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「それじゃ、そろそろ帰るよ」
「なんだ、今日はメシ食ってかねえのかよ」
「あんまりいつもごちそうになるのも悪いだろ」
立ちあがった龍麻に雪乃も続く。
雛乃も姉にならおうとすると、姉に笑って制された。
「そんな大げさに見送ることもねえだろ。そこまでだし、今日はオレだけでいいって」
姉に逆らうなど考えもしない雛乃は素直にうなずき、
母親に龍麻が帰ることを告げに行った。
残念がる母親に相づちを打ち、雛乃は部屋に戻ろうとする。
そのとき、雛乃の脳裏に何かが閃いた。
距離のある落雷のように、閃きから数秒遅れて雛乃は愕然とする。
姉の様子を見に行ってみるという考えは、
それほどまでにこれまでの雛乃の思考からかけ離れていた。
やましいところはない――ほんの数百メートル歩いて姉を出迎えるだけだ。
なのになぜ、こんなに心臓が激しく鳴るのか。
雛乃は迷いながらも、静かに家を出た。
人気のない鎮守の杜は足音すらも響かせてしまうようで、
雛乃は参道ではなく木々の間を、慎重に歩を進めた。
普通に出迎えればよいのではないか、あるいは戻ってくるのを待てばよいのでは。
迷いながらも、雛乃の足は止まらない。
姉を出迎えるのに、気配を殺す必要などない。
だがそれこそが雛乃が自身の行動に心臓を激しく動悸させた理由であり、
姉を――姉の行動を初めて疑った妹の、正道を外れた行為だった。
神社の入り口近くまで来た雛乃は、足を止める。
耳を澄ませてみたが、二人の話し声は聞こえてこなかった。
神社の外まで見送りに出たのかもしれない。
外を探し回るまでは覚悟がなく、一時の昂ぶりも醒め、雛乃は家へと戻ろうとする。
そのとき、雪乃の声が聞こえた。
姉らしからぬ小さな、押し殺したような声。
どこから聞こえてくるかははっきりしない――神社の敷地内からという以外は。
雛乃は身をかがめ、声の方向を探った。
辛抱強く、その実三十秒は経っていない時間が過ぎ、再び姉の声が聞こえてくる。
身をかがめたまま、声の方に雛乃は移動した。
深まっていく夜の闇の中、声はごくわずかずつではあるが頻繁に聞こえるようになっていた。
つい最近聞いたような記憶を必死に否定しつつ、さらに近づいていく。
それは突然、雛乃の前に現れた。
木の前で抱きあっている雪乃と龍麻。
一目で恋人同士だとわかる、激しい抱擁だった。
考えたくなかったとはいえ、ある程度想像もしていたので、
雛乃は胸に手を当てただけでどうにか声を発してしまうのは抑えられた。
だが、やはり半身ともいえる姉と、初めての男性の友人が恋仲に、
それも自分に黙ってなっていた事実は、雛乃を大きく動揺させた。
このまま見なかったことにして戻り、後日姉たちの口から正式に語られるまで、
知らぬふりをする方がよい。
そう囁く声も頭の内部ではあったが、近しい者たちの逢瀬は
未だ恋を知らぬ少女にとって刺激的にすぎたのと、
それ以上に神域でふしだらな行為におよぶ二人に義憤を覚え、
雛乃は今しばらく観察を続けることにした。
自分たちがしていることがどれほど冒涜か、姉が知らないはずがない。
家の中も境内といえなくもないが、やはり人の住む場所と神域とでは重みが違うのだ。
いくら恋は盲目という言葉があれど、その程度のたしなみは最低限備えているはずで、
ここで行為に及ぶのは、まず反対したに違いない。
だとすれば龍麻が強引に説き伏せた可能性が高く、
雛乃は、彼に対する評価を減じなければならなかった。
けれども、止めようという心理にも、雛乃は至らない。
もし雛乃に目撃されたと知ったら、姉はどのような反応を示すか。
こんな行為をする方が悪い、とわかってはいても、
両親以上に血の繋がりを感じる姉に対して、強硬に出ることはできなかった。
織部神社は東京二十三区内にあってうっそうと茂る森を有する神社で、
昼間でも参道を外れれば暗がりとなり、龍麻と雪乃が今行っているような逢瀬にも、
雛乃が行っているような覗き見にも格好の場所がそこかしこにある。
雛乃が陣取った場所は龍麻の右後方で、雪乃の身体は隠れて見えないが、
この位置なら二人に気取られる心配はなさそうだった。
「寒くないか?」
「うん、平気」
穏やかな、というより甘えるような声色。
今までどんな相手にも聞かせたことのない姉の声。
恋人という存在は人をこんなにも変えてしまうのかと雛乃は驚く。
自分もいつか、あんなふうに変わる日がくるのか――
埒もない考えを頭の隅に追いやろうとした雛乃の眼前で、二人はさらに近づいた。
