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「ん、ふ……ん……」
 汗と硝煙の混ざった濃い臭い。
東京という都会ではおよそ嗅ぐことのできない香り。
亜柚子はこの匂いを嗅ぐと、十歳近くも年の離れている九龍が、たまらなく男らしく感じられるのだ。
九龍の鎖骨の辺りに、ほとんど鼻が触れるくらい顔を近づけ、漂う香気をいっぱいに吸いこむ。
頭の奥から痺れる、酔ってしまいそうな芳香に満足の吐息を漏らした亜柚子は、
そのまま薄く開いた唇を九龍の胸に押しあてた。
「……っ……」
 厚い胸板がわずかに震える。
アキレウスも踵が弱点だったように、鍛え抜かれた九龍の身体も女の愛撫にはまるで歯が立たないようだった。
再び大きく九龍の臭いを吸いこんだ亜柚子は、今度はくちづけた後に舌で探りをいれる。
「せ、先生……」
 遺跡を駆ける時の、あの自信に満ちた声からは程遠い、おそれわななく声。
鼓膜からぞくりとするような律動を送りこんでくる囁きを、亜柚子はもっと聞きたくて、舌先で小さく催促した。
「……っぅ……」
 絞って、それでも出てしまう声。
多少の痛みでは音などあげない宝探し屋が、ほんの少し舐められただけで意思に反した喘ぎを漏らす。
それは耳孔に快い音となって入ってきて、亜柚子は鼻から息を吸いこむと、
口の中に唾液を溜め、舌先に乗せて九龍に塗りこめた。
 ざらりとした感触が、舌から伝わってくる。
汗にまみれた男の肉体は亜柚子を、その清楚な風貌からは想像もつかないほど興奮させた。
下腹の疼きははっきりと意識できるほどで、亜柚子は太股を擦りあわせながら、
さらに胸板にくちづけ、舌を這わせる。
「う……」
 震える胸板を甘く吸いあげ、鞠を弄ぶ猫の手のように舌を使って乳首を転がした。
歯を当て、軽く噛み、強く噛む。
そうすることで九龍の肉体はばねの正確さで跳ね、亜柚子に心地よい振動をもたらすのだ。
ブラウスをはだけさせたままの亜柚子は、ようやく触れた素肌同士の熱さを思うがまま堪能する。
乾いた汗が乗るざらついた肌は、なぜか吸いついてくるようだった。
 陶然と九龍の乳首を弄んでいた亜柚子は、ようやく他の場所にも目を向けることにした。
胸から下へ、舌先を這わせたまま身体を下ろしていき、
よく引き締まった腹筋にはひときわ優しく口づけを与えてから、さらに下を目指す。
邪魔なズボンを脱がせようとすると、九龍が止めようとしたが、
悪魔的な狡猾さで彼の指を蕩かしてしまい、あっという間に妨害を排除して下半身を露わにしてしまった。
 汗と硝煙の臭いに、混じる牡の香り。
度数の高いアルコールめいた強烈な、一瞬で思考の一部をかすめ取る臭いが、亜柚子はたまらなく好きだった。
すでに大きく、硬くなって自己を主張している屹立をうっとりと眺め、
手始めに熱い呼気を浴びせかけた。
「う、ぁっ……」
 跳ねあがった肉体から、色濃い臭気が立ちこめる。
勢いよく、しかし重たげに揺れる男性器が鼻先を小突いたが、全く気にならなかった。
前の――亜柚子の唯一の男性遍歴であった男のものは、見せられるだけでも嫌悪を抱いたのに、
九龍のそれは大きさ、つまり威圧感において勝るのに、愛おしささえ感じてしまう。
それはともすれば九龍自身への想いすら上回ってしまうほどで、
亜柚子は自分をふしだらだと思ったことはなかったが、それはただ相手に恵まれなかっただけのことだったようだ。
「ん……」
 小さく目許を緩ませ、亜柚子は九龍の肉茎をもう一度、仔細に見つめる。
