明るい日差しが降り注ぐ部屋の外で、遠慮無しにボクを呼ぶ声がする。

「リノアー、起きろ!」

「う……ん……」

 これはアドムフの声だ。
 寝たふりをしていると彼は間違いなくここまでやってくるので、ボクは重い身体を無理やり起こした。


 先日の戦いは、サキュバスを退けた段階で終わった。

 あの後、気を失ったままの僕を抱えて、魔眼の拘束から目覚めたアドムフと魔法使いのマジェスタ、そして僧侶のミンティアは先へと進んだ。
 迷宮の一番奥、玉座に控えている魔王を倒すために。

 だが、玉座には魔王と呼ばれる存在は無かった。
 玉座に鎮座していたのはミイラと化した魔王の亡骸だった。

 僕たちが突入した時点で、実質的に最後の迷宮を支配していたのはサキュバスだったのだ。
 淫魔にしてはあまりにも強大な魔力を備えた彼女は、おそらく魔王の力を全てその身に吸収していたのだ。

 そして、魔王クラスの力を持つサキュバスにボクは呪いをかけられた……。



「おはようアドムフ! 今行くから待ってて!」

「おー、早くしろよ!」

 とりあえず声でアドムフを制する。
 枕元にあった服に着替えて、階下へと向う。


リノア・おはよう
「おまたせ、アドムフ」

「お、おうっ」

 降りてきたボクを見てアドムフが露骨に視線をそらした。

「あれ? 何かヘンかな……」

 その様子に気づいたボクは両手で自分の身体をポンポンと叩いた。
 もはや戦いは終わったから鎧は身につけていない。護身用のナイフだけだ。
 ちょっと服は大きめだけど、それ以外に別におかしなところは……

「リ、リノア。その……脇の下から……」

「えっ?」

 アドムフが視線を合わさずにボクの胸を指差した。

「うわああぁっ!」

 ふるんっ

 慌てて身に着けたタンクトップの脇から、柔らかそうな胸が見え隠れしていた。
 そうか……以前と同じサイズの服だからこうなっちゃうんだ。


「うううぅ〜〜〜!」

「そんな眼で見るなよ……俺のせいじゃないだろ」

 サキュバスが僕にかけた呪いというのがこれだった。
 僕の意識はそのままに、身体のつくりが女性に変えられてしまったのだ。

 しかも身長も少し低くなって、体つきも全体的に丸みを帯びてる。
 鏡を見て顔立ちが微妙に変わっていることにも気づいた。
 もともと女性っぽい顔だといわれていたボクだけど……本当に女の子になってしまった。
 ブサイクじゃないのが不幸中の幸いだけど、自分が自分じゃないみたいだ。
 それにしゃべり方も声も少し変わってる。

「アアア、アドムフ! 淫らな目でボクを見ただろ!!」

「な、ないない! そんなことはないっ!」

「もうっ……!」

 あまりの恥ずかしさに涙がうっすら浮かんでしまう。
 ボクはジト目でアドムフを見上げた。

 そして見た目だけじゃなく、今みたいに身体の一部を見られるとか……以前は何も感じなかったことがとても恥ずかしく感じるようになった。

「なあ、リノア。元に戻るまで女のかっこうしていたほうが」

「断るッ」

「でもさ、今みたいなことも起きないし……いいんじゃね?」

「うっさい! ボクはボクの好きな格好をするッ」

「お〜〜、こわっ」

 顔を真っ赤にして怒る僕を見てから、アドムフは口笛を吹きながら先を歩き出した。


「やっとだな。今日はリリクスさんが来るらしい」

「そっか……」

 彼が口にしたリリクスさんというのは、ボクらが住むレギンス王国の王宮専属の占い師だ。
 サキュバスがボクにかけた呪いは、王宮の神官たちの力をもってしても解呪できなかった。
 この身体になってから、ひどく疲れるようになった。
 身体的な能力はそれほど下がっていないにしても、力が今までのように出せない。
 もちろん、バンパイヤの力も……。

