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 ところが、おしゃまな少女は自重する気などないらしく、自分から再びキスをしてきた。
予想外の展開に目を白黒させつつも、今のは俺の反則じゃない、見てただろ、とレフェリーにアピールする。
 レフェリーは怒っている――ような気がした。
恋人の動向を他人とキスをしながら見極められるほど龍麻は熟練ではないのだ。
ただ、危険なのは確実だ。
ライオンの横を踊りながら歩くより、龍の逆鱗でサーフィンをするより。
 とにかく、言い訳するにしても謝るにしても土下座するにしても、原因を取り除くのが先決だ。
いつのまにかしっかり首に回されている両腕を、マリィの機嫌を損ねないように外さなければならない。
龍麻は片腕を首の後ろにやり、手を繋ぎ、そこから離れさせようとした。
「……!」
 マリィの手を掴んだ瞬間、稲妻が走る。
驚いたことに、まだ口紅さえ知らない小さな唇は、甘い果実のようなみずみずしさを口移した
だけにとどまらず、さすがに閉じあわせていた唇を自ら押し開け、入ってこようとしていた。
「マ、マリィ……!?」
 皇帝に献上してもよいくらい極上の感触に、思わずそのまま貪ってしまおうとした龍麻も、
一瞬のちに我に返り、慌ててマリィの身体を離した。
「どうしたの?」
 人形のように愛くるしい、否、人形より遥かに愛くるしい異国の少女は、
中断された行為に対して、不思議そうに首を傾げるばかりだ。
さてこの汚れなき天使にどうやって善悪を教えようかと龍麻は悩む。
 その視界の片隅に、微妙すぎる葵の表情を見出したのは、まったく偶然の産物だった。
きれいな額に龍麻でなければ分からないくらいの皺を刻み、
視線は龍麻たちの方へ、けれど完全には合わせない状態を保っている。
印象としてはモナリザが一番近いその表情に、龍麻は閃くものがあった。
「マリィ、葵とはいつも家でキスしてるのか?」
 どうして続きをさせてくれないのか、と不満を浮かべるマリィの頬に、龍麻は小声で囁く。
少女の返事は明快だった。
「うん、してるよ。朝と夜と、あとお風呂の時」
 お風呂。
その一言が確信を決定づけた。
朝と夜は、もしかしたらアメリカ流ということで説明できるかもしれない。
しかしいくら一緒にお風呂に入るほど仲が良い姉妹でも、その中でキスをするのはいきすぎだろう。
 答えたから早く続きを、と迫るマリィを押しとどめて、龍麻は葵を見る。
龍麻一人を悪人にしようとしていた真犯人は、観念したように口を開いた。
「だって」
 そんな接続詞を葵が使ったのを、龍麻は初めて聞いた。
だって何なのかじっくり聞きたくて、マリィの髪を撫でながら龍麻は待ったが、
葵は人前では決してしない、小さく唇を尖らせるだけで、後を続けようとはしない。
「ねえタツマ、まだ?」
「ああ、ごめん、いいよ」
 半ばは後ろにいる人物に向けて言い、龍麻はキスを再開した。
 顔ごと押しつけるようにしてキスをするマリィに、さっきの違和感の正体が判明する。
マリィの顔の傾けかたは、彼女の義姉と全く同じだったのだ。
葵が「キスをするときはこんな風に……」などと教えたはずはなく、
日々の反復のうちに身体が覚えたのだろう。
だとすれば昨日今日始めた習慣のはずもなく、おそらくマリィを引き取った直後から、
けしからぬ姉はあふれんばかりの愛情を口移しで与えていたのだろう。
 それならば遠慮する必要はない。
多少は残っていた罪悪感を龍麻は放棄し、禁断の果実を貪り喰うことにした。
 今度は葵にするのと同じように唇を重ねる。
マリィはやはりためらいもなく舌を出し、口内に入りこもうとしてきた。
龍麻は一旦とぼけて知らんぷりをして、マリィが焦れたところで口を開け、舌を迎えいれた。
「ん……ん……」
 薫陶が行き届いているのか、マリィの舌は小さいくせに良く動き、ともすれば主導権を奪われそうになる。
年下の少女にいいようにされる、というのも倒錯的で悪くないが、
キスに関しては龍麻はマリィの兄弟子なのだ。
たとえ師匠からいつまで経っても免許皆伝がもらえなくても、
どうも弟弟子の方が才に恵まれていそうでも、ここは威厳を示しておかなければならないだろう。
