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「……ね、五年前の話だけど」
「あぁ」
当時を懐かしむ桃香の瞳に、今度は龍麻が記憶を重ねる。
東京を襲う魔の手に立ち向かう──字面だけ聞いたらたわ言にしか聞こえないが、
確かに龍麻と桃香、それに多くの仲間達はそれを成し遂げたのだ。
それは永遠に記憶に残る出来事のはずだったが、
成人して、社会に溶け込んでしまうとそれも怪しくなってしまう。
「あれは……一体なんだったのかな。あの時は夢中だったから判らないけれど、
『力』とか──今はもう全然使えなくなっちゃったし、やっぱり……夢、だったのかな」
龍麻は小さくかぶりを振った。
あれは決して夢などでは無い──現に龍麻は今も『力』を使える……それどころか、
その力はますます強大なものになっている──が、それを彼女に話した所で意味が無いように思えたのだ。
腕を組んだ龍麻は、ゆっくりと言葉を選び、桃香に伝える。
「でも、あの時代……って言ったらちょっと大げさだけど、
とにかく、一緒に過ごした時間は間違い無くあったよ。それに」
「──それに?」
「コスモの『力』は……コスモレンジャーが揃わないと発揮出来ないんじゃないかな」
阿呆なことを言った、と龍麻は思った。
いくら彼女が夢多きコスモレンジャーだったとしても、
今は流石にその夢は、無くなってはいないにせよ大人になったなりに減少しているはずだからだ。
しかし、龍麻の台詞を聞いた桃香は、肩を震わせたかと思うと、
勢い良く身を乗り出して両手で拳を握り締めてきた。
「そうね、そうよねッ! きっと、新たな敵が現れた時、レッドとブラック、
それにイエローとブルーだって来てくれるわよねッ!」
「……そ、そうだね」
「ありがとう、龍麻君ッ! わたし、大事なものを見失うところだったわッ!
今日から新生コスモレンジャーのために、わたしも頑張らなくっちゃ」
なんにせよ、落ちこんでいたらしい彼女を励ますことが出来たのなら、
さほど失態と言う訳でもなさそうだった。
幸いにして彼女の他に誰も聞いた人間はいないのだし、
彼女もそれを言いふらすことは……多分無いだろう。
顔立ちはすっかり女性らしくなったものの、
瞳には五年前と変わらないきらめきが宿っている桃香に、懐かしさとそれ以上のものを感じ、
龍麻は少しどぎまぎしてしまった。
そんな龍麻をよそに、桃香は台所に向かい、ボトルを手にして戻ってくる。
「新生コスモの前祝いよ、今日は呑みましょうッ!」
龍麻は知らなかった。
成人を迎えたコスモピンクは、かなりの酒豪となっていたことを。

目の前には空になった瓶が散乱している。
一人暮らしの彼女のどこにそんな必要があるのかというくらい、
後から後から出てきた焼酎やら日本酒やらは、それでも最終的にはほとんど呑んでしまっていた。
「う……」
響かないようゆっくりと頭を振って、住みついた酒精を追い出す。
この五年間、京一と劉に鍛えられてそれなりに呑めるようになっていたつもりだったが、
桃香はそれを遥かに上回っていた。
水を飲みに台所に立った龍麻は、離れた位置から桃香を眺める。
二十歳を過ぎ、大人へと変わって行った仲間達。
京一と劉があまりに変わっていない為に考えたことも無かったが、
桃香でさえコスモの夢を諦め、保母になっていたのだ。
いずれは疎遠になり、完全に他人になってしまうかも知れない。
そう考えると、龍麻はぞっとした。
かと言って想いを伝える勇気がある訳でも無く、ひとつ頭を振って水を飲み干す。
感情を気の迷いとして片付けた龍麻は、
眠ってしまったらしい桃香をそのままにしておけず、上着を脱いで肩にかけてやった。
起こさないようにそっとしたつもりだったが、
桃香はあれだけ呑んだ割にはしっかりした声で尋ねてきた。
「ねぇ」
「ん」
「どうして……あたしのところに来たの」
「……」
龍麻は答えない。
五年ぶりに日本に戻ってきて、最初に来たのが彼女のところである理由を、
上手く説明する自信が無かったのだ。
黙ったまま困ったように自分を見つめる龍麻に、
桃香はちらりとだけ目を合わせると、再び自分の腕枕に逃れる。
「あたしなんかより仲の良かった人だっているんでしょう? ……例えば、美里さんとか」
「葵か……あいつとは、卒業式のときにひっぱたかれてからちょっと会いにくいな」
「ひっぱたかれたって……どうして?」
「え? ……まあ、その、いわゆる……フった、ってやつかな」
龍麻の言葉は頭の中にかかっていた薄いアルコールのもやをたちまちに吹き飛ばす突風となり、
桃香は弾かれたように顔を上げた。
「フったって……龍麻君、告白されたの!?」
「そんなにびっくりされると、ちょっとやりにくいな」
「あ、ご、ごめんなさい」
