『セブンファイルズ プロローグ』



 僕の名前はリノア。
 リノア・ライド。職業はレンジャー。レベルは75。
 宝箱の解錠や罠の探索などが主な任務だ。

 二年前のあの日、勇者アドムフに城下町の酒場でスカウトされてから冒険を続けてきた。
 彼とその仲間たちと共に長い旅路を経て、やっとここまでこれた。

 そして今、最後の敵が待ち受ける迷宮奥深くで、魔王の側近であるサキュバスと対峙していた。


「逃げ足だけは一流ね……じっとしてなさい! 氷漬けにしてあげる」

 サキュバスが呪文を唱えると、その背後に無数の氷のつぶてが浮かび上がった。
 それはあっという間に拳の大きさにまで膨れ上がり、すごい速さで僕の方に向って飛んできた!

「ちいっ!」

 素早く身体を左右に振ってよける。
 これはただの氷ではない……触れたら瞬時に全身が凍りつくほどの魔力が上乗せされている。

「ほらほらほらぁ!」

 激しさを増す攻撃を、決して触れることなくひたすら回避する。
 僕が立っていた場所を氷弾が打ち抜く。

 思ったとおりだ……触れただけで地面が凍てついてゆく!


「あははっ、何もできないじゃない!」

 得意げに笑うサキュバスの攻撃をかいくぐって、やつの懐に飛び込む。


「燃やせ、サラマンダー……!」

 そして素早く腰から短剣を抜き取り、サキュバスの胸をめがけて一気に振りぬく。

 シュパアアァァッ!

 鞘から引き抜かれた短剣が描く軌跡上に青い炎がほとばしる。

「くっ!!」

 あわてて身をそらすサキュバス。
 魔王の側近だけあって、さすがに反応が早い。
 胸から肩までをバッサリと切り裂くつもりだったが、絶妙な体裁きで回避されてしまった。

(しかし……傷は負わせた!)

 この一撃に手ごたえを感じたので、僕は射程距離の外に飛びのいた。
 サキュバスは左腕をだらりと垂らしてこちらを睨んでいる。

 魔力を帯びた刃が敵の左腕を鋭く引き裂いた。
 サキュバスなどの高等魔族は表に出ている肉体と、隠れている精神世界の肉体の両方を同時に攻撃しなければならない。
 確実にダメージを与えるには強力な魔法か特殊な武器が必要になる。
 特殊な武器とは、神の祝福を受けたものや、魔力を内包する製法のものに限る。


「よくも……この私にいいいぃぃぃ!」

 サキュバスが美しい顔をゆがませて怒り狂っている。
 僕が手にする「サラマンダー」は、刀身は短くても伝説の魔剣の一振りだった。
 傷を負わせた相手を無条件で炎に弱い体質に変えてしまう。
 それだけでなく、開いた傷口を瞬時に焼いてしまうのだ。
 普通の武器と違って、いかにサキュバスといえども瞬間回復できない傷を負わせることができる。

 そして僕の戦い方は常にヒット&アウェイを貫いている。

 それが僕の師匠の教えだから……。



「この私に傷を負わせるなんて……まさか脇役のボウヤがここまでやるとはね」

「……」

 僕は眼を逸らさない。「脇役」の僕に追い詰められて苦しそうな表情をするサキュバスを見続ける。

 手傷は負わせたが、こちらにも余裕はない。

 4人パーティーのうち3人がすでに床に伏しているのだ。

 僕を睨むサキュバスは美しく、桁外れに強い。レベルはともかく、特殊能力が厄介だ。
 真っ赤に燃える瞳や人間ではありえない白さの肌……そして整った顔立ち。
 容姿に似合わぬ俊敏さと、誘惑を主体とした時間稼ぎ技。
 アドムフたちが倒れるまでの数ターンの間、僕は様子見に徹していたので奴の力が良くわかる。
 長い時間をかけて蓄積された魔力は普通の人間では太刀打ちできない。

 特にあの「魔眼の誘惑」のせいで、矢面に立つアドムフが深い眠りについてしまった。
 続いて賢者と魔術師も倒され、ついに僕一人になったのだ。


「回復する暇なんて与えないからな……覚悟しろ、サキュバス!」

「生意気な……!」

 僕の言葉にサキュバスの表情が凍りついた。
 傷口を押さえる右手が淡く輝き、回復の光を放つ。

(もう回復しやがった!)

