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「うっわー……」
 呟いた口の形もそのままに、明日香は九龍の股間を、そこから現れたものを凝視する。
幽花はといえば全く変わらぬ無表情のままだが、明日香と同じく視線をそらせようとはしていなかった。
「ねえ、これって大きいほうなの?」
 しげしげと眺める明日香に、九龍は居心地悪そうに身じろぎした。
「知るか、他のやつのなんて見たことねぇよ」
「えー、そうなの? 女の子は着替えるときとか見るよ、胸。ね、白岐さん」
「わ、わたし……は……」
 幽花は明日香の胸を見てうつむいてしまった。
どうやら、幽花の好きはまだ観念的なものらしく、その後の行為が結びついていないようだ。
対照的なのは明日香で、三人での関係に驚いた後は、むしろ積極的にそれを受けいれていた。
今も、髪をカーテン代わりにして、その中に隠れてしまったかのように恥じいる幽花に、なぐさめるように手を伸ばす。
「! ……な、何を……?」
「えへへ、白岐さんの胸、触っちゃった。ね、あたしのも触っていいよ」
 幽花の、まだ膨らむきざしがほのかにあらわれているにすぎないなだらかな丘に手を置いたまま、明日香は微笑んだ。
 その、人好きのする笑顔にほだされるように、幽花は言われるまま、明日香の、
こちらはもう完熟に近いほど大きく実っている乳房にそっと触れる。
「ん……っ」
「あっ……ごめんなさい」
 指先が触れた途端あがった声に、幽花は彼女らしくない素早い動きで手を戻した。
「ううん、違うの。白岐さんの手が、少し冷たかったからびっくりしただけ」
 それが嘘でないと示すように、明日香は引っ込んだ幽花の手を再び自分の胸に触れさせた。
「えへへッ……どう?」
「温かくて……とても、気持ちいいわ。心が安らいでいく」
 言葉に偽りはないらしく、幽花はわずかに微笑んでいた。
二人はお互いの右の乳房に手を添えたまま、しばらく見つめ合う。
周りに花でも咲きそうな麗しい光景だったが、絵画めいた場面を打ち破ったのは意外にも幽花のほうだった。
明日香を双眸で逃さず映しながら、彼女に触れた手を静かに滑らせる。
服の上からではわからなかった、童顔の明日香には不釣り合いなほど豊かな乳房は、
幽花の掌を沈みこむような弾力で柔らかく受けとめ、離さなかった。
 無表情のまま胸を撫でる幽花に、明日香は笑いこそしなかったが、まばたきを数度してつぶやいた。
「白岐さんて、結構大胆だね」
「えッ、あの……ごめんなさい」
「あっ、怒ってるんじゃないよ。白岐さんの手、なんか気持ちいいし」
 奇妙ともいえる感想に、幽花は小首をかしげる。
それは教室で見られるような、何事にも無関心な彼女ではなく、
少なくとも明日香の言葉を理解しようと努力はしているようだった。
「そう……なのかしら? 自分では、よくわからないけれど」
「うん、なんかね、自分で触るよりも……えへへッ」
 戸惑う幽花に赤裸々な告白をした明日香は、恥ずかしさを紛らわせるように手をそっと動かした。
「あッ、八千穂……さん……っ」
 揉むというよりも撫でるような動きで、幽花の胸を愛撫する。
薄い胸はかろうじて膨らみが判別できる程度しかないが、明日香は優しく、慈しむように触れた。
「あたし……ね、白岐さんのこと、もっと知りたいって思ってたんだよ。
いきなりこんなふうになっちゃうなんて思ってなかったけど」
「私もよ、八千穂さん。私も……あなたのことを、たくさん……知りたいと思っていたわ」
「そうなんだ、嬉しいな」
「嬉……しい……?」
 良くて驚かれるか、悪ければ気味悪がられると思っていたので、
明日香の返事は幽花にとって意外すぎた。
けれども、明日香の満開の向日葵めいた笑顔を見れば、それが本心であるのは幽花にも分かる。
幽花はこれまで誰かに喜んでもらった経験がほとんどなかったけれど、
胸が温かくなっていくのはとてもいい気持ちだった。
 そして、内側から温かくなっていく胸は、外側からも熱を帯びていく。
明日香の柔らかな掌は一定のリズムで円を描くように撫でながら、