「まぁ、この話聞いた奴は皆同じ顔するからね」
話をして驚かなかったのは、京一ぐらいのものだった。
葵から事情を聞いたらしい小蒔は手紙で難詰してきたし
(どうやって中国を転々とする自分の所に届いたのかは未だに謎だ)、
アランなどは空港内で思いきり叫び、警備員が来たほどなのだ。
しかしどれほど仲間達に驚かれようが、それは事実であり、龍麻はそのことを後悔してもいなかった。
葵が素晴らしい女性なのは間違いないが、龍麻が好きになったのは違うひとだったのだ。
その女は、急に跳ね起きたからか、いかにも痛そうに頭を抑えている。
龍麻が水を渡してやると、礼を言った桃香は一息に飲み干した。
それで酔いはほんのわずか醒めたとしても、驚きからはなかなか醒めることが出来ないらしく、
自分を見る目は大きく見開かれている。
もう一杯注ごうか、と龍麻が尋ねると、小声で断った桃香は、
微妙に自分の尋ねたいこととは違う質問をした。
「ねぇ……男の人ってそういうのいつまでも気にするものなの?」
「そういうのって」
「フったから会いにくい、とか」
「うーん……やっぱりちょっと会いにくいなぁ」
苦笑いするしかない、と言った感じの龍麻に、桃香も小さく笑い返した。
その笑いを収めると、不意に自分でも予想していなかった言葉が口を衝いた。
「龍麻君……ありがとうね」
「何が?」
「みんな……紅井君も黒崎君も遠いところに行っちゃって、
でもあたしは相変わらずヒーローに憧れてて、少し……怖かったの。このままでいいのかなって」
仕事が嫌になった訳ではない。生活に不満がある訳でもない。
しかしそれだけに、このままずっとこの生活が続くと考えると、
どうしても未来に思いを馳せずにはいられなかったのだ。
そこに現れた龍麻は、いつのまにか忘れていた、五年前の、
最も楽しかった時を思い出させてくれたのだった。
その頃に抱いた、淡い気持ちと共に。
「でも、龍麻君と会って、話して……元気が出たわ」
「それは俺もだよ。五年ぶりに日本に戻ってきて……
やっぱり、最初に本郷さんに会って良かったと思ってる。五年前の気持ちは……間違いじゃなかった」
龍麻の声が、その淡い気持ちに触れたような気がして、桃香は軽く目を見張った。
真意を確かめようと瞳を覗きこんだが、
少し長さを増したようにも見える髪に隠れて見えなかった。
ためらいを揺り動かしたのは、酒精だったかも知れない。
「あの……それって……」
恐る恐る尋ねる桃香に、龍麻は答える。
初めは頷いて、次いで言葉で。
「好きだ」
幾重にも頭の中で響いた言葉は、桃香に不思議な効果をもたらした。
何故だか拗ねたようにそっぽを向いている龍麻の姿が、だぶり始めたのだ。
見失ってしまわないように彼の服を握り、感情をあふれさせてしまわないよう静かに尋ねる。
「嬉しい……けど、どうして……五年前に言ってくれなかったの?」
「そりゃ紅井と黒崎がいたからね、もう入り込めないと思って」
「馬鹿……」
桃香はそう呟くしかなかった。
言わなかったのは、自分も同じだったから。
いつも龍麻の隣にいた女性は、彼以外の全ての人が二人はお似合いだと認めた、
自分などでは到底太刀打ち出来ない女性だった。
龍麻の台詞は、そのまま裏返しにして自分にあてはまるものだったのだ。
小さく鼻をすすった桃香は、困った顔で自分を見ている龍麻に気付く。
その顔をもう少しだけ困らせてやろうと思ったのは、
自分の顔を見られたくないと言う気持ちがあったからだった。
「ね、ひとつお願いがあるの」
「ん」
「あのね……抱っこして、部屋まで連れていってくれない?」
「それって」
声にならない声で龍麻が尋ねると、桃香はこっくりと頷いた。
緊張の面持ちで首に腕をかけさせた龍麻は、柔らかな身体を持ち上げる。
しっかりとしがみついた桃香が、少し硬いながらも満足気な笑みを浮かべた。
「助けられたヒロインがヒーローにこうされるのって、やっぱり定番よね」
「それじゃ、もうひとつ定番」
桃香の背中に回した腕を持ち上げた龍麻は、そのまま顔を重ねた。
ごく小さな部分が、ごく小さく触れる。
「……!」
桃香が息を呑むのが伝わってきたが、それはすぐに穏やかなものに変わった。
アルコールとそれ以外のものでふらつきそうになる足を踏みしめ、龍麻は初めての感触に酔いしれる。
やがて顔を離した桃香は、目許を指先で拭った。
「お姫様みたい……すてきね」
「ヒロインじゃなかったの?」
「両方とも憧れだったのよ」
「ちょっと酒の匂いがするけどね」
「もう」
抗議するように肩口に顔を押し当てた桃香を抱き、龍麻はベッドに向かう。
微かに身を強張らせているのがどちらなのかは、判らなかった。



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