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病的なまでに白い肌が浮かびあがる。
紅いガウンは、その為に着てきたのではないかというほど、幽花の白さを際立たせていた。
もちろん、幽花がそんなつもりで着ているのではないと、明日香は知っている。
他人どころか己にもほとんど関心を払ってこなかったのが、白岐幽花という少女だったからだ。
そして深い艶のある、彼女を最も印象づける髪で幽花は皆の関心を惹き、
今、透けるような白い肌で明日香の興味を呼んでいた。
幽花は腕も、胸も、腰も、足も、全てが細かった。
痩せているのではない。
あくまでも細く、薄いのだ。
そしてそれこそが幽花を儚く、この世のものとも思えないほど透明に見せていたのだと、
一糸まとわぬ彼女を見て明日香は理解した。
身体に触れかけて明日香はためらう。
触れただけで散ってしまいそうな、飴細工よりも繊細な人形。
そんなことがあるはずはないけれど、もし、万が一、触れたことで幽花が消えてしまったら。
そのためらいを押し退けたのは、他ならぬ幽花だった。
ほんの薄皮一枚の距離を開けて留まっている指先に、何かが触れる。
顔を上げた明日香を、幽花が見下ろしていた。
黒い瞳は何も映さない。
他人の想いも全て吸いこんでしまうから、だから、たくさんの想いをあげないといけない。
明日香はそう思い、思ったことを実行するために口を開いた。
「白岐……さん」
幽花から返事はない。
まばたきもせずに明日香を見ているだけだ。
明日香も幽花から目を逸らさず、彼女の視界の中に入っていることを確かめてから、
そっと腹部に触れた。
薄い腹部は明日香が触れても、消えはしなかった。
明日香が見たまま、あるがままの姿でそこに存在している。
当たり前のことがとても嬉しくて、明日香はまだ見ている幽花に微笑んでみせた。
幽花は表情を変えない。
が、長い睫毛が、ほんの少し震えたように見えた。
それが了承か、それとも拒絶の合図なのか、確かめるために指を滑らせる。
身体の中心──親と子を繋いでいた命の緒の跡へ。
縦長に小さく刻まれた溝に、どうしてかたまらない愛おしさを感じ、明日香は唇を触れさせた。
「……」
小さな息漏れの音。
初めての幽花の反応らしきものに明日香は驚き、
そら耳でないことを確かめるためにもう一度キスをした。
繰りかえされた吐息と、何より唇に伝わる細やかな震えが、
今幽花が抱いているはずの気持ちをはっきりと伝えていた。
「白岐さん……」
幽花の名を呼んだ明日香は、再び彼女の中心に触れた。
静かな鼓動を感じ、あふれる想いを伝えようと、ありったけの情愛をこめて唇を押し当てた。
やはり幽花からの返事はない。
ただ──ただ、今は縛っていない髪に、繊細な感触が伝わってきただけだ。
だから明日香は、幽花から顔を離さなかった。
幽花の手も、いつまでも離れなかった。
墨を落としたように黒々とした三角形を形作っている蔭りを、明日香はじっと見る。
細い足の隙間にある、ひっそりとした叢。
明日香はその縁をなぞるように指を這わせた。
下腹から足の間へと、息を殺し、指先に意識を集中させて。
滑らかだった肌とは異なる感触に導かれるまま幽花をなぞった明日香はやがて、
彼女のもっとも神秘的な部分を探り当てた。
湿り気が伝わってくる。
同時にまた、肌とも恥毛とも違う、指の先から溶かされてしまいそうな感触が這いのぼってきた。
気持ち良い、と一言で言ってしまうにはあまりに鮮烈な感覚に驚きながら、
明日香はさらに幽花の奥を探った。
自分でもさほど触れたことのない部分に、たまらなく触れたいという欲求が止まらない。
黒い蔭りの中に埋没した指を目で追い、ひそやかに刻まれた溝の深さを確かめた。
幽花の身体とは思えない入り組んだ地形は、彼女自身とは対照的に蠢いて明日香の指を刺激する。
誘われるままに明日香は、幽花のより深くを訪れ、
まとわりつく蜜を絡めとるように指先を動かした。
不意に、視界を白が掠める。
反射的に腕を伸ばした明日香は、予想以上の重みに慌ててもう片方の腕も用いて、
倒れこんだ幽花を支えた。
「白岐……さん」
おそるおそる呼ぶと、幽花の深黒の瞳が応えた。
薄く開かれた唇が、明日香を呼ぶ。
どんな種類の声も鼓膜を通ってはこなかったけれど、確かに明日香は、幽花が呼んだのを聞いた。
何一つまとっていない生白い肢体と、その幾箇所かを彩る黒と、紅。
その中でももっとも惹きつけられる色彩に、明日香が魅入っていると、頬に温もりを感じる。
引き寄せようとする力に明日香は抗わず、最も愛おしい感触に身を任せた。
「っ……ぁ……」
舌が触れる。
重ねた唇をもっと知りたくて舌先を伸ばすと、彼女の方からも舌を触れさせてきた。
おそるおそる、けれどひっこめようとはせず、息が途切れるまで明日香はキスを続けた。
「……」
絡めるのはすぐに舌先から舌全体へと移ろい、それに伴って激しさも増していく。
キスそのものの気持ち良さと、何より応じてくれたのが嬉しくて、
明日香は夢中で舌を交え、時折甘く食んで幽花を愛した。