芯が入っているのかというほど硬そうに見える棒は、不思議なことにわずかに左に反っていた。
何故なのか、いつか訊いてみたい、と左手で肉の柱に触れつつ亜柚子は思った。
きっと九龍は理由を知らないだろう。
それでも――いや、むしろ、返答に窮する九龍が見たい。
意地の悪い女だ、と自嘲した亜柚子は、でもそうなったのはあなたのせいなのよ、と口の中で呟き、
まずは指先だけで触れているシャフトを軽くなぞった。
下りていく指に合わせ、視線も落とす。
竿の根元にある、睾丸を収めている袋も、なぜか左右対称ではなく、微妙に大きさが違っていた。
男は皆そうなのか、それとも九龍だけなのか。
訊いてみるつもりはあっても、確かめるつもりはない亜柚子は、右手で袋の片方に触れてみる。
意外に重いその部分は、本当に中に玉が入っているような感触で、何度触れても不思議でたまらなかった。
袋全体を裏側まで優しく撫でてやると、左手の勃起がひくひくと跳ねる。
反応に気をよくした亜柚子は、唇を小さくすぼめ、亜柚子から見て左側の袋に押しあてた。
「……っ……」
 また左手に、興奮が伝わってくる。
束縛から逃れようとするかのように跳ねるペニスを包む手に少しだけ力をこめ、
亜柚子は唇を開いて陰嚢を咥えていった。
袋は意外に大きく、口を大きく開かなければ収まりそうにない。
日常から大きく離れた行為は、それだけで亜柚子を酷く昂ぶらせ、
口の中に片方の陰嚢が全て入ったとき、ひときわ下腹に熱を感じた。
「ん……ふ……」
 下着を脱いでしまいたい、という誘惑に抗いつつ、口を塞ぐ九龍の性器を舐めはじめた。
口の中一杯の玉を舐めて転がすのはいかにも下品で、亜柚子は興奮が抑えられない。
男の身体の不思議さを、唾液をたっぷりと乗せた舌で味わうのは、
他の何でも得られない、知性が蕩けていく気持ちよさがあった。
「ふっ……んぷ……ぅ、ふぅ……」
 唇がめくれるのも厭わず、彼の性器に顔を押しつけ、舌の奥で球体を回す。
このまま呑みこんでしまえたら、という願望は、亜柚子の腹の奥に淫火を焚きつけ、
熱せられた女の部分から粘った雫をしたたらせた。
両の内腿を擦りあわせるのは、亜柚子にとっておそろしくはしたない行為だったが、
九龍に見られる気遣いはなかったので、薄紙を挟むように強く足に力をこめた。
 一瞬だけ得られる悦楽、そして訪れるより大きな疼き。
亜柚子はそれを承知していただけでなく、快楽のために利用するつもりだった。
疼きを鎮めるためなのだから、と理性に命令し、
眼前にそびえ立つ逞しい肉柱を頬張る許可をとりつけたのだ。
それはもちろん、頭の中だけの馬鹿馬鹿しいやり取りにすぎなかったが、
そういった手順を踏まなければ、亜柚子は自分が一晩中でもこの、
どのような呼び方をしても本質は変わらない、亜柚子を犯すための器官を愛してしまうことを知っていた。
 現に自制を止めた途端、口の中には唾が湧きだしている。
溜まった唾を亜柚子は呑みこまずに、まずは陰嚢と肉柱の継ぎ目の部分から、
べったりと舌を押しつけた。
「う……っ!」
 それまでと別種の快感に見舞われた九龍が大きく悶える。
期待通りの反応に気をよくした亜柚子は、跳ねた九龍の身体が鎮まるのを待って、
再び、今度はより強く唇を吸いつかせた。
火傷しそうな熱が敏感な部分を通して伝わってくる。
唇を強く押しつけ、亜柚子はより多くの熱を吸い取った。
「ん……」
 たまらない熱。
十一月の冷気に当てられた身体を熱し、それ以上の火照りを与える焦熱。
もはや一秒たりとも我慢できなくなって、口の奥に溜めた息を亀頭に浴びせ、そのまま咥えこんだ。