 すでに円熟の女優のように顔を傾け、舌を縦横に駆使して快楽を愉しんでいるようすのマリィに、
龍麻はそっと抱く腕の力を強め、同時に仕掛けた。
「んっ……!」
 急な反撃にマリィが眼を白黒させているうちに、一気に押し返し、
マリィの口腔を蹂躙する。
強引、というよりも乱暴に舌を絡め、息をする暇も与えず貪り続けると、
軽い酸欠状態に陥ったマリィの全身から力が抜けていった。
「んんっ、んふ……」
 柔らかさのみが際だつ唇と舌を、思う存分弄ぶ。
一口禁断の果実を囓ってしまったのだから、もう全部食べても同じことだった。
 恋人に教わった手口で、その義妹を蹂躙する。
それは甘美、という言葉ですら言い表しきれないほど淫らで、
龍麻は束の間、葵の存在すら忘れてマリィの口唇を貪った。
「ふぇ……タツマ……?」
 薄桃色の唇をふやかして、マリィが呟く。
うっとりとした面持ちはこの世に存在してはいけない、青く熟した果実であり、
理屈では抗えない誘引力を有していた。
 いつも葵にいいようにされていて、それはそれで悪くはなくても、
やはりたまには男らしいところを見せたいと思うのだ。
それがたとえ、まだ顔にそばかすを残す少女相手だとしても。
 ひさしぶりに主導権を握った龍麻が笑みを浮かべていると、小さなため息が聞こえてくる。
マリィには聞こえず龍麻には聞かせる、絶妙のため息のむこうでは、葵が白い眼で見ていた。
「ちょっとやりすぎじゃないかしら? マリィ、大丈夫?」
「うん……ね、アオイ、タツマのキス、すごいね……」
「え? え、ええ……そうね」
 義妹の言うことならなんであっても否定しない甘い義姉は、
あからさまに困った様子で、それでも頷いた。
龍麻のあれは力業でしかなく、葵に言わせればあと一万回は練習して欲しいところなのだ。
けれどもそう指摘したところで、マリィは現に陶酔しているのだから、
龍麻は容易に反省したりはしないだろう。
 秘密にしておくつもりだった義妹との関係――そんなおおげさなものではない、
ちょっと多めのスキンシップという程度だ――は露見してしまったが、
これ以上龍麻を調子づかせる必要はない。
 そのためにはどうすれば良いか、少し考えた葵は、おもむろにマリィの身体を引き寄せた。
つかみ所がないくらいふわふわしている身体は、確かに葵の知らない義妹だった。
羨望と嫉妬という、どちらも義妹に抱くべきではない感情を同時に覚えつつ、
葵はまだうっすらと開いたままの唇に、砂糖の山を崩さずに苺を置くよりも優しくくちづけた。
「う……ん……」
 ふたたびマリィの身体から力が抜けていく。
葵はなじみの場所であるかのように義妹の腰を抱き、甘いくちづけを与えた。
龍麻と交わすのとはまた違う、甘い、甘さだけのくちづけ。
たとえるなら蜜漬けにしてしまうような、マリィがわずかな疑念も抱かないキス。
一日三回、マリィが美里家に来てから一度として休んでいない習慣は、
もうマリィの体内にしっかりと刻みこまれているはずで、
現に今もほとんど自動的にマリィは唇を合わせ、舌を絡めてきた。
 これは葵が築きあげた理想郷で、誰にも立ち入らせるつもりなどなかった。
いつか葵が誰かと結婚するとしても、マリィに誰か、葵の鑑定眼に耐えうる異性が現れたとしても、
これだけは二人の永遠の花園にするつもりだったのだ。
それが思わぬ形で踏み荒らされて、葵は憤まんやるかたない思いだ。
穢れなき理想郷が潰えた今、こうなったらせめて、新たな楽園を築かなくては――
葵は決心も新たに、マリィの小さな口腔を隅々まで愛した。
 ちゅ、と可愛らしい音を立てて姉妹の唇が離れる。
見ていて微笑ましくなるような光景だったが、たてつづけに大人のキスを与えられた
義妹の方は、ぐったりと義姉の腕の中にくずおれてしまった。
「オネエ……チャン……」
 マリィはとろんとした目で葵を見上げている。
それは絶対的な信頼の表情で、葵は、義妹の奪還に成功したことを確信した。
さらにそれを決定づけるべく、親指でマリィの小さな唇をなぞり、そっとそれを押しこむ。
抵抗もなく咥えたマリィは、安らいだ表情で指を吸いはじめた。
「ん……」
 葵はマリィの頭を優しく抱きよせ、胸の位置に導く。
マリィは赤ん坊のように豊かな乳房に顔を半ば埋め、愛する義姉に全てを委ねた。