時折指先で先端にも触れてくる。
身体の他の部分を触られた時とは違う、薔薇の刺に触れてしまった時のような、
でもそれよりも甘く、できればもっと触って欲しいと思うような痺れ。
「白岐さん……」
 名前を呼ばれただけで、痺れが広がる。
名前なんて今までに何度も呼ばれたはずなのに、明日香に呼ばれると、
夜来香を嗅いだ時のような酩酊に包まれるのだ。
ふわりと漂うような感覚の中、幽花はもう一度明日香の方に腕を伸ばした。
 柔らかくて、温かな感触。
掌に伝わるそれは本当に気持ち良くて、幽花は明日香が自分の胸にしている
動きをまねて手を動かしはじめた。
 幽花はゆっくりと明日香の乳房全体を撫でまわしている。
その動きは感じさせようとしているというより、子供が無心に肌の温もりを求めるのに近い。
そしてそれだけにかえって情感が強く伝わるのか、明日香の表情が次第にとろんとしてきた。
「あ……ん……白岐さん……」
「八千穂、さん……」
 二人は浮かされたようにお互いの名を呼び、そのままくちづける。
交わすキスもはじめはしっとりと長く、微動だにしないで唇を触れあわせるだけだ。
「ん……」
「……っ、ふ……」
 静かな部屋にかすかな呼吸だけが響く。
この部屋にもう一人いることなど念頭にないかのように、明日香と幽花はずっとキスを止めなかった。
 置いてきぼりにされた九龍だが、疎外感は感じない。
それどころか目の前で美少女二人がなまめかしく睦みあっているところを見られるのだから、
野暮はせずに少しの間傍観に徹することにした。
「ねえ……白岐さん……」
「何……? 八千穂さん……」
 幽花の返事はその瞳同様常に真摯で、明日香の一言をも聞き漏らすまいとしている。
明日香はそんな幽花がおかしくもあったものの、それ以上に彼女の濡れた瞳に見つめられるのが嬉しくて、
声を出して笑ったりはしなかった。
何も知らない妹に、いけないことを教えるような妖しい気分になりながら、明日香は囁く。
「ね……くっつけっこしてみようか」
「え……?」
 幽花が戸惑っているうちに、明日香は自分の胸を幽花に押し当てた。
なだらかな丘のほぼ中心に位置する薄褐色の小さな蕾は、
それよりもいくらか色の濃い突起に刺激され、ひくりと跳ねた。
「あ……あ……ッ!」
 刺激としてはたいしたことはなさそうなのに、幽花の髪は大きく揺れ動く。
瞬間、露になった、しなやかに反りかえった背中の幽玄的とさえいえる美しさに、
九龍は思わず唾を飲み下していたが、二人はむろんそんな音に気づくはずもなく、
そのまま、折れてしまいそうな幽花を、明日香が抱きとめた。
「白岐さん……!」
「あぁ……ッ……」
 幽花はそのまま明日香にしがみつき、二人の少女はしばらくの間、一言も発さずに抱きあった。
呼吸さえ忘れたかのように肌を密着させる明日香と幽花を、九龍さえまばたきもせずに見つめていた。
 長い時間、本当は一分かそこらの時間でしかなかったとしても、
この部屋にいる三人にとってはとても長い時間が過ぎ、
ようやく少女二人は抱擁を解いた。
「気持ち……良かった?」
「ええ……とても」
 幽花は素直な感想を口にしているだけで、それがかえって明日香には、
無垢ゆえのいやらしさを感じてしまう。
ほのかに射しこむ月光に透かしてみれば、白い頬もうっすらと上気しているようで、
それがまた明日香には嬉しく、そして興奮を誘われるのだった。
 明日香がもう一度幽花に触れようか、迷っていると。
小さな咳払いの声が、右側から聞こえてきた。
そこにはもちろん九龍がいて、明日香は短い間とはいえすっかり彼の存在を忘れてしまっていたことに気づく。
九龍は怒ってはいないようだったが、お詫びの意味も兼ねて、明日香は九龍の方へとにじり寄った。
「九ちゃんにも、してあげるね」
 明日香は勃起した男根にも物怖じせず、むしろ興味もあらわに顔を寄せてきた。
 彼女につられるように幽花も顔を近づけ、図らずも九龍は美少女二人に股間を観察される。
「なんかさっきより大きくなってるような……痛くないの?」
「全然」
 男のメカニズムを全く知らない二人に、九龍の興奮は増した。