雪乃のかかとが、浮きあがる。
身を低くしていたのでその瞬間は見えなかったが、
いくらこうしたことに疎い雛乃でも、それが何を意味するのかはわかった。
「ん――なぁ、もう一回、してもいいか?」
「いいよ、何回でも」
一旦地に着いたかかとが再び上がる。
今度は雛乃も顔を上げていて、二人がくちづけるところをはっきり見た。
「ん……んっ、ん、ん……」
二度目のキスは一度目より長く、雪乃は離れない。
聞こえてくるくぐもった声が何なのかはわからなかったけれども、
雛乃はまばたきも忘れて魅入った。
雪乃の腰に回されていた龍麻の腕が、下へと下りていく。
それに対して雪乃は身じろぎしているようだが、嫌がっているわけではなさそうだった。
彼の腕の中で、姉は何を想っているのだろう。
半身に等しい存在だと思っていた姉の考えが判らないのは、
寂寥を呼び起こさずにいられないが、いくら仲の良い双子であったとしても、
肉体はふたつである以上、いつかは別々の相手を選ばなくてはならない日が必ず訪れる。
そのいつか、が訪れたのだと、受けいれるしかなさそうだった。
ならば、姉の選んだ相手を祝福してあげるのが、妹として、また家族としての務めだろう。
にもかかわらず、雛乃は無条件に二人を認める気になれない。
それは雛乃も龍麻に好感情を抱いていたということもあるが、
それよりもやはり先刻目撃した爛れた行いが
小さな矢じりとなって雛乃の心に食いこんでいたからだ。
神社に隣接する織部の家は、築年数も古く、設備も整っているとは言い難い。
それでも雛乃にとっては生まれ育った家であり、大切な住処だ。
そこであのような行為をされるのは、いくら姉といえども気分が良くなかった。
もちろん、雛乃もそういったことに関して全く知らないわけではないから、
仮に姉と龍麻が結婚して、龍麻が織部の家に入れば同じことが
起こりうるというくらいは承知している。
けれどもそれは結婚という儀式が先だって行われているのだから許されるはずで、
欲望を貪りあうような行為は厳に慎むべきだ。
だが、二人は雛乃の貞操観念、あるいは願望になど一顧だにしていなかった。
スカートのあたりを触っていた龍麻の手が、するりと内側へ潜りこむ。
その途端に雪乃の身体が大きく揺れた。
「な、なあ、本当に……する……のか……?」
「雪乃だって、そのつもりで出てきたんだろ?」
「でも……」
二人の会話は小声だったので雛乃の位置までは届かない。
つのる緊張と不安は、程なく解消された――巨大な驚愕によって。
雪乃が、下着を脱ぐ。
龍麻に隠れるようにはしていたが、スカートの中に手を入れて上体をかがめ、
片足を上げる仕種は見間違いようもない。
なぜこんなところで、という疑問を抱いたのは、雛乃が未だ純潔を保つばかりか、
知識さえあまりない証左にはなったかもしれない。
だからといって用を足す以外に下着を脱ぐ必要などあるはずもなく、
穏やかに見守れるはずもない光景だった。
下着を脱いだ姉が、龍麻を見上げる。
それに対して龍麻は何か言ったようだが、雛乃には聞こえず、
理解できたのは、彼らが再びくちづけをかわしたのと、
龍麻が今度は両手を姉のスカートに忍ばせたという事実だった。
「あっ……あ、うん……」
雪乃が龍麻にしがみついたため、彼女の声も聞こえなくなる。
けれども龍麻の背中に回された腕は、嫌がっているようには雛乃には見えなかった。
龍麻はいったい、何をしているのか。
いかがわしい、という漠然とした答えはあっても、具体的にどうしているのかまでは見えない。
もどかしいと雛乃は思い、そう思う自分を恥ずかしいとは思っていなかった。
時を忘れて観察を続ける雛乃の前で、二人が再び動く。
今度も動いたのは姉で、抱擁を解かれた雪乃は、横にあった木に向かって両手をついた。
伸ばした足を肩幅に開き、支えるというよりしがみつく姉の格好は、
小学校の体育の時間でやったような馬跳びの格好を思いださせたが、
むろんそんなことをするはずがない。
何を、と雛乃が訝しむより早く龍麻は、雪乃のスカートを捲りあげた。
「……!!」
薄闇に浮きあがる姉の尻に、雛乃は絶句する。
雪乃と雛乃は仲の良い姉妹であり、時には風呂も一緒に入ったりするから、
お互いの裸は見慣れている。
けれども数メートルの距離を隔てて見る姉の裸身は、
一部分でしかないのに雛乃を動揺させずにおかなかった。
姉の尻に手を当てた龍麻が、身体を寄せる。
いくら睦事に疎い雛乃でも、もう判らないはずがなかった。
二人は神聖な神社内で性行為に及ぼうとしている。