「……」
 日周運動のようにマリィの心が移っていくのを目の当たりにさせられた龍麻は、
今更ながら葵の手管に感嘆するほかなかった。
年上だろうが年下だろうが、男だろうが女だろうが葵にかかれば誰でも、
知らないうちに彼女に従ってしまうのだろう。
菩薩眼だのなんだのの力などなくても、葵がその気になれば国だって支配できるに違いない。
 けれども幸いなことに、葵は国の支配などに興味はないらしく、
義妹の姉と母を気分に応じて演じわけるだけで満足しているようだ。
マリィが吸いやすいように指を埋め、時には浅いところまで引き抜いたりして
あやしている葵の姿に、完全に見惚れてしまう龍麻だった。
 静謐な、しかし見る者にとっては息詰まる時間が過ぎ、淡紅色の唇から指が離れる。
根元まで妖しいコーティングが施された人差し指を、葵は満足げに眺め、そして自らの唇に咥えさせた。
 義妹の唾液を美味しそうに舐める聖女の痴態に、龍麻は声も出ない。
それ自体が催眠術へと誘う儀式であっても不思議はないくらい見る者を惹きつける仕種で、
事実龍麻が呪縛から逃れ得たのは、夢見心地のマリィが呟いた「タツマ……」という一言によってだった。
 悪い継母の黒魔術にかかって意識を奪われたいたいけな少女が、たったひとつ記憶に残した言葉。
それは彼女が想い焦がれる白馬の王子の名前だった――
これで発奮しなければ男ではない、と言いたいところだが、
悪い継母が持つ魔力の怖ろしさを知る白馬の王子としては、
うかつに戦いを仕掛けるわけにはいかない。
童話ならば蛙に変えられても最後はハッピーエンドで終われるものだが、
現実は龍麻にとってまだ五十年以上は続く過酷な世界なのだ。
 腰抜け王子が一歩踏み出すのをためらっている間に、
可憐な姫は自力で逃れる方法を選んだようだ。
葵に母親代わりに甘えたことである程度満足したのか、
今度は父親と目する男に抱っこを求めてしがみついてくる。
悪い、というよりも愛情が過剰なだけかもしれない継母も、
子供自身の意思を止めることはできないようで、見守るしかないようだ。
 さきほどの催眠術だか黒魔術だかの影響で、実年齢と乖離した外見を持つマリィは、
さらに幼児へと退行したらしく、横向きではなく、正面からしがみついた。
そのままぎゅっと身体を密着させるさまは、本当に赤ん坊のようだが、
龍麻が親の愛を注ぐには、少女の心と身体は大人に近すぎた。
「タツマ……マリィね、タツマのこと大好き」
「マリィ……」
 マリィは身体を起こし、しっかりと見つめあえる距離まで顔を離して囁く。
わずかに潤むライトグレーの瞳と戸惑う唇は龍麻よりも年上に見えるほどで、実際、龍麻は気圧されていた。
嘘やごまかしは一切許されない、と固唾を呑む龍麻の前で、目許に新しい涙を滲ませたマリィは、
その小さな手で龍麻の両頬を挟んで、この日もっとも大人びた声を出した。
「タツマは? マリィのこと好き?」
「ああ、大好きだよ」
「嬉しいッ……!」
 言うなりマリィは両腕と両足にあらん限りの力をこめ、龍麻にキスをする。
筋力では比較にもならないはずなのに、身動きもできなくされてしまって、
女の子が本気になったときというのは怖ろしいと実感する龍麻だった。
「良かったわね、マリィ」
 そして、本気になった女というのはもっと怖ろしいと思いださせられる。
完全にくっついてしまったマリィを、ようやく指が入るくらい引き離した龍麻は、
真横から聞こえた明るい祝福に肝を潰してしまい、たまらず手近なものにしがみついてしまった。
再び抱きしめられたマリィは喜んでいるが、彼女が見ている方は怖くて向けない。
少なくとも龍麻はこれまで、マリィの義姉に対して「大好き」などと口にした覚えはなく、
それが彼女の怒りに点火してしまった可能性を考えると、
もはやご機嫌を取ってどうにかなるレベルではなさそうだった。
「いい、マリィ。男の人はね、あんまり好きって言わないから、言ってもらった時はちゃんと応えるのよ」
「うんッ……でもどうして言わないの?」
「うふふ、どうしてかしらね。もしかしたら恥ずかしがり屋さんなのかもしれないわね」
 顔の真横でこんな怖ろしい会話をされて、平静を保てる男などいるだろうか?
