しばらくして少女が落ち着きを取り戻してから、アドムフとボクは彼女の家に招かれた。
お城みたいに大きくはないがしっかりした石造りの家の中は、綺麗に整理整頓されていた。
通された部屋の奥から少女が三人分の温かな飲み物を持ってきた。
「先ほどは失礼しました。私はマリーシア・エル・ヴァーミリオンといいます」
「……ごめん、もう一度いい?」
思わず舌を噛みそうな名前を聞いて、アドムフが申し訳なさそうに問いかけると少女は髪を揺らして笑った。
「くすっ、長いからマリンって呼んでくださいね……」
「それなら覚えられる!」
アドムフが明るく切り返したおかげで場が和む。
これも彼の計算のうちかな?
「実は数日前から街の様子がおかしくなってしまったのです……」
「どんな風に?」
「はい。まず、一日中濃い霧に覆われて外の天気がわからなくなりました」
そう言いながら、マリンは窓の外を見る。
相変わらず太陽が見えないほど空は曇っている。
「それに、夜になると不気味な声がして……他の皆は聞こえないっていうんですけど私にははっきりと感じられたのです」
「キミにだけは聞こえた?」
「はい……」
アドムフは出された飲み物を飲みながら天井を見上げた。
「……そういえばきちんと自己紹介をしてなかったね?」
「えっ……? あ、はい」
視線を少女に移してから、アドムフはにこりと笑った。
「俺はアドムフ。ご存知のとおりレギンス国王直属の探検家だ。巷では『勇者』とか呼ばれてるけどあんまり好きじゃないんだ」
「まぁ……!」
勇者と呼ばれるのが好きではないと彼は常々言ってるけど、他の人には信じられないのかもしれない。
でも実際にアドムフは騎士の称号とか王様からの勲章を何度も辞退している。
本人曰く「まだその時ではない」らしい。
ボクも堅苦しい呼び名とかアドムフには似合わない気がする。
「それと、こっちはリノア。俺の相棒だ」
「リノアさんとおっしゃるの?」
「うん。よろしくね」
「男の人……ですよね?」
「えっ!……う、うん、そうだよ。でも今はちょっと」
「?」
マリンは不思議そうに首をかしげた。
彼女にはボクが男に見えるのかな。
じっと見つめられる視線にドキドキしていたら、アドムフが口を開いた。
「じゃあさっきの続きだけど、この街で具体的に変わったことは?」
「はい……夜になると不気味な声がするといいましたよね?」
「うん」
「その声に導かれるように、女性たちが街の外へ出て行きました。私のお母さんも……」
そこまで話すと、マリンは悲しげな目をした。
「さらに、出て行った家族を探しに男性たちも仕方なく街の外へ……」
「それでこんなに閑散としているんだ……」
「街はもぬけの殻です。ほとんどの人が数日前から帰ってきていません」
同じような状態に陥った街を僕たちは知っている。
かつての冒険の途中で出くわした事件を、おそらくアドムフも思い出してるはずだ。
「アドムフ、これって……」
「うむ。続きを聞いてからの判断にしよう。でもその前にひとつだけいいかな?」
アドムフは真面目な目をして正面の少女を見つめた。
「はい……」
「マリン、なぜ君は平気なんだ?」
ボクも感じていた疑問だった。
自然に右手が剣の柄に触れる。彼女への警戒心が顔に出てしまう。
「聞かれるとは思ってました……」
「……」
「へんですよね? 私だけ助かっているなんてどう見ても不自然です」
マリンが立ち上がった。
ボクもアドムフも警戒心を強める。
しかし彼女は、武器を取り出すでも仲間を呼ぶわけでもなくシャツの袖を腕まくりした。
「おそらくこれが関係していると思うのですが……」
「うん?」
「見えませんか?」
「あ、ああ……俺には真っ白できれいな肌にしか」
「やっぱり……」
残念そうな表情のマリン。
しかしボクはその腕を見て思わず聞き返してしまう。
「痛そうだね……なにがあったの?」
「「えっ!?」」
ボクの言葉に驚く二人。
「リノアさん、お見えになるの!?」
「うん……さっきから可愛そうだなぁって思ってた」
マリンの腕はひどい火傷のように見えた。
傷口は新しいけど、適切な処理をしていないから手遅れに見える。
自分の容姿を気にする多感な年代の少女にとっては拷問だ。
その心と身体の痛みを想像するのは容易だった。
「触っても……いいかな?」
「はい……」
マリンは目を瞑った。
震える少女の腕にある火傷の淵を触った瞬間だった。
「はうっ!」
マリンが痛みにうめいたわけじゃない。声を上げたのはボクだった。
指先を通じて、彼女の傷口から何かが伝わってきた。
しかもそれは苦痛ではなく、この上なく甘美な刺激……これには覚えがある!
「リノアさん!?」
「お、おい! リノア?」
だめだ、まだ力が入らない……。
「今の感じ……クイーンか!」
ジャキンッ!