幽花は紛れもなく俗世のことなど知らない美少女であり、
明日香も、九龍を悩ませたほどの食欲さえ知らぬふりをすれば顔もスタイルも充分に水準以上だ。
何も知らない二人をこれから自分好みに染めあげられると思えば、いやがおうにも期待は高まるというものだった。
「あ、また大きくなった」
 支えもないのに上を向く男性器がよほど不思議らしく、明日香は指でつついたりしている。
もどかしい快感に、九龍はたまらず催促しかけたが、明日香は自分の言ったことを忘れてはいないようだった。
右手で柔らかく肉茎を握ると、ゆっくりと上下にさすりだす。
刺激そのものは小さくても、他人に性器を愛撫されること自体が初めての九龍には
強すぎるほどの快感で、たまらず腰が引けてしまう。
「あっ、ごめんね……痛かった?」
「いや……」
 本当に心配しているようすの明日香に、気持ち良かったとは言いにくい。
とはいえ心配げな視線は何らかの答えを得るまでは逸れそうにもなく、
焦った九龍はもう一人に助けを求めた。
「なあ、幽花……幽花はいつからこいつのこと好きだったんだ?」
「え……?」
 明らかに話題を逸らすためだけの九龍の問いにも、幽花は長い睫毛を伏せる。
軽く曲げた白い指を唇に当てた仕種はこの物憂げな少女によく似合っていて、
同性である明日香でさえも魅入ってしまったほどだった。
「夏を……過ぎたころかしら、ちょうど貴方が天香ここに来たころ」
 九龍の方を見て答えた幽花に、目を丸くしたのは明日香だった。
「そうだったの!? 話しかけてもあんまり答えてくれないし、嫌われてるんだと思ってた」
「ごめんなさい、私、あの……あんまり、誰かと親しくしたことがなくて、
何を話したらいいかわからなくて」
「あ、ううん、怒ってるんじゃないよ、でも意外だったなあ」
「そりゃ、あんな馴れ馴れしく来られたら大抵はびっくりするだろ」
「九ちゃんは黙ってて! ……そっかぁ、そうだったのかぁ……」
 感慨深げに何度も頷いた明日香に、今度は幽花が問う。
「八千穂さんは……いつから九龍さんのことを?」
「え? あたし? 面と向かって聞かれると照れるな……んっと、一ヶ月くらい前かな?
遺跡で落っこちそうになった時にね、九ちゃんが助けてくれたの。その時の手が、おっきかったなぁって」
 女の子に好かれて嬉しくないはずもないが、もう少しまともな、
たとえば顔がいいだの遺跡を探索する姿が格好良かっただのという理由を期待していた九龍は、
若干がっかりしつつ口を挟んだ。
「なんだそりゃ……そんなんで好きになんのかよ」
「えー、だって男の人に手握られたのって初めてだったし、九ちゃんって口悪いけど優しいじゃない」
「……」
 優しい、などと評されるのは生まれて初めての九龍は、
どんな表情をしていいのかわからず、やみくもに顔を撫でた。
それがおかしかったのか、明日香が小さく笑う。
そして笑う明日香を見た幽花も、自分のことのように口元をほころばせ、それが九龍をも喜ばせるのだった。
しばらく笑った三人は、やがて最初に笑いだした明日香が、最初に笑みを収める。
「あたしね、とっても嬉しいの。九ちゃんが来て、普通の女の子じゃ経験できないようなこと
たくさん経験したのもだけど、三人で一緒に探検したのがね、
本当に楽しくて、それで……こんなふうに一緒になれたのが、すっごく嬉しいの」
 明日香の想いに共鳴したように胸に手を当て、幽花も頷いた。
「私もよ、八千穂さん。私は運命を受けいれていた……でもそれは、ただ諦めていただけだったのね。
運命に立ち向かうことを教えてくれたのは、そして乗りこえさせてくれたのは、
八千穂さんと九龍さん……あなた達よ」
「エヘヘッ、なんか照れちゃうな、ね、九ちゃん」
「ああ、でも良かったよ、幽花が巫女だのなんだのって役目から解放されて」
「うん」
 うまくまとまった、とそちらの意味でも胸を撫で下ろした九龍だったが、
安心するのはまだ早かった。
聞くだけ聞いてとぼけようとする九龍のことを、明日香はちゃんと忘れていなかったのだ。
「九ちゃんは? いつ白岐さんのこと好きになったの?」