いるとしても、それが黄龍の器でないことだけは確かで、万物を司る龍の化身は、
マリィにしがみついていなければ卒倒していたに違いない恐怖の中、懸命に荒ぶる神に許しを請うた。
「あ、あのな、マリィ。俺はマリィのことも大好きだけど、葵のことも大好きだから」
「? うん」
「だからな、うーんと……」
 その後が続けられず龍麻は窮地に陥る。
乾坤一擲のつもりで放った龍の咆吼ドラゴンブレスも、途中から小声で威力半減、
相手の顔を見ていないので更に半減で、全くダメージを与えていないようだった。
 多くの伝説がそうであるように、やはり龍は退治される運命なのか。
最後に王華のラーメンをもう一杯食べたかった、短い人生だったと龍麻は瞼を閉じる。
 だが、迎えに来たのは神は神でも死神ではないようだった。
「うふふ、私もマリィと龍麻のこと、大好きよ」
「……! マリィも! マリィもアオイオネエチャンとタツマのこと、大好き!」
 マリィが膝の上で忙しく跳ね、葵とキスを繰りかえす。
ずり落ちそうになる腰を支えてやりながら龍麻は、どうして蜘蛛の糸を垂らす気になったのか、
女神の真意を知りたくてたまらなかったが、葵は微笑を浮かべるばかりで何も語らない。
その微笑こそが怖ろしいのだと骨身に染みて知っている龍麻は、
とりあえず真相の追求を諦めることにした。
 龍麻が葛藤している間にも、マリィは葵とキスを何度も交わしている。
葵が義妹からのおねだりを拒むはずがなく、耳がくすぐったくなるほどくちづけの音が響き渡っていたが、
やがてマリィは矛先を龍麻に変えたらしく、龍麻の首にしなやかな腕を巻きつけてきた。
「ねえ龍麻、キスするとその人のこと、どんどん好きになっていくんだね」
 甘酸っぱい、まさに彼女の歳でないと絶対に言えないことを、マリィはさらりと言う。
真顔で同意するには年を取りすぎているので、龍麻はあいまいに笑ってやり過ごしたいところだ。
「そうよ、だから私とマリィは毎日キスをしているでしょう?」
 一方で葵はマリィに同調していて、年齢と言うよりも性別の問題なのかもしれないと思ったりもする。
少なくとも、義妹に向ける愛情はほとんど完全といえるくらいで、その点は評価する……などと
思っていると、マリィの服に手をかけたりして、全く油断も隙もないと呆れ、かつ感心する龍麻だった。
「服……脱ぐの?」
「うふふ、少し暑いんじゃない?」
「……うん、でも……」
 ブラウスの前をはだけさせられていきながら、マリィはちらりと龍麻の方を見る。
さすがに恥ずかしいのだろう……というか、男の前で服を脱ぐというのがどんな意味を持つのか、
まだ知らないに違いない。
そして少女がそんな知識など持っていないと知りつつ、自分の欲望を優先させる義姉に、
義憤に駆られた龍麻は口走った。
「葵も一緒に脱いじゃえば、マリィも大丈夫だよな」
 一緒に、という言葉にマリィは大きく頷く。
その前で、ボタンを外す手を一瞬だけ止めた葵は、威嚇的に龍麻を睨みつけた。
だが、ここは龍麻の作戦勝ちというところで、マリィが賛成した以上、それはもう決定事項だった。
 かくして龍麻は二人を脱がせることに成功する。
まだブラジャーはしていない、子供用のキャミソールを着ているマリィと、
もちろんブラジャーを着ている葵。
脱いだのは上半身までだったが、何も犠牲を払っていない龍麻はすっかり有頂天だった。
惜しむらくはホックを外してあったのに、しっかり留め直されてしまったことだ。
しかしそれも、いずれ外せばいいのだから、と龍麻は気にもしなかった。



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