 今回のクエストで、僕はあくまでも補佐的な立場だった。
 レンジャーという職業上、僕は誰よりも早く動くことができる。
 瀕死の仲間を回復させたり、軽い先制攻撃を入れるのも僕の役目ではある。
 それでも立場としてはあくまでも勇者のサポートだけに徹するつもりだった。

 アドムフは初めから見抜いていたようだが、僕は普通の人間じゃない。
 それは瞳の色を見てもらえばわかると思う。

 僕には……忌まわしいバンパイヤの血が流れている。

 それゆえにサキュバスの魔眼も無効化できるわけだが、仲間として、人間として認めてもらうには隠しておきたい事実だった。

 このパーティーは僕以外のメンバーも強かったし、レベルも低くない。
 このまま最後のボスも力を合わせれば倒せると思っていた。

 だがボスの一歩前で、サキュバスの魔眼のおかげで状況は変わった。

 そして僕以外は全員気を失っている。

 今なら遠慮なく「力」を解放できる。


「ボウヤ、そこに転がってる勇者クンより強いんじゃない?」

「そんなことはどうでもいい……行くぞ!」

 両足に力をこめる。
 それと同時に歯を食いしばり、意識を集中させる。

――バンパイヤの力を解放する。

 僕の左目の色がシルバーからゴールドに変わるとき、隠していた力が身体中に満ち溢れる。
 見た目の変化は無いものの、肉体は今よりはるかに強靭になり魔法も全てはじき返せる。
 ほんの数秒ではあるが無敵状態になれるといってもいい。
 だが、その力を解放するには数秒間かかる。



「今度こそ……吸い取ってあげる!」
 
 身動きしない僕に向ってクイーンが襲い掛かってきた。
 両手を広げて僕を抱きしめようとするこれは……「死の抱擁」だ!
 その細い腕に掴まれたら最後、身体中の精を吸い尽くされてしまうだろう。


(もちろん待ってはくれない……よな)

 視界がぼやけてきた。
 これはバンパイヤモードに切り替わる寸前だ……しかし僕はまだ動けない。




 ぎゅううっ

「捕まえたわ、ふふふ」

 ひんやりとしたサキュバスの手のひらが僕に触れた。
 甘い香りに包まれ、視界がピンク色に染まる。

 間に合え……間に合ってくれ!!


「綺麗な身体……このまま隅々まで淫気で犯してあげる」

 すべすべの手のひらが衣服の下に滑り込み、身体の表面を這い回る。


「くぅっ……間に合わ……」

「リジェクト……」

 サキュバスが指をぱちんと鳴らした。



 ドサッ……

 鎧のつなぎ目が緩んで、枯葉のようにバタバタと床に落ちる。
 サキュバスの魔力のせいか、あっという間に衣類が剥ぎ取られて僕は全裸にされてしまった!


「たっぷり可愛がってあげる。淫気漬けにする前に骨抜きになるくらいね」

「あふうっ!!」

 サキュバスは裸になった僕の身体をゆっくりと撫で回し始める。
 白い指先が不規則にうごめき、なぞられた跡が火照りだす。

「我慢しても無駄よ。私の手にかかれば……」

「あああぁぁっ!」

 必死にその魔手から逃れようと身をくねらせて見たものの、全くの無駄に終わってしまう。
 サキュバスの長い手足が吸い付くように絡みつき、僕を脱力させる。

 ちゅくっ……

「くううぅぅ!」

「ほら、みつけた♪」

 脇の下をすべる指先が動きを止めた。
 魔性の指先が偶然僕の性感帯を探り当てたのだ。

 つうう〜〜〜〜〜

「っ! っ!!」

 声を押し殺しても身体の震えは止まらない。
 そんな僕を楽しげに見つめながら、サキュバスの愛撫は繰り返される……。

「そろそろ力が入らなくなっちゃうわよ?」

「くそっ、はなせええええ!」

「ふふふふふ……イヤよ。絶対逃がさないわ」

 すでにバンパイヤモードに入っているはずなのに術のかかりが悪い。
 まるでサキュバスの指先が僕の力を……はっ!