それでもどうしても息が続かず、明日香は一度顔を離したが、
息を整えるさなかでさえ幽花から離れたくなくて、何度もキスを落とした。
どれだけキスをしても、幽花は息を荒げたり、より積極的になったりはしない。
それが当然であるかのように淡々と舌を触れ合わせるだけだ。
ほんの少し聞こえる吐息と、それよりももっと小さな水音。
本当に小さな、心臓の音よりも小さいはずなのに、はっきりと聞こえる音色は、明日香を酔わせるリズムを奏でていた。
「んっ……んっ、は……っ、ぁ」
舌を深く絡め、お互いを感じあう。
擦りあわせることで気持ちが繋がるような気がして、明日香は深く舌を差しいれ、幽花を求めた。
「ふあ……ぁ、ん……あ、はふぅっ」
恥ずかしい声が我慢できないくらい気持ちいい。
髪型がきれいに決まった時、お風呂から出た時、テニスでスマッシュを決めた時。
それらのどれとも違う気持ちよさは、幾度も、幾度も口の中に広がっていく。
幽花の舌から伝わってくる気持ちよさは、どこからが幽花で、どこからが自分のものなのかわからなくなっていた。
ただ、幽花がさらに身体を押しつけてきて、ブルーベリーの味と、
それ以外の冷たい花の匂いに満たされていく──それだけが、明日香の全てになった。
「白岐……さん?」
起きあがった幽花が、上から明日香を見つめる。
細い輪郭が描く、黒と白の鮮烈なコントラストに、明日香はたまらず小さく喘いだ。
点いているはずの部屋の明かりは明度を落とし、幽花一人を浮かびあがらせている。
同じ世界の人間とは思えないほど、儚くも美しい身体。
見ているだけで心奪われてしまう幽花を、明日香は足先から頭までつぶさに眺めた。
長い足、濡れ光っているようにも見える下腹部、ほとんど身動きしない幽花の中で、
はっきりと息づいているのがわかる臍。
そこからさらに上へと辿ると、手で簡単に隠れてしまいそうなつつましい乳房があった。
どうしても触れてみたくなって、右手を伸ばす。
幽花は避けようとも妨げようともせず、小さなふくらみは簡単に手中に収まった。
ゆるやかに触れ、そして離れる隆起に掌をそっと押しあててみる。
「……」
瞬間、明日香は息を呑んだ。
幽花の細い指先が、手の甲に絡みついたからだ。
無言のまま手を重ねる幽花に、怯えさえ抱いた明日香は慌てて手を引こうとした。
「……?」
手首から先が、言うことをきかない。
まるで幽花から離れるのが嫌だというように、淡い乳房に張りついたまま動かなかった。
「白岐……さ、ん……」
幽花が何か、『生徒会』の面々が持っていたような超常的な力で動きを封じたのかとさえ思った明日香だったが、
そうではなかった。
幽花はただ、手を重ねただけ──そして、いつも何かを憂いているような瞳で明日香を見つめただけだった。
他者を拒み、何も映さないと思っていた瞳。
しかしそれは、深さゆえに奥底が見えなかっただけで、
本当は想いを宿す、誰とも違わない少女の瞳だった。
陽炎めいたゆらめきを湛える瞳は今、明日香をじっと見ている。
他の何をも映さない双眸が、一途に想いを凝らしている。
明日香は微笑んで、幽花の想いを受けいれた。
乳房に添えていた手が引き剥がされる。
けれどそれは、嫌だからではなくて、彼女がそうしたいからなのだとわかっていたから、明日香は力を抜いて身を委ねた。
一番長い指の爪先に、幽花がくちづける。
押し当てられた紅は、ほんの少しだけ押しつける動きをしてからすぐに離れてしまった。
爪に残る、毒にも似た甘い痺れを明日香は追う。
指先から腕に、そして心臓へ。
伝わってくる冷たくて熱い痺れは明日香に、とくとくという音が聞こえるくらい心臓に早鐘を打たせ、
幽花が体温を感じ取れるくらい近づいても、まばたきひとつさえさせなかった。
胸の先に幽花が触れる。
「……っ、あぅ……っ」
素肌の、敏感なところで感じた幽花は、爪先とは比較にならないくらい甘かった。
先端をそっと咥え、咥えただけですぐに離れていった唇。
ただ気持ちよかったその感覚が名残惜しくて、視線でねだる。
幽花は最初からそうするつもりだったのか、明日香の望みに応えてくれた。
「あ……」
今度は含んだだけでなく、舌で触れてくる。
はじめは弱く、指の一番先を下から持ちあげ、くすぐってくる。
それに明日香が抗わないと、すぐに幽花は咥えなおし、さらに奥でねぶるようになった。
「ぁ……ぅ……っ」
指先が腫れたようにじんじんする。
幽花の舌の動きとまるでリズムが合わない脈動が、明日香は恥ずかしかったけれど、そのまま我慢した。
爪に軽く歯を当て、厚ぼったくなっている指腹を幾度も吸う幽花を見ていると、
自分達は騎士とお姫様で、今していることが、
二人を結びつける、決して他人に知られてはいけない、何かの儀式のようだと思えたからだ。
ただ、普通は騎士がお姫様の手にくちづけるのに、どうひいき目に見ても幽花の方がお姫様っぽい。
でもそれはきっと、些細なことのはずだった。
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