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女をまるで無視している男を、亜柚子は辛抱強く見守っている。
亜柚子に対しては滅多に怒らない九龍も、彼にとっては至福の時を邪魔されると相当不機嫌になるのだ。
過去に一度だけ龍の逆さまの鱗に触れてしまったことがある亜柚子は、
以来そういう時は大人の女性であることを自覚し、静かに待つことにしていた。
「これ、やるよ」
亜柚子に目もくれず鑑定、というよりその前段階の検分を行っていた九龍が、
いきなり振りかえって言うなり、亜柚子の手に何かを載せた。
それは不思議な赤と紫の中間の輝きを放つ、小さな髪留めだった。
なにがしかの金属で出来ている、そっけないほど簡素な作りの細工物は、
亜柚子の好みからするとやや派手に見えた。
もっとも、個人的な好みなど関係なく、これが大変な価値を持っているのだということくらいは判る。
九龍はその価値を見定めているに違いないが、秤にかけようともせず亜柚子に贈ってくれたのだ。
教師の給料ではとても買えないだろう逸品を、亜柚子は爆発しそうな歓喜と共にさっそく髪に挿した。
「ありがとう……どう?」
「似合ってるよ」
まともに見ようともせず、そのくせ顔は真っ赤にして答える九龍は、まさしく少年だった。
九龍はもう大人といっても差し支えのない年齢だが、時に中学生よりもまだ未熟ではないかというふるまいをする。
そういう九龍に亜柚子は、情動を覚える。
彼に大人の階を、上らせてやりたいという爛れた情動を。
ふてくされたように顔をそむけている九龍に、亜由子は触れた。
おおきく身体を震わせた九龍だが、予想、あるいは期待していたのは間違いない。
なぜなら、以前の失敗を踏まえ、手に貴重な発掘物を持っていないからだ。
亜柚子としては驚かせるつもりはなかったのだが、耳朶に触れられて驚いた九龍は、
手にしていた陶器の器を跳ねとばしてしまい、縁を欠いてしまったことがあった。
そういったものもかなり精巧に修復できる人間が、彼の所属する組織にはいるらしいが、
やはり価値は下がってしまうらしく、それはすなわち九龍の評価が下がるのに繋がる。
謝る亜柚子に九龍は苦笑いして許してくれたものの、以後、
ある特定の条件下では、何も持たなくなっていたのだった。
亜柚子はその件は今でも申し訳なく思っている。
けれどもそれとは別に、彼が鑑定を終え、両手を空けた時は、触れても良いという合図なのだと解釈していた。
だから、九龍が鑑定物をしまうと、亜柚子は間髪置かず彼に触れる。
待ちぼうけを喰わされると機嫌が悪くなるのは、男でも女でも同じなのだから。
頬に触れさせた手を、亜柚子は顎へと辿らせ、再び、今度は耳へと上らせていく。
本人も意識していないであろう、まだ柔らかな髭の感触に笑ってしまいそうになった。
どちらかといえば幼いといえる九龍の顔立ちだが、もう体毛は濃くなってきても当然の年頃だ。
なのに当人は無頓着なようで、そのギャップに笑いを誘われたのだ。
今日、遺跡で見かけた像のように硬直している九龍に、亜柚子は顔を寄せる。
彼の、固く握られた拳に左手を重ねてから、頬に軽くくちづけた。
乾いた汗が残る肌は、少しざらっとしていた。
彼の身体を隅々まで洗ってやりたい、という欲望ににわかに駆られた亜柚子は、
同時に、そんなもったいないことはできない、と否定した。
石けんの匂いをまとわせるのは、いつでもできる。
けれどもこの臭いは、まぎれもない男の臭いは、探索から帰ってきた時にしか嗅ぐことができないのだ。
亜柚子は九龍の頬に優しく息を吹きかけ、そのお返しに彼の香りを深く吸いこんだ。
体内を巡っていくすえた臭いにそそのかされるように、唇を重ねた。
強ばり、息を呑む九龍の口に、触れさせる程度の弱さで長く。
二呼吸してから顔を離し、九龍が目を開けていないことを確かめた亜柚子は、
やや品のない仕種で舌を出して唇を湿らせると、すぐに二度目のキスをした。
なめらかに合わさった口唇を強く押しつけると、九龍の肩が震える。