「アドムフ、ボクの力は封印されてしまったのかな」

「余計なこと考えるな。リリクス様に道を示してもらってから、俺も一緒に悩んでやるよ」

「ありがと……」

「そんなに死にそうな顔するなよ! まるでアンデッドみたいだぜ? 今のお前」

 肩を落とすボクの背中をアドムフは強く叩いた。
 明るく振舞ってくれてるのが申し訳ないけど、少し救われた気持ちになった。

 パーティーのリーダーとしていつでも困難に立ち向かう彼としては、仲間が悩んでいることは決して他人事ではないのだ。
 彼と一緒に組んでよかった、とボクは感じていた。

「ほら、もうすぐ着くぜ!」

 しばらく道を歩いていると、王宮の城門へとたどり着いた。







 衛兵たちはアドムフの姿を確認すると、あっさりと入城を許可してくれた。
 城の中では騎士や貴族たちが次々に挨拶をしてくる。

「おい、リノア……リリクスさんは何色の服を着てるのかな? 今夜のメシでも掛けないか?」

「……黙って歩きなよ、大勇者様」

「なんだよ! 女になってからノリが悪くなったな、お前」

「女になんてなってないっ! ホントに怒るよ!!」

シャキンッ

 ボクの左手がナイフの柄を握るのを見て、アドムフは慌てて前を向いた。
 こんないい加減な風に見えても彼は第一級の勇者だ。
 今までに数々のクエストをこなしている有名人……。
 イライラしながら歩いているうちに王宮の占い部屋へとたどり着いた。



 その部屋はとても薄暗い。
 窓は光を遮る布で覆われているし、内装も深い青を貴重としている。
 部屋の奥には僕たちに背を向けた大きな椅子と机があり、手前には大きな仕切り板がある。

コンコン

 大きな木製のドアを軽くノックしてからアドムフが口を開いた。

「リリクス様、入ります。アドムフとリノアで……」

 彼が全てを話し終える前に、真っ赤な衣装を来た女性がボクたちに向って突進してきた!

「リノアくぅ〜ん♪」

 むぎゅっ!

「や、やめてください! リリクスさまっ」

 長い手が伸びて、ボクを抱きしめてきた。
 ほんのりと漂う柑橘系の香りに包まれながら、何度も頬をスリスリされる。

「やだ、ホントに可愛くなっちゃって……」

「やめ……て、おねがいします」

 耳元に息を吹きかけられると力が抜けちゃう……。
 アドムフと同じくらいの背丈で、すらりとした体系のこの女性こそ王国最高の占い師・リリクス様だ。

「いいからいいから♪ 触らせて〜〜」

 ふにゅふにゅにゅんっ

「ひゃああぁぁ!」

「バストもこんなに柔らかくなっちゃって、お姉さん感激よぉ」

 リリクス様の細い指がボクの胸を揉んだり、乳首をこね回す。
 この身体になってから何をされても感じやすくて……変な気持ちになってくる。

「おねがいします、も、もうボク……」

「なぁに? もっとしてほしいの?」

くちゅううっ!

「あはああぁぁ!」

 彼女の手がズボンの隙間からボクの股間を弄り回した。
 ああ、こんな服を着てこなければ良かった……。

 王様の前では凛とした美しさを崩さず、正確無比な予言と助言で一目置かれる存在。
 それがお城の中でのリリクス様のイメージなのに、なんでボクの前ではこんな風になっちゃうんだろう?

「アドムフ! 羨ましそうな顔してないで助けてよ!!」

「い、いや……このまましばらく」

「アドムフッ!!」

 リリクス様の身体がボクに絡みついている姿を見て、心底嬉しそうにしている彼に助けを求める。
 さすがにまずいと感じたのか、大きな咳払いをしてからアドムフは言った。


「お、おうっ! いかん鼻血が……リリクス様、そろそろいいでしょうか」

「なぁに? アドくん。邪魔しないで? 占い中よ」

「えっ、そうなんですか?」

 その言葉に一歩下がるアドムフ。
 こんな妖しい占いがあって……たまるか!