「い、いつってお前、男はんなこと言わねぇよ」
「あー、ずるーいッ、あたしたちが言ったんだから九ちゃんだって言わないとダメだよね、白岐さん」
「え……あ、あの……」
 同意してよいものかどうか、戸惑っている幽花をよそに、明日香は身を乗り出して九龍に迫った。
ここが教室か遺跡なら逃げ出すこともできただろうが、
女子寮の一室から全裸で逃げ出せばずいぶんとみっともないことになる。
今は冬休みで大半の生徒が帰省して居ないとはいえ、
誰かに見られでもしたら、いかに學園に功績があった九龍といえども阿門はかばってはくれないだろう。
窮した九龍は一度荒ぶる呼気を吐きだし、息を整えて語りはじめた。
「もう校舎が閉められる寸前、たまたま教室に入ったら幽花がいたんだよ」
 ほとんど沈んでしまった、暗いオレンジ色の夕陽を従えた幽花が、夜の女王のように九龍には見えたのだ。
それは古代遺跡と銃にしか美しさを見いださない変人をも一瞬で魅了するほどの神秘的な美しさで、
彼女が封印の巫女としての宿命を負わされていると知ったとき、九龍は心の底から救ってやりたいと思ったのだった。
「うっわー、ずいぶんロマンティックなんだね、九ちゃんて」
「悪かったな」
 憮然とする九龍だったが、茶化した明日香は意外にもそんな九龍を好意的に見ている。
オレンジ色の校舎とそこにたたずむ幽花というのは明日香にもイメージしやすく、
そういったイメージの共有は女から男を見る目を、悪くない方に傾けるものなのだった。
 ところが、話を聞いた明日香が九龍に対する好意をやや増したのに対し、
当事者である幽花の方は、要領を得ない様子で九龍の方を見やり、小首を傾げた。
「九龍さんは……私のことが、好き……なの……?」
 心底驚いた顔をしている幽花に、九龍は鼻を掻くしかなかった。
「面と向かって訊かれると答えにくいけどな」
 九龍の返答に幽花の顔が一層驚いたものになる。
それを見た九龍は、いささかの落胆を抱きつつ、説明を加えた。
「幽花だってあんな約束を受けてくれたんだから、まんざらでもないと思ってたけど」
「うぬぼれだったんだ」
「うるさいな」
 横やりを入れた明日香の額を弾き、九龍は肩をすくめる。
確かに明日香の言うとおり、まるっきりうぬぼれていないというわけではなかった。
むしろこんな提案を呑んでくれたくらいなのだから、
脈はかなりあると思っていたのだ。
「それは、約束だからと思って」
「だから、嫌いだったらそもそもそんな約束しないだろ?」
「好きだとしてもちょっとズルいと思うけどね、脅迫みたいで」
「俺だって本気で強制するつもりじゃなかったんだよ」
 ここにきて言い訳もみっともないと九龍自身も思ったが、そこまで卑怯な男だとは思われたくなかった。
しかし明日香はいやらしい目つきをして、更に追及してくる。
「どーかなー、九ちゃん結構姑息なトコあるよね、物陰から手榴弾投げたり」
「馬鹿、手榴弾はそうやって使うモンなんだよ。でないとこっちもやられちまうだろうが」
「他にも後ろから撃ったりさ」
「当たり前だろ、正面からあんな化け物とやりあってどうすんだよ」
 どうも明日香は宝探し屋というのをヒーローと勘違いしているらしい。
それは目当ての秘宝を見つければ華々しくはあるが、
そのためには地道な、地面や壁や天井に常に注意を払う必要があるし、
敵がいても極力戦わない、そもそも敵に見つかる前に秘宝を見つける宝探し屋こそが一流なのだから、
基本は影に隠れ、闇に潜む、どちらかといえば地味な職業なのだ。
「違うの……私、今まで人を好きになったことなんてなかったし、好きだなんて言われたこともなかったから」
 漫才かコントのような九龍と明日香のやり取りとは異なり、幽花の独白は女優のおもむきがある。
半ばつかみあいの口論になりかけていた二人も、思わず動作を止めて聞きいったほどだった。
「八千穂さんのことはもちろん好きだけれど、九龍さんのことも……」
 口をつぐんだ幽花に、九龍と明日香は顔を見合わせた。
お互いの表情に納得し、揃って開いた口は円熟の夫婦のようだった。
「幽花って案外欲張りなんだな」
