にいたウィルは思わず自分の目を疑ってしまう。
 ライムと同じ肉体なのに、こんなに可愛らしい雰囲気を醸し出せるものなのだと素直に感動してしまったのだ。


「ウィル殿も見とれてないで、こちらへおいでなさい」

「は、はいっ!」

 スライム女王の言葉を聞いて彼も我に返る。

 だが身を硬くしたウィルに向かって、シアノは深々とお辞儀をして見せた。


「まずはお礼を言います」

「シアノ様! いけませんっ」

 女王の行為をとがめたのは側近であるルシェだった。
 淫界参謀という彼女の役割からすると、それは当然の成り行きだった。

 どの世界でも、その地を統べる王の頭が下に向いてはならないのだ。


「いいえ、これはライムとミルティーユの母として……恩人に敬意を示しているだけです」

 シアノとて、もちろんそれは重々承知の上でのこと。
 むしろルシェが自分をとがめたことを彼女は嬉しく思っていた。
 参謀としての役目をじゅうぶんに果たしたのだ。


「……御意。私は下を向いております故、これより先は何も見えません」

 ルシェはそれ以後、目を伏せたまま何を言わなくなった。
 ほんの少しだけ口元が笑っているように見えるのは、おそらく気のせいだろう。

「それで結構よ」

 シアノはそう言ってから、再びミルティーユに向かい合う。


「ミルティーユ、ライムはそばにいるのかしら?」

「はい。あ、いいえ!」

「うん?」

 肯定した後に一瞬で否定する様子を見せた娘に対して、シアノは小さく首を傾げてから次の言葉を待った。


「あの、ライムお姉さまは眠っている、という事らしいです……寝息も、たててます……」

「嘘をつくのが上手じゃないのね。可愛いわ」

 ミルティーユが視線を泳がせながら言葉を選んでいるのを見て、シアノだけでなくウィルまでも思わず笑みを浮かべた。


「あっ、ええとですね、ヤキモチを焼いてるみたいです……」

「ふふふ、では時々でいいから、ライムを呼んで頂戴。一緒にお話したいわ」


「わかりましたお母様。では早速ライムお姉さまと替わります」

(でもその前に……♪)

 ライムと意識が切り替わる直前、ミルティーユはウィルにそっと唇を重ねた。



 数秒後。


「あ、ああああぁぁ! ミルったら、何やってんの!?」

 完全に人格が入れ替わった瞬間、突き飛ばすようにしてウィルとの距離を広げるライム。

「これじゃあ私が、キ、キス、おねだりしたみたいじゃない!!」

「ちょっとドキドキした……いつもこうしてくれればいいのに」


「す、するわけないじゃない! ウィルの馬鹿ッ、バカーーーーーァァ!!」

 顔を真っ赤にして事実を打ち消そうとするライムを、シアノだけでなくウィルもルシェも興味深げに見つめている。


「いつまでも嬉しそうにしてるんじゃないわよッ、ウィル! お母様もルシェも、ニヤニヤするなああぁぁぁ!」

「あーぁ、ミルのほうが素直で可愛いのにな~。そこはお姉さんとして見習えばいいのに……」


「うるさーーーーーーーーーい! 私と妹を一緒にすんな! そんなに妹って響きが好きかコラアアアアアアアアア!!」

 ひとしきり暴れてから、おとなしくなったライムにウィルは微笑みかける。


「おかえり、ライム。会えて嬉しいよ」

「た、ただいま……くっ、なによ、これ……すっごく恥ずかしぃ……」

 妹のいたずらとシアノ達が送る好奇の視線に、とうとう耐えられなくなったライムは、両手で顔を隠しながら、その場にヘナヘナと座り込んでしまうのだった。







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