「あっ、うぁ……っ」
 九龍の手がカーペットを掴み、その勢いで腰が浮きあがる。
いきなり口腔の半ばまで入ってきた熱い塊に亜柚子は驚いたが、吐きだそうとはしなかった。
むしろ、少しずつ味わおうと思っていた濃密な臭いが一気に鼻腔に侵入してきて、
酔いさえ感じてしまうほどだ。
歯を立てないよう気をつけて鼻から息を抜いた亜柚子は、しかし、目を閉じ、
口の中にあるものの形を意識しながら、舌腹で雁首の裏側を強く擦りあげた。
「あっ……!!」
 九龍が泣きそうな声で悶える。
驚かせた罰だと判らせるため、亜柚子は無言でもう一度同じ場所に、同じ刺激を与えた。
「……!!」
 今度は九龍はよく我慢し、快楽に耐えている。
そうすると亜柚子はその我慢を打ち崩してやりたくなって、
舌をべっとりとペニスに貼りつけ、とろとろと舐めはじめた。
「っ、く……ぅ……!」
 頬を膨らませ、口の中にできるだけの空間を作り、舌を動かす。
息苦しさはあっても、それに勝る興奮が喉元を炙り、亜柚子は息の続く限り熱い肉の茎を頬張った。
少しでも奥まで咥えようとすると、おのずと鼻の下が伸び、
とても他人には見せられない顔になってしまうが、構わず口淫を続けた。
息が続かなくなると、鼻から息を出し、その勢いで今度は吸引していく。
「あっ、う……! せん、せい……っ……!」
 悲痛な喘ぎと裏腹に、口の中で男根は一層張りつめる。
勃起のメカニズムをよくは知らない亜柚子だが、このまま口腔を塞いでしまいそうな膨張をする
ペニスに抱く恐怖と、そのまま口腔全体で彼を感じたいという願望とが閉じた瞼の裏で交互に瞬いて、
全く止めようとは思わなかった。
 舌の根元で感じる男性器の重みに、酔いしれる。
舌を左右に振り、肉茎の形を存分に味わいながら、亜柚子は顔ごと口を離し、
間髪入れずに再び咥えこんだ。
「ん、はふ、んぅ……」
 彼を吸いこむたびに、感じる場所がわかってくる。
どういう動きをすれば口の中でペニスが震えるか、彼が喘ぐか、
ひとつひとつ試すのが、とても愉しかった。
頬をへこませ、息の続く限り吸いあげる。
その逆に、腹から熱い呼気を口元に送りこみつつ、溜めた唾液で舌全体を使って舐めまわす。
下顎にかかる重みすら愛おしく、亜柚子は時間をかけて口淫に没頭した。
「……っせ、先生っ……!」
 切羽詰まった九龍の喘ぎは、亜柚子の下腹に鈍い熱をもたらす。
落ちたらまず助からないような穴や、見たこともないような怪物を前にしてもほとんど乱れのない声が、
舌のわずかな動きだけで高低も大きさもあやふやになるのは、愉しい、と思ってしまう。
けれどもその愉しさが頬を緩ませることはなく、亜柚子は逆に男根を挿しこんだ口をへこませて、
能うかぎりの快感を彼に与えた。
「先生、俺、もう……!」
 九龍の訴えを聞き届けるかどうか、亜柚子は迷った。
そのまま精液を呑んでしまうことに、抵抗はない。
むしろ強烈な臭いを口中に迎えいれるのは望ましいくらいで、
九龍の、粘度の高い精液を時間をかけて嚥下するのは、この上ない興奮をそそるのだ。
そして申し訳なさそうな顔をする九龍に、優しく微笑んでみせる――
 その考えはひどく魅惑的だったが、今日はやめておくことに亜柚子はした。
まだ純朴な少年が抱いている女性への幻想を無理に壊す必要はない。
それに、今日はいつもよりも昂ぶっていて、そろそろ彼を直接感じたいと思ったのだ。



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