 しかし、リリクス様の声は真面目だった。

「もうすぐ結果が出るわ……アドくん、あなたが書き留めて」

「は、はいっ」

「84……E……56……」

「転送先の座標ですか?」

「静かにして!」

 ボクの背中がほんのり熱くなる。
 これはきっと占いの結果が出る直前の魔力の解放……疑ってごめんなさい、リリクス様。

 アドムフも占いの次の言葉を待っている。

「86……ちょっと下が大き目かしら……」

「「大きめ?」」

 アドムフとボクが同時に問いかけると、リリクス様がにっこりと微笑んだ。

「そう。リノアくんのスリーサイズ」

「ぶっ!」

 ボクの……サイズ?

「なかなかのスペックですね!」

「そうよね、羨ましいわ!」

「「あははははははははっ」」

 唖然とするボクを放置して、アドムフとリリクス様が談笑している!
 さすがにイライラしてきたぞ……

「リリクスさまっ! 笑い事じゃないですっ!」

「ああ、そうだ。アドくんにいいこと教えてあげる!」

「ほう……なんですか?」

 だめだ、ぜんぜんボクの話を聞いてくれない。
 それどころか、リリクス様は力の入らないボクを正面から抱きしめてきた。

「んううぅぅ、なにを!」

「リノアくんの感じちゃうところは……」

 つつつつー……

「ひゃうううっ!」

「ここよ♪」

 リリクス様の指が背筋をなぞる。
 そのままゆっくりとお尻の方へ降りてゆき、割れ目付近まで何度も指で犯された。
 この動きは……まるでサキュバスの魔の愛撫!!
 軽く抱きしめられているだけなのに逃れられず、ボクの下半身から力が抜けていく。

くちゅ……

「ほらぁ、もうこんなに……」

「やめてぇ……」

「あーあ、もうあそこもヌルヌルね? うふふふ〜」

 ボクを抱きしめたまま、リリクス様は妖しく囁いてきた。
 幸いなことにこの会話はアドムフには聞こえていないようだ。

 そして唐突にボクの身体が解放された。
 すっかりクタクタにされたボクは、その場に座りこんでしまった。

「おおっ……さすがはリリクス様。わかりました。リノアを調教するときに使います!」

「アドムフッ! 調教ってなっ……あああぁぁ〜〜〜!」

「うんうん、感じやすくて可愛いわぁ♪ アドくんがしっかり彼を支えてあげてね? 最初の目的地はドーヴィルよ。これはホント」

 ちゃ、ちゃんと占ってくれてたみたいだ……でもこんな方法を取らなくても!