さらに数ミリ身体を近づけた亜柚子は、薄く開けた唇の間から舌を伸ばし、
鍵を挿しこんでいるのに錆びついて動かない門扉を力づくで押し開いた。
亜柚子の舌が固いエナメル質に触れた途端、制服を着せられたマネキンと化していた身体が一転、
溶けていくアイスクリームさながらに支えを失い、倒れていく。
いつものことなので今更驚きもせず亜柚子は、倒れた九龍の上に、自らの肢体を投げだしていった。
九龍の膂力は亜柚子くらいなら余裕で支えられる。
探索の途中で亜柚子は幾度か助けられていたし、上半身に無駄なくついた筋肉を見れば、
彼がヘラクレスめいた活躍をしても不思議ではないと大いに頷けるのだ。
けれども、九龍は今、亜柚子にたやすく組み敷かれていた。
適度な筋肉で構成された肉体は大きく上下して、亜柚子の肉体に時に接し、時に離れてを繰りかえしている。
荒々しい上下動は亜柚子にとって好ましいもので、彼の身体の隆起を愉しみながら、
より直接に感じようと亜柚子は手を滑らせた。
制服のボタンは大きくて、外しがいがある。
簡単に外れるのが惜しいくらいで、けれども、亜柚子は手早くたった五つしかないボタンを外し、
黒の上着をはだけさせた。
次に現れたのは白いシャツで、これにも同じだけボタンがついている。
しかし亜柚子はこちらのボタンはすぐには外さず、
シャツ越しに今はただ喘ぐばかりの少年の肉体を撫でながら、時間をかけて彼の着替えを手伝った。
九龍の右の瞳には怯えが浮かんでいるにもかかわらず、亜柚子を押しのけようとはせず、
左の瞳には期待が浮かんでいるにもかかわらず、亜柚子を抱きしめようとはしなかった。
その両方に腹を立てた亜柚子は、右の太股を彼の股間に強く当て、擦りあげる。
いつからかはわからないが、そこはズボン越しながらも亜柚子の足にはっきりと自己を主張していて、
気分を和らげた亜柚子は、塞いでいた彼の呼吸を、束の間解放してやった。
「は、ぁ……っ、はぁ……せん、せ……」
荒ぶる息を、まともに浴びる。
探索時でもあまり見られない九龍の、激しく熱い呼気は、
亜柚子の薄く残っていた苛立ちを、全てあの、
教師としてここで過ごすうちに半ば忘れ去っていた昂ぶりへと変えてしまった。
「んッ、う、うぅッ……!」
イモリのように身体をくねらせ、亜柚子は心の赴くままに唇を重ねる。
下で九龍はしばらくもがいていたが、やがて静かになった。
男をコントロールする、という感覚は、亜柚子にとって初めてだった。
男女関係については、ごく普通の――
男がリードし、それにほとんど任せるという経験しかない亜柚子は、
年齢や、立場的な関係から、自分から積極的になるしかないとわかってはいても、
最初はどうしても恥ずかしさが耳の裏あたりまで来てしまい、
まともに九龍の顔さえ見ることができなかったのだ。
しかし、遺跡の中では凡百の男より精悍に、宝探しなどというものに関しては素人同然の亜柚子を
的確に導く若きトレジャーハンターも、こと女性関係については同年代の男以下でしかないのが判明すると、
彼を裸にする任は亜柚子が引き受けざるを得なかった。
彼の裸身を見、彼に裸身を見せた夜のことを、亜柚子は鮮明に覚えている。
ほとんどロボットのように、動かされなければ動かない九龍に、
それよりは見た目が柔らかいだけで実際は大差なかった亜柚子。
キスをしたのも、肌を重ねたのも、ひとつになったのも、全て亜柚子が主導してのものだった。
今だから赤面する程度で済むが、もし九龍が佇立した性器以外に少しでも欲望を露わにしていたら、
亜柚子は生涯男性と身体の関係になることはないと固く誓ったに違いない。
その夜、二人はひとつになった。
それはほとんど奇跡に近かった、と後日亜柚子自身が感心せずにいられなかったように、
完全に初体験である九龍と、初めてではなくても自分から積極的にするなど想像の遙か彼方にあった亜柚子は、
ほとんど言葉を発することもなく、射精という結果が訪れるまで、
何をどうしたのか覚えていなかった。
亜柚子が覚えているのは終わった後、呆然とする九龍の頭を撫でるところからだ。
