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 ようやく綻びを見せた九龍に対し、瑞麗はそれをあげつらうようなことはしなかった。
眉尻が吊りあがっているためにややきつ目にも見える、しかし紛うことなき中国人の美女は、
その眉尻をわずかに下ろし、女性に未だ強い関心を持たない九龍でさえ一瞬呼吸を忘れるような慈愛に満ちた表情で微笑んだ。
「気にするな、今は結界が張ってある。お前の可愛い声は外には聞こえないよ」
「汚え……!」
「汚い? 私がその気になれば、お前に直接札を貼って言うことを聞かせることもできるんだぞ?」
「……」
「ま、諦めるんだな。お前はもう私のものだ」
 一瞬抱いた想いも遺跡の地下に埋め、九龍は憤激した。
いつの間にそんな話になったのか、誓ってそんな契約を交わした覚えはなかった。
 瑞麗が美人なのは認める。
しかし常に人を小馬鹿にしたような態度が気に入らなかったし、
なにより九龍は『宝探し』という情熱に今は焦がれていて、女性に関心を振り向ける余裕などなかった。
女は魔物だ、美女が絡む仕事は普段の倍気をつけてもし過ぎということはない、
先輩の宝探し屋から聞かされたそれらの警句も、九龍は未だ自分には縁のない話だと思っていたのだ。
ところが先輩宝探し屋ハンターから聞いた、「女と危険は向こうからやってくる」という
警句にもならなそうな警句がまさか身に降りかかるとは、全く世界は驚きに満ちているとしか言いようがなかった。
 九龍がそんなことを考えていると、不意に頭の左側に感じていた温もりが消えた。
瑞麗が膝の上から下ろしたのだ。
ようやく解放されるかと思った九龍だったが、事態はより悪い方向へと進もうとしていた。
ベッドに寝かされた九龍が身を起こすより早く、瑞麗が上に跨ってくる。
知らないうちに四肢の力を抜ききってしまっていたらしく、押しのけようと手を伸ばすことさえできなかった。
「な……なんだよ」
 艶のある長い黒髪と、白衣の裾が触れる。
学生服は生地が厚いはずなのに、そんな細やかな感触さえはっきりと伝わってきた。
「どうした、顔が赤いぞ」
 看破され、九龍の顔はますます赤くなった。
女性とこのような体勢で近づくのは初めてのことだったし、さらに体は一足早く先に瑞麗を受け入れていたのだ。
「なんでも……ねぇよ」
 自分のものとも思えない、ひどく掠れた声を聞きながら、九龍はひどく艶かしく動く白い喉に魅入られていた。
「そうか?」
 低く笑った瑞麗は、今九龍がもっとも触れて欲しくない場所をまさぐった。
抵抗しようと思っても、冷たい切れ長の瞳に凝視されるとどうしようもなくなってしまう。
蛇に睨まれた蛙というのがこんな状況なのだろうか、と九龍が正しい比喩を考えているうち、
白くほっそりとした手は呆れた早さでファスナーを下ろし、ズボンの中で張りつめていた屹立をさすってきた。
「ふふ、もうはちきれそうだな」
「さ……触るなよ」
「こんなにしておいて、説得力に欠けるな」
「したのはあんただろ」
「だから最後まで面倒を見てやるんだ。筋が通っているだろう?」
 言いくるめられてしまった九龍は、それ以上反論できなかった。
掌で屹立をなぞられ、情けなくも声を詰まらせてしまったのだ。
「な……なぁ、待てよ」
 柔らかな圧力で押しつけられた屹立が、意識の中心になる。
一直線になぞるだけでなく、蛇行を描いたり、やわやわと揉み、さする動きに九龍は翻弄され、抗えなかった。
下着越しにもたらされる快感に身を預け、物足りなささえ覚えはじめたころ、
見計らったように瑞麗の手は下着の中に滑り込んでくる。
「……っ」
 じかに昂ぶりに触れられた時、反応を抑えてしまったのが九龍の敗北だった。
九龍の瞳を覗き込んだ瑞麗は、いかにも愉快そうに目を細めると、身体ごと下にずらし、
手で触れているものに更なる刺激を与えようとしはじめたのだ。
 思っていたよりも冷たかった指先が、心地よさをもたらす。
罠を突破した時や、秘宝を見つけた時とは異なる、より直截的な心地よさに、
九龍は口を衝きそうになる快楽を留めるため、唇を噛まねばならなかった。
「……」
 冷たく、柔らかな感触は張りつめている器官を優しく包み込むと、ゆっくりと上下する。
それは知らない快感ではなかったのに、知っているのとはまるで異なる快楽をもたらし、
九龍は恐ろしさすら感じたほどだった。
生物として抗いがたい快感にうろたえ、瑞麗を見下ろす。
 足の間に陣取った瑞麗は屹立にほとんど触れんばかりに顔を近づけていたが、
九龍の視線に目だけで応えると、濃い紅に塗られた唇から口紅に劣らない紅さの舌を伸ばし、