 ボクが抗議する代わりにアドムフがリリクス様に尋ねた。

「西の要塞都市ですか。ずいぶん遠くですね」

「そうね。でもそこであなたたちは一人の少女と出会うわ。心に傷を持っている女の子よ」

「おお!」

 露骨に嬉しそうな声を上げるアドムフ。
 そういえばクエストの達成よりも女の子との出会いが生きがいだといってたな……。

「彼女の言い分を聞いてあげて。それがリノア君を救うことにもなるわ」

 ようやくボクも呼吸が整ってきた。
 アドムフもリリクス様も真面目モードだ。
 さっきまでとはすっかり様子が違う。
 この人たちって、切り替えがうますぎる。

「ふむ……他には何かヒントはないのですか?」

「今のところはそうね……リノア君の呪いは、ものすごく強いってことかしら」

 それはボクも感じていた。
 先日、王宮の神官たちが数人がかりで解呪しようとしたのに何の変化も現れなかったのだから。

 リリクス様は出来るだけわかりやすく説明すると前置きしてから、ゆっくりと語り始めた。

「魔法陣を使うときに5つ星とか6つ星を描くでしょう? 星を形取る点の数が増えるほど狭い範囲での魔法の強さは上がるの」

「そうなんだ……」

「逆に点の数が減ると、効果は弱いけど魔法の範囲は広がるの」

「そっか! グループ防御用の魔法壁は3つ星……三点魔法陣ですもんね!」

「そういうこと。話を戻すけど、リノアくんにかけられたのは7点魔法陣による淫呪」

「6点魔方陣……あの『六亡星』よりも強力ってことですか?」

 悪の魔術師などが好んで使う術式が「六亡星」と呼ばれている。
 非常に強力なのだが、魂が汚れるという理由で王国内では禁止されている。

「そうね。通称『セブンファイルズ』と呼ばれているわ。サキュバスがかけた7つの呪いのせいで、リノアくんはこれから苦しむことになる」

 7つの呪い……軽い絶望感がボクの心を覆う。
 素直に恐怖心だと認めてもいい。この先ボクに何が起こるのか……それが知りたい。

 しかし、リリクス様が首を横に振った。

「それがなんなのかは……今の私には見えない」

「そうですか……」

 ボクたちが肩を落とすのを見て、リリクス様は小さくため息を吐いた。
 的確な助言で知られる王宮の占い師が、困り果てた者をすくえないということ……きっと彼女だって苦しいのだ。

「ドーヴィルでのクエストが終わったら、もう一度ここに来て」

 しかしリリクス様はすぐにボクたちに向って優しい笑顔を見せた。

 いつだって希望を捨てちゃいけない。
 それが彼女からの無言のメッセージだった。


「はい!」

「よろしい。未来は常に形を変えてあなたたちを導くものだから……」


 とにかく行き先は決まった。
 ボクとアドムフは彼女に一礼してから、お城をあとにした。






「ところでアドムフ……他の二人はどこへ行ったのさ?」

 お城からの帰り道、何気なくボクは問いかけた。

「ああ、あいつらは旅行だ。マジェスタは山が好きだから北国、ミンティア嬢は逆だな」

「な、なに〜〜〜!」

 アドムフは顎の先をポリポリとかきながら質問に答えた。

 それにしても二人とも旅行……ボクがこんな目にあっているというのに!

「ひどいよ……ううう〜〜〜!」

「おいおい、そんなに怒るなよ。俺が勧めたんだ。あいつらもだいぶ疲れてるように見えたからさ」

 悔しくて泣きだしそうな顔をしてるボクを見て、アドムフも慌ててフォローを入れた。


「そっか……そうだよね。皆だって苦しんだんだもんね」

 事情を聞いて納得したものの、少しだけションボリしてしまう。
 仲間だったらこんな時こそ一緒にいて欲しいと思うんだ。
 話し相手になってくれるだけでも気持ちが軽くなるのに……やっぱりボク、嫌われてるのかなぁ。

「はぁ〜」

「心配するなよ! リノアにはなんと言っても俺が付いているからな!!」

「……それ、ちょっと不安かも」

「てめぇ……!」

 拳を振り上げるアドムフを見て、少しだけ気持ちが和む。
 なんだかんだ心配してくれてるんだよね。感謝しなくちゃ。

「でもラッキーだね。ドーヴィルなら行った事あるから魔法で飛べるし!」

「そうだぞ! だから感謝しろよ? リノア」

 アドムフがフフンと鼻を鳴らした。
 空間転移の魔法は王様に認められた勇者しか使えない。
 逆にいえば、彼と一緒にいれば世界中のどこにだっていける。
 得意げな顔をするアドムフを見て、確かに彼に対して感謝が足りないかなと反省した。

「そうだね、ありがとう!」

「んっ、じゃあ旅支度を整えて出発しようぜ」

 僕は自分の部屋に戻ると、いそいそと身支度を整えた。
 一日も早く自分の身体を元に戻す。
 それが今のボクにとっては一番必要なことなんだ。









 アドムフが呪文を唱えた。
 聖なる光に包まれて視界が真っ白になる。
 数秒後、ボクたちは見覚えのある景色を目にしていた。

 ここはドーヴィルの街。世界の西の果て、四方を森に囲まれた要塞都市だ。
 主な産業は武器や防具の製造で、農作物などは全て諸外国から仕入れている。
 この世に争いごとが続く限り繁栄を約束された灰色の街だ。

「ついたね。でもなんだか様子が……」

 街の入り口が妙に煙っている。
 湿った空気だけでなく、どこか不穏な空気が漂う……まるで街が僕たちを拒んでいるようだ。
 アドムフの顔を見ると、すでに戦闘モードに突入していた。
 敵の匂いを感知したときの彼の目……

「リノア、周囲を警戒しろ」

「……了解」

 街の入り口だというのに人がいない。
 噴水に水は流れているが、それを眺める人がいない。
 街のいたるところの戸は開きっぱなしで、締める人もいない。

 そしてボクたちに向けられた無数の殺気がどんどん強まって行く!