「うん、あたしもちょっとそう思った」
「えッ……あの、ダメ……かしら、やっぱり、二人ともだなんて」
 二人に協調されて、幽花はおよそ九龍も明日香も見たことのない行動に出た。
うろたえ、二人をせわしなく見やったのだ。
長い髪を左右に揺らし、怒っていないか心配している幽花に、九龍と明日香は同時に噴きだした。
「俺は構わないぜ、気持ちはさっき言った通りだし」
「あたしも! エヘヘッ、結局みんな欲張りなんだよね」
 安心させるように微笑む明日香に、ようやく二人の気持ちを理解した幽花も微笑みを返す。
それは三人が、この奇妙な関係を本当に受けいれた瞬間でもあった。
「ね、九ちゃん。……もう一回、キスしてくれる?」
 新しい関係には、新しい契約を。
そう口に出した明日香ではなかったが、明日香の気持ちは九龍にも、そして幽花にも理解できた。
 目を閉じて待っている明日香と、九龍はさっきよりも長いくちづけを交わした。
「ん……」
 みずみずしい唇の感触は石に囲まれた遺跡の中では決して味わえないもので、
九龍の心は一時『宝探し屋』を離れ、年齢相応の男のものとなる。
明日香は同年代の男から見ればまず八割方可愛いと言われるような女の子で、
食い意地が張っているのさえなければ、と二言目には言う九龍も、その点は認めているのだ。
ましてこんな、女の子の魅力が全開になる状況では、
九龍の立場で文句など言ったらばちがあたるというものだろう。
「八千穂さん……」
「白岐さん……」
 名残惜しさを握りあった掌に残しつつ九龍が唇を離すと、
幽花が身を乗り出して、自分からキスを迫る。
熱に浮かされた頬を月明かりに照らす幽花に、微笑んだまま明日香も応じ、
二人の少女はしばらくの間、静かに各々の唇の感触に酔いしれた。
「幽花」
「九龍、さん……」
 そして今度は九龍が幽花の肩を抱く。
幽花は目を閉じて受けいれたが、九龍はそれだけにとどまらなかった。
絵の具を落としたような紅の唇を舌で開かせ、口腔をまさぐる。
「――!!」
 不意をつかれた、というよりもそんなキスの存在を知りもしなかった幽花は、
なすすべもなく九龍の舌を受けいれるほかなかった。
「……っ……ん……」
 怖い、という感情が脳裏を掠めるが、それは一瞬のことだった。
初めて肌で感じた男の力強さは不快ではなく、
舌どうしが触れあうのも、不思議な痺れをもたらす。
良い花の香りを嗅いだときのような、でもそれよりもずっと強い、意識が酩酊する感覚。
九龍は幽花が思ったよりもずっと早く舌を離してしまったが、
その甘い恍惚はずっと口の中に残り続けた。
 そのキスに衝撃を受けたのは、幽花だけではなかった。
二人のくちづけを最初は微笑みながら見守っていた明日香は、
九龍が舌を挿れたとみるや、固唾を呑んで、鼻息も生々しい愛の光景に魅入った。
興奮は二人がキスを止め、口の間に細い唾液の橋をかけた時にピークに達し、
どうしても、今のを自分もしてみたいという欲求が抑えられなかった。
「九ちゃん、今の……エッチな、キス……?」
「お前もしてみるか?」
「……うん、する」
 薄朱の頬を少しだけ濃く染めて頷いた明日香は目を閉じ、唇をすぼめて九龍を待ち受ける。
何秒かのもどかしい我慢の後におとずれた刺激は、想像していたよりも遥かにすごかった。
「ん……!」
 唇の内側を舐められる。
もうそれだけで身体の力がぜんぶ抜けるような気持ちよさで、
そこからさらに九龍の舌が入ってきて、舌先に軽く触れた瞬間は、
気を失ってしまうかと思ったほどだった。
たまらず九龍にしがみつき、支えてもらう。
九龍の腕は遺跡で助けてもらった時と同じ力強さで、明日香は安心して身を委ねることができた。
「ん、ふ……ぅ……」
 両方の耳たぶに凄い熱を感じる。
その、決して不快ではない熱さは、九龍の舌が触れた時に強くなるとわかって、
明日香は自分からも触れさせてみた。
「は、ぁっ……!」
 どくん、と耳が鳴る。
ほんの少し舌先が触れあっただけで、九龍にされるだけの時の何倍も気持ちがいい。
すぐそばに幽花がいることさえ忘れてしまうような気持ちよさに、