熱く猛る先端を舐めあげた。
「く……っ」
 毒虫に刺された時でさえ悲鳴をあげない九龍だったが、この未知の快楽にはまるでなすすべがなかった。
冷たく、熱く、包みこみ、触れる。
腰を駆けのぼり、脳髄へと染みわたる愉悦から、九龍は腰を引いて逃れようとした。
大げさなほどの反応を、九龍は決して大げさだとは思っていなかったが、瑞麗は苦笑いして諌める。
「まだ我慢しろよ」
「む……無理言うな」
「できなければ無理やり我慢させるぞ?」
「その無理やりってのやめろよ」
「言うことを聞かないのだから仕方がないだろう」
 時々彼女の話に出てくる弟とやらも、
こうやっていつも脅されて従わされるのが嫌で出奔したに違いない。
会ったこともない瑞麗の弟に九龍は同情したが、彼に同情してくれる者はいなかった。
 無理難題を押しつけた瑞麗が、再び舌先を伸ばした。
下着をおろされ、硬くなっている性器は、剥きだしの肉と同じくらい過敏に刺激を受け取ってしまう。
四肢を突っ張らせ、シーツを掴んで九龍は耐えようとするが、
瑞麗がそれをあざ笑うように舌先で先端をなぞり、脈打つ血管を辿っていくと、
だらしなくも恍惚の息を吐いてしまうのだった。
 屹立を裏側から責める舌が、不意に離れる。
途切れた快楽に九龍が戸惑っていると、今度はそれをはるかに上回る、波濤のような快感が全身を打った。
 亀頭が瑞麗の口の中に消えている。
疎い九龍でもそういう行為があることを知ってはいたが、実際に経験してみると、
頭の中での知識など何の役にも立たなかった。
どれほど偉そうに突っぱねたところで、若い肉体は過敏ともいえるほど快楽を享受しており、
性器を口の中に収めたまま、舌でそっとなぞる瑞麗を押しとどめることはできなかったのだ。
「あ……うっ」
 屹立を舐めまわす動きに、腰が跳ねる。
熱い口腔の内で、ひときわ熱い塊は九龍の弱点を熟知しているかのように這いずり、責めたててきた。
「ふっ……んっ……」
 くぐもった声を響かせながら、瑞麗は顔自体も上下させる。
舌の根元で亀頭をしごかれ、そのまま引き抜かれるかというほど吸われると、のけぞるような快感が九龍を襲った。
快楽に耐えきれず身体を震わせても、瑞麗は憎いほど落ちつき払って
激しく、優しく、巧みな緩急をつけて屹立を頬張る。
続けざまに波を送りこまれた九龍に、一気に昂ぶりが訪れた。
腰に欲望が訪れ、塊となって爆ぜる。
「……っ!!」
 噴出した白濁は瑞麗の顔を打ち、薄朱に染まった頬を塗りこめていく。
半ば塊と化した多量の精液を一滴余さず顔にかけてしまった九龍は、
射精の快感に虚脱しながらも、許しを請うように瑞麗を見た。
「何を気にしている? 何度でも出せばいいだろう。お前の精ならどれだけでも受けてやるぞ」
 顔についた精液を掬いながら、瑞麗は怒りもせずに言った。
異臭を放つ液体に汚れる顔は、まさに淫靡というにふさわしいものだった。
喉を大きく鳴らし、そうすることでかろうじて欲望を抑えた九龍は、
にじりよる瑞麗を制してずっと胸中にあった疑問を口にした。
「なあ……どうして俺なんだ? 俺はガキだし、正直言ってあんたに釣り合う男とは思えない」
「なんだ、ロゼッタの『宝探し屋』が随分弱気じゃないか」
 事実、九龍は弱気だった。
強さに優劣を見出す道を九龍は選んではいないが、
圧倒的な力の前に叩きふせられればいやでも現実を直視させられる。
どれだけ粋がっていても所詮はまだ十八の若造であり、井の中の蛙なのではないか。
九龍はこれまで宝探し屋としての天性があることを自他ともに認め、
挫折することもなくきてしまったので、瑞麗に初めての敗北を喫し、
しかもその負け方が自尊心を木っ端微塵にされるものであったから、ショックが未だ尾を引いていた。
だからその、自尊心を木っ端微塵にした女性に言い寄られても、どうしても素直に好意を受け入れることができなかったのだ。
 九龍の主張に思うところがあったのか、瑞麗は表情を改め、顔を寄せる。
周りにはいない、真剣味と余裕と女の色香とを過不足なく調和させた瑞麗の貌は、九龍が一時呼吸を忘れるほどだった。
「お前は未知の遺跡を進み、誰も触れたことのない財宝を手にした時、どんな気分になる?」
「そりゃ……嬉しいよ」
「もう少し具体的に」
「なんか……胸の奥から湧いてくるんだ、俺が初めて見つけたんだ、っていうどうしようもないくらいの嬉しさが」
 九龍が語ると、瑞麗は我が意を得たり、とばかりに大きくうなずいた。
切り揃えられた前髪が軽く踊り、九龍は視線を逸らしてしまう。
「……あんたにとって、俺が宝だってのか?」