「まさかエナジードレイン!?」

「あら、物知りね……ほら、クチュクチュいってきたぁ」

「ぐあああぁぁ」

 僕の身体に快感が流されるたび、その代償として力が吸い取られていく。
 これ以上こいつを強くしてはいけないのに……うくっ……。

「がんばるのねぇ……でも」

 サキュバスは僕の身体を抱きかかえてくるりと振り向かせた。
 僕の眼に映るのは気を失った仲間たち……

「一体なにを……」

「みんなが見てる前で辱めてあげる。軽蔑されまくりね?」

「ひっ!」

 なんて恐ろしいことをこいつは考えるのだろう。
 この僕の姿を仲間にさらすなんて公開処刑に等しい。
 でも今なら魔眼の影響でみんな眠りに付かされているから……


「……ほっとした?」

「はっ!」

 サキュバスがいやらしく微笑んだ。
 そして素早く魔力を片手に溜めて、ペニスを握り締めてきたあああぁぁ!

「今のはフェイント。まんまと引っかかったね……そしてついに気が抜けて隙も出来た」

 ぐちゅうううぅぅ!

「あうっ、んあっ! あはああ!!」

 だらしなく開かれた股間に、サキュバスのなまめかしい指先が踊る。
 僕の意識が仲間に向いた瞬間を見計らって、サキュバスは淫気をペニスに送り込んできたのだ。

「まだまだ許さないわ。だってあなたは私に傷を負わせたのですもの」

「くそっ、こんな……んっ、んぐう!」

 ちゅぷうぅぅ! ちゅむっ、くちゅ……

「おいしい唇……」

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

「反抗的な眼も素敵」

 サキュバスの愛撫は続く。
 悶える僕の身体を押さえ込みながら、丁寧に指先を感じる部分に添える。
 時折耳元や首筋、唇に淫気を含むキスをされると、我慢しきれず声が漏れる。