明日香はすぐに夢中になった。
「ん……んっ……」
 今度はもっと強く、はっきりと舐めるように舌を操る。
いきなり舐められて九龍はびっくりしたみたいだけれど、
すぐにお返しとばかりに勢いよく舌を絡めてきた。
明日香も負けじと舌を絡めると、重ねあった口の中で、ぴちゃぴちゃという音がこだまする。
いやらしい、と思ったけれど、止めることなんてできなかった。
九龍の息遣いをすぐそばに感じながら、明日香はいつまでもキスに没頭した。
 幽花の時とは違い、明日香が積極的に応じてきたせいで、
九龍も途中からは何が何だかわからなくなって、気がつけばキスは終わっていた。
顔の下半分が痺れきっていて、口を閉じることができない。
『協会』に独りだちを認められたときでさえこんなにいい気分になった覚えはなく、
九龍は、ただぼんやりと明日香の顔を見ていた。
その明日香もぼんやりとした顔で、唇をなぞっている。
「すごい……ね……すごく、気持ち……いい……」
 薄く開いたままの明日香の唇は、まだキスの残滓がうっすらと光っていた。
それは随分といやらしく見え、九龍は思わずもう一度キスしそうになってしまったが、
脇で見つめる幽花の痛いほどの視線に阻まれ、場所を空けた。
「ほら、今度はお前らでしてみろよ」
 九龍がうながすまでもなく、舌を絡める激しいキスを終えたばかりの明日香と、
それを見ていた幽花は、引き合う磁石のように顔を近づけていた。
「白岐さん、いい?」
「八千穂さん……」
 色が灯って九龍でさえ見惚れてしまう明日香の表情に、幽花が抗えるはずもない。
二人はほとんど同時に手を伸ばし、耳朶に触れあいながら、たった今覚えたばかりのキスを、
九龍の前で始めるのだった。
「ん……」
「ふっ……」
 唇を重ねた二人の身体から、ふっと力が抜ける。
月明かりに蒼く輝く姿は、神話に描かれても不思議はないくらい幻想的だった。
重なり、離れ、また重なった顔の、シルエットが蠢く。
始まった、と下品な感想を抱いた九龍だが、少女同士の舌先の交わりは、
多少偽悪的でないと気恥ずかしくて直視できないくらいに初々しかった。
「ん……」
「ぅ……」
 風すら恥じいって入ってこない部屋の中で、少女二人の吐息がこぼれる。
明日香と幽花はお互いの肩をしっかりと抱き、唇を少し突きだしたキスと、
舌を触れあわせるキスとを交互に繰りかえしていた。
感覚を試すような、快楽に戸惑っているようなキスに、本人同士だけでなく、
傍で見ている九龍もいつしか夢中になっていた。
もともと幽花は土と石とが織りなす建築物と、その中に収められているものにしか興味がなかった
九龍が初めて好きになった女性であるし、明日香も共に遺跡を踏破した相棒であり、
顔立ちだってたぶん可愛いと断言していいのだろう。
その美少女二人が月を向こうに浮かべ、艶めかしくくちづけを交わしているとあれば、
土偶でもなければ興奮するに違いない。
自身の呼吸を可能な限り抑えつつ、九龍はまばたきすらせず幽花と明日香を凝視していた。
「白岐さん……」
「八千穂さん……!」
 名前を呼ぶのももどかしく、小声で囁き交わし、すぐにキスに戻る。
舌はもう甘く痺れ、とろとろになってしまっていたけれど、
二人とも顔を離そうとはしなかった。
それどころか一層強く抱きあい、少しでもたくさん触れあおうと口を開け、舌を絡める。
やがてどちらか、あるいは両方ともが身体を傾け、とうとう床に寝転がってしまった。
 上になっているのは幽花で、細い肢体のせいでほとんど彼女自身と明日香を髪が覆ってしまっている。
天鵞絨びろうどのような艶のある髪も、乱れてしまっては美しさも半減してしまうというものだが、
持ち主は気にもしていないようで、想い人に身体を押しつけ、夢中でくちづけを交わしていた。
 長いこと鑑賞していた九龍だが、そろそろ次の場面に移りたいと考え、二人のそばに近づく。
それでも気づく様子もない二人に少し悪戯心が芽生え、
幽花と明日香の右胸に、同時に手を伸ばした。



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