 聞くも恥ずかしいことだったが、聞かずにはいられないことだった。
「まだそうだと断定はしないがな、可能性は高いと思っている」
 真顔で、赤面を促進させる答えをよこした瑞麗は、さらに身体を乗り出して訊いた。
「それで、どうなんだ? どうしても嫌なら止めても構わないぞ」
 宝探し屋ハンターとして、肉体と精神を己の制御下に置く訓練はさんざんしてきたはずだった。
なのに九龍は今、そのどちらもが言うことを聞かない状態に陥っていた。
それを確認できたのは、ようやく動く口を、かろうじて動かしてのことだった。
「……こんなにしてからそんなこと訊くなんて、卑怯じゃねぇか」
「女はな、男のためにならいくらでも卑怯になれるものなのさ」
 片目を閉じた瑞麗が、体重を預けてくる。
逆らわず受け止めた九龍は、瑞麗ごと後ろに倒れた。
片腕で男を昏倒させるほどの体術の使い手とは思えないほど、軽やかな重みが快い。
清潔な白衣の背中にぎこちなく腕を回し、初めて感じた女の肌に戸惑っていると、微量の熱気を頬に感じた。
「……っ……」
 頬に、それから唇に。
瑞麗の口唇は想像していたよりもずっと柔らかかった。
いくらかの心構えをしていた九龍は、完全に予想を裏切られてパニックに陥ってしまった。
「……っ、あっ」
 悲鳴とも嗚咽ともつかない声に、瑞麗が顔をしかめる。
「そんな声はないんじゃないのか?」
 九龍もそう思うが、声帯は全くいうことを聞かない。
空しく口を動かしてみたものの、頭の中の言語を司る部分まで壊れてしまったようで、
意味のあるどんな言葉も紡ぐことはできなかった。
「お前……まさか、キスも初めてか?」
 返事もできず二度、首を縦に振ると、瑞麗は傍目で見てわかるほど機嫌を良くし、再び唇を触れさせた。
今度は一呼吸の長さ、キスは続く。
相変わらず感覚は飽和状態にあって、ただ柔らかいとしか伝わってこなかったが、
その中にもかすかな強弱を九龍は感じ取った。
 それは、生命の律動に等しかった。
触れている小さな部分から、彼女全てが流れ込んでくるような感覚。
全身を支配していく甘美な意識に、九龍はたちまち溺れた。
「……」
 瑞麗が映る。
目は開けていたはずなのに、これまで像を結んでいなかったのが、
彼女が顔を離すことでようやく焦点をとらえた。
まっすぐに見つめている黒い瞳がわずかにぶれた、と思った直後、ひどく浮き上がって見える唇が動いた。
「今度はもう少し長くするぞ」
 長く、という意味を九龍は理解していなかった。
白んだままの頭をかろうじて振り、三度目のキスを待ち受ける。
三度程度では全く慣れない感覚はほどなく訪れたが、今度こそ少しは慣れようとしていた九龍を、
いきなり生温かな刺激が襲った。
「……!!」
 耳の裏側の血管が爆発する。
快感などと生やさしいものではない、全ての神経が麻痺してしまうような快楽が口元をくすぐっていた。
瑞麗の舌が、唇を押し割って入ってこようとしている。
そう頭のどこかで九龍は状況を受け取っていたが、拒むことも、受けいれることもできなかった。
息をする以外のあらゆることが、動作を受けつけなかったのだ。
 唇の下側からじわじわと這いのぼってくる瑞麗の舌は、閉じたままの口を水平に移動し、入り口を探る。
端まで到達し、九龍が口を開かないと知ると、閉じられた唇に圧力を加え、少しずつこじ開けようとしてきた。
船乗りを誘うセイレーンの歌声のような甘美な刺激は止むことなく続く。
無駄な抵抗は長く続かず、隙間を執拗に探る粘質の塊に九龍は、おそるおそるながら口を開いた。
 舌が触れる。
明確な意思をもって求めてくる瑞麗に、九龍は戸惑うしかなかった。
戸惑っているあいだに滑りこみ、絡めとる女。
どんな台詞よりも雄弁に語り、どんな表情よりも仔細に告げるくちづけに、
これまでの生涯でもしかしたら無機物と接してきた時間の方が長いかもしれない九龍は、
嵐に投げ出された小舟さながらに翻弄されていた。
「……ん……」
 瑞麗のくぐもった声が、耳からも染みいってくる。
全てを奪われてしまったかのような感覚は、しかし決して不快なものではない。
粘度を増していく口腔に同調するように溶けていく意識を、九龍は繋ぎとめようとはしなかった。
性器を刺激されるよりも、もしかしたら上回る快さは、とめどなく流れこんできて、
ただ口の中を濡らすものに身を任せ、溺れていく。
甘い吐息と共に口移しで伝わってくる呼気に、生温かな滑らかさを伝える舌に、
そして愛おしげについばみ、重なる唇に、九龍は芯まで浸かっていった。



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