「ひっ!」
雑念を振り切って、僕はサラマンダーを鞘から抜いた。
決死の形相でマリンを睨む。
「おいやめろ! リノア」
だが引き抜いたサラマンダーを握るボクの手首を、アドムフが力強く押さえ込んだ。
今にも斬りかからんとするボクを、彼が止めてくれた。
数秒後、気持ちの高ぶりが徐々に治まる。
サラマンダーを床においてからマリンに向って頭を下げた。
「ごめんね、マリン。ボクもこの数日間で色々あったんだ」
「……」
「でもそれはキミのせいじゃない。あの忌まわしい……いや、とにかくごめんなさい」
ボクの殺気に当てられて身体をこわばらせていた少女は、しばらく震え続けていた。
そしてポツリとつぶやいた。
「……リノアさんも、呪われているのですか?」
「なっ!」
「だって、ほら……」
マリンがボクの胸を指差す。
いや、胸よりももっと下の……って、なんだよ、これっ!
「私のと同じ色……」
少女の白い手が伸びてきた。
マリンが見つめていたのはボクの股間だった。
そこにはマリンと同じように、赤く燃えるような色をしたペニスがそそり立っていた!
「わぁ……」
マリンの手がゆっくりとボクのほうに伸びてきた。
その様子を不思議そうにアドムフが眺めている。
ちょんっ……
少女の細い指先が、いたわるようにその部分に触れる。
――ズキンッ
さっきと同じ感覚。
マリンの傷口に触れたときと同じ快感がボクの身体を蝕む。
「ふわああああぁぁっ!」
股間が、身体がしびれて熱い。
マリンはなんともないのか?
一方的にボクだけ感じている……って、こんなの恥ずかしすぎる!
「リノア! マリン……一体何が起こってる!?」
「アドムフには見えてないのか……」
しかしマリンには確実に見えている。
悶える僕を見て、少女は息を呑んだ。
「大丈夫ですか? リノアさん」
「マリン、試したいことがあるんだ。二人きりにしてもらえるかな?」
「ああ、一応お前の剣だけは預かっておくぞ?」
アドムフに目を向けると、不安そうな表情をしたまま外へ出て行った。
□
万が一、ボクが暴走しないようにサラマンダーをアドムフに預けた。
それからマリンと二人きりになった。
「聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
突然二人きりとなって彼女が怯えださないように、ドアに鍵はかけていない。
「さっき君はボクに聞いたよね?……『男の人ですよね?』って」
「あ、はい! 尋ねましたね」
「どうして?」
彼女の眼にはボクが男に見えている気がした。
そしてアドムフには見えない僕の異変にも気づいている。
「だって、あの……ものすごく綺麗な男の人に見えたから……」
「ボクの身体を見て……」
ちょっと恥ずかしかったけど、ボクは服を脱いで上半身をあらわにした。
「まぁ……ごめんなさい!」
「女の子の身体……に見えるよね?」
「ええ……バスト大きいんですね、うらやましいです」
「はぅ……」
女の人に身体を見られるのは前から恥ずかしかったけど、自分の身体が変化してからはさらに恥ずかしさが増した。
「でもね、変だと思うかもしれないけど……ボクは男なんだ。サキュバスの呪いで女の身体にされてしまったんだ」
「サキュバスの呪い、ですか? それでさっきの……」
「ああ。たぶん君の腕の傷も関係していると思う」
ボクはマリンに今までの旅のことを出来るだけ簡単に話した。
そして一通り話し終えたところで、彼女に改めてお願いをした。
「マリン、出会ってすぐにこんなことを頼むのは気が引けるんだけど……」
「はい……」
「ボクのここを……鎮めてもらえないかな?」
「えっ! ど、どうやって……ですか?」
彼女は驚きながらもボクの答えを待っている。
自分の手の火傷とも関係があると思っているのだろう。
素直に頼めばマリンは協力してくれそうな気がした。
「さっき、君の手が触れたとき身体に異変が起きた」
「ええ、リノアさんがとても苦しそうで申し訳なくって」
本当は気持ちよすぎて体が跳ね上がったなんて言えない。
なんとなく不謹慎な気がする。
「もう一度その手で……ここに触れて欲しいんだ」
「だいじょうぶ……ですか? 痛くないんですか?」
「うん。それに約束する。何があっても君に暴力は振るわないよ」
そう言ってから、近くにあったタオルをマリンに手渡し、両手を背中の方に回した。
「ほら、これでボクの手を後ろで縛って?」
「リノアさん、そういうご趣味があったのですか?」
「ちっ、ちがうよ! 念のためってこと!!」
こうしておけばマリンに襲い掛かることは無い。
そんな意味を彼女も理解してくれたようだ。
「なるほど。わかりました」
ボクの両手をタオルで軽く縛ってから、マリンと向かい合わせになる。
こころなしか彼女の頬が桃色に染まっていた。
「では、はじめますね……」
「う、うん……」
マリンはそ〜っと、指先をペニスに近づけた。
あの指が触れただけで意識が桃色に染め上げられてしまうというのに……なんでボクはこんなことをしようというのだろう。
「でも私、どうすればいいのでしょう?」
「あ、その……とりあえず、優しく触ってみて……」
目の前の真面目そうな少女に尋ねられたことに答えただけなのに、なぜかとても恥ずかしく感じてきた。
自分から淫らな行為をリクエストしているみたいで……
「リノアさん……かわいいです」
「えっ!?」
その言葉に彼女の方を見るのと、彼女の手がボクの股間に触れるのがほとんど同時だった。
くちゅ……
「ふあああああっ!」
予想通りボクの身体に流れる快感の調べ。
このまま自分から腰を振ってマリンの手のひらに局部を擦り付けたい……
赤く燃え滾った亀頭部分にマリンの手のひらが触れた瞬間に、彼女の身体がほんのりと光に包まれた。
「きゃあぁぁぁ!」
目の前のマリンの身体が熱い。
おそらくボクと同じ感覚が彼女の身体を蝕んでる。
少女の口元が嬉しそうに緩む。愉悦を必死で我慢しているのがわかる。
彼女の腕にある火傷のあとには特に光が集中している。
細い身体からボクの身体に妖しい快感と共に、何かが乗り移ってきた!