膣内に欲望を吐きだしてしまい、この世で最大の罪を犯したかのように顔を青ざめさせる少年に、
男女が愛しあうことの気持ちよさを教えたい、と思った亜柚子は、
優しく身体を押しつけ、もう一度、今度は彼女の方から彼を迎えいれた。
亜柚子の努力に対して得られた結果は乏しかったのかもしれない。
九龍は一回目よりは長かったものの、じっくりと感じるというところまではいかなかったようだし、
また膣内で射精してしまい、終わった後は快楽よりも後悔の方が多いような顔をしていたのだから。
それでも、亜柚子の方は満足していた。
またしましょうね、という囁きに、初めて正体を知ったときの突き放すような態度など
地下迷宮に置き忘れてきたかのような純朴な面持ちで頷いた九龍と、
何も知らない彼に女を教えるということに、尋常ならぬ動悸を覚えていたから。
以後、亜柚子は彼の探索を見守り、そして探索させていた。
教室では教師として振る舞い、地下では彼の同行者として付き従い、自室では女として彼を愛する。
三つの役割を演じ分けるのは、これまでの人生全てを凌駕するくらいに愉しかった。
その果てに何が待っているのか、おぼろげに見えないでもなかったが、
全身に満ち満ちている悦びは、亜柚子の視界を霞ませるだけの濃さを有していた。
亜柚子は至近距離から九龍の瞳を覗きこむ。
遺跡内では険しいくらいに鋭い眼光は、右と左もわからなくなったかのように揺らめいていた。
微少の時間視線を重ね、九龍がどんな意味のある言葉を発するよりも前に、
亜柚子はそのために必要な器官を封じこめた。
「……っ……!」
九龍はその行動を全く予期していなかったとでもいうように息を呑み、身体を強ばらせる。
それをよいことに亜柚子は、未成年とはいってももう立派に成熟した男の肉体に、
自分のそれをそっと委ねた。
そのまま一呼吸、二呼吸と動かないでいると、胸の辺りから、九龍の緊張が少しずつ緩んでいく。
けれども亜柚子は硬くなった彼の肉体が好きだったから、緊張を全て緩めてやりはしなかった。
「んっ……ん……」
閉じあわさっている唇を、催促するようになぞる。
新たな刺激に九龍の身体はまた強ばり、亜柚子の身体を押しあげようとした。
まだ衣服を着ていても、肌が食いこむような錯覚に、亜柚子の裡で何かが目覚めた。
本能、欲望、獣性……
下腹を火照らせる情動に、亜柚子は逆らわず、舌先を一層淫靡に蠢かせる。
こんなキスももう幾度も交わしているのに、九龍はまだ恥ずかしいのか、
容易に受けいれようとしない。
それでも亜柚子が辛抱強く舌による愛撫を続けていると、やがて根負けしたかのように門扉が開いた。
開いた口の中に、しかし亜柚子はまだ舌を入れない。
まずは唇そのものを、丹念に、そして思いのままに弄ぶ。
「……っ、……ぁ……!」
呼気を浴びせるのは嫌だと考えているのか、九龍の口から不自然な息が漏れた。
少年の純情さに胸を熱くしながら、亜柚子は純情とは対極にあるものを九龍に植えつけていく。
舌先で淡く唇をくすぐり、女の口唇の柔らかさを教えこむように食む。
開いた口も閉じられず、息も吐けない九龍は、ときおり苦しげに喉を鳴らすばかりだ。
豊かで、少し硬めの髪に深く手櫛を入れ、亜柚子は彼の口腔深くまで蹂躙した。
「ん……んッ……」
ほとんど自動的に蠢く舌は、一度探った場所でも構わず舐めまわす。
粘りけのある唾液が舌同士の粘着力を高め、餅のようにべたべたと伸びては縮みを繰りかえした。
「うッ……あ、ぁ……!」
息をつく間も与えられず、九龍は苦しげに呻いている。
濃密な呼気を避けずに浴びた亜柚子は、もっと彼の臭いを嗅ぎたくなって、
窒息寸前の九龍をいっとき解放した。
けれども、自由にしたのは口だけで、身体はまだ押さえつけている。
ブラウスのボタンを手早く外した亜柚子は、九龍の意識が朦朧としているうちに脱いでしまうと、
再び体重を預け、彼の首筋から下へ、舌先を当てて辿っていった。
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