それは考えうる限りの最悪な現実だった。
しかし、止めなければならない――そう思いながらも、雛乃は動けなかった。
「あうン……ッ……、は、入って……ッ、んああぁッ……!」
突然大きくなった雪乃の喘ぎは肝を冷やすほどで、雛乃はとっさに茂みに隠れた。
心臓が壊れそうなほどに激しく打ち、胸を押さえる。
声はほどなく小さくなり、雛乃の位置からでも聞き取りにくくなったが、
雛乃の頭の中では、初めて聞いた姉の嬌声が幾重にも反響していた。
さらに聴覚を補完するように、動く龍麻の腰が網膜に焼きつく。
「だ……だって、こんな、大き……うんッ、うんッ、いい……よ、気持ち……!」
十八年間親しんできた姉の声は、こんなものではなかった。
もっと矢のような指向性を持ち、困難に当たっても曲がらず、
最後には貫くような勁さを持っていたはずだ。
なのに今姉が発している声は粘り、どこへ行くともしれないいかがわしさに満ちていた。
「んぁぁぁ……! は、う、ンぅ……! すご……ば、馬鹿ッ、変なこと、言う、なぁ……」
「お、お前が……オレの……こんなに……こんなに感じるようにしたくせに……!」
「あぁんっ、はっ、ふぅぅっ……! う、うん、だって、お尻、気持ち良くて……!」
姉の声ばかりが聞こえるのは、龍麻が冷静さを保っているからだろうか。
あんなにも腰を卑猥に振っているのに、興奮しているのは姉だけなのだろうか。
疑問は尽きない――が、それよりも圧倒的な情動に支配されて、
雛乃はまともに考えることもできなくなっていた。
「んクッ、あ……うぅ……んッ、うあァッ……!」
雪乃が頭を跳ねあげ、髪が揺れる。
それがあまり激しい動きだったので、その拍子に雛乃も身じろぎしてしまった。
「……!?」
擦れた太腿の内側に違和感を覚える。
何か、濡れているような感覚。
突然身に生じた異変を、雛乃は確かめようと巫女装束の脇から手を入れた。
「……っ……!」
確かに湿っている、でも、どうして。
何が起こっているのか判らない雛乃は、水源がどこか探ろうと手を滑らせる。
太腿から、下着へ。
下着がおびただしく濡れていた。
小水を漏らしてしまったのか、と焦る雛乃に、それは訪れた。
「ぁ……っ……?」
訪れる、なにがしかの衝撃。
痺れに近いかもしれないそれは、雛乃にとって初めての快感だった。
他人の性行為を見て興奮する、というメカニズムさえ知らないまま、
穢れなき少女は肉の悦びに目覚めてしまったのだ。
指先がもたらす未知の気持ちよさに怯えた雛乃は急いで手を抜き、
そうすれば忘れられるとばかりに膝をきつく合わせる。
そして原因がそこにあると気づかぬまま、再び姉たちに視線をもどした。
龍麻たちの行為は終わろうとしていた。
愛を交わすというにはあまりに短い、肉欲だけの逢瀬は、
それゆえに容赦なく快感を求め、貪りあうだけだった。
「あァ……ダ、ダメ……だ、オレ……っ……!」
「イキそうなのか?」
「う、うん……んァッ、イ、ク……イク……ッ……!」
「俺も……イキそうだ……っ、出すぞ、雪乃……ッ!」
雪乃の尻孔で抽送を繰り返していた龍麻は、自身の昂ぶりを感じると、
我慢せずに一気に精を放出した。
「あ、ぅンッ、んッ、あ、あァッ――!!」
直腸に樹液を注がれた雪乃は、その熱さに身震いする。
「うッ……あ、で、出て、るッ……」
そして全ての精液を受けると惚けたようにつぶやき、
ぴんと張りつめさせたしなやかな足を、ぐったりと弛緩させ、龍麻に支えられた。
そのまましばらく抱きあっていた二人は、やがて衣服を整え、外へと歩いていく。
彼らの気配がなくなると同時に、雛乃は早足で家に向かった。
足の付け根を浸食する気持ち悪さに耐えながら歩き、着くなりトイレに入る。
袴を脱ぎ、触れた下着は予想以上に濡れていた。
何事が生じたのか理解できず、下着を下ろして確かめてみる。
指でじかに触るのはいくらかの恐怖を伴ったが、意を決して触ってみると、
たしかにその部分が多く湿っていた。
「……っ」
月のものとも違う分泌物に、雛乃は慄く。
透明で、少し粘り気のある液体は、いったいどこから生じているのか。
惑い、怖れながら、女の溝に沿って指を這わせた。
不快さはある。
だが、同時にそれ以外の何かも。
それがさっき、雪乃達をのぞき見していたときに感じた、甘い律動だと思い至った雛乃は、
結局数度指を往復させただけで触るのをやめてしまった。
世界が足下から崩れていくような恐怖が、雛乃を捕らえようとしていた。
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