「来るぞ……!」

 アドムフがつぶやいた瞬間、正面から3つと、左右から5つ以上の黒い影が襲い掛かってきた!
 霧状の魔物「ミスト」……実体がない厄介な敵がなぜこの街の入り口に!?

「リノア、左だ!」


サラマンダー
「うんっ!」

 魔剣サラマンダーを引き抜いた瞬間、僕の右手全体に精霊の炎が宿る。
 そしてアドムフの指示通り、左にポジションを取った。
 アドムフはボクに背中を預けた。お互いをかばい合う形だ。




 張り詰めた空気を切り裂く高音が背中に聞こえる。アドムフの持つ剣が鞘を走る。
 彼の得意技である「加速剣」の前に数匹のミストが霧散した!

「ギキキャイギイイィィー!」

 勇者の手元で加速された剣先が放つ摩擦熱は魔法使いの炎熱呪文と同じ。
 一瞬で体組織を燃やされ、原形をとどめることができなくなった魔物たちが消え去る。

 アドムフが取りこぼしたミストをボクは丁寧に処理する。
 普段はいい加減な彼だけど、こういった戦いにおいては絶対の信頼を置いている。

 数秒も経たないうちに目の前のミストが全て消え去った。
 しかし今度は銀色のミストが現れた!
 あきらかにさっきまでの雑魚とは違う雰囲気と、身体の大きさをもつミストがぼやけた声でしゃべり始めた。


「なんだお前ら……その身のこなし、ただの冒険者ではないな。よかろうこの私が……アアアアアァァァァ!!」


 最後まで言葉を聞き取ることは出来なかった。
 アドムフは素早く敵の中に飛び込んで加速剣を乱れ打ちしたのだ。


「……悪いな、無駄口は叩かない主義なんだ」

「相変わらず容赦ないね」

 アドムフが剣を鞘に収めると、心なしか街の入り口を包む煙が晴れた。





「この街のどこかにボスがいるとは思うんだ……ちょっと探索してみようか」

 彼の言葉にボクは黙ってうなづいた。
 周囲を警戒しながらアドムフの後ろを歩いた。

「……」

 街はとても静かだった。
 とにかく人の気配がしない。
 その時、左に見える民家の戸が開いた。
 
「あっ……!」

 そこにいたのはボクたちを見て絶句する少女だった。
 薄い水色の服を着ているせいか、その黒髪は青く光って見えた。
 とても端正な顔立ちをしているのだが、明らかにその表情は怯えている。

「あっ、ボクたちは……!」

「ひっ……」

 怪しいものじゃないと言おうとしたのに、少女は既に戸を閉めようとしている。
 ボクの顔、そんなに険しかったかなぁ……ショックだ。

 アドムフは少しへこんでる僕の肩をたたくと、自分から前に出た。

「やぁ〜、かわいらしいお嬢さん! こんにちは!!」

「……!」

 妙に陽気なアドムフの声を聴いて、少女の動きが止まる。

「いつもは美しいこのドーヴィルの街に何があったのか、この勇者アドムフに教えてくれないか?」

「アドムフ……アドムフ様!? あの『レギンスの軽業師』と呼ばれている勇者様……」

「プッ!」

 真顔の少女とアドムフに付けられた間抜けな異名のギャップに思わず吹いてしまった。

「かるわ……ま、まあ何でもいいけどな! あはははは……」

 アドムフの笑い声もどこか乾いている。

「失礼しました……でも、よかった……もう少しで私、魔物たちに」

 そこまでしゃべると、少女は地面にぺたんと座り込んでしまった。
 どうやら安心して力が抜けてしまったようだ。

「なにがあったのか、話してもらえる?」

 怯えさせないようにできるだけ優しく語り掛けると、少女は静かにうなづいた。







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