 ゆっくりと時間をかけて、サキュバスにじわじわと蝕まれていく……。

「ふ……あぁぁ、ん」

「もうすっかり腰砕けね。そろそろおしまいにしてあげる」

 サキュバスがゆらりと尻尾を持ち上げて、僕の目の前で振って見せた。
 少し尖ったその先端はゆっくりと口を開いて、粘液の滴りを見せる。

「や、やめろ……!」

「この中に入れてあげる。それでもうキミは……ふふっ、うふふふふ」

 ふう〜〜〜〜

「ああっ……」

 サキュバスが吐息を吹きかけてきた。
 甘い香りと桃色の霧がいっそう深まり、僕にまとわり付く。


「さよなら、ボウヤ。ひとつになりましょうね?」

 さらにサキュバスは全裸になり、肌の表面から粘液を滲ませた。
 そして僕の身体に重なるようにして全身を包み込んできた。
 いよいよ僕を……食べる気だ。


「……捕まえたよ」

「フフッ、何を言ってるの? 捕まっているのはあなたで、私は……はっ!」

 僕の右手がサキュバスの尻尾を掴む
 その力加減にサキュバスの顔色が変わった。


「お前の精神体も……この距離なら逃がさない」

「なぜこんな力が出せるの?……まさかあなた!」

 僕の瞳に力が宿る。
 ようやくバンパイヤの力が解放できる。
 身体を包む桃色の霧が溶けるように消えていく。

「わ、私の結界が……」

「このままお前を僕の中で浄化してやる!」

 握り締めた尻尾を、さらにきつく捻りあげる。
 僕の手から溢れるオーラが淫気を突き破ってサキュバスにダメージを与える。


「きゃああああああぁぁぁ!」

 これで勝負は僕の勝ちだ。
 さっきまでとは逆に、僕の身体にみなぎる力がサキュバスを捕らえて離さない。
 サキュバスは自分の力では僕の身体から離れられないだろう。


「お、おのれ!」

「たっぷり感じさせてくれるんじゃなかったのかぃ?」

 僕は指先でサキュバスの割れ目をなぞる。

「ひぎいいぃぃっ! な、なんなのあなた……その力はまるで私たちの」

「お前たちと一緒にするな!」

 光る指先でクリトリスをつまみ上げて、力任せにひねってやる。
 この責めは効いている……サキュバスの身体がガクガク震え始めた。

「あぁぁ……認めてあげるわ。でもね、ただでは消えないから!」

「なにっ!?」

 サキュバスは抵抗をやめて、僕の身体にぴたりと張り付いてきた。
 その様子に身の危険を感じたので距離を置こうとしたが、今度は逆に引き剥がせなかった。

「くっ!」

「あなたにあげる……」

 サキュバスの声が小さくなってきた。
 もうすぐこいつを絶頂させられる……勝利は目前のはずなのに、いやな予感が膨れ上がってくる!

「なにをするつもりだ!」

「だからあなたにあげるの……極上の呪いをね!!」

「うっ!!」

 次の瞬間、まばゆい光と共にサキュバスは消えた。
 今度こそ完全にしとめた。
 その手ごたえはあるのに……何かがおかしい!?

(これは淫……気?)

 僕の身体が薄い桃色のオーラに包まれたままだ。
 まるで今もサキュバスが僕を包み込んでいるかのように!

 振り払おうとして腕を動かすと、僕の身体に予想もしてなかった反応が現れた。

「くそっ……動くだけでこんな……!」

 情けないことに身体中が敏感になって、ペニスに快感が流れてくる。
 身体中が痺れてうまく動かせない。呼吸をするだけでも、何かがおかしい……。

「ああぁぁ……これが呪いなのか?」

 視界が桃色に染まりつつある……僕は震えながら仲間たちを見つめる。
 体に残るわずかな魔力を仲間たちの覚醒のために使った。

 やがて魔力が尽きて、瞳の色が金色から銀色に変わるころ……アドムフの身体が動いた。


「うぐ……あっ、おい! リノアしっかりしろよ!!」

「遅いよ……もっと早く起きてくれればよかったのに……」

「悪かったな、それであいつは? サキュバスはどうなった?」

 僕にとがめられても、アドムフはちっとも悪そうにしてない。
 でも、その様子がいつもどおりで……なんだか安心する。


「な、なんとか倒したよ……」

「お前一人で!? やっぱりすごいやつだったんだな、お前」

「うん、なんとか……」

 もう力が入らない。
 僕は天井を見上げるようにその場に倒れた。
 後頭部を床に打つ直前、アドムフが支えてくれた。


「危ないぞ……って、おいっ! なんだこの身体は……リノア! お前、サキュバスに何をされた!?」

「……えっ?」

 アドムフの言葉が遠く聞こえる。
 仲間の声に安心しちゃったせいなのか、だんだん視界が暗くなってきた。

「くそっ、お前も起きろマジェス……」

 あきらかにアドムフが慌ててる。
 まだ意識が戻らない仲間の肩を激しく揺さぶっている。

 なぜそんなに取り乱しているんだろう?
 みんな助かったのに……。

 僕の身体に何かあったみたいだけど……身体中から力が抜けていく。

 なぜか下半身だけが熱を帯びて苦しいけど……もういいや。


「ごめん、アド……」

「こ、こらリノアー!! 待ってろ、回復魔法で……」

 
 珍しく本気で心配してくれてるアドムフの顔を見ながら、ゆっくりとまぶたが下りてくる。

 僕の意識は限界を迎えた。





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