(あぁ……この感じ、やはりサキュバスの愛撫と同じだぁ!)
快感と共にあの忌まわしい女王に犯された記憶が甦る。
マリンが苦しげに口を開いた。
「リノアさんの身体に触れてるだけで私も……感じてきちゃいますぅ!」
「うぐ……あぅ、ああぁ……マリン、だいじょうぶ?」
「私よりもリノアさんのほうが……ああぁぁん!」
自分の身体に流れる快感に耐え切れなくなったのか、ボクの股間に触れていたマリンの手が離れた。
「マリンッ!!」
ボクの身体にもたれかかるようにして、少女は静かに気を失った。
□
部屋の中の異変に気づいたアドムフがドアを開ける。
「リノアッ、だいじょうぶか!?」
「うん、ボクは平気。でも彼女が……」
「……お前がイかせたのか?」
「ちちちちがうよっ!」
部屋の中には倒れた少女、そして両腕をベッドの淵に縛り付けられたボク……
アドムフは状況を理解しようとしてマリンとボクを見比べている。
「なんだよ、いやらしい目で見るなよ!」
なんとなく嫌な予感がした。
アドムフがじっくりと何かを観察しているとき、たまにろくでもない行動を取るんだ。
「ふふ〜ん♪」
「あっちいけよ! アドム……」
「だってお前、縛られてるじゃん」
「こ、これは念のためにボクが…………はっ!」
「そしてマリンちゃんも都合よくお休み中。勇者アドムフにチャンス到来! 触り放題じゃない」
「や、やめろおおおおぉぉぉぉ!!」
ジタバタするボクのほうにじりじりとアドムフが近づいてきた。
両手をワキワキさせながら……ああぁぁ、おっぱい触られちゃう!
ギシギシッ!
「くそっ、くそ! ほどけない!?」
マリンを安心させるために縛り上げた両手が完全にあだになってるうううぅぅぅ!
「やめてよ、男同士だぞ? アドムフ!」
「ふははは! 今はなかなかの美少女だぞ? リノア」
ボクに向って伸びてきた手のひらがついに膨らんだ胸を鷲づかみにした。
ふにふにふにっ!
「そしてこの柔らかさ! リノアおもしれ〜〜!!」
「はうっ、ううぅぅ! くそ〜〜、おぼえてろ!」
気持ちいいとかそういう感覚は全くない。
ただ、こいつ……アドムフは絶対後で仕返ししてやる!
「ほれほれほれ〜」
「あああぁ、くやしいっ!」
その時、アドムフの後ろでマリンが目を覚ました。
「……何をなさっているのですか! リノアさんをいじめちゃダメです!!」
「おもしろかったのになぁ〜」
アドムフがしぶしぶボクの身体をいじる手を止めた。
両手を縛っていたタオルも外される。
マリンのおかげで大事な貞操が守られた……早くこの身体とサヨナラしたい。
□
「とりあえず街を元に戻してあげる」
「本当ですか!」
縛られていた両手首をさすりながらボクは彼女に言った。
「ああ、以前同じような災難に逢っていた村を救ったことがあるんだ」
アドムフも続けて口を開いた。
「近くに必ず親玉がいる。そいつを倒してくるよ」
彼はものすごく簡単そうに言うけど、おそらく大丈夫。
ボクとアドムフがいれば何とかなる。
本当は魔法使いのマジェスタと賢者のミンティアがいれば万全なんだけど……早く合流してくれないかなぁ。
「街を救ったその後、リノアのことを頼むよ」
「はい!」
マリンが元気よく答えると、アドムフが腰を上げた。
「よし、交渉成立だ。ここはひとつ、クエストをこなしますか!」
「うん」
僕たちは装備を整えてから家の外に出た。
そしてマリンといったん別れると、街の人たちの足跡を追った。
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